日本:公正証書に係る一連の手続のデジタル化について
日本における公正証書関連の手続きのデジタル化についてのニュースレターを発行いたしました。こちらの内容は、以下のリンクよりPDF版でもご覧いただけます。
公正証書に係る一連の手続のデジタル化について
2025年10月16日
One Asia Lawyers 東京オフィス
弁護士 山本博人
弁護士 楠 悠冴
公正証書とは、私人からの嘱託により、公務員である公証人がその権限に基づいて作成する公文書のことをいいます。公正証書は、公証人が作成するものであることからも、事実を証明する上で極めて有力な証拠となる上、強制執行認諾約款を記載した公正証書であれば、当該公正証書に基づいて強制執行を行うことができる等、様々なメリットがあります。
もっとも、従来、公正証書を作成するにあたっては、公証役場に赴いて作成する必要があり一定の負担となっていたところ、令和5年に制定された「民事関係手続等における情報通信技術の活用等の推進を図るための関係法律の整備に関する法律」中の公証人法の改正に関する部分が2025年10月1日に施行されたことにより、リモート方式による公正証書の作成が可能となりました。また、紙媒体のみならず、電子データの方法でも公正証書の作成も可能となりました。
以下、第1において、①電子データによる公正証書の作成の概要、②リモート方式による公正証書の作成の概要、③インターネットによる嘱託及び④手数料の変更について説明した上で、第2で②に関し、リモート方式の要件について敷衍させていただきます。
第1 制度の概要
1 電子データによる公正証書の作成
⑴ 従来は、公正証書の作成は紙媒体により行われており、罫線に記載されていたものが原本とされていました。改正法により、紙媒体に加えて、電子データでも公正証書の作成が可能となり、原則として、公正証書は電子データで作成・保存されることとなります。電子データの方法による場合、Microsoft Wordで作成したものをPDFファイルにしたデータが原本として扱われることとなります。以下、電子データによる公正証書作成の手続きの流れです。
(電子公正証書の作成(PART1)「法改正の概要と対面方式の電子公正証書作成」(日本公証人連合会作成動画)より)
電子データの方法による公正証書作成の場合には、Word証書案を公証人が読み上げる形で同Word証書案の確認を行い、列席者は同Word証書案を用紙に印刷したもの又は列席者用のディスプレイに表示された同Word証書案のいずれかを閲覧しながら、同Word証書案の内容を確認します。
この確認を終えた後、公証人が、同Word証書案から原本用のPDFを作成し、列席者が電子サイン、公証人が電子サイン及び電子署名を行い、完成原本がシステムに登録されます。
電子データの方法による公正証書の作成後は、正本等を交付することとなり、電子正本・謄本の交付にあたっては、CD-R等に焼き付けたものを交付することとなります。
⑵ 電子データによる公正証書の作成にあたっては、署名が手書きから電子サイン(タッチペンと感知式ディスプレイ又はペンタブレットを用いて記載した氏名をPDFに埋め込むもの)となり、公証人の押印は電子署名(官職証明書をPDFに埋め込むもの。電子署名後のデータの変更があると、その旨が表示される)となります。したがって、公正証書の作成にあたり、嘱託人は電子サインを、公証人は電子サインに加えて電子署名を行うこととなります。以下、電子データの方法による公正証書のイメージです。
(電子公正証書の作成(PART1)「法改正の概要と対面方式の電子公正証書作成」(日本公証人連合会作成動画)より)
⑶ なお、対面方式により電子データの方法で公正証書を作成する場合には、嘱託人側で電子データの方法によることから生じる特段の準備事項などはなく、公証人側が電子化に必要なシステムの構築・機材の準備を行うことになります。
2 リモート方式による公正証書の作成
⑴ 公証役場等で公証人と対面して公正証書を作成する方式に加え、公証役場の外からウェブ会議に参加し公正証書を作成する方式が可能となりました。これにより、公証役場外から、列席者が自分用のPCで参加することが可能となりましたが(他の列席者と共に1台のPCで参加することも可能)、列席者の一部は公証人役場で公証人専用PCで参加をするといった参加方法も許容されます[1]。
⑵ リモートの方式による場合には、以下の要件が充足される必要があります。
①嘱託人又は代理人によるリモート方式利用の申出があること
②嘱託人・代理人のリモート参加について、他の嘱託人の異議がないこと
③公証人が嘱託人・代理人のリモート参加を相当と認めること
④法令上許容されていること
このうち、②に関して、通訳人・立会人については、支援・立会を必要とする嘱託人の意向を重視することが適当であることから、他の嘱託人の異議の有無を問わないとされています。
③については、第2で詳しく説明いたします。
④について、例えば、保証意思宣明公正証書は、将来の紛争予防のために作成される一般の公正証書とはその目的を全く異にするものであることから[2]、リモート方式の対象外となっております(公証人法37条3項)。
⑶ リモート方式による公正証書の作成の当日の流れとしては、
ア まず、招待メールから会議(Teams)に参加の上、公証人により送受信状況の確認が行われます。この際、状況確認のため、公証人よりリモート参加の場所についてWebカメラで撮影するよう求められることがあります。
イ 次に、写真付身分証明書を画面に表示し、同証明書と画面に映っている嘱託人の顔を照合し、適宜必要となる質問を行うことにより[3]、本人確認を行います。公証人は、嘱託人の了承を得た上で[4]、同証明書が映った画面をキャプチャし、保存します。
ウ その後、本人の意思確認を行った後、公証人がWord証書案を画面共有し、読み上げを行います。
エ 内容の確認が完了しましたら、原本用のPDFを作成し、列席者が電子サインを行います。電子サインについては、各列席者に順次電子サインの依頼メールが届きますので、メールの案内に従いWord証書案を開き、画面共有の上、確認した上で署名を行います。
オ そして、公証人は、電子サイン・電子署名を行った後、電子正本等交付手続きを行います。ここでは、公証人がダウンロードサイトに原本用のPDFをアップロードし、そのURLをメールにて各列席者に送付します。同時に、パスワードがTeamsより通知されますので、パスワードを入力し、電子正本・謄本のダウンロード、受領メールを公証人に送付することとなります。
以下、上記手続きの一部のイメージ図です。
(以上、電子公正証書の作成(PART2)「リモート方式による作成」(日本公証人連合会作成動画)より)
⑷ リモート方式による場合、列席者が自らPCを準備する必要があります。この点、上述のとおり、画面共有が必要となることからも、スマートフォン・タブレットは不可とされています。また、WEBカメラ、マイク、スピーカー等も必要であり、これらはPCに内蔵されたものでも可能です。さらに、電子サインを行うため、タッチ入力可能なディスプレイ又はペンタブレット及び電子ペンが必要となります。加えて、用意したPCで受信可能なメールアドレスも必要です。
3 インターネットによる嘱託
従前は、公証役場への出頭が必要でしたが、改正法の下では、公証役場に出頭せずとも、インターネットからメールを送信して嘱託することが可能になりました。具体的には、電子データ(嘱託に係る情報)に電子署名、電子証明書を付して、インターネットからメールで送信することで、電子的に本人確認をすることとなります。
4 手数料の変更
主な変更点としては、①法律行為の目的の価額が50万円以下の場合の手数料が安くなったこと、②子ども養育費の取り決めや死後事務委任に関する公正証書の作成手数料が安くなったこと及び③その他公正証書の作成手数料が見直されたことが挙げられます。詳細は、以下をご覧ください。
・公正証書の手数料の見直しに関するリーフレット
第2 リモート方式の要件について
1 第1、2、⑵で記載したとおり、リモート方式を行うには①~④の要件を満たす必要があります。①、②及び④については比較的明確な要件であることから、以下では③の「公証人が嘱託人・代理人のリモート参加を相当と認めること」について説明します。
2 リモート方式の相当性については、必要性と許容性を総合的に勘案して判断されます。それぞれの考慮要素については以下のとおりです。
(電子公正証書の作成(PART2)「リモート方式による作成」(日本公証人連合会作成動画)より)
⑴ このうち、必要性については、そもそもリモート方式を行うにあたり①リモート方式利用の申出があることからも、一定程度首肯することができます。加えて、上述の図の必要性の欄にあるような事情がある場合には、より高度の必要性が認められます。
⑵ 許容性については、嘱託人の本人確認や真意等の確認をウェブ会議で問題なく行うことができるかという観点が中心的な判断要素となります[5]。
このうち、真意やその前提となる判断能力の確認については、類型ごとに以下のように考えられるとされています。
| 【類型】 ビジネス目的で利用される公正証書であって、代理人による嘱託が可能なもの |
【許容性】 ウェブ会議の利用を広く認めてよい。 |
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| 遺 言 公 正 証 書 |
現行法下において、遺言公正証書の作成は、代理人による嘱託が認められていない。そのため、慎重な判断が必要となる。 ただし、遺言者の年齢・心身の状況や遺言の内容、嘱託に至るまでの状況等に応じて、慎重さの程度は異なる。具体的には、以下のとおりである。 下記のいずれにも該当しないものについては、いずれの類型により近い性質を有しているかを考慮しつつ、相当性を判断することとなる。 |
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| 【類型】 | 【例】 | 【許容性】 | |
| 事後的に紛争となる蓋然性が高い類型の遺言 | 遺言能力に問題のある蓋然性の高い者(高齢者、遺言能力に影響を及ぼす可能性のある病気・症状の診断を受けている者)の遺言、複数人いる推定相続人のうち一部の者のみに合理的な理由なく財産全てを相続させる内容の遺言等 | 特に慎重な判断が必要。利害関係者の関与を防ぐ方策を厳格に講ずるとともに、より高度の必要性が認められる場合に限ってウェブ会議によることを相当と認めるべき | |
| 事後的に紛争となる蓋然性が低い類型の遺言 | 中年層が遺言者となるケース、相続人のいない遺言者が慈善団体に遺贈をするケース、高齢者であっても医師の診断書により判断能力が十分にあることを客観的に確認することができるケース等 | 特別に慎重に行うことまでは求められない。 | |
| 任意後見契約公正証書 | ⇒運用上、公証人が嘱託人本人と直接面接することが求められている。 遺言公正証書と同様、慎重な判断が必要。 委任者の年齢・心身の状況や任意後見契約の内容、嘱託に至るまでの状況等に応じて、求められる慎重さの程度が異なることも同様。 加えて、任意後見契約公正証書については、当事者がその締結しようとする任意後見契約の内容や任意後見制度の趣旨を正しく理解しているかという点も含めて慎重に判断する必要がある。 |
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3 以上のとおり、リモート方式の相当性については、必要性・許容性により判断されますが、2025年10月1日より改正法が施行され、リモート方式による公正証書の作成の運用が開始されておりますので、具体的な運用については、今後の実務の動向を注視する必要があります。
第3 参考資料
・法務省民事局「公正証書の作成に係る一連の手続のデジタル化の概要」、令和7年8月
・法務省「公証実務のデジタル化に関する実務者との協議会~議論のとりまとめ~」、令和5年3月
議論のとりまとめ
・法務省民事局「公証実務のデジタル化に関する実務者との協議会 報告書概要」
議論のとりまとめの概要
・日本公証人連合会「公正証書の作成手続がデジタル化されます!」、2025年8月8日
公正証書の作成手続のデジタル化に関するリーフレット
・日本公証人連合会「公正証書の手数料が変わります」、2025年8月20日
公正証書の手数料の見直しに関するリーフレット
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[1] 法務省「公証実務のデジタル化に関する実務者との協議会~議論のとりまとめ~」、令和5年3月、1頁
議論のとりまとめ
[2] 前掲1と同様、9頁
[3] 前掲1と同様、8頁では、質問事項の例として「生年月日」が挙げられています。
[4] 前掲1と同様、8頁では、嘱託人の了承が得られない場合ほか、替え玉の利用が疑われるケースにおいては、公証人は、積極的にビデオ通話を中断し、出頭を求めて対面での確認を慎重に行うのが適切である、とされています。
[5] 以下、法務省民事局「公証実務のデジタル化に関する実務者との協議会 報告書概要」より。
議論のとりまとめの概要







