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ベトナムにおける人民裁判所組織法の改正と仲裁事件管轄の変更

2025年09月16日(火)

ベトナムにおける人民裁判所組織法の改正と仲裁事件管轄の変更ついてのニュースレターを発行いたしました。こちらの内容は、以下のリンクよりPDF版でもご覧いただけます。

<ベトナムにおける人民裁判所組織法の改正と仲裁事件管轄の変更>

 

<ベトナムにおける人民裁判所組織法の改正と仲裁事件管轄の変更>

2025年9月16日
One Asia Lawyers ベトナム事務所

1.はじめに

 「人民裁判所組織法の一部を改正する法律」(以下「Law No.81/2025/QH15」)は、2025年7月1日に施行され、ベトナムの裁判所制度を大きく変更する内容を含んでいます。この法改正およびその施行規則[1]は、裁判所組織を再編し、民事・商事紛争(仲裁事件を含む)の管轄枠組みを大幅に変更しました。本稿では、仲裁判断の取消[2]に関する管轄の変更および国際仲裁判断の承認・執行[3]に関する管轄の変更を、従来の制度と比較して検討します。

2.従来の裁判所組織と仲裁判断に関する管轄

 Law No.81/2025/QH15の施行前、ベトナムの裁判所制度は、以下の四層構造を採用していました。
(1)最高人民裁判所
(2)高等人民裁判所:ハノイ、ダナン、ホーチミン市
(3)省級人民裁判所:全国63省市に設置され、合計63裁判所
(4)県級人民裁判所:各省の県・区・市社に設置され、約700か所

 上記に加え、行政・知的財産・破産事件を専門に扱う第一審人民裁判所(以下「第一審専門人民裁判所」)という別の専門裁判所体系が存在しました[4]
 このうち、第一審としての役割は、県級裁判所、省級裁判所および第一審専門人民裁判所が担っており、案件の性質や規模によって振り分けられていました。仲裁判断の取消や外国仲裁判断の承認・執行は、第一審管轄として主に省級人民裁判所が担当していました[5]

3.Law No.81/2025/QH15における裁判所組織と仲裁管轄

 Law No.81/2025/QH15は、上記の裁判所組織を改組し、県級人民裁判所を廃止するとともに、新たに複数のコミューン(最小行政区画)を管轄する「地域人民裁判所(Tòa án nhân dân khu vực)」を創設し、第一審裁判所としての役割は地域人民裁判所が担うこととなります。また、高等人民裁判所の控訴審機能が省級人民裁判所に統合され、これにより、ベトナムの裁判所制度は実質的に三層構造へと再編されます[6]
(1)最高人民裁判所
(2)省級人民裁判所(全国34省市に設置され、合計34裁判所):第一審および控訴審
(3)地域人民裁判所(全国に355か所):第一審

 新たに設けられた地域人民裁判所は、省級人民裁判所と県級人民裁判所の第一審裁判所としての機能を統合するもので、さらに、最高人民裁判所の決定により、特定の専門分野(破産、民商事事件、知的財産と技術移転、行政訴訟など)において、複数省を跨ぐ広域的かつ専門的な管轄を持つことも認められます。ただし、このような専門裁判所は、すべての地域人民裁判所に一律に適用される制度ではありません。その結果、地方人民裁判所に専門管轄権が付与されるため、専門人民裁判所は廃止されます。
 仲裁判断の取消および外国仲裁判断の承認・執行の管轄に関しては、新たに設けられた地域人民裁判所のうちハノイ、ホーチミン、ダナンの三都市に所在する地域人民裁判所が指定されています[7]
 もう一つの注目すべき規定は、国際金融ハブのための専門裁判所と国際仲裁センターの設立[8]です。これらの紛争解決機関は、国際金融ハブ内のメンバー間の紛争、または国際金融ハブ外のメンバーと投資家との間の投資や事業活動に関する紛争を解決します。ただし、国家権力の行使に関する紛争は除きます。したがって、当事者が書面による合意がある場合、国際金融ハブに属するメンバー間の紛争は、当該国際金融ハブの国際仲裁センターで解決され、その決定または裁定は最終的で拘束力があります。当事者が書面により仲裁判断などに対する裁判所への取消請求権を放棄する合意をしたときは、裁判所は当該請求を受理しません[9]
 この管轄集中化は、専門性の向上と裁判所運用の均質化を目指すもので、外国投資家から批判の多かったベトナムの人民裁判所における司法判断に一石を投じる意味合いが読み取れます。さらに、国際商事仲裁の実効性を高める観点からも、裁判官の専門化や外国語対応能力の強化につながることが期待されます。

4.おわりに

 2025年の裁判所制度改革は、仲裁制度そのものに直接的な変更を加えたものではありません。しかし、仲裁に関連する裁判手続における管轄裁判所の集中化と専門化は、仲裁制度の実効性および予見可能性を高める方向に作用することが期待されます。とくに、国内仲裁判断が裁判所で取り消される事案や外国仲裁判断の承認執行が国内裁判所で認められない事案が散見され、この問題への対処が外国投資家から強く求められてきました。今回の裁判所の構造改革が外国投資家の要望に応えるものであることを期待します。

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[1] Law No.81/2025/QH15およびその施行細則を定める国会常務委員会決議81/2025/UBTVQH15ならびに最高人民裁判所決議01/2025/NQ-HDTP。
[2] 国内仲裁判断の取消の問題については、弊所ニュースレター2024年8月「ベトナムにおける人民裁判所による仲裁判断の取消」https://oneasia.legal/13360を参照ください。
[3] 外国仲裁判断の承認執行の問題については、弊所ニュースレター2021年11月「ベトナムにおける外国裁判所の判決、外国仲裁判断の承認・執行の統計について」https://oneasia.legal/7753を参照ください。
[4] 2024年裁判所組織法(34/2024/QH15)第55条1項、第59条1項、第62条。
[5] 2010年商事仲裁法第7条3項
[6] Law No.81/2025/QH15人民裁判所組織法第4条1項
[7] 国会常務委員会決議81/2025/UBTVQH15第3条2項
[8] Law No.81/2025/QH15人民裁判所組織法第4条1項d号および国会決議第222/2025/QH15号第9条1項c号(2025年6月27日公布、2025年9月1日施行)
[9] 国会決議第222/2025/QH15号第30条3項