グローバルビジネスと人権: 責任あるAIガバナンス」ニュースレター 第2号:日本のAI法制 ――AI法とソフトローの二層構造
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グローバルビジネスと人権:
責任あるAIガバナンス」ニュースレター 第2号:日本のAI法制
――AI法とソフトローの二層構造
2026年8月
One Asia Lawyers Group
コンプライアンス・ニューズレター
アジアESG/SDGsプラクティスグループ
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ひとことで言うと AI法(正式名称:人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律。令和7年法律第53号)は、2025年6月4日に公布・一部施行され、AI基本計画とAI戦略本部に関する規定が同年9月1日に施行されて全面施行に至った。全28条のうち企業を名宛人とする条項は実質的に第7条のみで、罰則は一つも置かれていない。 だからといって「ハードローがないから対応は不要」と読むのは誤りである。第13条に基づく適正性指針(2025年12月19日AI戦略本部決定)と、AI事業者ガイドライン(2026年3月31日公表の第1.2版が最新)が、法律の余白を埋めるかたちで実務上の行動規範を形づくっているからである。 しかも第Ⅱ期人工知能基本計画(2026年7月14日閣議決定)は、AI法を含む制度の「能動的かつ不断の見直し」を明記した。現在の姿は到達点ではなく通過点である。本号では、この「基本法+ソフトロー」の二層構造を条文レベルで正確に押さえたうえで、日本企業が併せて視野に入れるべきグローバル規範の現在地を整理する。 |
はじめに
第1号で描いた規範の地図に照らせば、日本のAI法は「国内法(ハードロー)」の類型に属する。もっとも、EU AI Actのような網羅的な義務と制裁金の体系とは似て非なるものである。条文の多くは国と地方公共団体を名宛人とし、民間に向けられるのは理念と責務にとどまる。典型的な基本法の設計である。
本号は、制定経緯、条文構造、適正性指針の中身、AI事業者ガイドラインとの役割分担を順にたどる。そのうえで、日本の国内ソフトローがどこから来ているのかを国際規範の側から確かめる。狙いは一つ、「日本にはハードローがないので対応は不要」という誤解を、条文と一次資料に即して解くことである。
第1部 AI法の制定経緯と基本的性格
1. 制定の経緯
出発点は、内閣府の下に置かれたAI制度研究会の議論である。AI戦略会議・AI制度研究会が2025年2月4日に公表した「中間とりまとめ」は、政府による指針整備や実態調査を法制度によって裏づけるべきだと提言した。この提言を受けて法案が固まり、2025年2月28日に閣議決定を経て国会へ提出され、5月28日に成立、6月4日に公布された。法律の大部分は公布日に施行され、AI基本計画(第3章)とAI戦略本部(第4章)に関する規定は、附則第1条ただし書に基づく政令により同年9月1日に施行された。これをもって全面施行である。
背景には、各国のアプローチが同時に多様化し、かつ流動化したという事情がある。EUは2024年に包括的な義務・罰則体系を伴うAI Actを成立させた。他方で米国は、2023年10月のAI大統領令を2025年1月の政権交代に伴って撤回した。規制の方向がこれほど分かれるなかで、それまでソフトロー一本で対応してきた日本でも、指針の整備と実態調査に法的根拠を与えるべきではないか、という議論が高まったのである。
2. 基本的性格――「基本法+理念法」
AI法は、条項の多くが国や政府を名宛人とする基本法である。AIの提供者・利用者に網羅的な義務と遵守事項を課す欧州型のハードローとは、そもそも設計思想が異なる。企業の行為規範を定めるのは第7条(活用事業者の責務)に限られ、その内容も努力義務と協力義務、つまり罰則を伴わない責務規定にとどまる。
第2部 AI法の構造を条文で読む
1. 目的(第1条)・定義(第2条)・基本理念(第3条)
第1条は、AI関連技術の研究開発・活用の推進に関する基本理念と基本計画の策定その他の施策の基本事項を定め、AI戦略本部を設置することにより、国民生活の向上と国民経済の健全な発展に寄与することを目的に掲げる。科学技術・イノベーション創出活性化法やデジタル社会形成基本法などの関係法律による施策と「相まって」推進する、という書きぶりも、この法律が既存法制の上に重ねられた基本法であることを示している。
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第2条(定義) 要旨 「人工知能関連技術」とは、人工的な方法により人間の認知・推論・判断に係る知的能力を代替する機能を実現するために必要な技術、および入力された情報を当該技術を利用して処理し、その結果を出力する機能を実現するための情報処理システムに関する技術をいう。 |
特徴は、深層学習やTransformerといった特定の技術方式を名指しせず、機能に着目して定義した点にある。技術中立的で、かつ相当に広い。この設計の背景には、AI法が国の基本法であることに加え、規制が目的達成のために特定の技術の使用を強制したり優遇したりすべきではない、という考え方があるとされる。
第3条は基本理念を5項にわたって定める。第1項が他の基本法との関係を整理したうえで、第2項以下が、①AI関連技術は経済社会の発展の基盤であり安全保障上も重要であるから、研究開発力を保持し国際競争力の向上を図ること、②基礎研究から活用までの各段階の関係者が相互に密接に関連することに鑑み、総合的・計画的に推進すること、③不正な目的または不適切な方法で行われた場合には、犯罪への利用、個人情報の漏えい、著作権の侵害その他の権利利益の侵害を助長するおそれがあることに鑑み、過程の透明性の確保その他の必要な施策を講じること、④国際的協調の下に推進し、国際協力において主導的な役割を果たすこと、の4点を掲げる。透明性が理念に据えられた理由は、この③に明示されている。
2. 責務規定(第4条〜第8条)
国(第4条)、地方公共団体(第5条)、研究開発機関(第6条)、活用事業者(第7条)、国民(第8条)について、それぞれの責務が定められる。企業にとって決定的に重要なのは第7条である。
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第7条(活用事業者の責務) 要旨 AI関連技術を活用した製品・サービスの開発・提供を行おうとする者その他AI関連技術を事業活動において活用しようとする者(活用事業者)は、基本理念にのっとり、自ら積極的なAI関連技術の活用により事業活動の効率化・高度化および新産業の創出に努めるとともに、国および地方公共団体が実施する施策に協力しなければならない。 |
第7条は二つの要素からなる。①自ら積極的にAI関連技術を活用するよう努めること(努力義務)と、②国・地方公共団体が実施する施策に協力すること(協力義務)である。見落としやすいのは、①が「努める」にとどまるのに対し、②は「協力しなければならない」と一段強い規定ぶりになっている点である。いずれも違反に罰則はない。しかし②に協力しない場合には、後述する第16条に基づく指導・助言その他の措置の対象となり得る。
「活用事業者」の外延は広い。AI関連技術を活用した製品・サービスの開発者・提供者に加え、業務で生成AIを使うだけの利用者も含まれる。また、AI法にはEU AI Actのような域外適用の明文規定はない。もっとも、2025年4月8日の衆議院本会議における担当大臣の答弁は、国外事業者であっても日本語を用いてAIの研究開発・活用を行うなど、日本の事業者・国民に対して事業活動を行う者は適用対象になる、との考え方を示している。適正性指針も、活用事業者に「海外事業者も含む」と注記している。
3. 基本的施策(第11条〜第17条)――調査研究等と指針整備
第2章に置かれた基本的施策のうち、企業が押さえるべきは第16条(調査研究等)と第13条(適正性の確保)の二つである。
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第16条(調査研究等) 要旨 国は、国内外のAI関連技術の研究開発・活用の動向に関する情報の収集、不正な目的または不適切な方法によるAI関連技術の研究開発・活用に伴って国民の権利利益の侵害が生じた事案についての分析およびこれに基づく対策の検討その他の調査・研究を行い、その結果に基づいて、研究開発機関・活用事業者その他の者に対する指導、助言、情報の提供その他の必要な措置を講ずるものとする。 |
注目すべきは末尾である。「講ずることができる」ではなく「講ずるものとする」。運用次第では、指導・助言等の措置が積極的に実施され得ることを意味する。報道では、指導・助言の内容として、事案によっては事業者名の公表も検討されているとされる。他方で、衆議院内閣委員会の附帯決議第9項は、活用事業者等に対する調査・指導・助言等に当たり、営業秘密や知的財産権の保護に配慮しつつ、過度に重い負担や情報開示を求めないよう留意することを求めた(参議院内閣委員会の附帯決議第13項も同旨)。アクセルとブレーキが同じ決議に書き込まれている。
第13条は、国に対し、AI関連技術の研究開発・活用の適正な実施を図るため、「国際的な規範の趣旨に即した」指針の整備その他の必要な施策を講ずることを求める。この条文を受けてAI戦略本部が2025年12月19日に決定したのが、次節以下で扱う適正性指針(正式名称:人工知能関連技術の研究開発及び活用の適正性確保に関する指針)である。
4. AI基本計画(第18条)・AI戦略本部(第19条〜第28条)
政府は、基本理念と基本的施策を踏まえてAI基本計画を策定するものとされる(第18条)。最初の計画は2025年12月23日に閣議決定された(副題「『信頼できるAI』による『日本再起』」)。同計画は「世界で最もAIを開発・活用しやすい国」を目指す基本構想を示し、「イノベーション促進とリスク対応の両立」「アジャイルな対応」「内外一体での政策推進」の3原則と、①AI利活用の加速的推進(AIを使う)、②AI開発力の戦略的強化(AIを創る)、③AIガバナンスの主導(AIの信頼性を高める)、④AI社会に向けた継続的変革(AIと協働する)という4つの基本的方針を掲げていた。
その後、計画を当面毎年変更する方針の下、素案への意見募集(2026年6月)を経て、2026年7月14日に第Ⅱ期人工知能基本計画(副題「日本AX、より強く、より豊かに」)が閣議決定された。第Ⅱ期計画は、エージェント型AIの急速な進展を踏まえ、AIを前提として意思決定や業務の進め方を根底から見直す「AIトランスフォーメーション(AX)」の推進を基本構想に据える。3原則には「挑戦と学習」が加わって4原則となり、4つの基本的方針は維持された。
ガバナンス面の記述は、今後の規制動向を読むうえで見逃せない。第Ⅱ期計画は、AI法第16条に基づく調査研究等をより機動的に運用すること、複雑化・深刻化するリスクに実効的に対応するためAI法を含めた制度等を能動的かつ不断に見直すこと(責任あるアジャイル・ガバナンス)、そしてAI戦略本部にAI関連の知見を集約し、制度や指針等の点検・見直しを促す仕組みを構築することを、いずれも明記した。「当面は毎年変更する」という方針と併せて読めば、制度が動き続けることが前提とされている。
AI戦略本部(正式名称:人工知能戦略本部)は内閣に置かれ、内閣総理大臣を本部長、内閣官房長官およびAI戦略担当大臣を副本部長とし、全閣僚が構成員となる(第19条〜第28条)。AI政策は省庁横断的な課題が多い。全閣僚が構成員であることは、総合的で実効的な施策の実施という観点から重い意味を持つ。
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用語 |
ひとことで言うと |
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活用事業者 |
AI関連技術を活用した製品・サービスの開発者・提供者・利用者を広く含む概念(第7条)。適正性指針は海外事業者も含むと注記する。 |
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研究開発機関 |
大学、研究開発法人その他AI関連技術の研究開発を行う機関(第6条)。大学については研究の自主性への配慮が定められている。 |
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適正性指針 |
第13条に基づきAI戦略本部が決定した、AI関連技術の研究開発・活用の適正な実施のための指針(2025年12月19日本部決定)。法的拘束力はない。 |
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AI基本計画 |
第18条に基づき政府が策定する基本的な計画。2025年12月23日に最初の計画が、2026年7月14日に第Ⅱ期計画が閣議決定された。当面毎年変更される方針。 |
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努力義務/協力義務 |
「努める」とされる規定(努力義務)と、「協力しなければならない」とされる規定(協力義務)とで、規定の強さが異なる。 |
第3部 罰則がないことの意味
第7条をはじめとする責務規定は、いずれも罰則の対象とならない。AI法が、EU AI Actのような制裁金を伴う規制法ではなく、各主体が果たすべき役割を宣言的に規定する責務規定を中心とした基本法である以上、当然の帰結である。
しかし「罰則がない=法的リスクがない」と読むのは早計にすぎる。理由は三つある。
第1に 第16条に基づく指導・助言等の措置があり、事案によっては事業者名の公表も想定されている。法的な制裁ではないが、レピュテーションリスクという観点からは無視できない実効性を持ちうる。
第2に 附則第2条が検討条項を置いている。政府は、国際的な動向その他の社会経済上の変化を勘案してこの法律の施行状況を検討し、必要と認めるときは所要の措置を講ずるものとされる。見直しは制度に内蔵されている。
第3に 衆議院内閣委員会の附帯決議第14項(参議院内閣委員会の附帯決議第19項も同旨)は、既存の法令やガイドライン等では対応が困難な新たなリスクが顕在化した場合には、リスクの程度に応じて規制の度合いを変えるリスクベースアプローチに基づく規制的措置の導入も含め検討する旨を明記した。
第Ⅱ期基本計画が「AI法を含めた制度等を能動的かつ不断に見直す」と書いたことは、これらと同じ方向を指している。現行のAI法は、規制の終着点ではなく、将来の規制強化に向けた橋頭堡としての性格を併せ持つと評価すべきである。
第4部 適正性指針(2025年12月)の内容
第13条に基づき2025年12月19日にAI戦略本部で決定された適正性指針は、「我が国における適正性確保に関する基本的な考え方」「研究開発機関及び活用事業者が特に取り組むべき事項」「国及び地方公共団体が特に取り組むべき事項」「国民が特に取り組むべき事項」の4部で構成される。全体の設計思想は冒頭に置かれている。適正性について一義的な定義や絶対的な水準を定めるのではなく、各主体がAIの特性・用途・目的や自身の立場・社会的役割を踏まえて自主的に取り組む、という考え方である。
1. 全ての主体に共通する10要素と4つの基本方針
指針はまず、「人間中心のAI社会原則」(2019年3月29日統合イノベーション戦略推進会議決定)を踏まえ、適正性確保に当たって考慮すべき主な要素として、人間中心、公平性、安全性、透明性、アカウンタビリティ、セキュリティ、プライバシー・個人情報、公正競争、AIリテラシー、イノベーションの10項目を挙げる。
そのうえで、取り組みの基本方針として、①リスクベースでのアプローチ、②ステークホルダーの積極的な関与、③研究開発から社会実装までを一体的に捉えた一気通貫でのAIガバナンスの構築、④PDCAを回しながら柔軟・迅速に対応するアジャイルな対応、の4つを示す。社内ガイドラインを起草する際は、この10要素と4方針が上位の枠組みであり、次に述べる5項目はその具体化である、という階層関係を押さえておくと構成がぶれない。
2. 研究開発機関・活用事業者が特に取り組むべき5項目
企業にとって最も重要なのが、広島AIプロセス等の国際的な規範、ISO/IEC 42001等の国際規格、各種ガイドライン等を活用しつつ取り組むべき事項として掲げられた、次の5項目である。
① AIガバナンスによる俯瞰的な適正性の確保――設計・開発・提供・実装等のライフサイクル全体で、経営層が関与するモニタリングや評価の仕組み、情報の適切な開示、教育・研修を含む組織的プロセスを構築・運用・継続改善する。
② ステークホルダーとの信頼関係の構築に向けた透明性の確保――学習データの出所と生成物について、知的財産やプライバシーの保護を含め、合理的な範囲で説明可能性を確保する。あわせて、AIの仕組み・限界、禁止事項、学習データの収集ポリシー、出力の信頼性に関する注意喚起等を利用者に提供する。
③ 十分な安全性の確保――AIを悪用した犯罪その他の違法行為のリスクを特定・評価して対策を講じる。特に、AIの生成物であることが判断できる技術(電子透かし、来歴管理、API等)の開発に努め、必要に応じて実装する。
④ 事業継続性確保による安全な環境の維持――障害発生に備え、損害を最小限にとどめ早期復旧するための事業継続計画をあらかじめ策定する。
⑤ データの重要性を踏まえたステークホルダーへの配慮――データ保有者等と、データの適正な活用の在り方について継続的にコミュニケーションを図る。特に社会的影響力の大きいAIを開発・提供する事業者は、知的財産等のデータ保有者等に対する利益還元のエコシステムの検討・実施に努める。
適正性指針は活用事業者に対して法的拘束力を持たない。国が目指す信頼できるAIの実現に向けて、事業者が自主的・能動的な取組を行う際の参考となるもの、という位置づけである。もっとも、③の生成物マーキングはEU AI Act第50条の透明性義務と、⑤の利益還元は後述する知的財産分野の議論と、それぞれ直結している。拘束力がないことと、実務上の重要度が低いこととは別の話である。
第5部 AI事業者ガイドラインとの関係
AI事業者ガイドラインは、AI法の制定に先立つ2024年4月に総務省・経済産業省が公表した、法的拘束力を持たないソフトローである。最新版は2026年3月31日公表の第1.2版で、AIエージェントやフィジカルAIの登場を踏まえたリスク整理と、AIガバナンスの具体化が改定の柱となった。
AI法・適正性指針・AI事業者ガイドラインの三者は、抽象度の異なる階層をなす。AI法が基本理念と施策の枠組みを定める「基本法」、適正性指針が第13条に基づき国際規範に即して定められる「指針」、AI事業者ガイドラインがより実務的・技術的な「手引き」である。
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文書 |
根拠・性質 |
主な内容 |
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AI法 |
法律(令和7年法律第53号) |
基本理念、責務規定、AI基本計画・AI戦略本部の設置等(全28条・罰則なし) |
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適正性指針 |
AI法第13条に基づく国の指針(2025年12月19日AI戦略本部決定) |
共通10要素と4つの基本方針、研究開発機関・活用事業者が特に取り組むべき5項目等 |
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AI事業者ガイドライン |
総務省・経済産業省公表の文書(法的拘束力なし。第1.2版・2026年3月31日) |
AIライフサイクル全体にわたる実務的な留意事項・チェックリスト。AIエージェント/フィジカルAIのリスク整理を追加 |
実務では、AI法と適正性指針が示す大きな方向性を踏まえつつ、AI事業者ガイドラインの該当箇所を参照して社内体制を組み立てる、という読み方が適切である。なお、経済産業省が2026年4月9日に公表した「AI利活用における民事責任の解釈適用に関する手引き〔第1.0版〕」は、AIによって第三者に損害が生じた場合の民事責任について現行法に基づく解釈適用の考え方を整理したもので、人の関与の度合いに応じて「補助/支援型AI」と「依拠/代替型AI」に分けて分析する構成をとる。契約レビューや委託先選定の場面では、ガイドライン第1.2版とセットで参照する価値がある。
第6部 個人情報保護法・著作権法など既存法令との役割分担
AI法は、AIに固有の包括的な規制法ではない。個人情報保護法や著作権法といった既存の法令と並存し、それぞれが異なる規律対象を担う構造になっている。内閣府の中間とりまとめも、AI新法の制定以前から、秘密・著作権・知的財産・プライバシー等の重要なリスクに対応する既存法令が相当程度存在することを整理していた。
したがって社内対応を検討する際は、AI法・適正性指針・AI事業者ガイドラインという「AI法制の三層」と、個人情報保護法・著作権法等の「分野別の既存法令」とを、重ねて参照する必要がある(分野別の各論は第9号・第10号で扱う)。知的財産分野では、内閣府が2025年12月26日に「生成AIの適切な利活用等に向けた知的財産の保護及び透明性に関するプリンシプル・コード(仮称)」の案を公表し、意見募集(2026年1月26日まで)を経て策定に向けた検討が続いている。コンプライ・オア・エクスプレイン方式を採る点が特徴で、確定版の公表が待たれる。
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実務上の留意点 第7条の協力義務に備え、国が行う実態調査やヒアリングへの対応窓口を、社内のどの部署が担うかを事前に決めておきたい。また第16条に基づく指導・助言は、報道によれば事案により事業者名の公表を伴う可能性も指摘されている。AIに関する重大インシデントが発生した場合の社内エスカレーションフローを整備しておくことは、レピュテーションリスク管理の観点からも重要である(詳細は第12号で扱う)。 |
第7部 グローバルなAI規範の動向――日本実務における位置づけ
日本で活動する企業も、国内の法令・ガイドラインに加え、OECDやG7といった国際的な枠組みで形成される規範の動向に、一定の考慮を払う必要がある。これは抽象論ではない。AI法第13条は、国が整備する指針を「国際的な規範の趣旨に即した」ものと明記し、実際に適正性指針は広島AIプロセスやISO/IEC 42001を明示的に参照している。つまり日本の国内ソフトローは国際規範を淵源として設計されており、グローバル規範を知らないまま国内対応だけを行うことは、構造的に難しい。
見通しをよくするために、グローバル規範を3類型に分けて整理したい。①日本のソフトローの淵源となっている国際規範(直接の法的義務はないが、国内指針類の解釈・運用の基準となるもの)、②域外適用により日本企業にも直接の法的義務が生じうる外国法、③任意だが説明責任の道具として機能する国際規格・フレームワーク、の3つである。以下、順に概観する。
1. 日本のソフトローの淵源となる国際規範
OECD AI原則(2019年採択・2024年5月改訂)は、世界初の政府間合意によるAI原則であり、日本も採択国である。AI事業者ガイドラインの基本理念(人間中心、安全性、公平性、透明性、アカウンタビリティ等)は本原則を基礎としている。2024年の改訂では、生成AIの普及を踏まえて安全性や偽情報への対応に関する記述が強化された。国内ガイドラインに対応すれば本原則への対応も実質的にカバーされる関係にあるが、海外ステークホルダーに説明する場面では、共通言語として引用できる。
G7広島AIプロセス(2023年〜)は、日本が議長国として主導した枠組みで、高度なAIシステムを開発する組織向けの「国際行動規範」と、全てのAI関係者向けの「国際指針」を成果文書とする。適正性指針が明示的に参照する国際規範であり、日本実務との接続が最も強い。2025年2月には、国際行動規範の遵守状況を企業が自主的に報告・公表する「報告枠組み」がOECDウェブサイト上で正式運用を開始した。初回の回答は2025年4月22日に公開され、日本企業7社を含む19組織が報告書を公表。適正性指針の脚注によれば、2025年12月時点で24組織が回答を提出している。高度なAIモデルの開発・提供を行う企業にとって、報告枠組みへの参加は国際的な信頼性の表明手段となりつつある。なお、衆議院内閣委員会の附帯決議第10項(参議院内閣委員会の附帯決議第15項も同旨)は、報告枠組みに基づく報告書を国内法制度上の報告義務に最大限活用し、報告の重複を軽減する仕組みの導入を求めている。
国連レベルでも規範形成が本格化している。2024年3月の国連総会決議「持続可能な開発のための安全、安心で信頼できるAIシステム」以降、独立国際科学パネルとAIガバナンスに関するグローバル対話の設置(2025年)が進んだ。企業への直接の実務影響は現時点では限定的だが、グローバルサウスを含む幅広い国々が参加する規範形成の場として、中期的な動向を注視すべきである。
欧州評議会AI枠組条約(CETS第225号。正式名称「AI並びに人権、民主主義及び法の支配に関する欧州評議会枠組条約」)は、AIに関する初の法的拘束力を有する国際条約である。2024年9月5日に署名開放され、所要の批准数に達して2025年11月1日に発効した。日本は起草段階から欧州評議会のAI委員会にオブザーバーとして参加し、2025年2月にパリで開催されたAIアクション・サミットの機会に署名している。ただし2026年8月時点で締結(批准)には至っておらず、締約国とはなっていない。EUは2026年5月15日に批准し、EUについては2026年9月1日から効力を生ずる。義務の名宛人は締約国であって企業ではないが、締約国の国内法整備を通じて間接的に企業実務へ波及しうる。
2. 域外適用により直接の義務が生じうる外国法
EU AI Actは、リスクベースの包括的規制である。EU域内に拠点がなくても、AIシステムの出力がEU域内で利用される場合等には日本企業にも適用されうる(域外適用)。適用は段階的で、禁止AIに関する規定は2025年2月、汎用AI(GPAI)モデルの義務は2025年8月に適用が始まった。
2026年に入って、この時間軸が大きく組み替えられた。「デジタル・オムニバス(AI)」(規則(EU)2026/1744)が、欧州議会(2026年6月16日)と理事会(同月29日)で採択され、7月8日に署名、7月24日にEU官報で公布、7月27日に発効した。これにより、附属書IIIに掲げる単独型のハイリスクAIシステムの義務は2027年12月2日へ、規制対象製品に組み込まれるAI(附属書I)については2028年8月2日へと延期された。
ここで最も誤解されやすい点を強調しておきたい。延期されたのはハイリスクAIの義務が中心であり、チャットボットや生成AIコンテンツに関する透明性義務(第50条)は延期されていない。第50条は予定どおり2026年8月2日から適用が開始され、既に各国所管当局による執行の対象となっている。違反に対する制裁金は最大1,500万ユーロまたは全世界年間売上高の3%のいずれか高い額である(第99条第4項)。なお、2026年8月2日より前に市場に投入された生成AIシステムの提供者については、オムニバスにより機械可読なマーキング義務の履行期限が2026年12月2日まで猶予されている。欧州委員会は2026年7月20日に第50条に関する透明性ガイドラインを採択しており、適用範囲の確認にはこれを参照されたい。
オムニバスは緩和だけを行ったわけではない。ヌーディフィケーション(衣服除去)アプリや児童性的虐待素材を生成し得るシステムが新たに禁止行為(第5条)に加えられ、2026年12月2日から適用される。制裁金は最高区分の3,500万ユーロまたは全世界年間売上高の7%である。他方、AIリテラシーに関する第4条は「十分な水準を確保する」義務から「開発を支援する措置をとる」義務へと緩和され、市販後モニタリング計画の様式義務も外れた。EU向けにAIを提供する企業は、自社が「提供者」か「利用者(deployer)」か、GPAIモデルに該当するかを整理したうえで、適用スケジュールが流動的であることを前提に最新の適用日を確認する運用が欠かせない。
米国には連邦レベルの包括的AI法が存在せず、州法が併存する。コロラド州では、2024年成立のCAIA(SB24-205)が施行前に見直され、2026年5月14日に州知事が署名したSB26-189がこれを置き換えた。新法は「ハイリスクAIシステム」規制に代えて、消費者に関する重要な決定に「重大な影響を与える」自動意思決定技術(ADMT)を対象とする透明性・開示中心の枠組みを採り、施行日は2027年1月1日である。カリフォルニア州のフロンティアAI透明性法(TFAIA・SB53)は2026年1月1日に施行済みで、違反1件あたり最大100万ドルの制裁が定められている。
連邦側では、2025年12月11日の大統領令「AIに関する国家政策枠組みの確保」が、司法長官の下にAI訴訟タスクフォースを設置し、連邦政策と矛盾する州法への訴訟提起等を掲げた。ただし、これは州法を直ちに無効化するものではない。米国で事業を行う日本企業としては、連邦・州の緊張関係の帰趨が明らかになるまで、適用のある州法の遵守を継続するのが穏当である。なお中国は、生成AIサービス管理暫定弁法等の独自の規制体系を有しており、現地展開時には個別の確認を要する。
3. 国際規格・フレームワーク――任意だが説明責任の道具
ISO/IEC 42001(AIマネジメントシステム)は2023年12月発行の国際規格で、日本ではJIS Q 42001:2025として2025年8月20日に発行された。認証基盤の整備も進んでいる。認証機関の認定基準であるISO/IEC 42006:2025の発行を受け、ISMS-ACは2025年7月8日にAIマネジメントシステムの認証を対象とする認定を開始し、2026年1月には国内初のAIMS認定認証機関が誕生した。適正性指針が参照する国際規格でもあり、AIガバナンス体制を構築する際の「型」として、また取引先・海外顧客への説明責任の手段として、有力な選択肢である。
NIST AIリスクマネジメントフレームワーク(AI RMF)は、米国国立標準技術研究所が2023年1月に公表した任意のフレームワークである。法的拘束力はないが、米国企業との取引において調達要件や契約条項で参照される例があり、米国向けビジネスを行う場合には内容の把握が望ましい。
以上を一覧すると、次のとおりである。
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規範・枠組み |
性質・拘束力 |
日本企業への実務上の効き方 |
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OECD AI原則 |
政府間合意(法的拘束力なし) |
AI事業者ガイドラインの基礎。国内対応で実質カバーされるが、海外向け説明の共通言語となる。 |
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広島AIプロセス国際指針・国際行動規範 |
G7合意(法的拘束力なし) |
適正性指針が明示的に参照。高度なAI開発企業は「報告枠組み」への参加を検討(2025年12月時点で24組織が回答)。 |
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欧州評議会AI枠組条約(CETS225) |
国際条約(締約国を拘束。2025年11月1日発効。日本は署名済み・未締結) |
直接の義務なし。締約国の国内法整備を通じた間接的影響を注視。EUは2026年9月1日から効力発生。 |
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EU AI Act(規則(EU)2024/1689) |
EU法(罰則あり・域外適用あり) |
EU向け提供があれば直接適用の可能性。第50条の透明性義務は2026年8月2日から適用済み。ハイリスク義務は2027年12月2日以降に延期。 |
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米国州法(コロラド州、カリフォルニア州等) |
州法(罰則・執行あり) |
対象州で事業を行う場合は直接適用。カリフォルニアTFAIAは施行済み、コロラドSB26-189は2027年1月1日施行。連邦のプリエンプション動向に留意。 |
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ISO/IEC 42001、NIST AI RMF |
任意規格・フレームワーク |
AIガバナンス体制の「型」と説明責任の道具。ISO/IEC 42001は適正性指針も参照し、国内ではJIS化・認定制度が整った。 |
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実務上の留意点 グローバル規範対応の起点は、自社のAIシステム・サービスの出力が「どの市場に提供されているか」のマッピングである。EU域内への提供があれば、EU AI Act上の自社の立場(提供者か利用者か、GPAI該当性)の整理を最優先すべきである。第50条の透明性義務は既に適用されており、対応の遅れがそのまま執行リスクになる。 |
参照すべき一次情報源・規範
・人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律(令和7年法律第53号)
・人工知能関連技術の研究開発及び活用の適正性確保に関する指針(2025年12月19日AI戦略本部決定)
・AI事業者ガイドライン(総務省・経済産業省、第1.2版・2026年3月31日公表)
・第Ⅱ期人工知能基本計画(2026年7月14日閣議決定)/人工知能基本計画(2025年12月23日閣議決定)
・衆議院内閣委員会(2025年4月18日)・参議院内閣委員会(2025年5月27日)「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律案に対する附帯決議」
・AI戦略会議・AI制度研究会「中間とりまとめ」(2025年2月4日)
・経済産業省「AI利活用における民事責任の解釈適用に関する手引き〔第1.0版〕」(2026年4月9日)
信頼できる文献・解説リソース
1. 殿村桂司・小松諒「日本版AI法の概要と企業への影響」BUSINESS LAWYERS――条文構造と企業への影響度を網羅的に整理した実務解説。執筆者はAI制度研究会構成員。
2. 内閣府AI戦略公表資料一式(法案概要・要綱・中間とりまとめ)――立法趣旨を一次資料で確認する際の基本文献。
3. 総務省・経済産業省「AI事業者ガイドライン(第1.2版)」概要および別添――ガイドラインの構成と実務上の使い方を解説する公的資料。
4. 総務省「広島AIプロセス」ウェブサイト掲載の国際指針・国際行動規範関係資料――適正性指針が参照する国際規範の内容を確認する一次資料。
社内ガイドライン化のポイント
適正性指針の5項目を、社内ガイドラインのチェックリストの土台として採用することを提案したい。各項目について「現状の取組」「不足している点」「今後のアクション」を整理する自己点検シートを作成し、年1回程度、AIガバナンス委員会(第12号で詳述)が確認するプロセスを組み込む、というかたちである。
その際、指針が掲げる10要素と4つの基本方針を前文に置き、5項目をその具体化として位置づけると、文書全体の論理が通りやすい。また、広島AIプロセスやISO/IEC 42001への言及がある点は、国際整合性の根拠として前文等に引用することを推奨する。EU域内への提供がある場合には、AI Act第50条の透明性義務への対応状況を、適正性指針③(生成物であることが判断できる技術)と同じ欄で管理すると、二重管理を避けられる。
最新動向(2026年8月時点)
国内で最も重要な動きは、第Ⅱ期人工知能基本計画の閣議決定(2026年7月14日)である(第2部4参照)。同計画は、AI法第16条に基づく調査研究等の機動的な運用、AI法を含む制度等の能動的かつ不断の見直し、AI戦略本部への知見集約と制度・指針の点検見直しを促す仕組みの構築を明記した。あわせて、AI利活用時における権利侵害や損害が生じた場合の責任分界の継続的検討、および適切な知的財産の保護と利活用につながる透明性の確保・コンテンツホルダーへの対価還元も、施策の方向性に位置づけられている。
会議体の運用も定着しつつある。AI戦略本部は2026年7月10日までに5回、人工知能戦略専門調査会は2026年6月26日までに6回開催された。2026年に入ってからの議題は、人工知能基本計画の改定とバーティカルAI領域別戦略に集中している。ガイドライン・解釈の面では、AI事業者ガイドライン第1.2版(2026年3月31日)と、経済産業省「AI利活用における民事責任の解釈適用に関する手引き〔第1.0版〕」(2026年4月9日)が出そろった。
知的財産分野では、「生成AIの適切な利活用等に向けた知的財産の保護及び透明性に関するプリンシプル・コード(仮称)」が、意見募集(2026年1月26日締切)を経て策定に向けた検討段階にある。適正性指針の5項目目(データ保有者への配慮・利益還元)と密接に関連する動きであり、確定版の公表が注目される。
国外では、デジタル・オムニバス(AI)の発効(2026年7月27日)とEU AI Act第50条の適用開始(同年8月2日)が、当面の最重要事項である。EU向けに生成AIやチャットボットを提供している企業は、本号の内容を踏まえ、まず第50条への適合状況を点検されたい。
【注記】本稿の執筆にあたり、AI(Claude, Anthropic)を草稿作成・校正に活用しています。これはAIの強みを執筆のプロセスに組み入れることで、論考の質を高めることを目指した積極的な選択です。当然ながら、内容・法的分析・文責はすべて著者に帰属します。
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