• Instgram
  • LinkeIn
  • Lexologoy

シンガポール法律コラム 第35回 シンガポールにおける仲裁判断および裁判判決の執行について

2026年10月14日(水)

「シンガポール法律コラム 第35回 シンガポールにおける仲裁判断および裁判判決の執行について」に関するニューズレターを発行いたしました。こちらの内容は以下のPDFからもご覧いただけます。
→シンガポール法律コラム 第35回 シンガポールにおける仲裁判断および裁判判決の執行について

シンガポール法律コラム
第35回 シンガポールにおける仲裁判断および裁判判決の執行について

2026年10月
One Asia Lawyers Group
日本法・シンガポール法(FPC)・アメリカNY法弁護士
栗田 哲郎
シンガポール法弁護士
アデリン・ゴー 

みなさん、こんにちは。One Asia Lawyers Group(Focus Law Asia LLC)です。今号から、シンガポールにおける仲裁判断および裁判判決の執行についてご説明いたします。

1 はじめに

取引先との間で紛争が生じ、仲裁や裁判で「勝った」としても、相手が任意に支払わなければ、その結果を強制的に実現する手続(=執行)が必要になります。せっかく勝訴しても執行できなければ、絵に描いた餅になってしまいます。
この点、シンガポールは国際紛争解決のハブとして知られ、仲裁判断や裁判判決を執行するための法制度が整備されており、裁判所の運用も協力的です。本稿では、シンガポールで事業を行う日本企業の皆様に向けて、その概要を分かりやすくご紹介します。

2 仲裁判断の執行

(1)そもそも「仲裁」とは
仲裁とは、当事者の合意に基づき、裁判所ではなく当事者が選んだ仲裁人に紛争の判断を委ねる手続です。仲裁人が下す最終的な判断を「仲裁判断」といい、判決と同じように当事者を拘束します。国際取引の契約では、紛争解決手段としてこの仲裁があらかじめ合意されることが非常に多くなっています。

(2)シンガポールで下された国際仲裁判断
シンガポールの国際仲裁は、国際仲裁法(International Arbitration Act。以下「IAA」)という法律で規律されています。IAAの下では、仲裁判断は当事者間で最終的かつ拘束力のあるものとされ(IAA第19B条)、裁判所の許可を得れば、裁判所の判決と同じ方法で執行することができます(IAA第19条)。つまり、仲裁で勝った当事者は、改めて訴訟をやり直すことなく、速やかに執行手続に進むことができます。

(3)外国で下された仲裁判断
日本を含む世界170か国以上が加盟する「ニューヨーク条約」という国際条約により、加盟国で下された仲裁判断は、他の加盟国でも原則として執行することができます。シンガポールもこの条約の加盟国であるため、たとえば日本で下された仲裁判断も、シンガポールの裁判所の許可を得て、シンガポール国内の判決と同様に執行することが可能です(IAA第29条)。
執行の申立てにあたっては、仲裁判断の原本(または認証謄本)、仲裁合意の原本(または認証謄本)、外国語の場合は英語の認証翻訳を提出する必要があります(IAA第30条)。
執行が拒否されるのは、仲裁合意が無効であった場合、防御の機会が与えられなかった場合、公序良俗に反する場合など、法律に限定的に列挙された事由がある場合に限られます(IAA第31条)。重要なのは、裁判所が仲裁判断の中身の当否を審査し直すことはない、という点です。このため、執行のハードルは低く、予測可能性が高い制度となっています。

(4)シンガポール裁判所の姿勢とSIACの実績
シンガポールの裁判所は、「仲裁を支援するが、取って代わらない」という姿勢を一貫して採用しており、仲裁手続への介入を最小限にとどめ、当事者の合意を尊重しています。こうした司法の姿勢が、シンガポールが仲裁地として選ばれる大きな理由の一つです。
その中核を担うのが、シンガポール国際仲裁センター(SIAC)です。SIACは世界有数の国際仲裁機関として認知されており、その取扱件数も高い水準で推移しています。SIACの年次報告によれば、2025年の新規受理件数は886件と、過去最多であった2020年(1,063件)に次ぐ実績を記録し、新規案件の係争総額は約145億米ドル(約186億シンガポールドル)、案件の約9割が国際的な紛争でした。また、当事者の国籍・所在地は79の国・地域に及び、過去最多となっています。前年の2024年も625件の新規受理があり、インド、中国、米国、韓国などアジア太平洋を中心とする企業に広く利用されています。日本企業が当事者となる案件も少なくなく、日本企業にとってシンガポールでの仲裁はすでに身近な選択肢となっています。

3 裁判判決の執行

(1)シンガポール国内の裁判判決
シンガポール国内の判決については、複数の執行手段が用意されています。例えば、次のような手続があります。

  • ・執行命令(enforcement order):執行官が債務者の財産を差し押さえ、売却代金を弁済に充てる手続
  • ・第三債務者に対する支払命令(garnishee order):債務者が第三者に対して持つ債権(預金など)から直接回収する手続
  • ・債務者審問(examination of judgment debtor):債務者を裁判所に呼び出し、財産状況を明らかにさせる手続

(2)外国の裁判判決
外国の裁判所の判決をシンガポールで執行する方法は、大きく二つあります。
第一に、外国判決相互執行法(Reciprocal Enforcement of Foreign Judgments Act。以下「REFJA」)に基づく登録制度です。これは、指定された相互主義国の判決を登録するだけで、シンガポール国内の判決と同様に執行できるという簡便な制度です。ただし、日本は現時点でこの指定国に含まれていません。
第二に、指定国以外の国の判決(日本の判決を含みます)については、コモンロー(判例法)上の訴訟によって執行を求めることができます。この場合、①最終的かつ確定的な判決であること、②一定額の金銭の支払を命じる判決であること、③管轄権のある裁判所が下した判決であること、といった要件を満たす必要があります。相手方は、詐欺によって取得された判決である、公序良俗に反する、手続が著しく不公正であった、といった限られた抗弁を主張できるにとどまります。

(3)近時の動向:シンガポール調停条約
近年注目される動きとして、シンガポール調停条約(Singapore Convention on Mediation)の発効があります。この条約により、一定の要件を満たす国際調停の和解合意は、締約国において直接執行できるようになりました。仲裁・訴訟に加えて、調停による紛争解決の実効性が国際的に高まっている点は、日本企業にとっても留意すべき動向です。

4 まとめ

以上のとおり、シンガポールは、仲裁判断・裁判判決の執行について、国際基準に沿った法制度と、仲裁に協力的で効率的な司法を備えています。日本との関係では、仲裁判断はニューヨーク条約に基づき相互に執行が可能です。他方、裁判判決については、REFJAに基づく簡便な登録制度は現時点で利用できないものの、コモンロー上の訴訟による執行の途が確保されています。
シンガポールで事業を行い、あるいは国際取引に携わる日本企業の皆様には、紛争が起きてからではなく、契約書の紛争解決条項を設計する段階から、「勝った後に本当に執行できるか」という視点を持ち、仲裁条項の要否、仲裁地、管轄裁判所を適切に選択されることをお勧めします。ご不明な点がございましたら、お気軽に当グループまでお問い合わせください。

※本稿は、シンガポールの週刊SingaLife(シンガライフ)において掲載中の「シンガポール法律コラム」のために著者が執筆した記事を、ニューズレターの形式にまとめたものとなります。