中国・労働紛争「新」司法解釈により日系企業に求められる対応 ―「事後対応」から「事前のコンプライアンス」への戦略転換を―
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中国・労働紛争「新」司法解釈により日系企業に求められる対応
―「事後対応」から「事前のコンプライアンス」への戦略転換を―
2026年5月
One Asia Lawyers Group
中国大湾区プラクティスチーム
森 仁司(日本法)
第1 はじめに
2025年7月31日、中国最高人民法院は「労働紛争事件の審理における法律適用問題に関する解釈(二)」(法釈〔2025〕12号、以下「新司法解釈」といいます。)[1]を公布し、2025年9月1日より正式施行しました。
2023年12月の意見募集稿公表から約1年半の審議を経て成立した本解釈は、全21条からなり、競業避止・無固定期間労働契約・社会保険・定年超過人員の雇用など、近年急増している労働紛争類型に対し細則的な基準を設け、地域ごとに異なっていた訴訟・仲裁の運用を全国的に統一させました。
新司法解釈の大部分は労働者側に有利な内容であり、施行後は関連紛争件数の増加と集団的権利保護活動の活発化が見込まれます。日系企業は「事後対応」から「全プロセスにおける事前コンプライアンス」へと戦略を転換し、速やかに社内の雇用管理体制を点検・整備することが急務です。
今回は、特に日系企業に与える影響が大きいと思われる事項について概観します。
第2 日系企業の労務管理に直結する7つのポイント
1 書面労働契約未締結の「2倍賃金」ルールの明確化
労働契約法では、雇用開始から1か月以降1年未満の期間に書面による労働契約を締結しない場合、使用者は毎月2倍の賃金を支払う義務を定めています[2]。しかしこの規定には「計算方法」「除外事由」「期間の上限」が明示されておらず、実務上の解釈が地域によって異なっていました。「新司法解釈」はこれを次のとおり明確化しました。
▶ 【計算単位】月単位で計算。1か月未満の端数は実勤務日数に基づいて計算(第6条)
▶ 【除外事由】不可抗力により締結できなかった場合、労働者本人の故意または重大な過失により締結できなかった場合(第7条)
▶ 【自動延長期間の扱い】妊娠・出産・授乳期間中の女性・労災有給休暇中・病気休暇中・研修服務期間中などの事由で契約が自動延長された期間は、書面未締結とはみなさない(第8条)
▶ 【期間の上限】雇用開始から満1年超は無固定期間契約を締結したとみなされ、その後は2倍賃金が発生しない(第9条)。結果として、2倍賃金が発生しうる最大期間は「雇用開始から2カ月目〜満1年」の11カ月分となる。
2 使用者の「無固定転換」回避行為を防止
⑴ 「労働契約法」第14条は、固定期間の労働契約を連続して2回締結し更新する際、労働者が希望すれば使用者は無固定期間労働契約の締結を拒否できないと定めています。無固定期間契約は契約期間満了による終了ができないため、これまで、使用者がこれを避けようとする事例が実務上多く見られました。「新司法解釈」では、「2回連続して固定期間労働契約を締結した」とみなされるケースを下記の通り明記し(第10条)、使用者側の「無固定転換」回避行為の防止を図っています。
▶ (一)使用者と労働者の合意で累計1年以上の期間延長をし、その延長期間が満了した場合
▶ (二)自動延長条項を設けた契約の延長期間が満了した場合
▶ (三)使用者変更後も同一労働者への労務管理を継続し、契約期間が満了した場合
▶ (四)信義則に反する回避行為(主体変更・形式的再締結等)により再締結し、その期間が満了した場合
⑵ また、契約期間満了後に労働者が継続勤務し、使用者が1か月以内に異議(契約終了・更新条件の提示等)を申し立てない場合、従前と同一条件での更新に同意したとみなされます(第11条)。つまり、契約期間満了後に会社が「何もしない」まま1か月を超えると、会社は契約を終了させる権利を失い、それでも解除を求めると解除事由に応じて経済補償金を支払わなければならないリスクを負うことになります。
⑶ さらに、無固定期間契約の締結条件を満たす労働者がその締結を求めた場合、裁判所は当該請求を支持するとされています(第11条)。
3 競業避止条項の有効性判断と労働者の違約責任
⑴ 以下の通り、労働者が競業避止義務を負う範囲を限定しました(第13条)。
▶ 営業秘密・知的財産に接触していない労働者に課した競業避止条項は無効
▶ 競業避止の範囲・地域・期間が労働者の実際の知得情報と不釣り合いな部分は無効
▶ 労働者が無効確認を請求した場合、裁判所は支持する
⑵ 他方で、労働者が相応の地位にある場合や秘密保持義務を負う場合には、競業避止義務を厳格に課すことを裁判所も認めています。
▶ 上記場合は、労働者が在職期間中の競業避止を約定してはならないことと、経済補償が支払われていないことを理由に当該競業避止条項の無効確認を請求しても、裁判所は労働者の主張を支持しない(第14条)。
▶ 労働者が有効な競業避止約定に違反した場合、使用者は支払済みの経済補償の返還+違約金の両方を請求可能(第15条)。
4 社会保険の不納付合意は無効
実務の現場では、労働者からの「手取り賃金を増やしたい」との要求に応じて、会社が労働者との間で、社会保険不納付を合意するケースが散見されます。「新司法解釈」第19条は、このような合意を明示的に無効と定めました。
そうすると、労働者が、会社の社会保険不納付を理由として労働契約の解除を求め、使用者に経済補償金の支払いを請求した場合、裁判所は労働者の主張を認めることになり、会社は、社会保険料の追納(延滞金も併せて納付義務あり)に加え、労働者への経済補償金の支払いという、2重の法的責任を負わなければならなくなります。
5 労働契約の「継続履行不可能」事由を明確化
使用者が労働契約を違法に解除した場合、労働者は、①違法解除の賠償金(経済補償金の2倍=2N)または②労働契約の継続履行のいずれかを選択できます。[3]
「労働契約法」第48条は、労働契約の継続履行が不可能な場合は賠償金支払いとすると規定していますが、これまで「不可能」の定義が不明確でした。「新司法解釈」第16条は、継続履行が「不可能」と認められる具体的な事由を以下のとおり列挙しました。
▶(一)仲裁・訴訟中に契約期間が満了し、かつ法的更新・延長事由がない場合
▶(二)労働者が基本養老保険待遇の受給を開始した場合
▶(三)使用者が破産宣告を受けた場合
▶(四)使用者が解散した場合(合併・分割による解散を除く)
▶(五)労働者がすでに他の使用者と労働関係を確立し、元の使用者の業務遂行に重大な影響を与えている場合
▶(六)その他、客観的に契約履行を不可能とするその他の事由がある場合
6 労働契約の違法解除の場合の賃金支払義務
上記5で、労働者が労働仲裁の手続で労働契約の継続履行を請求し、使用者による労働契約の違法解除が認定された場合、違法解除した日から職場復帰前日までの期間についても賃金の支払いが問題となります。「新司法解釈」第18条は、以下の通り、明確にしました。
| 原則 | 違法解除決定日〜契約再開前日の全期間について、通常の勤務時の賃金基準(基本給・固定手当等)で支払う義務がある |
| 双方に過失がある場合 | それぞれの過失割合に応じて賃金負担を調整する。裁判所が裁量により判断 |
7 定年を超えた従業員の雇用関係の認定ルール変更
中国の労務管理においては、労働契約のほかに「労務契約」という形式もよくみられます。「労働関係」は、労働法などの法律によって規制され、使用者と労働者はそれぞれの法定の権利および義務を有しており、これを任意に設定することはできません。これに対し、「労務関係」は、対等な民事主体間の関係であり、労働法による拘束を受けず、その報酬や勤務時間などの条件は、双方の自由意思に基づいて決定することができます。
旧「新司法解釈」[4]は、使用者が採用した「すでに養老保険待遇を享受または定年退職金を受給している人員」との紛争を一律「労務関係」として処理するよう規定していました。しかし、「新司法解釈」第21条はこの規定を廃止しました。
これにより今後の法的関係の認定は「労働関係と労務関係の中間に位置する特殊な関係」に移行するものと考えられます。具体的に整理すると、以下の通りです。
| 労働関係として扱われる部分
• 労働報酬(最低賃金基準の適用) • 労災保険への加入・補償 |
合意で決められる部分
• 上記基本権益以外の処遇条件 • 契約期間・更新条件 |
中国においては、法定退職年齢の引き上げが進んでおり、定年超過人員の活用ニーズはさらに高まることが見込まれます。定年再雇用制度を労務関係として設計している日系企業は、速やかに制度の見直しを行う必要があります。
第3 「新司法解釈」の施行により予想される影響と取るべき対応
1 今後予想される紛争類型
「新司法解釈」により明確化・厳格化された分野では、以下のとおり関連紛争の増加が予想されます。
| 増加が見込まれる紛争類型 |
| ▶ 【無固定期間契約関連】連続2回締結・「無固定転換回避行為」防止により、無固定期間契約の締結・解除をめぐる紛争が増加 |
| ▶ 【社会保険追納関連】不納付合意の無効化により、集団的な追納請求および経済補償金請求が急増する可能性 |
| ▶ 【競業避止関連】使用者による二重請求権の明確化、および労働者による無効確認訴訟の双方が増加 |
| ▶ 【違法解除関連】継続履行不可能事由の明確化と違法解除期間の賃金請求権の確立により請求が増加 |
| ▶ 【定年超過人員関連】「労務関係一律」ルール廃止後の移行期に、関係認定をめぐる新型紛争が出現する可能性 |
2 日系企業に求められる実務対応
「新司法解釈」の施行を受け、中国の労働法体系はいっそう厳格化・精緻化されています。以下の4つの優先事項について、速やかな社内レビューと対応をお勧めします。
⑴ 対応①:労働契約管理の精緻化
・全従業員の労働契約締結状況・契約満了日を一覧化した管理台帳を整備し、満了1か月以前には「更新」「終了」のいずれかを明確に意思決定・書面化すること。
・契約満了後の継続勤務は「同一条件での更新同意」とみなされるリスクがあるため、満了日の管理を徹底することが肝要です。特に連続2回目の固定期間契約満了を迎える従業員については、無固定期間契約への対応方針を事前に決定しておくことが重要となります。
⑵ 対応②:社会保険納付状況の総点検
・在籍する全従業員(中国人・外国人を問わず)の社会保険納付状況を確認し、不納付・納付不足が存在する場合は早急に補正すること。
・過去に「不納付合意」があった場合は法的リスクが高く、集団的な追納請求に発展する可能性があるため、対応方針を策定することをお勧めします。
⑶ 対応③:競業避止合意書の見直し
・従業員との現行の競業避止合意書について、対象者の選定基準(営業秘密・知的財産への接触の有無)、禁止範囲・地域・期間の合理性、経済補償の具体的な金額と支払方法、違約金の算定方法・具体的金額の記載等を見直す必要があります。
・合理性を欠く競業避止条項は無効とされるリスクがありますが、適切に整備された条項は退職後の競業行為に対する有効な抑止力となります。
⑷ 対応④:定年再雇用制度の再設計
・多くの日系企業は中国現地の定年(男性60歳、女性55歳等)に合わせた再雇用制度を「労務契約」として運用していますが、「新司法解釈」第21条の施行によりこの設計の見直しが必要です。
・今後施行が見込まれる「年齢超過労働者の基本権益保障に関する暫定規定」の内容も踏まえ、最低賃金・休暇・残業・労災保険等の基本権益を保障した書面契約を整備することをお勧めします。
※本ニュースレターは中国法に関する一般的な法令情報を提供するものであり、具体的なアドバイスや法的意見を提供するものではありません。
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[1] 正式名称:最高人民法院关于审理劳动争议案件适用法律问题的解释(二)(法释〔2025〕12号)
[2] 労働契約法82条。
[3] 労働契約法87条、48条。
[4] 2021年1月1日施行「労働紛争事件の審理における法律適用問題に関する解釈(一)」

