マレーシア会社法の改正 ~名義株主・名義取締役に関する改正案~
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会社法の改正
~名義株主・名義取締役に関する改正案~
2024年6月
One Asia Lawyers Group
マレーシア担当
日本法弁護士 橋本 有輝
マレーシア法弁護士 Clarence Chua
1.はじめに
東南アジア諸国では、従来より、外資規制等の要件を満たすために、ローカルの個人・企業から名義だけを借りて会社登記を行うというスキーム、すなわちノミニー株主または名義株主と呼ばれるスキームが利用されてきた。この点、マレーシアにおいても同じく外資規制が残っているため、このようなアレンジが利用されてきたと言われている。
ところが、この慣行が変更を余儀なくされるかもしれない事態が現在進行している。
すなわち、マレーシアは、金融活動作業部会(Financial Action Task Force、以下「FATF」)というマネーロンダリングやテロ資金供与と闘うための政策を策定する政府間組織のメンバーであるところ、最近、FATFは法人の透明性に関する新しい国際基準とガイダンスを発表した[1] 。
このなかで強調されたのは、ノミニー株主とノミニー取締役の地位の開示である。これは、ノミニーというアレンジが実質的な支配権の透明性確保を回避する手段として利用される可能性があることに起因している。このような問題に対処し、現行の国際基準に準拠するため、会社法の改正が、現在提案されているのである。なお、この改正は2024年4月1日付で施行された会社法改正とは別の話である。
2.現在のシステム
現行会社法には、「ノミニー”nominee”」 や「ノミニー・ディレクター” nominee director”」 といった記載がある。例えば、会社法4条3項では子会社の判定において、名義人ではなく受益者本人で判定するとの記載がある 。
しかし、現行会社法には、ノミニー株主やノミニー取締役につき、登録簿を記録、保管、維持することを企業に義務付けるような具体的な規定は存在しない。またノミニーに関する定義規定も存在しない。
そこで、新しい会社法改正案は、ディビジョンAAという新たな項目を追加する改正を提案している。このディビジョンAAは、2023年12月22日付の協議文書によって一般に公表され、その後、2024年1月31日までに一般からの意見提出が認められていた。ディビジョンAAの提案は、定義、ノミニーの責任、ノミニーの登録制度の3つに分類される。
3.定義
ディビジョンAAは以下の定義を提案している :
「ノミニー取締役“nominee director”」とは、ノミネーター(以下で定義)の直接的または間接的な指示に従い、かつ、ノミネーターに代わり、会社において日常的に取締役の機能を行使する個人をいう。なお、ノミニー取締役は法人の実質的所有者になることはないものとする。
「ノミニー株主“nominee shareholder”」とは、ノミネーターの指示に従って議決権を行使したり、ノミネーターに代わって配当金を受け取ったりする個人を意味する。ノミニー株主は、ノミニーとして保有する株式に基づいて法人の実質的所有者となることはないものとする。
「ノミネーター “nominator”」とは、ノミニーに対して、取締役または株主の立場で自身に代わって行動するよう(直接的または間接的に)指示を出す個人(または個人のグループ)または法人を意味する。「影の取締役“shadow director”」または 「“silent partner”」とも呼ばれることがある。
4.ノミニーの責任
ディビジョンAAの下では、ノミニーは、会社に対して、ノミニーとそのノミニーに関する情報を開示することが義務付けられる予定である 。なお、2024年4月1日に導入されたBeneficial Ownerの特定においては、会社が株主に対して通知を発行する等、会社主導でBeneficial Ownerの特定作業を行う義務を負っているのに対し、ノミニーに関しては、上記の通り、 ノミニーが関連情報を会社に提供することが義務付けられていることは注目に値する。
その後、会社はノミニー株主、ノミニー取締役およびノミネーターの情報を登録簿に記載し、管理する必要がある。会社はまた、登録簿に情報が記載されてから14日以内に、登録機関(SSM)にその情報を提出する必要がある。
登録された情報は、株主や取締役のノミニーとしての地位を除き、一般には公開されないとされている。 しかし、法案を読む限り、その者がノミニー株主または取締役であることは公開されることになっているため、外資規制が及ぶ領域においてノミニースキームを用いている会社は注意する必要がある。例えば外資規制を伴うライセンスを付与されている会社がそのライセンスの更新時に登記の提出が必要となったとすると、この登記簿にノミニー株主がいることが現れてしまい、それをきっかけに当局の調査が開始される可能性がある。さらに、上述の協議文書は、関連当局等がSSMに提出された情報にアクセスできる旨明確に記載している点にも留意が必要である。
なお、上記義務に違反したノミニーは虚偽乃至誤った報告を行ったものとして会社法591条から598条の条違反となり、禁錮または罰金の対象となりうる[2]。
5.登録制度
ディビジョンAAのセクションA3「ノミニー株主」およびセクションA5「ノミニー取締役」において、会社がノミニーの情報をどのように作成し、保管するかについての指針が示されている。必要な情報は比較的単純である。すなわち、ノミニーの氏名と住所、ノミニーの日付と有効期限、ノミネーターの情報などである。
また、提案されているディビジョンAAのセクションA3(8)およびセクションA5(8)では、ノミニー株主およびノミニー取締役の登記簿は、それぞれ、本法に基づき登記簿に記載された事項の一応の証拠となるとされていることも注目に値する。言い換えれば、反論がない限り、登記簿に記載された情報は法的手続きに使用できる証拠とみなされるということである。そのため、企業は登記簿が可能な限り正確であることを確認する必要がある。
ディビジョンAA が有効であるならば、外国企業もこれを遵守する必要があることに留意すべきである。
6.考えられる対応策
以上のような法改正がなされた場合、既存のノミニースキームを利用している企業やこれから同様のスキームの導入を検討している企業は、対応を検討することが要求される。
具体的には、法令で定義されたノミニーに該当しないアレンジを模索することが対応策になると思われるが、これは企業毎に専門家の助力を得ながら検討する必要があるため、ここではその方向性を指摘するにとどめる。
7.結論
ノミニーに関する制度全般の改正プロセスはまだ進行中であるが、現在の進捗状況は、マレーシアの法制度が近いうちに国際基準に準拠することを保証するという当局のコミットメントを示している。したがって、企業はこうした現在の動きに注目し、自社の事業体制がこうした可能性のある変更に対応できるかどうかを評価することが望ましいだろう。
なお、前述の協議文書を通じて国民から寄せられた意見により、提案されているディビジョンAAが修正される可能性はある。
私たちはこの件に関する動向を注視し、適宜最新情報を提供する予定です。新Division AAや、ノミニーに関する現行制度についてご不明な点がございましたら、お気軽にお問い合わせください。
[1] Part 1, Consultative Document on the Proposed Amendments to the Companies Act 2016 relating to Nominee Shareholders & Nominee Directors, 22 December 2023
[2] Section A4(4) and A6(4), Division AA, Companies (Amendment) Bill, Consultation Document 22 December 2023