ベトナム:企業法の改正-企業の実質的支配者に関する新たな規制
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<ベトナム:企業法の改正-企業の実質的支配者に関する新たな規制>
2025年11月13日
One Asia Lawyers ベトナム事務所
I. はじめに
「企業法の一部改正・補充に関する法律」(Law No.76/2025/QH15)が2025年7月1日に施行されました。本改正には、ベトナムにおいて実質的支配者(Beneficial Owner:BO)に関する義務を新たに定める内容が含まれており、その内容は、政令(Decree No.168/2025/ND-CP、以下「政令168号」)及び通達(Circular No.68/2025/TT-BTC、以下「通達68号」)において詳細に定めらています(政令168号及び通達68号も同日付で施行されています)。
本改正は、企業の実質的支配権について透明性を高め、より根本的には、マネーロンダリング、テロ資金供与、脱税を防止することを目的としています。複雑な所有構造を有する企業、持株会社、多国籍グループ、投資家や、ベトナム法上認められていない、いわゆるノミニーを活用している企業に対して、大きな影響を及ぼす可能性のある内容となっています。
施行から数ヶ月を経た現在、新たな実質的支配者関連要件及び手続の適用には実務上の課題が生じており、企業、外国投資家、特に実質的支配者自身が、実質的支配者の特定及び所轄当局への義務的届出において、従来より大きな責任を負うこととなります。
本ニューズレターでは、BOの定義と義務、投資家および企業の責任、BO関連手続きの実務的側面に関する概要をご紹介します。
II. BOの定義
BOの概念は、2022年反マネーロンダリング法によりベトナムで初めて導入されました。そこでは、BOは「企業を最終的に所有または支配し、その取引から利益を得る個人であり、必ずしも企業登録証明書その他の法的文書に記載された氏名の人物とは限らない」(2022年反マネーロンダリング法第3条第7項)と定義されています。その後、Decree No.19/2023/ND-CPでBO規制に関するいくつかの指針が示されたものの、BOに関する全国データベースシステムの欠如や、多くの金融機関が法人や取引を実質的に支配する個人を正確に特定する能力が限られていることから、実務上の実施は限定的なものに留まっていました。
改正法第1.1条(d)では、「法人格を有する企業の実質的所有者とは、国家資本管理に関する法律の規定に基づき、国有企業または国家が資本を保有する企業における国有資本の授権代表者を除き、実際に定款資本を所有し、または企業を支配する個人である」と、BOの定義をより具体的に規定しています。
政令168号は、上記を更に詳細にする形で、会社形態に応じてBOに該当する基準及びその義務内容を定めています[1]。
概要は以下のとおりです。
1. 1名社員有限責任会社、2名以上社員有限責任会社、及び合名会社の場合
(1)基準
① 直接的BO:企業の定款資本金の25%以上を直接所有する者(「個人社員」)
② 間接的BO:企業の定款資本金の25%以上を間接的に所有する個人社員[2]
③ 支配的BO:上記に該当しない場合でも、会社の意思決定を実質的に支配している者(詳細について第3項をご参照ください)
(2)義務:BOに関する情報を申告、通知、維持しなければならない。
2. 株式会社(上場会社及び公開会社を除く)の場合
(1)基準
① 直接的BO:総議決権株式の25%以上を保有する個人株主
② 間接的BO[3]:25%以上を間接的に所有する個人株主
③ 支配的BO:上記に該当しない場合でも、会社の意思決定を実質的に支配している者(詳細について第3項をご参照ください)
(2)義務
① BOに関する情報を申告、通知、維持しなければならない。
② 総議決権の25%以上を保有する法人株主がいる場合、BOを特定するために必要な情報を申告、通知、および維持しなければならない。
3. 支配的BOの通知義務について
(1)定義
会社の意思決定を実質的に支配している者について、支配要件を満たすのは、以下の事項のいずれか一つ以上を決定する能力を持つ場合とされています。
(i) 取締役会の過半数以上の選解任
(ii) 取締役会議長、社員総会議長、法定代表者、または社長の選解任
(iii) 企業定款の改正
(iii) 会社の再編または解散
(iv) 経営体制の変更
※ 形式的には株主総会や取締役会で定款上の議決要件を満たしている場合であっても、実際には「ある個人の承認なしでは決議が成立しない」というような場合のその個人は支配要件を満たすということになる点にご留意ください[4]。
(2)義務の履行に関する留意事項
企業は、こうした支配的BOを特定し、事業登録機関(Business Registration Office)に通知する義務があります。ただし、事業登録機関は支配権を裏付ける証拠書類(契約書、議決権契約など)の提出を求めません。そのため、企業側の自己判断・内部把握に基づいて支配的BOを申告する運用となっています。BOが存在しない場合企業は事業登録機関への提出書類において「BOなし」と明示的に申告しなければなりません。
III. 義務が生じる時期
1. 2025年6月30日以前に設立された既存企業
次回変更届出時、または任意でそれ以前にBO情報を申告しなければなりません。
2. 2025年7月1日以降に設立された新規企業
設立登記時にBOがいる場合にはBO情報を申告する必要があります。
IV. 企業がBO規制に違反した場合のリスク
企業がBOに関する義務を守らなかった場合、その内容や重大性に応じて、さまざまな法的な不利益を受ける可能性があります。発生しうる主なリスクは、以下とおりです。
1. 企業登録に関するもの
(i) 事業登録機関からの警告
(ii) 行政罰金(行政処分)の科罰
(iii) 是正命令(不足書類の提出や手続完了の要求)
(iv) 重大な場合には企業登録証の取消し(会社登記の抹消)
2. マネーロンダリング防止(AML)に関するもの
BO情報の不備・虚偽などにより、マネーロンダリング防止規制に違反しているとみなされる可能性があります。その場合、違反内容に応じて、懲戒処分・行政罰金・刑事責任が課される場合があります。また、違反によって損害が生じた場合は、損害賠償責任を負う可能性もあります[5]。
V. 外国投資家及び多国籍企業グループ
本改正に基づくBOに関する規制は、企業の所有権透明性向上、マネーロンダリング及び脱税防止に関して重要な進歩となり、ベトナムにおける企業活動のガバナンス向上が期待されます。
一方で、ビジネスの観点から見ると、BOの管理制度は、特に複雑な持株構造をもつ多国籍企業グループにとって大きな課題となります。これらのグループは、しばしば税制上の優遇措置を活用したり、子会社ネットワークの効率的な管理を行うために、意図的に複雑な事業・所有構造を設計しています。そのため、BOの特定や情報開示を求められることは、投資効率を下げたり、グループの所有構造を再設計せざるを得なくなったり、場合によってはBO個人がリスクにさらされるおそれもあります。
このような状況を踏まえ、投資家は投資構造や株主構成を改めて見直し、今後の法改正内容に注視しつつ、柔軟に対応していくことが必要となります。そうすることで、ベトナムのBO管理制度に適合させながら、将来的な法的・運用上のリスクを事前に軽減することが可能になります。
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[1] 政令168号/2025/ND-CP第17条及び第18条
[2] 間接所有割合は、複数の会社を通じて株式などを所有している場合に、各段階の持株比率を掛け合わせて計算した割合を指します。
[3] 個人株主が複数の組織を通じて議決権株式を保有する場合にも適用され、その保有比率は所有権の連鎖における各所有比率を乗じて算定されます。
[4] 支配権は、私的合意、株主間契約、または非公式な影響力(例:創業者の影響力、助言権限、市場における評判)から生じ得ます。
[5]2022年資金洗浄防止法第46条

