• Instgram
  • LinkeIn
  • Lexologoy

ベトナムにおける行政改革の進展

2025年04月11日(金)

ベトナムにおける行政改革の進展に関するニュースレターを発行いたしました。こちらの内容は、以下のリンクよりPDF版でもご覧いただけます。

ベトナムにおける行政改革の進展

 

ベトナムにおける行政改革の進展

              2025年4月10日
One Asia Lawyersベトナム事務所

I. 共産党書記長の交代と行政改革

 2024年8月、前書記長グエン・フー・チョン氏が死去し、新たにトー・ラム氏が共産党書記長となって以降、ベトナムで最大の政治テーマとなっているのが行政改革です。
 トー・ラム氏は、2024年10月13日に浪費との闘争を強調する論文を発表し、その中で、汚職の撲滅と並んで「浪費」の防止を重視すべきと論じました。浪費には、資源や財源の浪費、生産効率の低下、コスト負担の増大、貧富の差の拡大などが含まれるとしたうえで、官僚的な行政手続きや非効率的なオンライン公共サービスも、企業や個人の時間や労力を浪費していると述べました。また、浪費は、国家レベルと地方レベルで生じており、一部の役人による嫌がらせ、無能さ、職務・責任回避、労働力の質と生産性の低下が原因であると喝破しました。そして、問題の解決には、行政改革を含め、官僚主義と戦うための抜本的な改革が必要であるとしました。
 上記論文の行政改革の方針は、2024年10月30日に開催された「汚職、浪費、その他の悪しき現象の防止および抑制」に関する中央指導委員会常任委員会においても確認され、2025年1月11日、ファム・ミン・チン首相は、政治体制の再編と効率化を目的とした政府運営委員会において、中央省庁の改編ならびに人員の大幅削減と質向上という行政改革の方向を示しました。

II. 行政改革の必要性

 もっとも、行政改革の必要性についてはかねてより指摘されており、たとえば、2017年10月25日第12期中央執行委員会第6回全体会議で可決された「政治体制の組織構造の継続的改革と再編に関する特定の諸問題について、合理化、効率化、効果的な運営に向けて」という決議で、下記の点が指摘されていました。

(中央レベル)

  • 組織体制の非効率:組織構造が複雑で細分化されすぎており、効率性と有効性に欠ける。
  • 権限が不明確で業務が重複している:組織の職務権限が明確性を欠き、業務の重複が生じている。その結果、権限の逸脱や懈怠が生じている。
  • 人員の過剰:サブリーダーや名誉職が過多になっている。
  • 牽制システムの欠如:権力を制御するメカニズムが非効率で、透明性や説明責任を欠いている。
  • 合理化の不徹底:ガバナンス支援のためのIT化への多額の投資にかかわらず、組織構造の合理化、効率性の向上、人員削減が不十分である。


(地方レベル)

  • 地方の行政単位が過度に小規模:郡・県レベルの行政単位が規定された規模を満たしていない。
  • 効率性の欠如:業務の重複が生じており、業務効率が悪い。


 今回の行政改革は、上記の課題克服を実現するための取組みと評価することができます。

III. 中央省庁の新体制

 さて、国会は中央省庁の改編を実現するために、2025年2月に行政組織法の改正を行うとともに、2025年2月18日付国会決議176/2025/QH15号において、政府組織が14の省と3つの省相当機関により構成されると定めました。この国会決議を承けて改編されたのが下記の表に示す省庁です。

(改組された政府組織と所轄事項)

  所轄事項
1 国防省(変更無し) ベトナム国内のすべての軍事組織、準軍事組織、および同様の機関を含む軍事関連事項を管理、調整、監督する。
2 公安省(変更無し) 治安・秩序・社会安全の国家管理、防諜、犯罪防止捜査、火災防止および救助、刑事判決の執行、禁固刑を伴わない判決の執行、身柄拘束または一時拘束、法的保護および支援、所轄分野における公共サービスの国家管理などの機能を果たす。
新たな機能として、サイバーセキュリティ防犯管理、航空保安、出入国管理、薬物中毒治療、運転免許証の交付、犯罪記録の管理が加えられた(政令02/2025/ND-CP)
3 外務省(変更無し) 外交・外事、国境、国際条約、国内の外国代表機関の管理、ベトナムの海外機関、戦略的外交政策立案、地方外交(政令28/2025/ND-CP)
4 内務省 内務省および労働・傷病兵・社会・福祉省を統合 行政組織、公共サービス機関、地方自治体、公務員、労働、賃金、社会保険、雇用、労働安全衛生、社会組織、慈善基金、非政府組織、功労者、青少年、男女平等、国家文書、表彰、および法律で定められた範囲内の公共サービスの国家管理に関する業務(政令25/2025/ND-CP)。
5 司法省(変更無し) 立法、法執行、民事判決の執行、司法行政、法的支援、法的分野における公共サービスの国家管理(政令39/2025/ND-CP)。
6 財務省 計画投資省および財務省を統合 経済および社会開発戦略、計画、投資、国内および海外からの事業投資、投資促進、国家予算、財務、公的債務、国際援助、課税、手数料、国家準備金、国家資産管理、関税、会計、監査、価格設定、証券、国営企業、金融サービス、統計(政令29/2025/ND-CP)。
7 商工省(変更無し) 産業および貿易の国家管理。電力、石炭、石油およびガス、再生可能エネルギー、化学工業、工業用爆発物、機械、冶金、鉱業および鉱物加工、消費財、食品加工、支援産業、環境産業、ハイテク産業(ITおよびデジタル技術を除く)、産業クラスター、手工芸品、貿易、輸出入、国境貿易、物流、国際貿易開発、市場管理、電子商取引、貿易促進、国際経済統合、競争、 消費者保護、貿易救済措置、貿易および産業における公共サービス(政令40/2025/ND-CP)
8 農業環境省 農業・農村開発省および天然資源環境省を統合 農業、林業、漁業、灌漑、防災、農村開発、土地、水資源、鉱物、地質、環境、気象、気候変動、地図作成、海洋および島嶼環境保護、リモートセンシング、およびこれらの分野における公共サービスの国家管理(政令35/2025/ND-CP)。
9 建設省 建設省および運輸省を統合 建設、建築、投資、都市開発、技術インフラ、住宅、不動産市場、建設資材、道路、鉄道、内陸水路、海上、民間航空輸送などの分野における公共サービス(政令33/2025/ND-CP)。
10 文化スポーツ観光省 体育スポーツ委員会を改組 文化、家族、スポーツ、観光、報道、放送、出版、電子情報、市中および外国の情報、およびこれらの分野における公共サービスに関する国家管理(政令43/2025/ND-CP)。
11 科学技術省 科学技術環境省および情報通信省を統合 研究・技術開発、イノベーション、ハイテク、知的財産、標準、計量、品質、原子力、放射線・原子力安全、電気通信、IT産業、デジタル技術産業、IT応用、電子取引、国家のデジタル変革、およびこれらの分野における公共サービス(政令55/2025/ND-CP)。
12 教育訓練省(変更無し) 就学前教育、一般教育、職業教育、高等教育、生涯教育、技能開発、ベトナム語および少数民族言語、教育における公共サービスの国家管理(政令37/2025/ND-CP)。
13 保健省(変更無し) 予防医学、診察および治療、リハビリテーション、法医学、母子保健、人口、社会悪の防止(薬物中毒治療を除く)、社会保護、伝統医学および薬学、医薬品、化粧品、食品衛生、医療機器、健康保険、保健に関する公共サービス(政令42/2025/ND-CP)。
14 民族・宗教省 旧民族委員会からの昇格 民族・宗教に関する事務および関連分野における公共サービスの国家管理(政令41/2025/ND-CP)。
15 政府官房(変更無し) 省相当機関。政府活動の調整、行政手続きの管理、円滑な政府運営の確保、広報活動、政府および首相の後方支援(政令36/2025/ND-CP)
16 政府監査院(変更無し) 省相当機関。法令順守の検査、腐敗防止と取締、苦情および告発の処理、規制の提案、違法な規制の取消の勧告、是正措置の勧告。
17 国家銀行(変更無し) 省相当機関。金融政策、銀行業務、外国為替、通貨発行、中央銀行機能、政府向け金融サービスの国家管理(政令26/2025/ND-CP)


 上記の省庁は、2025年3月1日より活動を開始しており、改編された省庁がどのように機能するかに注目が集まっています。これまでのところ、大きな混乱は生じていませんが、一部の省庁では組織改編後の作業手続が明確になっていないため、業務の遅延が発生しているとの情報があります。

IV. 地方政府における行政改革

 中央省庁と比べて、地方政府の改革はこれからです。2025年2月の国会で地方政府組織法の改正が行われましたが、地方行政組織の改革はいまだ実施されていません。公式案によれば、現在63ある省市を統合により34に減らすことが検討されているようです。省市の再編計画は、4月初旬の党中央委員会で内定したのち、6月開催の国会において正式に決定されます。省市の再編のほか、その下位にあたる郡レベルを廃止し、1万余りある基礎レベルについては統合により5000程度に整理するとされています。統廃合の結果、現在の地方政府の構造は、現行の省・郡・村の3層構造から、省レベルの行政区と村レベルの行政区の2層構造に再編されます。
 主要な省市の統合案として、ホーチミン市については、隣接するビンズオン省とバリアブンタウ省を統合、ダナン市については、クアンナム省を統合、カントー市は、ソクチャン省およびハウザン省と統合、ハイフォン市は、ハイズオン省と統合するとされています。なお、ハノイ市については他省との統合は行わず、現状を維持するとされています。
 上記の中央政府と地方政府における行政改革は、単に省庁や行政単位の統廃合だけではなく、大量の公務員の人員整理を伴うことが予測されます。人員削減により余剰となった公務員を混乱なく社会で吸収することが、今後の課題となりそうです。ホーチミン市は、職業訓練や就職情報の提供などの施策のほかに、市内の国有企業に対して余剰公務員の優先雇用を働きかけるなどの措置を検討しています。

V. おわりに

 ベトナムにおいて行政改革は積年の課題でした。今回の行政改革は、中央政府および地方政府において大幅なリストラを実現するものです。現時点では、中央省庁の統廃合が完了しただけで、これらの省庁における人員のリストラはこれから行われるものと予想されます。また、地方政府の統廃合は本年の6月以降になり、どのような影響が発生するかは不明です。
 行政改革が外資企業に及ぼす影響としては、プラスの面とマイナスの面が考えられます。プラス面としては、書記長が強調するような浪費の防止が功を奏し、行政手続の迅速化がもたらされることです。これに対してマイナス面としては、省庁改編やリストラに伴う混乱により、許認可付与等に遅延が生じることが考えられます。例えば、ワークパーミットの付与を担当していた労働傷病者社会省が内務省に統合されました。その結果、ワークパーミット付与に時間がかかっているとの情報もあります。
 今後行われる地方行政府の統廃合においても、例えば最低賃金についての地方区分の変更が生じる可能性があり、該当地域に進出している企業は、最低賃金の上昇が生じる可能性もあります。
 今後、行政改革が企業活動にどのように影響をもたらすか注目する必要があります。