• Instgram
  • LinkeIn
  • Lexologoy

2021年最新フィリピンにおける紛争解決・仲裁制度について

2021年07月26日(月)

2021年最新フィリピンにおける紛争解決・仲裁制度についてニュースレターを発行いたしました。 PDF版は以下からご確認ください。

2021年最新フィリピンにおける紛争解決・仲裁制度

 

2021年最新フィリピンにおける紛争解決・仲裁制度

2021年7月 <style=”text-align: right;”>シンガポール法・日本法・アメリカNY州法弁護士  栗田 哲郎 <style=”text-align: right;”>フィリピン法弁護士  Cainday, Jennebeth Kae

第1はじめに

 フィリピンにとって日本は常に最も重要な経済戦略パートナーのひとつとみなされており、日本は現在もフィリピンの最大の貿易相手国のひとつであり、投資家でもある。フィリピンにとって日本は2番目に大きな貿易相手国であり、2番目に大きな輸出市場であり、輸入供給国でもある。しかし、2021年第1四半期の日本企業によるフィリピンへの海外直接投資の伸び率は-58.42%となっている。これは、コロナウイルスのパンデミックの影響によるものと考えられている。このような状況ではあるが、日本とフィリピンのビジネス関係は、コロナ後も回復に向かうことが期待されている。

 本稿は、今後、フィリピン進出・投資、ビジネスの拡大を検討している日本企業が留意すべきフィリピンにおける紛争解決法制、仲裁法制の概要等、実務に即して解説するものである。

 フィリピンの裁判所は、後述のように英語による手続きが可能であるものの、必ずしも外国投資家にとって透明性の高い手続きとは言えない。このため、フィリピン裁判所による解決を避け、仲裁を選択する外国投資家も多い。この点、日本の裁判所(外国裁判所)における紛争解決も考えられるが、外国裁判所の判決の承認・執行については、外国仲裁判断の承認および執行に関する条約(以下「ニューヨーク条約」、United Nations Convention on the Recognition and Enforcement of Foreign Arbitral Awards, 1958)に相当するような包括的な国際的枠組が存在しない。

 2006年に日本企業がロンドンの裁判所から得た外国判決の承認と執行をフィリピンにおいて求めたが、本件はまだ解決に至っていない[1]。また、これに関連して、フィリピン最高裁判所は、本件外国判決はまだフィリピンの裁判所を拘束するものではないと指摘している。民事訴訟規則の第48条、第39規則において、外国判決が下されるだけではまだ決定的ではなく、管轄権の欠如、当事者への通知の欠如、共謀、詐欺、法律または事実の明らかな過誤を理由に取り消される可能性が存する。また、フィリピンの法律および国際法では、外国の判決が公序良俗に反する場合には、その判決が承認されない可能性も存する[2]

 また、外国判決が対人的な判決であった場合、外国判決は単に権利の存在を推定させるだけの証拠としてしか効力を有さない(1997年民事訴訟法(1997 Rules of Civil Procedure、規則39号48条)[3]とした判例[4]も存在するなど、注意が必要である[5]

 これに対し、フィリピンは1967年にニューヨーク条約の加盟国となったため、仲裁判断は承認・執行の点で有利であると言えよう。現在のフィリピンの仲裁法制は、国際的なスタンダードに則っていると一般的には判断されているものの、フィリピン国内の最も著名の仲裁機関であるフィリピン紛争解決センター(Philippines Dispute Resolution Centre Inc、以下「PDRCI」)が、必ずしも国際的にも信頼のある仲裁機関とは認識されていない状況にある。このため、多くの外国投資家は、国際商業会議所(ICC、International Chambers of Commerce)、シンガポール国際仲裁センター(SIAC、Singapore International Arbitration Centre)などの外国仲裁機関に合意することが多い。

 これに伴い、フィリピン政府は仲裁に適した体制づくりに取り組んでいる。2019年、フィリピンは「調停の結果生じる国際和解協定に関する条約」(以下、「シンガポール条約」)の加盟国となったが、この条約は、調停の結果生じる国際和解協定に関する統一的かつ効率的な枠組みである。この条約は、商業紛争を解決するために当事者が締結する調停の結果としての国際和解協定に適用される。シンガポール条約は、紛争当事者が国境を越えて和解契約を容易に執行・行使できるようにすることで、国際的な貿易・通商を促進するものである。しかし、フィリピン政府はまだ同条約を批准していない。 

 同年、フィリピン国際紛争解決センター(Philippine International Center for Conflict Resolution「PICCR」)が、商業仲裁やその他のADRサービスを提供する非株式・非営利の仲裁機関として、フィリピン統合法曹協会(IBP)によって発足した。さらに、2019年2月に施行された改正会社法 (Revised Corporation Code)[6]では、会社の定款や付則に仲裁条項を設けることができると明示されることとなり、企業内紛争は、フィリピン法の下で明示的に仲裁可能となった。

なお、後述の通り、建設仲裁については、建設産業仲裁委員(Construction Industry Arbitration Commission、以下「CIAC」)に専属的管轄が認められてしまっていることなど、フィリピンにおいては、仲裁に関する特別な法律が存在することに注意が必要である。

第2 フィリピンにおける基本制度・裁判制度の概要

2.1 フィリピンの基本法制

 アメリカの植民地であったこと等に伴い、フィリピンはいわゆるコモン・ロー(Common Law)型の法制度を導入している。もっとも、アメリカの統治下にあったため、英国統治下にあったシンガポール、マレーシア、香港、インドなどの他のアジアの法域とは異なり、アメリカ法の影響が強いコモン・ローの法域であると言える。

また、フィリピンは、1920年代にスペインの統治下におかれていたため、例えば、フィリピン民法(Civil Code of the Philippines)などを有しているなど、シビル・ロー(成文法)の法域の特徴も併せ持っていると言える。

2.2 フィリピンにおける裁判制度

  上記の通り、フィリピンの法体系は、コモン・ローであるため、裁判手続きにおいては、ディスカバリー(Discovery)・弁護士秘匿特権(Privilege)に関する法制度を備えている。

 フィリピンの裁判所は、通常裁判所および特別裁判所によって、構成されている。このうち、通常裁判所は、①首都・地方・地方巡回事実審裁判所、②管区事実審裁判所、③控訴裁判所、④最高裁判所に分類される。特別裁判所には、汚職に関する裁判を専属的に行うサンディガン・バヤン裁判所、シャリア巡回裁判所などが存する。

 フィリピンの訴訟手続きは英語によって追行され、フィリピノ語で証言などがなされた場合においては、裁判所から選任された翻訳業者が英語に翻訳することとされている。したがって、日本企業としても、英語で訴訟の追行が可能である。

 もっとも、フィリピンにおいては訴訟遅延による司法機能不全が問題視されている。この訴訟遅延の原因としては、例えば、裁判手続の煩雑さ、フィリピン国民の権利意識の高まりに伴う裁判所の処理能力を超す提訴数の増加などが挙げられている[7]。但し、第一級裁判所(大都市裁判裁判所(MTC))の管轄権を拡大することで、裁判所の事件の詰まりを解消しようとする法案が進行中である。これにより、RTCの負担が軽減されることが期待されている。また、RTCは外国の判決を承認するための第一審機関であるため、外国の仲裁判断の承認がより迅速に行われるようになることが期待されている[8]

 また、最高裁判所の人事権は、実務上、フィリピンの政治に影響されることが多いなど、外国投資家にとって必ずしもフィリピンの裁判所は透明性が高いとは評価されていない。

第3 フィリピンにおける仲裁制度の概要

 上記のようにフィリピン裁判所の迅速性、透明性の問題点などから、仲裁を選択する外国投資家も多い。以下、フィリピンの仲裁制度について概説する。

3.1 仲裁に関する法律の概要

 仲裁制度については、フィリピン民法2028条から2046条に規定されているなど、仲裁はフィリピンにおける一般的な紛争解決の手法として伝統的に認識されてきた。もっとも、1920年代に至るまでは、フィリピン裁判所によって当事者の仲裁合意が無効とされる判例が相次ぐなど、必ずしもフィリピン裁判所は仲裁制度に親和的な姿勢をとってこなかったと評価されていた。

 1950年代に入り、フィリピンは仲裁に関する法整備を進め、1953年にはフィリピン国会において、Republic Act No. 876(以下「仲裁法」)が制定された。また、1958年6月10日、フィリピンはニューヨーク条約に署名し、1967年7月6日、これを批准するなど、仲裁に関する基本的な法整備を推進した。

 もっとも、上記の仲裁法においては、例えば、仲裁手続きの詳細については定められていない曖昧な内容を多く含む法律であり、外国仲裁判断の執行方法が記載されていないなどの不備があり、1985年6月21日に採択されているUnited Nations Commission on International Trade  Model Law on International Arbitration(以下「UNCITRALモデル法」)にも準拠していない仲裁法であると評価されてきた。

 仲裁法の制定から約50年後の2004年、フィリピン国会は、UNCITRALモデル法に準拠した仲裁法制として、Republic Act No. 9285(いわゆるAlternative Dispute Resolution Act of 2004、以下「ADR法」)を制定した。ADR法は、上記仲裁法において欠如していた内容を補足するとともに、その内容の一部を修正したフィリピン仲裁法制の中心をなす法律であると言える。

 しかし、ADR法は UNCITRAL モデル法を採用することを明確に規定しているものの、1985 年の原版を参照している。UNCITRALモデル法は2006年に改正されているため、ADRを改正して当該2006年のUNCITRALモデル法の改正を取り入れる必要がある。2017年には、司法省傘下の機関である代替紛争解決局(Office for Alternative Dispute Resolution 「OADR」[9])が、ADRの改正を提案することになった。現在までのところ、いくつかの提案がなされているが、まだ法制化されていない。

 さらに、2010年には、仲裁手続きが進行している際に裁判所に援助が求められた際の制度について規定したSpecial Rules of Court on Alternative Dispute Resolution(以下「ADR特別裁判所規則」)も制定された。

 以上のように、フィリピンにおける仲裁は、①フィリピン民法、②仲裁法、③ADR法、および④ADR特別裁判所規則などが多層的に補完しながら規定されている。中でも仲裁制度の基本について定めているのが、ADR法であると評価されている。

 3.2 国内仲裁・国際仲裁の区別

 ADR法においては、国内仲裁(Domestic Arbitration)と国際仲裁(International Arbitration)の区別がなされている。フィリピンにおける国内仲裁とは、モデル法1条3項において国際仲裁と規定されていないものを指すとされている(ADR法32条)。そして、モデル法1条3項においては、以下の場合、仲裁は国際的仲裁とされている。

(a)仲裁合意締結時に、仲裁合意の当事者が、異なる国に事業地[10]を有していた場合、

(b)以下のいずれかの場所が、当事者の事業地が存する国の外に存在した場合、または、

 (i)仲裁合意において決定、準拠することとされている仲裁地、

 (ii)商業的関係から生じる義務の大部分が履行される場所、または の主題に最も近接的に関連する場所

(c)当事者が、仲裁合意に関する事由が1か国以上に関するものであると、明示的に合意した場合。

 そして、ADR法によれば、国際商事仲裁に該当する場合は、UNCITRALモデル法に従うと規定されている(ADR法19条)。そして、国際仲裁の承認・執行については、ADR法40条が、国際商事仲裁の承認・執行については、UNCITRALモデル法35条に準拠すると定められている。

 以下、本稿においては、日本企業が主に関連すると考えられる国際仲裁を中心に記載する。

 3.3 フィリピンにおける仲裁機関

 また、フィリピンにおいては、アド・ホック仲裁(Ad Hoc Arbitration)および機関仲裁(Institutional Arbitration)のいずれも認められている。

 アド・ホック仲裁については、フィリピンの法律、道徳、慣習、公序良俗等に違反することがない限り、当事者はその合意にしたがって仲裁を追行することが可能とされている[11]

 機関仲裁は、種々の機関のそれぞれの独自のルールに従って追行することが可能である。中でも、初期の頃は、フィリピンにおいて最も著名な仲裁機関が、PDRCIである。もっとも、フィリピンにおいては、特に国際的な仲裁事件については、ICC、SIACなど外国仲裁センターに合意されることが多い[12]。その理由としては、PDRCIが未だ国際的な案件に対応できるとの信頼がフィリピン弁護士の間でも十分得られていないこと、PDRCI規則が最新の仲裁規則に対応していない(複数当事者に関する規則がない、緊急仲裁・簡易仲裁に関する規則がない)ことなどが理由であるとのことである。それにもかかわらず、PDRCIは2016年に仲裁規則ブックレット[13]を発行し、複数の当事者について規定しているし、本稿で後述するように、簡易および迅速な仲裁に関する規則は含めている。

 2019年には仲裁機関としてPICCRも発足し、PDRCと競合すると考えられている。フィリピンの資格を持つ弁護士の義務的な法律協会であるIBPは、フィリピン全土に支部を持っている。IBPの広大なネットワークを持つPICCRは、フィリピン全土でADRをより効果的に推進できる可能性を秘めている。

 3.4 管轄、準拠法に関する特別の条項

 以上のように、国際的仲裁機関を選択することが一般的であるものの、フィリピンにおいて注意が必要なことは、特別な事件に関しては、仲裁機関が法律によって選定されていることがあることである。

 その最も顕著な例が建設に関する仲裁である。1985年、Executive Order No. 1008によって建設産業仲裁委員会(Construction Industry Arbitration Commission(CIAC))が設立され、CIACが建設に関する仲裁についての管轄を有することが定められた(ADR法34条、35条)。すなわち、Executive Order No. 1008においては、当事者の別途の合意がない限り、CIACには建設に関するあらゆる仲裁についての専属的な管轄を有することと規定されていた。この点に関し、フィリピン裁判所は、「仮に当事者が別途の仲裁機関を合意したとしても、当事者は法律によってCIACに仲裁を申し立てることが可能である。」と判示した[14]。したがって、当該フィリピン裁判所の立場によれば、例えば当事者が合意によってSIACの仲裁を申し立てることに合意したとしても、当該紛争が建設に関する紛争である場合においては、CIACに当事者が仲裁を申し立てる権利を有してしまうこととなり、SIACだけではなくCIACに仲裁を申し立てが可能であることとなり、2重係属の問題が発生してしまう。したがって、フィリピンの仲裁の実務においては、建設に関する紛争については、できるだけ当事者はCIACの仲裁を選択することが推奨されている[15]

 このほか、小切手に関する事件については、Bankers’ Association of Philippinesによる仲裁によって追行されることが規定されている。

 このように、フィリピンにおいては契約の内容によっては、特別な仲裁機関や準拠法に合意しなければならないこととされているため注意が必要である。

3.5 仲裁地

 当事者は、自由に仲裁地に合意することができるが、国際仲裁において仲裁地についての合意が存しなかった場合は、メトロ・マニラ(Metro Manila)が仲裁地となる(ADR法30条)。もっとも、仲裁廷は、仲裁地を、ヒアリングの場所などは、それとは別途に決定することが可能である。

3.6 仲裁の言語

 当事者は、自由に仲裁の言語に合意することが可能である。もっとも、その合意が存しなかった場合は、仲裁廷が別途に決定しない限り、国際仲裁については英語、国内仲裁については英語またはフィリピノ語が仲裁の言語とされる(ADR法31条)。

3.7 準拠法

 仲裁において一般的に準拠法、仲裁地、仲裁規則の選択は当事者に委ねられており、準拠法についても同様である。

 しかし、以下の通り、フィリピンの著作権法上、特別な規定があるため、注意が必要である。すなわち、Republic Act No. 8293[16](いわゆる「IP Code」)88条においては、Technology Transfer Agreementに関しては、①フィリピン法が仲裁法を解釈するための準拠法とされなければならないこと、②仲裁地はフィリピンもしくは中立の第三国とされなければならないこと、および③仲裁は、フィリピン法、UNCITRALモデル法、またはICCの規則に則って行われなければならないとされている。

 この点、Technology Transfer Agreementは、以下の通り定義されており、幅広いため、仲裁条項を起案するにあたっては、上記に抵触しないよう注意をする必要がある。

The term “technology transfer arrangements” refers to contracts or agreements involving the transfer of systematic knowledge for the manufacture of a product, the application of a process, or rendering of a service including management contracts; and the transfer, assignment or licensing of all forms of intellectual property rights, including licensing of computer software except computer software developed for mass market.

 現在、House Bill (H.B.)第8062[17]号は下院に係属中である。このH.B.は、当事者の合意がない場合、フィリピン知的財産庁(Intellectual Property Office of the Philippines 「IPOPHL」)が公布した裁判外紛争解決規則を適用することを規定している。IPOPHLは、ADR法を参照する必要がないように、ADRの利用をIPコードで制度化したいと考えていると言われている。このような制度化により、IPOPHLは紛争解決の手段として有効なADRプログラムを追求する権限を得ることができる。

3.8  証拠開示手続き

 証拠開示手続きについては、ADR法上、明確な規定はないが、当事者の合意により実施可能である。

3.9 暫定保全措置

 当事者は、仲裁手続きを申し立てる前に、または同時に、フィリピン裁判所に対して、または仲裁廷に対して、暫定的保全を求めて申請を行うことが可能である(ADR法28条、29条)。

第4 PDRCI、PICCR、CIACにおける仲裁手続き

4.1 沿革

 PDRCIは、1996年に設立された非営利法人であり、フィリピン商工会議所(Philippines Chamber of Commerce and Industry)の仲裁委員会から独立する形で設立された。

 一方で、CIACは、Executive Order No. 1008に則り、1985年に設立された非営利法人であり、建設に関する仲裁についての専属的な管轄を有している。

 前述の通り、PICCRは2019年にIBPによって、国際・国内を問わず、当事者間の紛争の当事者に商業仲裁やその他のADRサービス・施設を提供する非株式・非営利の仲裁機関として創設された。

4.2 PDRCI仲裁規則

 PDRCIは、2015年1月1日から適用される最新の「2015年PDRCI仲裁規則」を発表した。現行のPDRCI仲裁規則は、近年の国際的な仲裁機関の規則とより調和したものとなっている。特に、複数の当事者、簡易・迅速仲裁に関するルールが既に盛り込まれている。

4.1.1 PDRCIのモデル仲裁条項

 PDRCIが公表しているPDRCIのモデル仲裁条項(英語版)は以下のとおりである。

“Any dispute, controversy or claim arising out of or relating to this contract, or the breach, termination or invalidity thereof shall be settled by arbitration by accordance with the PDRCI Arbitration Rules as at present in force at the time of the commencement of the arbitration.”

Parties may wish to consider adding:

”The number of arbitrators shall be … (one or three);

The place of arbitration shall be … (city or country);

The language(s) to be used in the arbitral proceedings shall be…(language)”

 4.1.2 仲裁人

(ア)PDRCIの仲裁人名簿

 PDRCIの認定された仲裁人のリストはウェブサイトで公開されている[18]

 (イ)人数

 PDRCI規則では、仲裁人の数は、単独仲裁人の場合は1名、仲裁廷の場合は3名としている。当事者が仲裁人の数について事前に合意していない場合、PDRCIは、各事案の状況を考慮して、任命する仲裁人の数を決定するものとする。[19]

(ウ)手続き

 2015年、PDRCIは仲裁規則を更新し、国際基準や実際の仲裁のシナリオに沿ったものにした。PDRCI 2015の手続きに含まれる重要な改善点は、複数の当事者、簡易・迅速な仲裁に関する規則である。

 PDRCI規則に基づく仲裁手続きの流れは、大要、以下のとおりである。

(エ)複数当事者に関する規則[20]

 2015年のPDRCI規則では、複数の当事者による仲裁が認められている。仲裁廷の管轄に関する弁論(第30条)、複数の契約(第9条)、複数の当事者間の請求(第8条)、追加当事者のジョインディング(第7条)の規定に従い、いずれかの当事者が他の当事者に対して請求することができる。ただし、原則として、Terms of Referenceの締結後は、新たな請求を行うことはできない。例外として、相殺を目的とした請求または防御の修正(第9条)、規約で定められた事項の修正(第29条)が認められるなど、一定の場合には新たな請求が認められる。

(オ)簡易・迅速仲裁に関する規則[21]

 2005年に制定されたPDRCI規則には簡易仲裁の規定がないことが、当事者の間で不満となっていた。そこで、2015年に規則を改正し、当事者が仲裁廷の構成に先立って、以下の条件で簡易・迅速仲裁を申請できるようにした。

 ・あらゆる請求権の総額である紛争額がP25,000,000を超えないこと

 ・当事者が合意する

 ・例外的な緊急性がある場合

 簡易仲裁の主な特徴は以下の通りである。

 ・本件は、仲裁合意書に規定されていない限り、単独の仲裁人によって審理されるものとし、その場合、当事者は合意に至らない限り、単独の仲裁人に合意するものとする。

 ・PDRCIは、本規則およびその他に定められた期限を短縮することができる。

 ・仲裁廷は、仲裁を迅速に行うために簡易な手続を採用するものとする。

 ・仲裁通知に対する回答を提出した後、当事者は原則として1つの主張及び防御の陳述書を提出する権利を有するものとする。

 ・仲裁廷は、文書及び資料に基づいて紛争を決定するものとする。

 ・裁定は、PDRCIが仲裁廷にファイルを送信した日から6ヶ月以内に行われるものとす

 ・仲裁廷は、当事者が理由を述べないことに合意した場合を除き、裁定の根拠となる理由を要約して述べることができる。

4.3 PICCR

 前述のとおり、PICCRはIBP理事会によって、紛争当事者に商事仲裁やその他のADRサービス、施設を提供することを目的とした非株式、非営利の仲裁機関として設立された。

4.3.1 PICCRのモデル仲裁条項

 PICCRが公表しているPICCRのモデル仲裁条項(英語版)は以下の通りである[22]

“Any dispute, controversy, difference or claim arising out of or in relation to this agreement, including any question as to the interpretation, implementation, existence, validity, breach or termination thereof or as to any non-contractual obligation arising out of or relating thereto, shall be referred to and finally resolved by arbitration administered by the Philippine International Center for Conflict Resolution (“PICCR”) in accordance with the PICCR Arbitration Rules in force at the time of the commencement of the arbitration (“PICCR Arbitration Rules”), which rules are deemed incorporated by reference in this clause.

The arbitration shall be conducted by one or more arbitrators to be appointed in accordance with the PICCR Arbitration Rules.
The seat of the arbitration shall be [the Philippines].
The language of the arbitration shall be [English].
This arbitration agreement shall be governed by the laws of [the Philippines].”

4.3.2 PICCRの仲裁手続き

 PICCRが管理する仲裁の手続きの流れは以下の通りである。

 PICCRの詳細な仲裁手続きは、PICCRのウェブサイトに掲載されている[23]。さらに、「PICCR 2019 Handbook of Arbitration Rules」では、緊急仲裁規則や迅速な手続き規則が定められている[24]

第5 フィリピンにおける仲裁判断の承認・執行

5.1 総論

 国内仲裁判断については、仲裁法23条に沿って、承認・執行が行われる。国内仲裁判断は、Regional Trial Courtの手続きにしたがって承認・執行手続きが行われる。そして、Regional Trial Courtが仲裁判断を承認した場合、それはフィリピン国内の判決と同様の手続きで執行することができる(ADR法40条)。

 外国の仲裁判断については、フィリピンは2019年にシンガポール条約の加盟国となった。そのため、外国の仲裁判断の執行については、同条約に定められた統一的な手続きに従うことになった。ただし、フィリピンは同条約をまだ批准していないため、それまでの間はUNCITRALの規定に従うものとする。

 外国仲裁判断については、UNCITRALモデル法35条に従って、承認・執行が行われる(ADR法40条)。このため、外国仲裁判断については、UNCITRALモデル法と同様の手続きが用いられ、仲裁判断の原本または謄本、仲裁合意の原本または謄本、英語以外の場合はその翻訳が必要である(UNCITRALモデル法35条2項)。外国仲裁判断の承認・執行は、ニューヨーク条約加盟国か否かによって分類されており、ニューヨーク条約加盟国における外国仲裁判断については、最高裁判所の規則にしたがって、Regional Trial Courtでの手続きとなることが確認的に規定されている(ADR法42条)。ニューヨーク条約非加盟国における外国仲裁判断については、礼譲の精神に則り(on grounds of comite)、仲裁判断の承認・執行をすることも可能であるとの記載にとどまっている(ADR法42条)。

 他方、CIACによる仲裁判断は、Regional Trial Courtの承認を得ることなく、執行が可能であるとされている(ADR法40条)。

 ADR法12条が国際仲裁についての、仲裁判断の承認・執行および仲裁判断の取消しについて定めている。なお、以下の承認・執行拒絶事由の立証責任は、拒絶を主張する当事者にある。

イ)   当事者が無能力、または仲裁合意が有効ではなかった場合

ロ)   仲裁人の選任またはその他の仲裁手続に関して送達に瑕疵が

ハ)   あった場合

ニ)   仲裁判断が申し立てられた事項を超えて判断を行った場合

ホ)   仲裁人の構成・仲裁手続が仲裁合意とは異なった場合

ヘ)   仲裁判断が確定していなかった場合、または取消しがなされた場合、

または裁判所が以下の事由を認めた場合

① 紛争の対象事由がフィリピン法に基づく仲裁による和解・解決

に適しないこと、または

② 当該承認・執行がフィリピン法の公序良俗に反する場合

 5.2 承認執行が拒絶された事例

 本件では、Mabuhay Holdings Corporation, v. Sembcorp logistics limited, (G.R. No. 212734, December 05, 2018)、Mabuhay Holdings Corporation(マブハイ・Mabuhay)およびInfrastructure Development & Holdings, Inc. (IDHI)と、シンガポール共和国の企業であるSembcorp Logistics Limited (センブコープ・Sembcorp)が関係している。

 当事者は、島間高速フェリーによる共通の運送手段で乗客を運ぶ事業に従事していた。最終的に両当事者は、計画的な事業拡大を視野に入れ、両者の関係を管理する条件を定めた株主契約を締結した。この契約には、裁定の授与を含む仲裁手続きはシンガポールで行われるという仲裁条項が含まれていた。

 同事業が損失を出したため、マブハイとIDHI社が契約書に記載された保証金を支払わなかったことから、センブコープはICCの国際仲裁裁判所に仲裁申立を行った。ICCから有利な最終報酬を受け取った後、センブコープはマカティ市の地方裁判所(Regional Trial Court 「RTC」)に「外国仲裁判断の承認および執行に関する申立書」を提出したが、RTCはこの申立書を却下し、最終報酬を執行することはできないという判決を下した。

 この訴訟は最高裁に達し、センブコープ社を支持する判決が下された。この判決では、外国仲裁判断の却下は、ニューヨーク条約第5条に列挙された理由に基づくものに限られるとしている。それ以外の理由はRTCによって無視されるべきであり、マブハイはそれを立証できなかった。さらに、最高裁は、最終裁定により、センブコープがIDHIの広告付き株式を取得したかどうかについての事実問題はすでに解決しているという控訴裁判所(Court of Appeals「CA」)の判断を支持した。従って、RTCの否定的な調査結果は最終裁定のメリットに対する攻撃となる。以上のことから、CAは、裁判所は仲裁廷による事実の決定および/または法律の解釈を妨げてはならないとした。CAは最終裁定を認め、適切な執行のためにRTCに本件を再送した。[25]

5.3 承認執行が認められた事例

 ADR法が施行されて以降の外国仲裁判断の承認・執行が認められた事例としては、Tuna Processing, Inc. v. Philippine Kingford, Inc. (G.R. No. 185582, February 29, 2012) がある。本事件においては、原告(アメリカ・カリフォルニア法人)と被告(フィリピン法人)間で、ライセンスに関する契約が締結されたが、原告は、フィリピン国内において事業を行うために必要な許認可を取得していなかった。紛争が発生し、原告は仲裁を申し立て、有利な仲裁判断を得た。その後、仲裁判断を執行するため、原告は、2007年10月10日、フィリピン裁判所に承認・執行の申立てを行った。これに対し、被告は、原告はフィリピン会社法に違反し、フィリピン国内において必要な許認可を得ていなかったものであるとして、却下の申立て(Motion to Dismiss)を行った。

 フィリピンの裁判所は、ADR 特別法の事由は限定列挙であり、会社法違反はあげられていないこと、当事者において仲裁合意がなされた以上、仲裁廷の判断を重視すべきこと、それがニューヨーク条約の精神であることなどを理由に、被告の申立てを退け、承認・執行を認めた[26]

第6 最後に

 前述のとおり、フィリピンでは当事者間の代替的な紛争解決手段として仲裁を積極的に推進している。また、PDRCIとPICCRは、コロナウイルスの流行による現在の制限に対応して、オンライン仲裁を提供していることも注目に値する。

 さらに、フィリピンは、仲裁の国際的な流れに追いつこうと努力しており、PICCRのような新しい仲裁機関の導入、改正会社法のような仲裁を認める法律の制定、シンガポール条約への加盟などにより、近い将来、仲裁手続の信頼できる良い選択肢となることが期待されている。

 

[1] G.R. No. 202166 in relation to Decision March 13, 2013 in CA-G.R. CV No. 96502, Takenaka Corporation and Asahikosan Corporation vs .Philippine International Air Terminals Company, Inc.

[2] G.R. 181892

[3] 同規定は、1997年に改正された民事訴訟規則にも残されている(1997 Rules of Civil Procedure, as amended規則39、第48条)。

[4] Republic of the Philippines, Supreme Court, Second Division, G.R. No. 140288, October 23, 2006 ST. Aviation Services Co., Pte., Ltd., vs. Grand Internationl Airways, Inc., 本件においてはシンガポールにおいてなされた外国判決がフィリピン裁判所によって承認・執行された。

 

[6] Republic Act No. 11232, Act Providing for the Revised Corporation Code of the Philippines

[7] フィリピン憲法においては、迅速な裁判を受ける権利が保障されている(憲法第3条第16節)。そして、事件が提起されてから、最高裁判所においては24か月以内、合議体の下級裁判所では12か月以内、その他の下級裁判所では3か月以内に、判決もしくは決定を下さなければならないと規定されている(同第8 条第15節)。しかしながら、実務は上記の期限が順守されることは極めて稀とのことである。

[8] Senate Bill (S.B. 第 1353号), An Act Further Expanding the Jurisdiction of the Metropolitan Trial Courts, Municipal Trial Courts in Cities, Municipal Trial Courts and Municipal Circuit Trial Courts, amending for the purpose Batas Pambansa Blg. 129, otherwise known as the `Judiciary Reorganization Act of 1980,` as amended

[9] Office for Alternative Dispute Resolution (OADR), Department of Justice Padre Faura Street, Ermita Manila Sunny Oak, JDC Building, 571 Engracia Reyes St. Ermita, Manila, Manila (2021) (govserv.org)

[10] 当事者の事業地が複数存在した場合は、仲裁合意に最も関連性の強い場所が事業地となる。また、事業地が存在しない場合は、常居所が事業地と見做される(モデル法1条4項)。

[11] 民法1306条

[12] Victor P. Lazatin and Patricia Ann T. Prodigalidad “Arbitration in the Philippines”、その他筆者のヒアリングによる。

[13] PDRCI-Arbitration-Rules-Booklet.pdf

[14] China Chiang Jiang Energy Corp. v. Court of Appeals, et al., G.R. No. 125706, Sept. 30, 1996; National Irrigation Administration v. Court of Appeals, CIAC, et al,. G.R. No. 129169, Nov. 17, 1999, 318 SCRA 255, 268

なお、当該判決は、ニューヨーク条約に違反するとの評価もあり、今後、見直される可能性もあるとのことである。

[15] この場合における建設紛争の定義は、以下を含むとされている(ADR法35条)。比較的、幅広い定義となっていることに注意が必要である。

“directly or by reference whether such parties are project owner, contractor, subcontractor, fabricator, project manager, design professional, consultant, quantity surveyor, bondsman or issuer of an insurance policy in a construction project.”

[16] An Act Prescribing the Intellectual Property Code and Establishing the Intellectual Property Office, Providing for its Powers and Functions, and for other Purposes

[17] HB08062.pdf (congress.gov.ph);「An Act Providing for the Revised Intellectual Property Code of the Philippines, and for Other Purposes」を提案する; 法案は、2020年11月24日から貿易産業委員会(Committee on Trade and Industry)でペンディングになっている。;2021-03-Philippine-ADR-Review.pdf (pdrci.org)

[18] http://www.pdrci.org/neutrals-members/accredited-arbitrators/

[19] 2015PDRCI規則第11条

[20] ibid第8条

[21] Ibid 第52条

[22] https://piccr.com.ph/clauses.php

[23] https://piccr.com.ph/rules.php

[24] ibid

[25] G.R. No. 212734 – MABUHAY HOLDINGS CORPORATION, PETITIONER, VS. SEMBCORP LOGISTICS LIMITED, RESPONDENT.DECISION – Supreme Court E-Library (judiciary.gov.ph)

[26] G.R. No. 185582 (lawphil.net)