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オーストラリアの公益通報者保護法(Whistleblower Protection)について

2021年08月13日(金)

オーストラリアの公益通報者保護法(Whistleblower Protection)についてニュースレターを発行いたしました。
PDF版は以下からご確認ください。

オーストラリアの公益通報者保護法(Whistleblower Protection)後編

 

オーストラリアの公益通報者保護法(Whistleblower Protection)後編

2021年8月

One Asia Lawyers Group
オーストラリア・ニュージーランド事務所

 オーストラリアにおける公益通報者保護に関する法令は、会社法(Corporations Act 2001 (Cth))のPart 9.4AAA(以下、「本法令」)に定められています。本法令は、2019年に大幅な改正[1]が行われ、民間企業の不正行為の通報を促すためのより強固な保護体制が導入されました。

 前回のニュースレター(https://oneasia.legal/7138)では、本法令の適用対象となる通報と何かを、主要なコンセプトの解説を含めご紹介いたしましたが、本ニュースレターでは後編として、本法令の適用対象となる通報があった場合に、企業に対してどのような義務が課せられるのかを解説いたします。

1.通報者の身元の守秘義務

 2019年の改正前は、保護の対象となる通報を行った者(以下、「通報者」)に対し氏名の開示を義務付けていましたが、新法においてはこの義務を除外し、身元を伏せての通報を許可しています[2]。裁判においても、原則として、通報者の身元情報や身元の特定につながる可能性のある情報を開示することは求められません[3]

 また、通報によって直接にまたは間接的に通報者の身元が分かった場合には、通報者の同意がない限り、その身元、および身元特定につながる可能性のある資料を開示することは原則として禁止されます[4]。当該機密保持義は、オーストラリア証券投資委員会(ASIC:Australian Securities Investments Commission)、オーストラリア健全性規制庁(APRA:Australian Prudential Regulation Authority)、オーストラリア連邦警察(AFP:Australian Federal Police)、弁護士、その他本法入れの下位規則にて許可される者への開示には適用されません[5]

 以上から、通報を受ける企業側は、通報者の身元が分からない場合であっても、本法令にて保護されるべき通報である可能があるため留意が必要です。また、通報者の身元情報の他に、間接的に身元が判明する可能性のある情報や資料についても、機密情報として漏洩リスクの管理が求められます。

2.禁止行為

 通報者保護の対象となる場合、通報者は、通報を行ったことを根拠とする①民事・刑事・行政上の責任追及、および②契約またはその他の権利行使から保護されます[6]。従って、例えば、通報が雇用契約違反であることを理由として雇用を解除し、または機密保持義務違反等を理由として賠償請求を行うなどの行為は禁止されます。

 更に、通報者保護規制の対象となる通報を行ったこと、または通報が可能であるということを理由に、その者または他者へ不利益を与える行為を行うこと、または不利益を与えると脅すことも禁止されています[7]。「不利益」とは、従業員の解雇、労働中の怪我、降格などの職務の変更、差別、ハラスメント、精神的苦痛、その他様々な損害を与えることと広義に定義されています[8]

 もっとも、通報を根拠としない理由により雇用解除等の処分をすることは可能ではありますが、通報が理由であると反論を受けないようにするため、当該処分の理由や経緯、調査記録を詳細の記録として残しておき、更に、当該処分の判断をするマネジメント層の人物が通報について知識を有していない者であること(チャイニーズウォールの設置など)を証明できるようにしておくことが推奨されます。

3.個人の雇用に関する苦情の例外規定

 個人の雇用関係に関する苦情については明確な例外規定が存在します。具体的には、個人の現在または過去の雇用に関する当該個人に帰結する事項についての苦情であり、上述の通報を理由とする「不利益」に関する禁止行為に関連しない場合は、本法令の保護の対象となる通報とはみなされません[9]。従って、上述の守秘義務および禁止行為の対象とはならず、企業側は個人に対して雇用法、雇用契約、社内規則等に基づいた処分をすることが可能です。例外規定が適用される具体的な行為の例としては、以下が挙げられます。

・対象個人と他の従業員との間の対人関係
・対象個人の雇用、異動または昇格に関する決定
・対象個人の雇用条件に関する決定
・対象個人の停職、解雇その他懲戒処分の決定

 ただし、通報内容が、規制対象事業者に対し当該個人に関連しない重大な影響がある場合や、本法令または金融関連の法令違反、12か月以上の禁固刑に処される違法行為、その他公共制度または金融制度に対するリスクとみなされる行為に関係する場合は、例外規定は適用されず、本法令の保護の対象となるため留意が必要です。

 4.公への開示

 最初の通報から90日が経っても是正がなされない場合に、通報者は、規制対象事業体に対し通知を行ったうえで、連邦議会、州・準州議会または記者への開示が許可されます。もっとも、当該開示をする場合に、通報者は、通報対象の事項を是正する行動がとられたと信じるに合理的な根拠がないこと、および当該開示が公衆の利益(Public Interest)となることを信じるに合理的な根拠をもっていることが要件となります[10]

 当該開示についても、本法令の保護の対象となる通報とみなされ、規制対象事業体は上記1、2にて記述した対応を取る必要があります。また、通報内容が公となった場合に企業のレピュテーションへ大きな影響が出ることが考えられます。従って、本法令に明確に規定される義務ではありませんが、通報を受けた企業は、速やかに通報の対象となった不正行為の調査をして当該行為が本法令の保護の対象となるかを判断し、必要な場合に是正を図ることが重要であり、そのために日ごろから、企業内で通報を受けた場合に速やかな対応が取れる仕組みを設けておくことが推奨されます。

 5.罰則および補償義務

 上記1の守秘義務違反があった場合、および上記2にて解説した「不利益」を与える行為(またはその脅し)があった場合に、民事制裁の対象となり、企業に対しては最高で①11,100,000豪ドル、②本法令の違反により得た利益の3倍、または③事業体の年間売上の10%のいずれか高い方の罰金が科せられる可能性があります。また、個人に対しても罰則が科される可能性があり、その場合、①1,110,000豪ドル、または②違反により得た利益の3倍のいずれか高い方の罰金が科される可能性があります。また、いずれも刑罰の対象となり、別途刑法上の罰金および禁固刑が科される可能性があります。この他に、裁判所により、不利益を被った者への謝罪、補償、懲罰的損害の賠償、不利益が解雇や降格であった場合は従業員の復職などが命じられる可能性があります[11]

 従業員が守秘義務違反または「不利益」に関する禁止行為をしていた場合に、雇用者である企業も連帯して責任を負う可能性がありますが、裁判所が命令を下す際に、企業が注意義務を怠ったか、社内ポリシーの存在、その他不利益を与える行為を予防するに合理的な手段を講じたかなどが判断材料となるため、企業としては、公益通報に関するポリシーの制定および社内教育をするなどして、日ごろから注意義務を遵守し予防対策を取っていたことを証明できるようにしておくことが重要です。

6.公益通報者ポリシーの策定

 新法においては、事業者が公開会社または大規模非公開会社(連結収益が50m豪ドル以上、資産額が25m豪ドル以上、または従業員が100名以上であることのいずれか2点を満たす非公開会社[12])である場合、公益通報者ポリシーを策定することが義務付けられています

 そして、ポリシーには、通報者に与えられる保護に関する情報、通報の窓口や通報方法、企業の調査方法、通報対象行為に関連する従業員の公平な取扱いを確保するために企業が取る対策など、一定の内容が記載されなければなりません[13]。ポリシーの策定を怠った場合も、厳格責任の刑事違反行為であり、刑事罰が科されれる可能性があるため注意が必要です。

 なお公開会社または大規模非公開会社会社に該当しない事業者であっても、上述の通り通報を受けた場合の対応について社内教育を行う意義はありますので、社内ポリシーを策定し周知しておくことが重要となります。

 

以 上

 

[1] Treasury Laws Amendment (Enhancing Whistleblower Protections) Act 2019

< https://www.legislation.gov.au/Details/C2019A00010>

[2] Corporations Act 2001 第1317AA条Note

[3] Corporations Act 2001 第1317AG条

[4] Corporations Act 2001 第1317AAE条(1)。ただし、通報者の身元でない情報は、通報対象行為の調査に合理的に必要な場合に、開示者の身元特定リスクを低減することで開示が許可される(Corporations Act 2001 第1317AAE条(4))。

[5] Corporations Act 2001 第1317AAE条(2)

[6] Corporations Act 2001 第1317AB条

[7] Corporations Act 2001 第1317AC条、

[8] Corporations Act 2001第1317ADA条

[9] Corporations Act 2001第1317AADA条

[10] Corporations Act 2001第1317AAD条

[11] Corporations Act 2001第1317AD条、第1317AE条

[12] 2019年7月1日以降適用の基準値

[13] Corporations Act 2001第1317AI条(5)