(第11回)イギリスでアフリカ社会と法を学ぶ
アフリカの若者と法人類学(2)
現在、ロンドン大学東洋アフリカ研究学院に在籍している原口 侑子弁護士によるニュースレターシリーズの第11回を発行いたしました。今後も引き続き連載の予定となります。
こちらの内容は、以下のリンクよりPDF版でもご覧いただけます。
→(第11回)イギリスでアフリカ社会と法を学ぶ アフリカの若者と法人類学(2)
(第11回)イギリスでアフリカ社会と法を学ぶ
アフリカの若者と法人類学(2)
2025年 8月
One Asia Lawyers Group
原口 侑子(日本法)
ケニアのキクユ族には、新婚の男性が新婦の女性の家族に対して結納(「ルラシオ」)を送るという習慣があり、この習慣は都市化が進んだ現代社会でも未だに実行されている。欧米開発支援機関は「男性が女性をコモディティ化する文化なのではないか」と批判することもあるが、それでもこの習慣が(一部形を変えながら)つづく理由は何か。これは、慣習法に基づくルール設定と若者のエンパワメントの両側面から説明できる、きわめて「アフリカ」的で「法人類学」的な事例である。
若い女性たちが結納の慣習を受け入れ、今も継続している理由を聞いてみると、さまざまな答えが返ってきた。この慣習を「伝統だから」「家族の絆の強化になるから」という理由で受け入れている女性もいれば、「婚家に属する権利を確保するため―主に自身の墓をキープする権利を得るため」や「娘の将来のため」という女性もいた。選択肢などないという女性もいれば、反対に、同世代の女性たち主導で自助団体をつくって慣習ルールを変容させ、柔軟な方法で婚資を作り変えているケース(「Kamwereth/カムウェレソ」)もあった。
インタビューを通して分かってきたのは、世代間の縛りの存在と、若者主導での現代社会への適応だった。
もともとは牛やヤギで支払われていた婚資だが、今は金銭による支払いが相互補完的に取り入れられている。それだけではない。都市部で流行ってきている女性による自助グループ「カムウェレソ」は、働いていて金銭的余裕のある若年女性たちが資金をプールし、夫婦間の支払いに代替する結婚資金を提供するという制度になっている。
こうして時代に合わせた変化を取り入れつつも、結納が結婚の正統性、さらに女性が「家」に属する権利を確保する上で不可欠な役割を果たし続けているのがケニアのキクユ族だ。では「そこまでして婚資の制度を続ける必要はあるのか」という問いに対する答えが、その「世代間の縛り」のルールである。いわく、自分の母親がもらった婚資以上の婚資は、自分が結婚する際にも新郎に請求できない。この世代間ルールは何世代も昔からつづいているようで、つまり、「自分が結婚するときにルールを守らないと、娘が結婚するときに娘は―ひいては受け取り手である自分たちは―この結納金をもらえない」という帰結に至るという、暗黙の了解が民族の中であるのだ。
結局、今を生きる若者ができることは、すでにある慣習を微修正することだけで、大きな変容ではないのではないかという見方もある。土地に根付いた価値観や規範意識が強く、ゆっくりと変容していく社会では、抜本的な変化は嫌われることが多い。日本がそうであるように。
上の世代と下の世代の考え方の違いが如実に出るのが家族観の形成である。では世代間の考え方の違いを埋めていくために若者たちはどのような動きをするのか。彼らの法や社会規範に対する考え方―「法意識」-はどのようなもので、どう変化しているか。こうしたミクロな法と慣習の適用のあり方を知るには、地に足のついた法と社会の研究が必要になってくる。法人類学が取り組むのはまさにそういった領域である。

