「2023年中国会社法改正が日系企業に与える影響」 その1-資本充実責任の厳格化
2023年中国会社法改正が日系企業に与える影響に関し、資本充実責任の厳格化についてのニュースレターを発行いたしました。
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「2023年中国会社法改正が日系企業に与える影響」
その1-資本充実責任の厳格化
2025年10月
One Asia Lawyers Group
中国大湾区プラクティスチーム
森 仁司(日本法)
第1 はじめに
2023年12月29日に、中華人民共和国全国人民代表大会常務委員会にて、「中華人民共和国公司法」(以下「中国会社法」または単に「会社法」といいます。)の改正が承認・公布され、2024年7月1日から施行されました(改正された中国会社法を以下「新会社法」といいます。)。
中国会社法は、1993年に制定され、その後、2005年の大改正を含め、5回にわたり改正が行われました。6回目の改正となる今回の新会社法は、200を超える条文の追加及び変更を伴い、2005年以来の大改正と位置付けられています。
改正点は多岐にわたりますが、本ニュースレターでは、このうち、日系企業中国現地法人及びその親会社が対応を求められる事項、ないし日系企業に及ぼす影響が大きいと思われる事項をいくつか採り上げてご説明いたします。
なお、中国会社法は、有限責任会社(中国語:有限責任公司)と株式会社(中国語:股份有限公司)それぞれについて規律がありますが、日系企業の中国現地法人のほとんどは有限責任会社ですので、本ニュースレターでは、有限責任会社に関する改正点に絞ってご説明いたします。
第2 日系企業が新会社法に対応しなければならない理由
従前、中国で設立された外資企業(外国企業の中国現地法人)のガバナンスについては、会社法ではなく、「中外合弁経営企業法」「外資独資企業法」「中外合作経営企業法」(外資三法)という会社法の特別法が適用され、会社法の適用は排除されていました。
ところが、新会社法の施行に先立ち、2020年1月1日、外資三法が廃止され、「中華人民共和国外商投資法」(以下「外商投資法」といいます。)が施行されました。これにより、外資企業は、独資企業(親会社による100%出資)、合弁企業(中国側パートナーと共同出資)を問わず、中国国内企業と同様、会社法に準拠したガバナンス及び経営を行うことが求められることになりました。
2019年までに設立された外資企業も、2024年12月末までが移行期限とされており、すでに新会社法への対応を求められています。
今回は、「資本充実責任の厳格化」についてご説明いたします。
第3 資本充実責任の厳格化
1 設立時の法定出資期限の復活
(1) 概要
2013年会社法改正の際、有限責任会社に対する最低登録資本金要件及び法定出資期限が撤廃されました。これにより、投資家は、出資を行うタイミングに柔軟性を持たせることができ、投資の活性化が図られることが期待されました。
しかし、旧会社法のもとで、会社設立時に高額の登録資本金を設定しつつ、払込期限を必要以上に長期とし、あるいは無期限とすることが認められた結果、いつまでも払込義務が果たされず、実際の払込金額と登録資本金が乖離し、会社債権者など会社と取引する第三者の取引の安全を阻害する結果となっておりました。
そこで、新会社法では、法定出資期限を復活させ、株主は有限責任会社設立後5年以内に登録資本金全額を払込しなければならないとされました[1]。これにより、2024年7月1日以降に新たに設立される有限責任会社については、設立から5年を上限とする出資期間を定款に記載する必要があります。
(2) 既存の会社に与える影響
2024年7月1日より前に設立された有限責任会社について、新会社法では、「附則」に、「(新会社法)施行前(2024年6月30日以前)に登記設立された会社について、出資期限が本法に定める期限を超えている場合・・・は、段階的に本法に定める期限内への調整しなければならない」とされ、「具体的な実施規則は、国務院が定める」としています[2]。これを受けて、2024年7月1日、国務院は、移行期間を明確にする規定を定めました[3]。
これによると、会社定款上、2027年7月1日時点で残存する出資期限が5年に満たない(つまり2032年6月30日以前が出資期限となっている)場合には、出資期限を変更する必要はありませんが、残りの出資期限が5年を超過している(つまり2032年7月1日以降が出資期限となっている)場合は、対応が必要となります。すなわち、
a.移行期間(2027年6月30日)までに定款記載の出資期限を5年以内(2032年6月30日以前)に変更した上で出資期限までに登録資本金を満額払い込む
b.減資する
のいずれかを選択する必要があります。
また、新会社法では、会社登記機関は、出資期限、出資額に明らかな異常がある場合、遅滞なく調整するよう要求することができるとも規定されております[4]ので、会社定款上、出資期限が無期限と定められている会社などは、移行期間中(2027年6月30日まで)であっても、中国政府機関から出資期限を設けるよう要求される可能性があります。
2 出資義務不履行の場合の責任
(1) 株主の義務
ア 損害賠償義務
新会社法では、株主が、期日どおりに出資額全額を払い込まなかった場合、当該株主は引き続き出資義務を負うほか、会社に与えた損失について賠償責任を負わなければならないとされました[5]。
また、設立時の株主が、定款に定められた出資を怠った場合、又は現物出資の実際の価額が株主の引受出資額を著しく下回る場合、設立時の他の株主は、当該株主と連帯して、出資不足の範囲内において責任を負うとされました[6]。
イ 債権者保護のための出資の繰上履行義務
会社が期限の到来した債務を弁済することができない場合、会社又は当該債権者は、出資を引き受けたが出資期限未到来の株主に対し、出資を払込むよう要求することができるとされました[7]。つまり、新会社法においては、株主の出資義務履行の機動性を犠牲にして、出資期限が未到来の株主に履行義務を負わせてまで、会社債権者の保護を図ろうというものです。株主にとっては、出資期限がまだまだ先であったとしても、想定外の出資義務を負うことになることに留意する必要があります。
(2) 董事会の払込督促義務
董事会(日本の株式会社における取締役会に近い)は、株主の出資状況について確認義務を負い、株主による払込が遅延している場合、会社は当該株主に対して書面により払込を督促しなければならず、これを怠り、会社に損害を与えた場合、責任董事(日本の株式会社における取締役に近い)は、会社に対し賠償責任を負うとされました[8]。
もっとも、上記のように書面による催促を行う場合、会社は、書面に60日以上の猶予期間を定めることができます。[9]
(3) 払込を履行しなかった場合の失権
当該猶予期間を経過しても株主がなお出資義務を履行しない場合、会社は、当該株主に失権通知を発送し、発送した日から、当該株主は出資を払込んでいない部分の持分を失うとされました[10]。
そして、当該持分については、6か月以内に譲渡又は減資による消却を行う必要があり、もし行われなかった場合、当該会社の他の株主が、会社に対する出資比率に応じて、当該失権した持分について出資を行わなければならないとされました。[11]
3 出資義務未履行の債権を譲り受けた場合の対応
新会社法では、有限責任会社の持分譲渡に際して、払込期日が到来していない持分を譲渡する場合、譲受人が当該払込を行う義務を負います[12]。
一方、払込期日が到来している持分を譲渡する場合、譲受人が払込期日の超過について認識しておらず、かつ認識できなかった場合を除き、譲渡人は、譲受人と連帯して払込義務を負います[13]。
それゆえ、M&Aにより他社から中国企業の持分譲渡を受ける場合、対象会社である中国企業の定款で出資期限を確認するのみならず、実際の払込状況に留意する必要があります。対象会社の登録資本金の払込が未了である場合は、クロージング(持分譲渡の対価決済)前に払込を完了するよう、譲渡会社に要求する必要があります。
4 まとめに代えて
もとより、新会社法のもとでも、株主有限責任の原則はなお維持されているのですが[14]、実質的には、上記の通り、株主による有限責任会社への出資を確保し、設立直後から会社財産の充実を図るため、株主に対し、従前よりも厳しい義務が課されています。さらに、その監督義務を董事に課すなど、実効性確保を図ろうとしております。
したがって、中国現地法人に出資している親会社が株主として、親会社から中国現地法人へ役員として出向している駐在員が董事等として、出資責任について想定外の義務を負わされるリスクがありますので、ご留意ください。
また、M&Aで中国企業を買収する場合などにおいては、出資期限が到来しているか、持分の払込が済んでいるかなど、留意する必要があります。
—–
[1] 新会社法第47条。
[2] 新会社法第266条第2項。
[3] 国務院「中華人民共和国会社法」の登録資本金登記管理制度の実施に関する規定。
[4] 新会社法第266条第2項。
[5] 新会社法第49条第3項。
[6] 新会社法第50条。
[7] 新会社法第54条(旧法では「会社」は除外されていました)。なお、株主による払込未了の金額が会社の債務額よりも大きい場合、払込未了部分の全額の払込を要求できるのか、会社の債務額が上限となるのかについては、現時点でははっきりしません。
[8] 新会社法第51条。
[9] 新会社法第52条第1項。
[10] 新会社法第52条第1項。
[11] 新会社法第52条第2項。会社が失権した持分について本条の義務を履行しなかった場合、既存株主がその持分を引き受けなければならないのは、不合理であるように思われますが、その手当ては特に規定がみられません。
[12] 新会社法第88条第1項。なお、譲受人が払込期日までに払込を行わなかった場合、譲渡人は二次的に出資義務を負担します。
[13] 新会社法第88条第2項。
[14] 新会社法第4条第1項前段は「有限責任公司の株主は、その引き受けた出資額を限度として会社に対して責任を負う。股份有限公司の株主は、その引き受けた株式を限度として会社に対して責任を負う。」とし、株主有限責任原則を規定しています。

