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グローバルビジネスと人権:今さら聞けない素朴な疑問: 【第3回・完】会社は誰のもの?【2026年】

2026年06月03日(水)

「グローバルビジネスと人権:今さら聞けない素朴な疑問: 【第3回・完】会社は誰のもの?【2026年】」に関するニュースレターを発行いたしました。こちらの内容は、以下のリンクよりPDF版でもご覧いただけます。
グローバルビジネスと人権:今さら聞けない素朴な疑問: 【第3回・完】会社は誰のもの?【2026年】

グローバルビジネスと人権:
今さら聞けない素朴な疑問:
【第3回・完】会社は誰のもの?【2026年】

2026年6月
One Asia Lawyers Group
コンプライアンス・ニューズレター
アジアESG/SDGsプラクティスグループ

はじめに

「本当にこれが最後です」と言いながら3回目の面談を取り付けたCくんを、D先生は苦笑しながら受け入れた。
今回のテーマはCくんが一番気になっていたことだった。「企業の目的は利潤追求ではない」とD先生が第1回に言ったこと。そして、日本企業が人権問題に取り組んでいると思っていたのに、国連の訪日調査で厳しい評価が出ていたこと。これらの疑問が、頭の中でずっと引っかかっていた。

Q1 会社は株主のものじゃないんですか?

【C くん】先生、第1回に『企業の目的は利潤追求ではない』と言われましたが、でも会社法では株主のために利益を最大化することが前提ですよね? 矛盾していると思うんですが。
【D 先生】いい問いです。これは経済学と経営学と法学が微妙にすれ違っている領域です。少し歴史から整理しましょう。
20世紀後半の英米のコーポレートガバナンス論を支配したのは、ミルトン・フリードマンが1970年に書いた論文の主張です。「企業の社会的責任とは利益を増加させることだ」——これが株主至上主義(Shareholder Primacy)の出発点です。この考えは1980〜90年代に世界中の経営教育に広まりました。
しかし実際には、この考え方が生んだ問題も深刻でした。短期的な株主利益を最大化するために経営者に株式報酬が多用された結果、長期的な投資より四半期ごとの株価が優先されるようになりました。エンロン、ワールドコム、そして2008年のリーマン・ショックにつながる金融機関の過度なリスクテイクは、この株主至上主義の暴走と無関係ではありません。
【D 先生】2019年にビジネス・ラウンドテーブル(米国主要企業181社のCEOが加盟)が『企業の目的はすべてのステークホルダーへのコミットメントである』と声明を出したのは、その反省の文脈です。ただし——重要な留保があります。
【C くん】留保?
【D 先生】声明を出した会社と出さなかった会社で、実際のESG行動に統計的な有意差は見られなかった、というハーバード・ロースクールの研究があります。美しい声明と実際の経営の変化は別物です。法務担当者として、この乖離を見抜く目を持つことが大事です。
【ポイント】株主至上主義は短期志向と過度なリスクテイクを生み、エンロン・リーマン危機の遠因となった。ステークホルダー志向への転換が世界的に進んでいるが、声明と実態の乖離を見抜く眼が求められる。

Q2 日本のコーポレートガバナンス改革って、どこまで進んでいるんですか?
【C くん】日本でも最近コーポレートガバナンス改革って言われていますが、実際どこまで進んでいるんですか? 欧米と比べてどうなんでしょうか。
【D 先生】日本のガバナンス改革は、2015年のコーポレートガバナンス・コード(CGコード)採択から本格化しました。社外取締役の設置義務化、取締役会の多様性確保、情報開示の充実——この方向性自体は正しい。
しかし、グローバルな投資家から見た日本の課題は根深い。大手外資系企業が日本の株式市場への上場を避ける傾向があることは、その象徴的な現れです。
 【D 先生】ただし、日本型ガバナンスを全否定することも誤りです。メインバンク制と長期雇用を組み合わせた日本型の統治システムが、1980年代の高度成長を実現したことは歴史的事実です。また、株式報酬偏重のアメリカ型が生んだ問題も先ほど話した通りです。重要なのは、グローバルな投資家から見た課題を正確に理解し、制度のどこを変えるべきかを冷静に議論することです。
【C くん】GDPで世界上位の国なのに、大手外資系企業が日本に上場しない、というのはどういう意味ですか?
【D 先生】例えば、グーグル・メタ・テスラといった世界的企業は東証に上場していません。日本のGDPについて言えば、2023年にドイツに抜かれて4位に転落し、IMFの最新予測では2026年にインドにも抜かれて5位になる見通しですが、 それでもまだ大きな経済圏です。理由は複合的ですが、先ほど挙げたような投資家環境・情報開示・ガバナンス慣行への不信感が背景にあります。
【C くん】それって、日本企業の法務担当者として何か関係ありますか?
【D 先生】大いにあります。グローバルな機関投資家はESG情報・ガバナンス情報・人権DDの状況を評価基準としています。情報開示の質と人権対応のレベルが、会社の株価・資金調達コスト・取引関係に直接影響する時代です。法務担当者はそこに深く関わっています。
【ポイント】日本のガバナンス改革は前進しているが、持ち合い株式・買収防衛策・情報開示の壁が依然として残る。日本型ガバナンスを全否定するのも誤りだが、グローバル投資家から見た課題を正確に理解することが必要。
Q3 日本企業が人権問題に取り組んでいないって、本当ですか?
【C くん】第1回のとき『日本企業も人権問題に取り組んでいると思っていたが、国連の訪日調査では厳しい評価が出ている』と言ったことが気になっています。どういうことですか?
【D 先生】2023年8月に公表された国連『ビジネスと人権』作業部会の訪日調査報告書は、率直な評価として、日本企業の人権対応に複数の重要な課題を指摘しました。 国連作業部会が指摘した主な問題点は次のようなものでした。
第一に、日本の人権DDに関するガイドラインは整備されているが、それが企業の実際の行動変容につながっているか疑問という点。多くの企業が『人権ポリシーを制定した』段階に留まり、実質的なリスク評価・対処・モニタリングが未整備という実態です。
第二に、労働環境における深刻な問題——長時間労働、外国人労働者の扱い、女性のガラスの天井——について、日本企業が実態を直視できていないという指摘。これは人権DDの問題でもあります。
第三に、独立した人権侵害調査機関の設置や義務的DD法制化が未整備であり、NGO・市民社会との対話が不足しているという点です。
【D 先生】日本企業が人権問題に無関心なわけではありません。ただ、『人権ポリシーを制定する』ことと『実際にサプライチェーンを調査し、問題があれば是正措置を取り、その結果を開示する』ことは全く異なるレベルの話です。後者ができている企業は、グローバルに見てもまだ多くはありません。
【C くん】つまり、形だけのコンプライアンスでは足りない、ということがここでも出てくるんですね。
【D 先生】そうです。コンプライアンスを本当に機能させるためには、会社のミッションから始まり、リスク評価、実際の改善行動、そして透明な開示まで——このサイクルをまわすことが必要です。法務担当者はその全体像を理解し、それぞれの担当部署をつなぐ役割を果たすべきです。
【ポイント】日本企業は人権ポリシーの制定段階に留まるケースが多く、実質的なリスク評価・是正・開示のサイクルが整っていないことが国連調査で指摘された。形式的なコンプライアンスと実質的な人権DDは全く異なるレベルの問題。 おわりに D先生は画面の向こうで軽く伸びをした。
【D 先生】3回にわたって話してきましたが、共通のテーマは一つです。形式よりも実質。ルールより原則。そして、法務担当者の仕事は書類を管理することではなく、会社がそのミッションを誠実に果たせるよう支援することです。
【C くん】先生、本当にありがとうございました。最初は法律の話だと思っていたのに、経営学や国際政治の話が次々と出てきて、正直頭がついていかない部分もありました。でも、全部つながっているんですね。
【D 先生】つながっています。それが見えてきたなら、この3回は無駄ではなかった。

【C くん】先生、もし一つだけ次に読む本を教えていただけるとしたら、何ですか? D先生は少し考えた。こういうとき、彼はいつも本当に迷う。
【D 先生】一冊だけなら——ドラッカーの『経営者の条件』です。薄い。すぐ読める。でも、20年後もまだ刺さる。
【C くん】わかりました。今度こそ本当にありがとうございました。(完)
📋 第3回 これだけは覚えておこう!
✔ 株主至上主義は短期志向の弊害を生んだ。ステークホルダー志向への世界的転換が進んでいるが、声明と実態の乖離を見抜く眼が法務担当者に求められる。
✔ 日本のコーポレートガバナンス改革は進展しているが、持ち合い株式・買収防衛策・情報開示面での課題が残り、グローバル投資家から見たバリアがある。
✔ 国連訪日調査は、日本企業が人権ポリシー制定段階に留まり、実質的なリスク評価・是正・開示サイクルが未整備であることを指摘した。
✔ 法務担当者の仕事は書類管理ではなく、会社がミッションを誠実に果たせるよう全体をつなぐこと。経営・国際政治・人権・AIの全領域にアンテナを張れ。

推薦図書まとめ
3回を通じて紹介した本を改めてまとめます。どれも本物です。
📚 推薦図書 『経営者の条件』 P.F.ドラッカー著、上田惇生訳(ダイヤモンド社、2006年) → D先生が「一冊だけ選ぶなら」と言った本。薄い。すぐ読める。でも20年後もまだ刺さる。何に集中し、何を捨てるか——組織で生きるすべての人のための古典。(原著1966年)
📚 推薦図書 『ネット・ポジティブ』 ポール・ポールマン、アンドリュー・ウィンストン著(日本経済新聞出版、2022年) → ユニリーバの元CEOによるパーパス経営の正直な記録。美しい声明と現実の距離を当事者が語る。SDGs・ESGを形式ではなく実質として理解したいすべての人へ。(原著2021年)
📚 推薦図書 『Business and Human Rights: From Principles to Practice』Dorothée Baumann-Pauly & Justine Nolan 編(Routledge、2016年) → UNGPsの理論と実務を橋渡しする英語圏の標準テキスト。本気で国際基準を理解したい人には必読。
📚 推薦図書 『Just Business: Multinational Corporations and Human RightsJohn G. Ruggie 著(W.W. Norton、2013年) → 本文でD先生が直接引用した、UNGPs起草者ラギー自身による記録。なぜ条約ではなくソフトローだったのか、「heterodox(異端的)」な設計思想とは何だったのか——当事者が委任の範囲と戦略を自ら語った必読の一次資料。
📚推薦図書Co-Intelligence: Living and Working with AI』Ethan Mollick著(Portfolio/Penguin、2024年) → AIをどう使い、どう疑い、どう共に生きるかについての最も誠実な一冊。ウォートン・スクール教授による2024年の必読書。


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