オーストラリア:2024年労働法改正の見通し
オーストラリアの2024年労働法改正の見通しに関するニュースレターを発行いたしました。こちらの内容は、以下のリンクよりPDF版でもご覧いただけます。
オーストラリア:2024年労働法改正の見通し
2024年1月吉日
One Asia Lawyers Group
オーストラリア・ニュージーランドチーム
1.はじめに
オーストラリアでは昨年から労働法関連の改正法が立て続けに施行されており、本年も企業への影響が大きいと思われる当分野の大幅な改正が見込まれています。本稿では、2024年に予定されるオーストラリアの労働法改正についてご紹介します。
2.2024年に改正法の施行が決定している事項
スーパーアニュエーション支払い義務の全国雇用基準への追加
Fair Work Legislation Amendment (Protecting Worker Entitlements) Act 2023に基づいて既に2023年に効力の開始した改正事項の他に、2024年1月1日から発効される事項として、全国雇用基準(National Employment Standards)には、雇用主が従業員の通常の労働時間に基づくスーパーアニュエーションを支払わなければならないとする規則が盛り込まれます。これにより、従来の雇用主のスーパーアニュエーションに関する義務が強調されるだけでなく、スーパーアニュエーションの法定額の支払い義務を怠る雇用主に対して、従業員や公正労働委員会(Fair Work Commission)がフェアワーク法(Fair Work Act 2009(Cth))に基づく措置を取ることができるようになります。
ジェンダー平等に関する報告義務
Workplace Gender Equality Amendment (Closing the Gender Pay Gap) Act 2023に基づき、2024年4月より、従業員100人以上の雇用主には、従来の報告義務に加え、以下の追加義務が課されます。
- 統治機関(取締役会など)への報告(WGEA Executive SummarおよびIndustry Benchmark Report)。
- 職場男女共同参画庁(WGEA:Workplace Gender Equality Agency)へのより広範囲な事項のデータ報告。
- セクシャル・ハラスメントや性差別を理由とするハラスメントに関する報告。
また、報告された内容は、WGEAによる、民間セクターの雇用主の男女賃金格差の公表の対象となります(国、産業、職種レベルでの男女賃金格差の公表のみではなくなります)。
更に、従業員500人以上の雇用主は、6つの男女平等指標(Gender Equality Indicators)ごとにポリシーまたは戦略を策定する追加の義務を負います。
Fair Work Legislation Amendment (Closing Loopholes) Act 2023 (Cth)
Fair Work Legislation Amendment (Closing Loopholes) Bill[1]に関する第1弾の改正法として、Fair Work Legislation Amendment (Closing Loopholes) Act 2023 (Cth)が2023年12月14日に勅許を受け法律となりました。当該法令は以下の雇用法に関する改正を含み、2024年内に施行されます。
- 賃金窃盗の刑事罰化:意図的な賃金の過少払いに対する賃金窃盗罪が、2025年1月1日またはそれ以前に公布された日から導入されます。過少払いの刑事犯罪で起訴された企業は、最高$7.825mまたは過少払額の3倍のいずれか高い方の罰則を受ける可能性があります。個人の場合は、罰金のみでなく10年の禁固刑が科される可能性があります。
- 派遣従業員の同一賃金命令:Fair Work Commissionは、労働者派遣事業者に対し、派遣従業員への賃金が、受け入れ企業の労使協約(Enterprise Agreement)が適用された場合に支払われる賃金を下回らないよう命じることができるようになります。従業員は現在申請を行うことができますが、Fair Work Commissionによる命令は2024年11月1日から発効します。
- 労働組合員の新権:職場代議員(Workplace Delegates)は、業界の利益を代表する権利、職場への合理的な立ち入り、研修のための有給時間の合理的な利用など、職場における新たな権利を有するようになります。
3.2024年内に改正が見込まれる事項
上記に続き、Fair Work Legislation Amendment (Closing Loopholes) Bill に関する第2弾の改正法案が現在議会で審議されており、2024年内には成立が見込まれています。現時点での第2弾改正案の主な事項は以下の通りです。
最高罰則の引上げ
全国雇用基準(National Employment Standards)、労使裁定(Modern Award)、または労使協定(Enterprise Agreement)違反の最高罰則が、会社の場合$469,500、個人の場合$93,900に引き上げられます。これは現行の最高民事罰則の5倍の額に及びます。また、重大な違反(故意の場合)の最高罰則は、企業の場合に$ 4.695mに引き上げられます。
カジュアル従業員の新定義およびEmployee Choice
カジュアル従業員の定義が改正され、契約書に記載されていることだけではなく、実際の雇用関係も考慮されなければならないようになります。
また、カジュアル従業員は自身がカジュアル従業員の定義に該当するか否かを示し、正社員としての雇用を求めることができるようになります(Employee Choice規制)。雇用主がこれを拒否できる理由は限定的であり、また雇用主が当該要求に応じない場合は詳細な説明が求められます。これは既存のCasual Conversion規制に追加で適用される従業員の権利です。
雇用主が、Employee ChoiceまたはCasual Conversionを回避するために従業員の勤務形態を変更することは、明確に禁止されます。
独立請負人(Independent Contractor)の雇用
本改正により、契約書に書かれている内容のみでなく、実際の関係等も、独立請負関係であるか(または雇用関係であるか)の判断に考慮されなければならない要素となります。最近の最高裁(High Court)の判例では、契約書に書かれていることが主要な判断要素であるとの見解が示されていましたが、本改正はこれを覆すものです。
また、新たに独立請負人に適用される高収入基準額が導入され、基準額以下の支払いを受ける独立請負人については、契約書の不当な条項に異議を申し立てる権利が付与されます。
ギグワーカーおよび道路運送業者
従業員に類似する業務形態であるデジタル・プラットフォームの従事者および道路運送業者の支払い条件、労働時間、協議、保険などの事項に関して、Fair Work Commissionが新たに最低基準を設けることになります。
通常の従業員の不当解雇制度と類似の不当終了制度が導入される予定です。
また、従業員に類似する事業者および道路運送業者の集団労働協約の枠組みが導入されます。
その他
- Fair Work Commissionに、労使協定(Enterprise Agreement)のモデル条項を定める権限が付与されます。
- 複数のフランチャイジーによる同一フランチャイザーに対する団体交渉権が導入されます。
- 複数事業主の協約の対象となる雇用主が、単一事業主の協約を締結する際の新たな制限が導入されます(労働組合の同意またはFair Work Commissionの命令を要するなど)。
4.おわりに
オーストラリアの労働法は他国と比較してもより手厚く従業員を保護する規制となっており、上記法改正は雇用主である企業側の義務・罰則を更に強化するものとなります。オーストラリアの企業のみならず、オーストラリアで委託を行う事業者へも影響する内容を含むため、オーストラリアで事業を行う企業は今後の当分野の法改正の動向に注意する必要があると言えます。
[1] https://www.aph.gov.au/Parliamentary_Business/Bills_Legislation/Bills_Search_Results/Result?bId=r7072