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インド:インド新労働法典― 中央・州規則の施行状況と日本企業の実務対応 ―

2026年06月15日(月)

インド:「インド新労働法典― 中央・州規則の施行状況と日本企業の実務対応 ―」に関するニュースレターを発行いたしました。こちらの内容は、以下のリンクよりPDF版でもご覧いただけます。

インド新労働法典― 中央・州規則の施行状況と日本企業の実務対応 ―

インド新労働法典
― 中央・州規則の施行状況と日本企業の実務対応 ―

2026年6月12日
One Asia Lawyers南アジアプラクティスチーム
吉田 重規(弁護士・日本法)
山田 薫

インドの労働法は、旧来の29の連邦法を4つの法典に統合した新労働法典として2019〜2020年に成立し、2025年11月21日に施行されました(2025年12月16日付ニュースレター参照)。
実務運用に不可欠な施行規則についても、2026年5月8日に中央の規則4本が公布・施行されました(2026年1月29日付ニュースレター参照)。
ただし、中央規則の施行により、インド全土で実務運用が開始したわけではなく、州の施行規則は州ごとに整備状況が異なります。以下、中央規則と州規則の関係を整理したうえで、新法典の実務上の重要ポイントをご説明します。

1. 施行の経緯と現在の状況

新労働法典に基づく中央の施行規則については、2026年5月8日に公布・施行がなされました。もっとも、州の施行規則は州ごとに整備状況が異なり、一部州では施行済みである一方、多くの州ではなお草案段階にとどまります。このため、現在は新法の条文・中央規則・旧法下の規則・一部州の新規則が併存する移行期にあります。

2. 中央規則と州規則の適用関係

各法は条文上、所管政府(Appropriate Government)という概念を用いており、事業所の種別に応じて中央規則・州規則のいずれが適用されるかが決まります。

1)中央規則が適用される事業所
中央規則が適用されるのは、以下に限られます(各法典の定義規定)。
・中央政府が所有・運営する事業所、中央法により設立された法人・機関
・鉄道・鉱山・油田・主要港・航空輸送・電気通信・銀行・保険会社

例外として、社会保障法については、上記に属さない一般の民間企業であっても、複数州に部門・支店を持つ場合は中央規則の適用が想定されており、個別確認が必要です。

2)州規則が適用される事業所
他方、工場・オフィス・店舗等、多くの民間企業は州政府所管の事業所であり、州規則が適用されます。したがって、中央規則が公布・施行された現時点においても、拠点が所在する州の施行規則が整備されなければ実務運用は確定しません。
州規則の整備状況は州ごとに異なります。主要州はおおむね草案を公開済みであるものの、グジャラート州等の一部を除き、多くの州では草案段階にとどまります。

3. 各法典の主要ポイント

(1) 賃金法(Code on Wages, 2019
①賃金定義の統一と「50%ルール」——給与体系の見直しが必要になるケース
新たな賃金の定義では、基本給・物価調整手当・留保手当が「賃金(Wages)」に含まれ、それ以外の手当(住宅手当・賞与・通勤手当等)の合計が総報酬の50%を超える場合、超過分は「賃金」に再算入されます。
従来、基本給を低く抑え各種手当を厚くすることで EPF(従業員積立基金)拠出額・法定退職金の計算基礎を抑制する給与設計が広く行われてきました。新定義が適用されると、算定基礎となる「賃金」が上昇し、EPF会社負担・残業代単価・法定退職金がいずれも増加する可能性があります。給与体系の見直しと財務インパクト試算が急務となります。
また同時に、EPF従業員負担(給与天引き分)が増加することにより、従業員の手取り額が減少するケースもあります。新給与体系への切り替えにあたり、事前に十分な通知を行うことが求められます。

②最低賃金——州ごとのモニタリングは従来どおり必要
賃金法では中央政府が全国的な下限最低賃金(Floor Wage)を設定できることが明文化されました。もっとも、各州最低賃金はこの下限を下回ることができないため、実務上は拠点が所在する州ごとに定められる最低賃金のモニタリングが引き続き不可欠です。

(2) 社会保障法(Code on Social Security, 2020
①EPF・法定退職金(Gratuity)への影響
EPFは労使折半の年金積立制度、法定退職金は5年以上勤続した従業員に生じる法定支給義務であり、いずれも長期雇用コストに直結します。社会保障法典自体が制度枠組みを大きく変えるものではありませんが、前述の「50%ルール」により算定基礎となる「賃金」が上昇するため、EPF・退職金の負担が増加する可能性があります。

(3) 労働安全衛生・雇用条件法(Occupational Safety, Health and Working Conditions Code, 2020
①雇用契約書(Appointment Letter)の義務化
すべての労働者に対し、所定様式による雇用契約書の交付が義務付けられました。これまで一部の州の「店舗・施設法」でのみ求められていたものが全国的な義務になります。既存の雇用契約書が新法の要求する様式・記載事項を満たしているか確認が必要です。
②年次健康診断の義務化
一定の年齢・役職・業種に該当する労働者に対し、使用者が無料で年次健康診断を実施することが義務付けられました。具体的な対象範囲は州規則で定められるため、州規則の確認が必要です。

(4) 労使関係法(Industrial Relations Code, 2020
③人員整理・事業閉鎖の政府許可要件:閾値が100→300人に引き上げ
レイオフ・リトレンチメント(整理解雇)・事業閉鎖に際して政府許可が必要となる事業所の規模要件が、ワーカー100人以上から300人以上に引き上げられました。300人未満の事業所では人員整理の柔軟性が高まります。ただし、この要件は「ワーカー」のみが対象であり、管理職等(ノンワーカー)の区分判断が引き続き重要です。肩書ではなく実態(業務内容・指揮命令関係・裁量の有無)で判断されることに留意が必要です。
④法定就業規則(Standing Orders)の作成義務:同様に100→300人に引き上げ
法定就業規則の作成・届出義務の人数要件も300人以上に引き上げられています。

4. おわりに実務対応のチェックポイント
中央規則の公布により新労働法典の制度的な枠組みは整いましたが、多くの民間企業にとって実務運用はなお州規則の整備状況に左右されます。日本企業としては、今後の州規則の施行を見据え、賃金体系、雇用契約書、人員管理体制等について事前の確認・見直しを進めるとともに、拠点所在州の規則整備状況を継続的に把握しておくことが重要です。

以上