インド・ハリヤナ州における州民の雇用枠75%義務化について
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インド・ハリヤナ州における州民の雇用枠75%義務化について
2021年11月11日
One Asia Lawyers 南西アジアプラクティスチーム
インドでは近年、一定の割合で州の州民を採用することを民間企業等に義務付ける州法が、各地で成立しています。これまで、各産業界から反対する声が挙げられていた他、憲法14条(法の下の平等)や16条2項および3項(雇用機会の平等)に違反するため無効を主張する訴訟がいくつかの州の高等裁判所で係属しており、その動向が注目されていました。
そのような中、グルガオンなどの産業拠点を有するハリヤナ州においても、月給3万ルピー(約4.6万円)以下のポストについては、ハリヤナ州の州民から75%を雇用することを義務付ける「ハリヤナ州州民雇用法(Haryana State Employment of Local Candidates Act, 2020)」[1]が、来年1月15日から施行開始されるとの通知が発表されました。
ハリヤナ州グルガオンは、デリー準州の近郊に位置し、デリー首都圏(Delhi NCR)に含まれます。そのため、デリーに居住しながらグルガオンに通勤する従業員も多く、本法律の与える影響は大きいとみられています。
本ニュースレターでは、2020年3月に可決されたものの、施行が見送られていた同法について、規制の内容と、日系企業へのインパクトについて解説いたします。
なお、2021年9月15日発売の『南アジアの法律実務』(https://oneasia.legal/7381)(中央経済社)では、インドやその他南アジア各国の会社制度、労働法、不動産法制等の法務実務を解説していますので、ぜひご参照ください。
- 1.「2020年ハリヤナ州州民雇用法」の概要
2020年ハリヤナ州州民雇用法は2020年11月に州議会において可決成立しました。その後、施行時期が不透明であったものの、今月6日、その施行日を2022年1月15日とするとハリヤナ州政府により公式に発表されました。
この法律は、2024年までに失業者ゼロを目指すハリヤナ州政府の取組みの一環として、州内の特に若年層への雇用の確保のために策定されたものと説明されています[2]。
民間企業等に対し、一定のポストにおいて、採用枠の75%を州民の候補者(Local Candidate)から雇用することを義務付けています。すなわち、採用枠が100名ある場合、そのうちの75枠をハリヤナ州民に割り当て、州外住民には25枠しか与えられなくなるということを意味します。この法律は、成立前から、業界団体による強い反発を引き起こしました。特に、対象となるポストが当初の法律では「月給5万ルピー以下」であったこともあり、高度技術を持つ人材を多く必要とする産業界は、優秀な人材確保が困難になり生産性や競争力の低下を招くとして、厳しく批判しています。
こうした動きもあり、州政府による11月6日付けの別の通知において、月額の上限が「5万ルピー」から「3万ルピー」に引き下げられています。すなわち、月額給与が3万ルピー(約4万8千円)超のスタッフの採用については、新法施行前と同様、ハリヤナ州民優先枠が設定されず、候補者の居住地域にかかわらず自由に採用することが認められます。
しかしながら、月額賃金が3万ルピー以下の従業員を恒常的に採用・雇用する在ハリヤナの企業にとっては重要な規制であることに変わりなく、該当する場合にはハリヤナ州民枠と州外民枠を別にする等の人事プロセスの見直しや、場合によっては募集条件の見直し(月額賃金3万ルピー以上となるよう設定する)、会社やパートナーシップでない場合には総従業員の数を9名以下にする、といった対応が求められることとなります。
ただし、同法の規定を実施する上で何らかの困難が生じた場合、施行から2年以内は、必要に応じた追加の規定が設けられる可能性があります(同法21条)。本法は、遵守までに期間を要する性質の規定であることからも、適用猶予期間が認められる可能性が極めて高いと言えます。猶予期間以外にも、何等かの是正や改定がなされることもあり得るため、次項で紹介する具体的な規定も、今後変更となる可能性がある点には留意が必要です。
- 2.具体的な規定
同法は、ハリヤナ州において、2022年1月15日から10年間有効となり、会社法に基づいて登録されたすべての会社に適用されます。
具体的には、以下の事業体に適用されます(政府系組織は適用対象外)。
【適用対象】
(Companies Act, 2013に基づき登録された)会社 (Haryana Registration and Regulation of Societies Act, 2012に基づき登録された)ソサエティ (Indian Trust Act, 1882で定義される)信託 (Limited Liability Partnership Act, 2008で定義される)有限責任パートナーシップ (Indian Partnership Act, 1932で定義される)パートナーシップ企業(Partnership Firm) ハリヤナ州で製造・サービス提供の目的で10人以上を雇用する者・事業体(any person employing ten or more persons on salary, wages or other remuneration for the purpose of manufacturing or providing any service or such entity) |
【登録義務】
対象となる使用者は、本法施行日から3ヶ月以内に、つまり2021年4月14日までに、月給3万ルピー以下を受け取っている従業員を、ハリヤナ州所定のポータルに登録することが義務付けられ、さらに、これら従業員のポータルへの登録が完了しない限り、従業員を雇用または従事させることが禁止されます(同法3条)。
ポータルでの登録プロセスについては、規則により通知されるとされています。
【「州民候補者(Local Candidate)」の雇用義務】
本法施行後は、対象となるすべての使用者は、3万ルピー以下のポストについて、ハリヤナ州の州民から75%雇用すること(every employer shall employ seventy-five percent of the local candidates)が義務付けられます(同法4条)。
この、「Local Candidate」とは、「ハリヤナ州に居住している候補者(who is domiciled in the State of Haryana)」を意味する(同法2条(g))と定義されているのみであり、ハリヤナ州の出身者でなくとも、州外や周辺国からの出稼ぎ労働者などが一時的に賃貸借契約上ハリヤナ州内に住所を置いていれば「州民候補者」として該当するのか、より厳密に公的ID証であるAADHARカード上の居住地登録が必要なのか、さらに地元民を優先する意図から一定(数年間)の居住期間が必要なのか、といった詳細は現時点で明らかになっていません。
なお、他州においては、マハラシュトラ州では同州に15年以上居住していることが州民の要件となっています。
多様な「ハリヤナ州に居住する」パターンが想定できるため、今後通知などによって具体的な定義や説明が追加されることも考えられる点には留意が必要となります。
「州民候補者(Local Candidate)」の定義
ハリヤナ州に居住している候補者 “Local Candidate” means a candidate who is domiciled in the State of Haryana. |
<現時点で雇用している従業員の扱いについて>
同法は、施行日からの適用となり、遡及適用の規定はないため、現時点で既に雇用している従業員については、遡及して適用されることはないと解釈できます。
これは、ハリヤナ州首相の公式発表[3]において、3万ルピー以下のポストへの新規採用(in all new recruitments)には、75%の州民候補者をあてるものと言及している点からも、既存の従業員は75%の雇用割当の影響を受けないとみなすことができると言えます。すなわち、すでに雇用されている月給3万ルピー以下の従業員のうちのハリヤナ州民割合は、75%以上である必要はありません。したがって、75%枠を満たすために、既存の従業員のうち、ハリヤナ州民以外の住民を解雇する等の対応は不要です。
【免除措置】
75%州民雇用義務規定は、遵守が困難な場合に免除を申請することができると規定されています(同法5条)。
具体的には、必要な技術や資格、技能(desired skill, qualification or proficiency)を持つ人材が確保できない場合に、当局の指定責任者(Designated Officer)に申請することが可能です。申請をしておくことにより、州民採用75%のルールが遵守できていなくとも、直ちに罰則を適用されなくなる可能性があり、遵守が難しい企業は免除申請をしておくことが勧められます。ただし、指定責任者は免除申請を却下することや、州民候補者を訓練して必要な技術等を習得できるよう使用者に指示することができるため、免除申請が受理されない可能性もある点は念頭に置く必要があります。
【適用の猶予措置】
同法の規定を遵守するにあたり困難が生じる場合には、施行から2年以内は、「困難を取り除くため」の追加の規定が設けられる可能性があります(同法21条)。
同法遵守の障壁については成立前から声高に指摘されており、直ちに75%雇用枠を完全に遵守することが難しい企業も少なくないと予想できることから、一定の猶予期間が認められる等の措置規定が追加される可能性は極めて高いと言えます。
州民の雇用枠を規定する法律が既に成立している他州においても、例えばアンドラプラデシュ州では、3年間の適用猶予期間が認められており、ハリヤナ州においても一定の措置がおかれることが想定できます。
【四半期ごとの報告義務】
本法の対象となるすべての使用者は、州民候補者が、採用枠の75%以上となっていることを確認すべく、州民候補者の採用の状況について、四半期報告書を指定のポータルサイトに提出することも義務付けられます(同法6条)。
当該報告書は当局による監視対象となり、報告内容の確認のため、企業内の記録や文書の提示を求められる場合があります。
【罰則】
同法の規定に違反した場合には、違反した規定に応じた額の罰金が定められており、登録義務(3条)違反の場合は10万ルピー以下、75%雇用義務(4条)違反には20万ルピー以下の罰金、また違反が継続する場合は1日につき500~1,000ルピーの追徴金が科される場合があります(同法10条~12条)。
また、企業による違反の場合、取締役ら(every director, manager, secretary, agent or other officer or person concerned with the management)も、同意や認知していないことを証明しない限り、有罪とみなされる場合があります(同法16条)。
- 3.他州の動向
ハリヤナ州以外においても、同様の法律が各地で成立しています。
例えば、他の州に先駆けて2019年に成立したアンドラプラデシュ州州民雇用法(Andhra Pradesh Employment of Local Candidates in Industries/Factories Act)でも、州内の使用者は、州民に75%の雇用枠を割り当てることが義務付けられています。アンドラプラデシュ州の同法における雇用枠には、一定の賃金上限や、職種・階級等が規定されておらず、ハリヤナ州よりも厳しい規定となっています。ただし、先述のとおり、3年間の適用猶予期間が認められているため、現時点では厳密に執行されていないのが現状です。
なお、アンドラプラデシュ州法においても75%雇用枠規定に違反した場合は罰則の対象となるものの、罰金額等の具体的な規定を定める規則は未発表となっており、現時点では適用猶予期間でもあるため、罰則の適用例はありません。
【各州の州民雇用枠に関する法律またはガイドライン】
州 |
州民の雇用枠 |
アンドラプラデシュ |
75% |
マハラシュトラ(ムンバイ含む) |
80% |
カルナータカ(バンガロール含む) |
75% |
マディヤプラデシュ |
70% |
ハリヤナ(グルガオン含む) |
75% |
- 4.まとめ・企業に求められる対応
同法の主な規定をまとめると以下のとおりです。
適用対象 |
・会社法上のすべての「会社」 ・従業員10人以上を雇用する者・事業体 等 |
適用期間 |
2022年1月15日から10年間 但し、施行後2年間程度の適用猶予が認められる可能性あり(法21条) |
登録義務 |
施行から3カ月以内(2022年4月14日まで)に、 月給3万ルピー以下の全従業員を指定ポータルへ登録 |
75%州民雇用義務 |
月給3万ルピー以下のポストへの新規採用は、「州民候補者」を75%雇用 |
報告義務 |
4半期ごとに州民候補者の雇用・採用状況を当局へ報告 |
これにより、工場で月給3万ルピー以下の従業員を多く雇用する企業等にとっては、今後新たに採用する従業員のうち、75%を「州民候補者」から起用することとなります。
そのため、募集や選考のプロセスにおいて、求職者の居住地を証明する書類を確認する等の運用が必要となることが考えられます。なお、「居住地の証明」については、賃貸借契約上ハリヤナ州居住と確認できればよいのか、それともAADHARカード(インド版マイナンバーカード)上の居住地がハリヤナ州内となっている必要があるのか、また3か月程度かかるAADHAR更新手続き中の扱い等の詳細については、現時点で明らかになっておらず、今後注目していく必要あります。また、居住地の要件を満たす必要があるのが、応募日現在なのか、採用日までに充足できていればよいのか、についても、現時点で明らかではありません。
また、4人に3人という高い割合をハリヤナ州州民のみで占めることが現実的に難しい場合には、先述のように、義務免除の申請手続きを踏むこととなります。
申請が受理されない等の場合、「月給3万ルピー以下のポスト」自体を削減する、すなわち、新規の募集において賃金の基準を3万ルピー以上に設定する、といった選択肢を考慮する企業も出てくることが予想され、その影響は小さくないと言えます。
しかしながら、同法に対しては依然として反発が大きい点や、施行から2年以内は追加の規則や通知においてさらなる変更(実施上の障壁を取り除くための)がなされる可能性もある(同法21条)点から、同法の施行までの通知のみならず、施行後の改定等についても引き続き注視が必要です。
[1] https://storage.hrylabour.gov.in/uploads/labour_laws/Y2021/March/W2/D09/1615277534.pdf
[2] https://haryanacmoffice.gov.in/06-november-2021-0
[3] ハリヤナ州ウェブサイト2021年11月6日付”Press Release“ https://haryanacmoffice.gov.in/06-november-2021-0
以上
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