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タイにおける相続手続と実務対応

2025年09月12日(金)

タイにおける相続手続と実務対応についてニュースレターを発行いたしました。こちらの内容は、以下のリンクよりPDF版でもご覧いただけます。

タイにおける相続手続と実務対応

 

タイにおける相続手続と実務対応

2025年9月20日
One Asia Lawyers国際相続プラクティスグループ

 日本人がタイにコンドミニアムなどの不動産や預金などの財産を保有する事例は近年増加しており、特にリタイア後にタイで長期滞在する高齢者層では一般的な現象となっています。しかし、日本人がタイで亡くなった後に、その人の財産を承継しようとする場合、日本とタイの相続法・手続制度の違いが障壁となることが多く、事前の理解と実務的な対応が不可欠です。
 本稿では、タイにおける相続手続の実務的対応の概略を記載します。

1.準拠法の枠組みと日タイの法制度の違い

 そもそも、日本人が外国で死亡した場合、いずれの国の法律を適用するべきかという国際私法の問題が生じます。
 日本では、「法の適用に関する通則法」により、相続は被相続人の本国法によると定められています。また、日本法上、相続財産が不動産であるか動産であるかによって、適用される制度が異なるという規定はありません。
 一方、タイでは、1938年制定の「法の抵触に関する法律」(Act on Conflict of Laws B.E.2481)に基づき、相続に関しては、不動産は不動産の所在地法を適用し、動産は被相続人の居住地の法律を適用すると規定されています。

2.プロベート制度(民事裁判所手続)の必要性

 タイで相続手続を進めるにあたって、最も大きな特徴が「プロベート手続」、すなわち民事裁判所による相続財産管理人(administrator)の選任です。タイでは、相続財産を実際に相続人へ分配したり、不動産や預金の名義を変更したりするには、裁判所の命令(Court Order)が必要になります。
 たとえ日本で有効な遺言(公正証書遺言等)が存在していたとしても、そのままではタイでは法的効力を有しません。タイの裁判所で、遺言の内容や形式が有効であることが確認され、相続財産管理人が正式に選任される必要があります。
 相続財産管理人を遺言によって指名することも可能なため、生前に相続財産管理人を指定しておくことも、手続簡略化のための一案です。

3.相続手続の流れと必要書類

 タイの家庭裁判所における相続財産管理人選任手続は、次のようなステップで進行します。
(1)申立書の提出:被相続人の最終居住地または財産所在地を管轄する民事裁判所に、相続人の1人が代表して申立てを行います。
(2)必要書類の準備:
 主な提出書類は以下の通り。

・被相続人の死亡証明書※戸籍謄本で代用可能
・戸籍謄本(相続関係、故人の婚姻、死亡の証明書類)
・遺言書(ある場合)
・財産証明書類(コンドミニアム登記簿原本、銀行通帳原本など)
・相続人の身分証明書(パスポート等)

(3)裁判所の審理と命令:異議がなければ、裁判所は相続財産管理人を任命し、その命令書が交付されます。この命令が、あらゆる登記や払い戻しの基礎となります。裁判所での審理の際、相続人の代表が実際にタイの裁判所に出廷する必要があるので、注意が必要です。

4.不動産の相続手続(コンドミニアムの場合)

 外国人がタイで合法的に不動産を所有できるのは、例外的に「コンドミニアム」に限られます。1979年コンドミニアム法(Condominium Act B.E.2522)により、全体面積の49%以内で外国人が所有することが許容されており、外国人が死亡してその権利を相続人に承継させることも原則として可能です。

 ただし、承継の過程でも管理人の任命命令が必要であり、土地局(Land Office)における登記変更には主に以下の書類が必要です:

・タイの裁判所が発行した相続財産管理人の任命命令書
・コンドミニアムの権利証書(Title Deed)
・相続人居住国のタイ大使館で認証を受けた相続人のパスポートコピー
・相続税や登録料の納付書類

 相続人が複数いる場合には、共同名義で登記するか、売却による分配を選択することが一般的です。

5.預金相続と銀行の対応

 被相続人がタイ国内の銀行に口座を持っていた場合、死亡届が出されると即座に口座が凍結されます。銀行は原則として、相続財産管理人が裁判所の命令を提示しない限り、相続人への支払いを行いません。これは、不動産に限らず預金などの動産にもプロベート手続が必要であることを意味します。

 主な必要な書類は以下のとおりです:

・タイの裁判所
・発行した相続財産管理人の任命命令書
・通帳

 払い戻された資金は、相続財産管理人の口座に送金された後、国外への送金申請を経て相続財産管理人から日本などの相続人代表の口座に移されます。

6.遺言の有無とその実務的効果

 被相続人が日本法またはタイ法に従って遺言を作成していた場合、その遺言が有効であれば相続手続は簡略化される可能性があります。
 しかし、日本法に基づき作成された遺言書は、タイでは自動的には有効と認められません。翻訳・公証・領事認証を経て、タイの裁判所が形式・内容の双方を確認しなければならず、必ずしも迅速とは限りません。
 これに対して、タイ国内で公証人のもとで作成された遺言(Notarial Will)は、タイの裁判所での審理において有効性が推定されやすく、プロベート手続を迅速に進める上でも有利です。
 なお、タイで有効な遺言とするには、タイ語で作成されていることが必要となります。実務上、外国語を併記する場合もありますが、タイ語で作成した遺言と同内容の外国語の遺言を作成することが一般的です。
 また、タイ法上、遺留分に関する規定が存在しないため、遺言書で相続人1名だけに遺産の全てを相続させるよう定めておくことも可能です(相続人ではない第三者に相続させることもできます)。ただし、遺言が作成されていない場合、生存している親や配偶者を含む相続人は、法定相続割合に基づいて財産を相続する権利を有します。

7.税務・為替・生前対策の重要性

 タイでは相続税法があり、タイ国内に所在する1億バーツを超える相続財産を受け取った外国人(1回または複数回にわたり受け取った場合を含む)は、1億バーツを超える部分に対して相続税を支払わなければなりません。税率は、受け取った相続財産によって、その価値の5%から10%の範囲で適用されます。また、不動産の移転には登録税・印紙税なども課税されます。また、国外への送金には一定の報告義務があり、送金先である日本側では相続税の申告義務が生じます。
 したがって、国際相続では両国の税務制度を見据えた対応が必要となります。
 加えて、生前にタイで有効な遺言を整備し、財産の棚卸と名義確認を行っておくことが、将来の手続簡略化と紛争予防につながります。

8.結語

 国際相続は、複数の法域が交錯する複雑な法律問題を孕んでいます。日本人がタイに財産を保有する場合、その相続にはタイの法制度と手続に適合した実務対応が不可欠です。とくに裁判所による相続財産管理人選任手続は、不動産・預金問わずすべての相続行為の前提であるため、タイ法に精通した専門家との連携が極めて重要です。
 早い段階から適切な遺言を準備し、国際的な観点からの財産管理を意識することが、家族への負担軽減とトラブル防止に大きく貢献します。