(第9回)イギリスでアフリカ社会と法を学ぶ
エチオピア(5)なぜ慣習婚について聞くのが法人類学なのか(法人類学とは②)
現在、ロンドン大学東洋アフリカ研究学院に在籍している原口 侑子弁護士によるニュースレターシリーズの第9回を発行いたしました。今後も引き続き連載の予定となります。
こちらの内容は、以下のリンクよりPDF版でもご覧いただけます。
→(第9回)イギリスでアフリカ社会と法を学ぶ エチオピア(5)なぜ慣習婚について聞くのが法人類学者なのか(法人類学とは②)
(第9回)イギリスでアフリカ社会と法を学ぶ
エチオピア(5)なぜ慣習婚について聞くのが法人類学なのか(法人類学とは②)
2025年 5月
One Asia Lawyers Group
原口 侑子(日本法)
ロンドンを拠点にアフリカの法と人類学の研究をしている私は、エチオピアの首都アディスアベバに住む20代の若い女性に話を聞きながら、アムハラ族(エチオピア第二の民族)の結婚を例に、アディスアベバの現代の結婚がどのように実施されているかどうかを探っていた。エチオピアでは結婚の選択肢は、市役所でサインをする民事婚、民族のしきたりにのっとって結婚する慣習婚、エチオピア正教の教会であげる宗教婚、さらに事実婚と、4タイプある。彼女らは「アディスアベバでは慣習婚は流行っていない」と言っていたが、そもそもなぜ慣習婚について聞くのが「法人類学」という学問なのか。
法人類学とは「法規範と社会文化の交差点」の研究であり、欧米では100年の歴史を持つ。最近では学問として細分化されてきていて、文化としての法研究、支配の法研究、紛争解決の法研究などと学問領域を分けられることもある。昔ながらの方法で「法の一生」に着目し、法の生成、法という規範、法についての認知や人々への影響といった形で研究されることもある。ソフトとハードというくくりで、人々が何を考え、法にどう対応するか、インフラでもある法機関(裁判所など)はどのような仕組みで、どう機能しているか、といった分け方をされることもある。
その中で、法と生活のかかわりのソフトな面に着目した研究として、「人々が日常生活において広義の『法』をどのように認識し、理解し、関わっているか」という「法意識」を調べる分野がある。こうした個々人の意識が法規範を通じてどのように社会に表れているか、または逆に社会や人々の関係性がどのように個々人の意識に作用し、個人なり社会なりの「意識」を形作っているかを考える研究である。
さて、結婚制度を個人がどう考えているか、パーソナルな生活をどう「法」という枠に置き換えて理解しているか。というのはまさにこの「法意識」の研究に当たる。特に、私が話を聞いたエチオピアでは、「制定法」にのっとった結婚、「慣習法」にのっとった結婚、法律外での結婚といった数多くの選択肢が存在している。これらのどの選択肢を選び、どれを選ばないかという判断、そして行動は、彼女らが「制定法」をどう考えるか、「慣習法」及びその背後にある「慣習」をどう考えるか、それら広義の「法」の保障がないことをどう(プラスにでもマイナスにでも)考えるか、といった「心の中」の表出である。決断だけでなく、決断しないことも、または判断する過程での検討材料としての彼女らのまわりにいる家族・友人・法機関や市役所とのやり取り―親がどう言うか、どこで挙式したいか、同年代の友人や、仕事のキャリアからの影響はあるか、そのすべてが、彼女らの「法意識」であるし、こうした法意識の上で彼女らはどう行動したかもまた、「法意識」の範疇にある。
結局とても普通のことを言うと、どういった理由付けでその結婚をしたか、またはしなかったかは、その個人が住む地域やコミュニティで共有する価値観にも、その個人が持つ考え方にも大きく左右される。その理由付けがどこから来て、どこへ行くのかは、個人に聞いてみないとわからないし、その土地の空気感の中に身を置いてみないとわからない。それを聞き、観察し体験するのが法人類学だ。