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日本における公共工事に起因する不同沈下に対する発注者の国家賠償責任について

2021年10月18日(月)

日本における公共工事に起因する不同沈下に対する発注者の国家賠償責任についてニュースレターを発行いたしました。
PDF版は以下からご確認ください。

公共工事に起因する不同沈下に対する発注者の国家賠償責任

 

公共工事に起因する不同沈下に対する発注者の国家賠償責任

2021年10月18日
One Asia Lawyers Group
弁護士法人One Asia
弁護士 江副  哲

1. はじめに

 先月,大規模調整地を築造する公共工事が行われた現場近傍にある工場が不同沈下によって損傷を受けたとして,工場所有者が公共工事の発注者と施工者に対して損害賠償を請求した訴訟の判決が出されました。結論としては,設計段階の検討に国家賠償法第2条1項の「設置の瑕疵」があるとして発注者である大阪府に賠償責任を認めたのに対して,施工者には過失がないとして賠償責任を否定しました。

 工事によって第三者に損害が生じたケースで,工事の発注者と施工者が連帯責任を負うという裁判例はありますが,施工者には責任がなく発注者だけが責任を負うという判断は異例と言えますので,今回紹介させていただきます。

2. 事案の概要

 問題となった工事は,大阪府が発注した宝町調節池(南北84m,東西38m,深さ25m)を建設する大規模掘削を伴うもので周辺建物への影響が懸念されたことから,大阪府から設計業務を受注した日産技術コンサルタントが弾塑性解析という手法を用いて詳細な沈下予測を行った上で,銭高組JVが2002年から5年半ほどの期間で工事を完成させています。

 調節池の南側に隣接する金属加工工場で,工事期間中の不同沈下によって内壁にひび割れが生じたり,屋内に設置したクレーンが正常に作動しなくなったりする被害が発生したところ,工場の北端と調節池の南端との距離が約14mしかなかったことから,工場経営者は調節池工事による沈下が原因であると考え,2011年8月,大阪府と銭高組JVに対して損害賠償を請求する訴訟を提起しました。

3. 不同沈下の原因

 大阪府は,工場は本件工事前から変形や損傷,不同沈下が生じていたと主張しましたが,裁判所は,事前調査の時点では,工場の複数箇所で日本建築学会の基準で建物の沈下修復を要する目安とされる概ねの傾斜量(1mあたり6~8mm)を満たさない程度の傾斜しか生じていなかったのに対して,事後調査では,この目安の範囲を超える数値を出しているものも見受けられることから,事前調査時から本件工事によって工場の調整池向きの傾斜の状況は悪化したと判断しました。他にも裁判所は,宝町調節池に隣接して所在する複数の建物で本件工事面側への沈下が生じていることを指摘し,本件工事以外に当時,周辺で不同沈下を生じさせる原因となるような工事等は行われておらず,不同沈下を生じさせる地盤変動に係る外的な要因は見当たらないとして大阪府の主張を否定しました。

 結論として,裁判所は,宝町調節池の設計段階での沈下に関する検討状況等も踏まえて,東西約38m,南北約84m,深さ24m(完成時には深さ約25m)にわたる規模の掘削を行った本件工事自体が,工場を含む周辺建物の変位その他の地盤変動に係る被害を生じさせる危険性の高いものであったとし,他に特段の事情が認められない限り,工場の不同沈下は,本件工事に起因するものと認めるのが合理的であると判断しました。

4. 大阪府の営造物責任

 建設工事一般において工事に携わる技術者としては,本件工事のような大規模掘削を伴う工事を行う場合は,土の移動により生じる地盤沈下その他の現象を防止するために何らかの対策工を施す必要があり,特に本件工事のように軟弱地盤の掘削では掘削する深さの1~2倍程度の範囲で周辺地盤に影響が出ることがあるとされていることから,その設計及び施工においては有害な沈下を発生させないよう十分に配慮しなければなりません。

 裁判所は,このような建設技術の一般的な考え方を前提に,宝町調整池の設置者である大阪府には,そのような危険性の高い宝町調節池建設工事を設計及び施工するにあたって地盤沈下及びそれに伴う周辺建物の変位等の被害を防止するための措置を適切に講ずることが当然に求められていると指摘しました。そのため,宝町調節池は,その建設工事の施工段階だけでなく設計段階においても周辺の地盤沈下を可及的に回避すべく慎重,適切な設計を行い,沈下する危険性のある周辺の地盤について補助工法を実施するなどして周辺建物の変位を防止するために十分な措置が講じられることが求められる営造物であると言え,少なくともそのような措置が講じられたということができない限り,公の営造物として通常有すべき安全性を欠くと判断しました。実際に,大阪府は土留め工の盛替え梁の設置や背面地盤の改良という対策を講じていましたが,工場には本件工事に起因して大阪府の設定した許容沈下量を大幅に上回る沈下が生じ,建物の沈下修復を要する目安とされる概ねの傾斜量の範囲を超えるほどの不同沈下であったため,周辺建物の沈下防止対策としては不十分であったと大阪府の対策が否定されています。しかも,裁判所は,実際に完成した調整池の深さが設計よりも深い約25mメートルになっていたことについて検討がされていなかったことも問題視しています。

 さらに,本件では宝町調整池の設計あるいは施工段階での瑕疵が問題となっているため,国家賠償法第2条1項に定める設置の瑕疵には営造物の建造に付随する行為の瑕疵が含まれるかも争点になりましたが,宝町調節池の建設に係る瑕疵については,その設計段階において周辺の地盤沈下を可及的に回避するのに適した設計や沈下防止措置を講じていたかという点が重要な要素とされていたとして,裁判所は営造物の建造に付随する行為も同条項の「設置の瑕疵」に含まれると判断しています。

5. 施工者の責任

 宝町調整池の建設工事を行った施工者(銭高組JV)の責任の有無について,裁判所は,①SMW工法からCRM工法への変更,②盛替梁鋼材のH500からH350への変更,③定点観測の測点を特記仕様書の記載から減らしたこと,④土留壁の変位を看過して工場の沈下に気付かなかったという各行為の過失の有無が争点となりましたが,裁判所はいずれもその落ち度がなければ工場に生じた不同沈下の結果を回避できたとは認められないとして施工者の過失を否定しました。

6. 判決に対する評価

 通常,建設工事によって第三者に生じた損害についての法的責任は,損害発生の直接の原因行為を行った受注者である施工者が賠償責任を負い,そのほかに発注者としても損害防止のための義務を怠ったと言えるような場合には発注者も施工者と連帯して責任を負うという考え方で整理されています。そのため,本件で発注者である大阪府だけが責任を負い,施工者には責任がないとされているのは異例の判断と言えます。事故等の第三者損害の事案では,「誰がその損害を防ぐことができたか」という観点で見ると考えやすいと思います(発注者責任の考え方の詳細については2021年2月8日付ニュースレター「日本における工事現場での事故に対する発注者責任」をご参照ください)。

 本件では,裁判所も指摘していますが,仮に上記①~③の変更がなく,JVが④の行為を適切に行っていたとしても工場に生じた有害な沈下を防ぐことができなかったと評価される現場状況であれば,施工者に過失がないという判断は理解できます。そのため,控訴審では,①~④が沈下に与えた影響,例えば有害な沈下が生じていることを認識しながら何ら対策をとらずに工事を続けたこと等を具体的に証明しない限り,施工者の責任を認めさせることは難しいと言えます。

 大阪府の責任については,直接損害発生につながる工事を行っている施工者に責任がない以上,発注者には責任は認められないのではないかとも思われます。しかし,掘削することによって周辺地盤に沈下が生じることは自明のことであり,技術指針等の基準に照らして有害な沈下を防止するために何をすべきかという見方をすれば,発注者である大阪府としては,事前に弾塑性解析まで行い沈下予測をしているのであるから,その予測に基づいて講じた措置が不十分であった,つまり基準を超える有害な沈下が生じたのであれば,沈下予測あるいは講じた対策に瑕疵があったと判断されています。そのため,工場の不同沈下はこの瑕疵とは無関係に本件工事の施工段階における原因によって生じたものではなく,瑕疵のある状態で本件工事が行われたことによって不同沈下が生じたという整理ができます。なお,裁判所は原告に生じた損害額は約4500万円であると算定した上で,工場には不同沈下が工事前から生じていたことを考慮し,本件工事と因果関係のある損害はその4割であると判断しています。

7. 類似事案に対する影響

 本件では,調整池がまだ完成も供用もされていない設計段階の瑕疵が国家賠償法第2条1項の「設置の瑕疵」に含まれると判断されています。一般的には,公共施設の建設工事で周辺建物に沈下による損害が生じた場合,上述のとおり工事中の施工に問題がなかったか,沈下防止対策が不十分でなかったかが問題視されることが多いですが,それだけでなく設計段階での沈下予測や沈下防止対策の検討が適切に行われていたかも問題となり,これら設計時の検討が不十分であれば発注者責任を負うことになります。また,公共工事だけでなく,民間工事においても工事現場となる土地の所有者が工事の発注者で設計に関与している場合は,発注者が設置の瑕疵を理由に土地工作物責任(民法717条)を負う可能性も考えられます。そのため,本判決は,工事による第三者損害の類似事案に大きな影響を及ぼすものと言えます。

 工事現場の周辺地盤に有害沈下等の影響を及ぼすような工事の発注者としては,施工者に適切な施工管理を委ねるだけでは十分ではなく,設計段階においても沈下予測と有害な沈下防止対策について十分に検討しておく必要があります。