ベトナム:デジタル技術産業法の制定-デジタル資産およびAIに関する規制
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<デジタル技術産業法の制定-デジタル資産およびAIに関する規制>
2025年12月11日
One Asia Lawyers ベトナム事務所
I. はじめに
ベトナムでは、デジタル技術の法的枠組みを整備する「デジタル技術産業法」(以下、「DTI法」)が2025年6月14日に成立し、2026年1月1日から施行されます[1]。
DTI法は、デジタル技術産業、半導体産業、人工知能(AI)、デジタル資産(Digital Assets)の発展、および関連機関・組織・個人の権利と責任を規定しています。
これまでベトナムでは、暗号資産やセキュリティートークンなどのデジタル資産に関する法制度が曖昧で、詐欺的行為を招きやすく、投資を阻害する要因となっていました。DTI法はこの“グレーゾーン”を解消し、デジタル資産の法的地位を明確にすることで、投資家保護と関連事業の運営について規制を明確にするものとなります。
本ニューズレターでは、DTI法の主要な規定を分析し、特にデジタル資産とAIに関連する規制に焦点を当てて、その実践面を探ります。
II. デジタル資産に関する規定
デジタル資産の取扱いを法律で規定する目的は、詐欺や紛争発生時における投資家保護の基盤を構築するとともに、企業による資本調達、製品開発、デジタル資産市場の発展に向けた指針を明確にすることにあります。
もっとも、これまでベトナムではデジタル資産、とりわけ暗号資産の法的性質について統一的な見解が存在しませんでした。
ベトナム国家銀行は、暗号資産の法的地位について、「ビットコイン等の暗号資産は通貨[2]ではなく、ベトナム法上の合法的な支払手段でもない[3]」との立場を一貫してきました[4]。
他方で、財務省は、暗号資産は民法上の「財産」に該当するとの見解を示しています[5][6]。
税務面では、ベンチェ(Ben Tre)省人民裁判所は、暗号資産取引に関する課税決定を取り消し、当該課税に対する明確な法的根拠が存在しないことを強調したケースがあります[7]。
こうした暗号資産の法的性質に関する見解の相違を踏まえ、首相決定1255/QĐ-TTg(2017年8月21日)は、暗号資産を含むデジタル資産に関する包括的な法的枠組みの整備を求めるとともに、財務省に税制の策定を求めました。
このような背景のもと、DTI法がデジタル資産の法的地位を明確にしたことは、大きな前進と言えるでしょう。
1. デジタル資産の定義
DTI法では、デジタル資産を、民法上の「財産[8]」として位置づけたうえで、電子環境下でデジタル技術により生成・発行・保存・移転・認証されるデジタルデータの形態をとるものと定義し[9]、次の3類型に分類されます[10]。
①仮想資産:投資目的で使用されるデジタル資産。
②暗号資産:暗号技術または類似のデジタル技術により、生成・発行・保管・移転の過程で認証されるデジタル資産。
③その他のデジタル資産:現行法では予見できない種類のデジタル資産。
仮想資産および暗号資産には、有価証券、法定通貨のデジタル形態、その他の金融資産が含まれない点に留意が必要です。また、暗号資産やデジタル通貨は支払手段として認められず、投資手段としてのみ認められます。
2. 具体的な要件
もっとも、DTI法は基本枠組みを定めるにとどまり、ビジネスに活用するための具体的要件や運用ルールは下位法で定められます。
こうした状況を踏まえ、政府は2025年9月9日に決議05/2025/NQ-CP[11]を発出し、暗号資産の発行・募集、取引市場の運営、関連サービス、国家による監督といった内容を含む、暗号資産市場の5年間の試行制度を開始しました。試行制度の下では、暗号資産の発行者は、有限責任会社や株式会社などのベトナム内資企業に制限されています。
また、発行できるのは、有価証券や法定通貨を除く実体資産に裏付けられた暗号資産に限られます。
暗号資産の募集・発行先は外国人投資家に限定され、発行者は、発行の少なくとも15日前に目論見書を公表することとされています。
財務省が許可する暗号資産サービスプロバイダー(CASP)に開設された口座を通じて行うことができます。CASPの許可要件としては、最低資本金10兆ドン(約600億円)、機関投資家による65%以上の出資(うち35%以上は2社以上の金融機関またはテック企業から)が必要、外国投資家の出資上限は49%、有資格者の配置、一定の水準の情報セキュリティなどが規定されています。
以上のように、DTI法と実施法令は、デジタル金融の制度的土台を整える一方、監督可能性と投資家保護を重視する設計となっています。本制度を活用する企業は、資金調達や事業成長にデジタル資産市場を活用しつつ、目論見書、裏付資産の評価/保管、CASP選定、ITセキュリティなどを含む強固なコンプライアンス体制の構築などが求められます。
III. AIの規制枠組み
加えて、DTI法は、AIを初めて法的な規制対象として明確に位置付けました。
1. AI、AIシステムの定義
(1)AIの定義
学習・推論・問題解決など、通常は人間の知的能力を必要とする作業を実行できるように設計・開発された技術・仕組みを指します[12]。
(2) AIシステム
明示的または黙示的な目的を達成するために、入力データを用いて推論を行い、物理的またはデジタル環境において予測、コンテンツ生成、推奨、意思決定などの出力を生成するシステムを指します[13]。
2. DTI法上の規制
DTI法は、AIの安全性に関する基本的な原則として、以下の点を掲げています。
①人間中心の設計
②リスク管理が可能な設計
③個人データ保護の設計
これらの原則に加え、経済・産業政策の観点から、AIの研究・開発および日常生活での活用を促進し、各産業分野に適した規制を確立することを目指しています。
こうした方針の下、DTI法はAIに関する規制原則として、以下の点を定めています。
①リスク管理:医療・金融・社会秩序・安全等の高リスク分野におけるAIにつき、厳格な技術基準と個人情報を含めた情報管理の実施が求められます。
②通知義務:対話型AIを利用していることの通知・AI生成によって作成されたコンテンツには識別マークの付与が求められます。
③AIの開発・利用における組織・個人の責任:開発者、提供者、利用者などの役割別に責任が分類されています。
もっとも、DTI法は基本的な規制原則を定めるものであり、具体的な要件や運用ルールは、今後制定される数多くの下位規制によって補完されることが予想されます。
下位規制の整備によって、AIが国家安全保障や犯罪防止などの分野へ与える悪影響を抑制することが見込まれます。
DTI法の施行により、ベトナムにおけるAI法制は今後さらに整備・洗練されることが予想されます。
IV. おわりに
DTI法はまだ発展途上にあり、この分野における他国の経験を参考にしながら、さらに発展していくことが見込まれます。
DTI法が施行されるとともに、同法を実施する下位規制が整備されれば、デジタル技術企業の持続的発展に貢献すると同時に、ベトナムがグローバルなデジタル技術ハブとしての地位を確立するための基盤となることが期待されます。
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[1] 2025年6月14日付法律第71/2025/QH15号
[2] 2010年ベトナム国家銀行法 第17条第2項で「国家銀行が発行する紙幣および硬貨のみが、ベトナム社会主義共和国の領域内における法定の支払手段である。」と規定されています。
[3] 非合法的支払手段は、小切手、支払命令書、送金依頼、取立依頼、引落依頼、銀行カード、および国家銀行の規定するその他の支払手段を除く手段を指します(2012年11月22日付 政令 101/2012/ND-CP(非現金決済に関する政令。後に政令 80/2016/ND-CP により修正・補足)の第4条第6項・第7項)。
[4] ベトナム社会主義共和国政府・政府電子新聞『暗号資産は支払手段として使用してはならない』(https://baochinhphu.vn/khong-duoc-su-dung-tien-ao-lam-phuong-tien-thanh-toan-102234448.htm、最終アクセス日:2025年11月1日)
[5] 財務省は、暗号資産が金銭的価値を有し、民事取引において譲渡可能である点を根拠として、このような見解を示しています。
[6] 2016年4月1日付財務省通達第4356/BTC-TCT号「デジタル通貨取引活動に関する税務管理の指針」
[7] 徴税決定に対する訴訟に関する2017年9月21日付ベンチェ省人民裁判所判決No.22/2017/HC-ST号
[8] 「財産」は、物、金銭、有価証券、および財産権をさします(民法第105条1項)。
[9] DTI法第46条。
[10] DTI法第47条第2項。
[11] 2025年9月9日付決議第05/2025/NQ-CP号「ベトナムにおける暗号資産市場の試験的実施に関する規定」
[12] 2025年1月24日付通達第02/2025/TT-BGDĐT号(デジタル能力フレームワークに関する規定)第2条第18項
[13] DTI法第3条9項
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