居住用建物の賃貸借契約に関する新ルール
「居住用建物の賃貸借契約に関する新ルール」に関するニュースレターを発行いたしました。こちらの内容は、以下のリンクよりPDF版でもご覧いただけます。
→居住用建物の賃貸借契約に関する新ルール
居住用建物の賃貸借契約に関する新ルール
2025年12月9日
One Asia Lawyersタイ事務所
藤原 正樹(弁護士・日本法)
マーシュ 美穂
2025年6月6日、「居住用建物の賃貸事業を契約規制業種と定める2025年契約委員会告示」(以下、「本告示」)が、1979年消費者保護法第35条の2および第35条の8に基づき発出され、官報に掲載されました。本告示は2019年に公布された同一タイトルの告示(以下、「旧告示」)に取って代わるもので、2025年9月5日に施行が開始されています。これにより、居住用建物の賃貸借契約(以下、「賃貸借契約」)に関する基準がより明確かつ厳格になり、テナント保護が強化されました。
本ニュースレターでは、賃貸借契約の標準書式に関する改正内容のポイントを整理し、事業者の皆さまが本告示に沿った契約書を作成・見直しするにあたって留意すべき実務上のポイントをご紹介します。
1.本告示の概要および適用範囲
本告示では、居住用賃貸借を「短期」と「長期」に区分したうえで、それぞれに対応する標準契約書式を定めています。主な改正点としては、保証金の没収や建物・設備・家電等(以下、「物件」)の損害賠償責任に関するルールが明確化・厳格化されたことに加え、オンライン・プラットフォーム経由で締結される賃貸借契約を念頭に置いた規律が新たに設けられた点が挙げられます。
本告示の適用対象となるのは、寮およびホテルを除き、3戸以上の住戸を個人に賃貸する事業者(以下、「賃貸人」)です。住戸が同一建物内にあるかどうかは問いません。旧告示では適用対象が「5戸以上」とされていたところ、本告示では「3戸以上」とされたため、規制のカバー範囲が広がる結果となっています。
本契約はタイ語で作成され、本告示に定められた要件および禁止事項を遵守しなければなりません。また、本告示は、短期・長期を問わず、賃貸人と直接締結される場合だけでなく、デジタル・プラットフォーム事業者を介して電子的に締結される賃貸借契約にも適用されます。
デジタル・プラットフォーム事業者が賃貸人のために支払処理などを行う場合には、民商法典(「CCC」)上の代理に関する規定も併せて適用されることとなります。これにより、オンライン上の取引であっても、対面の取引と同水準の消費者保護が確保されます。
2.必須条項(標準契約書式)の概要
本告示は、旧告示で定められていた「必須条項リスト」を廃止し、その代わりとして付録に2種類の標準契約書式を新たに設けています。
①フォーム・コー(ก):短期賃貸用の標準契約書
②フォーム・コー(ข):長期賃貸用の標準契約書
これらの書式には、賃貸借契約の基本的な権利義務関係に関する条項が盛り込まれており、旧告示の必須条項と実質的に共通する部分が多いものの、次のような点が追加・明確化されています。
・賃料、光熱費、サービス料、保証金、前払賃料などの支払方法
・長期賃貸借における賃貸借登記の取扱い
・物件の保存・維持に関するテナント側の義務
・テナントの使用・収益に支障をきたすような重大な欠陥についての賃貸人の修補義務
・通常損耗・不可抗力・テナントに責めのない事由による損害について、保証金から控除することの禁止
・前払賃料および保証金の返還義務
・賃貸人が、テナントの契約違反につき通知後30日以内に是正が行われない場合に賃貸借契約を解除できる旨の規定
本告示第5条により、賃貸人は、上記のような標準書式中の条項を賃貸借契約に反映させる義務を負います。賃貸借契約書上に明示されていない場合であっても、これらの条項は、消費者保護法第35条の3に基づき黙示の契約条件として賃貸借契約に組み込まれたものと扱われます。
3.禁止される契約条項
本告示では、旧告示における禁止条項のリストを見直し、短期・長期を問わず居住用賃貸借契約に適用される新たな禁止条項を定めています。全体としての方向性は旧告示と大きくは変わりませんが、とくに以下の点が変更点として重要です。
・旧告示では「賃貸期間中の光熱費の調整」が禁止されていましたが、本告示ではこれが見直され、「賃貸期間中の賃料およびサービス料の調整(増額)」が禁止対象とされています。
・長期賃貸借については、前払賃料と保証金を合算した金額が「年額賃料の1年分」を超えてはならないことが明確に追加されています。
このほか、本告示の下で禁止される条項の主な例は、次のとおりです。
・正当な理由もなく、賃貸人の契約違反や不法行為責任を重要な場面で免除または制限する条項
・短期賃貸で月額賃料の3か月分、長期賃貸で年額賃料の1年分を超える金額の前払賃料および保証金を受領できるとする条項
・賃貸借契約の期間途中で、賃料またはサービス料の単価を引き上げることを認める条項
・テナントに落ち度がないにもかかわらず、保証金または前払賃料を没収できるとする条項
・緊急時を除き、事前通知なしに賃貸人またはその代理人が物件内に立ち入って検査できるとする条項
・電気代や水道代等の光熱費について、実際の事業者からの請求額を上回る料金を設定する条項
・賃貸借契約が適法に終了していないにもかかわらず、テナントの立入りを妨げたり、テナントの所有物を持ち出したりする権限を賃貸人に与える条項
・既存テナントから契約更新時に「更新料」を徴収する条項
・テナントによる重要な契約違反がないにもかかわらず、賃貸人が賃貸借契約を解除できるとする条項
・通常損耗や不可抗力等、テナントに責任のない原因による物件の損害について、テナントに負担させる条項
・通常の使用や経年劣化の結果として生じた物件の欠陥について、テナントに責任を負わせる条項
これらの禁止条項が賃貸借契約に含まれている場合、その部分は「契約上存在しないもの」とみなされ、裁判や執行の場面でも無効として扱われます(消費者保護法第35条の4)。
4.罰則
本告示の要件を満たさない契約実務を行った場合、賃貸人は消費者保護法に基づく刑事罰の対象となり得ます。具体的には、最長1年の禁錮、20万バーツ以下の罰金、またはその併科が規定されています(同法第47条)。
5.事業者への示唆と実務対応
本告示は、旧告示の運用で指摘されていた曖昧さを解消するとともに、交渉力の弱い立場に置かれがちなテナントを、一方的に不利な契約条件から保護することを目的としています。
本告示は施行日前に締結された既存契約には原則として遡及適用されませんが、契約を更新または内容変更するタイミングから適用されることになります。そのため、既存の標準契約書や個別契約書についても、更新時期が来る前に本告示との整合性を確認し、必要に応じて修正しておくことをお勧めします。
今後新たに締結する賃貸借取引に関しては、紙ベースの契約書に限らず、オンライン申込みフォームや電子契約システムで用いるテンプレートについても、本告示の要件を満たすよう構成し直すことが重要です。そうすることで、罰則リスクを回避できるだけでなく、各条項の有効性・執行可能性を確保し、将来の紛争リスクも抑制することができます。
本告示への対応や賃貸借契約書の見直し等をご希望の場合は、One Asia Lawyers タイ事務所までお気軽にお問い合わせください。
以上
〈注記〉
本資料に関し、以下の点につきご了解ください。
・ 本資料は2025年12月9日時点の情報に基づき作成しています。
・ 今後の政府発表や解釈の明確化にともない、本資料は変更となる可能性がございます。
・ 本資料の使用によって生じたいかなる損害についても当社は責任を負いません。

