(第8回)イギリスでアフリカ社会と法を学ぶ
エチオピア(4)なぜ慣習婚について聞くのが法人類学なのか(法人類学とは①)
現在、ロンドン大学東洋アフリカ研究学院に在籍している原口 侑子弁護士によるニュースレターシリーズの第8回を発行いたしました。今後も引き続き連載の予定となります。
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→(第8回)イギリスでアフリカ社会と法を学ぶ エチオピア(4)なぜ慣習婚について聞くのが法人類学者なのか(法人類学とは①)
(第8回)イギリスでアフリカ社会と法を学ぶ
エチオピア(4)なぜ慣習婚について聞くのが法人類学なのか(法人類学とは①)
2025年 4月
One Asia Lawyers Group
原口 侑子(日本法)
ロンドンを拠点にアフリカの法と人類学の研究をしている私は、エチオピアの首都アディスアベバに住む20代の若い女性に話を聞きながら、アムハラ族(エチオピア第二の民族)の結婚を例に、アディスアベバの現代の結婚がどのように実施されているかどうかを探っていた。エチオピアでは結婚の選択肢は、市役所でサインをする民事婚、民族のしきたりにのっとって結婚する慣習婚、エチオピア正教の教会であげる宗教婚、さらに事実婚と、4タイプある。彼女らは「アディスアベバでは慣習婚は流行っていない」と言い、「なぜなら民族をまたがる結婚が多く、都市部では慣習は力を持っていないから」「世代が下れば下るほど、父母や祖父母が田舎で従っている慣習に従わなくてよくなるから」という理由を聞かせてくれた。
さて、そもそもなぜ彼女らの間で流行っている婚姻スタイルについて聞くのが「法人類学」という学問なのか。
そもそも法人類学とは何なのか。簡単に言えば法規範と社会文化の交差点の研究である。そもそも人類学(文化人類学・社会人類学)とは人間を基準に文化や社会慣習をひも解く学問で、一定の場所に身を置いてその地域・人々を観察する「エスノグラフィー」という手法によって、その背後にある世界を研究する。その中で法人類学(または法と人類学、Law and Anthropology)とは研究の対象を法規範や法制度、紛争解決に置き、個人やコミュニティの視点から、「強制力のある社会的、政治・経済的規範」を研究する学問である。
世界各地の「法」が、どのように作られ、利用され、そこに住む人々の暮らしに影響を与えているか。それを人の生活を観察しながら調べる法人類学は、法多元主義や紛争解決研究、法と権力の研究、人権研究などと形を変えながら、欧米では100年にわたって研究分野として確立してきた。
ここでの「法」とは法令検索で出てくる法律や条例のみに限定されているわけではない。国民国家が作った西洋型の制定法は「法」の中の一部であり、文字で書かれた法律の条文以外も「法」になりうる。そもそも世界にあるのは文字で書かれた成文法だけに沿って法秩序が成り立っている国ばかりではない。アフリカの首長や長老のルールも、日本の町内会のルールも、「法」であるし、ということは町内会も、首長や長老たちも、広義の「法機関」になりうる。
西洋型の文字の「制定法」に沿って法律を考える場合も、なぜその文字が個々人の行動に影響を及ぼしているか、その文字がどのように執行されていて、どのように人々がその文字の帰結をイメージしているか、それらもひっくるめて「法」である。条文だけではなく、慣習も広い意味での法である。解釈にあたって社会の慣習を使うのは日本も同じである。
慣習法の研究というのも、国家法の枠の外にある秩序を研究する学問であり、「法人類学」の一部である。たとえば慣習に従って結婚する不文律―慣習婚―がそれにあたる。エチオピアで会った女性たちが行ったり、行わなかったりしている慣習である。
(次回へ続く)
(参考)
Moore, S F. 2005. Law and Anthropology A Reader, Blackwell Anthologies.