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シンガポールにおけるベンチャー投資契約について

2021年03月26日(金)

シンガポールにおけるベンチャー投資契約についてニュースレターを発行しました。
PDF版は以下からご確認ください。

シンガポールにおけるベンチャー投資契約について

 

シンガポールにおけるベンチャー投資契約
SAFE形式・KISS形式での投資~

2021年4月
One Asia Lawyers Group代表
シンガポール法・日本法・アメリカNY州法弁護士 栗田 哲郎
高嶋 優

1 シンガポールのベンチャーキャピタル投資とその契約

 新型コロナウイルスの影響などがあり、東南アジアのベンチャーキャピタル(Venture Capital, VC)が2020年1~3月期に新たに投資した資金は約13億ドル(約1400億円)に留まり、2019年10~12月期の金額から半減したとの報道もあったものの、2021年新型コロナ収束の兆しを見せる中で、シンガポールを含む東南アジア地域において、ベンチャーキャピタル投資は、回復の兆しをみせつつある。

 本稿においては、ベンチャーキャピタル投資において用いられることが多い、SAFEおよびKISSを含めたシンガポールのベンチャー投資に関する契約について、アメリカ法・日本法と比較しながら論ずることとする。

2 SAFEおよびKISSの基本構造と共通点・相違点

 まずはアメリカ・日本で用いられているSAFE (Simple Agreement for Future Equity) とKISS (Keep It Simple Securities) の契約形態について説明する。SAFEおよびKISSは、いずれもアーリーステージのスタートアップ企業が、投資家との長期にわたる交渉を避けて初期資金を得るための手段であり、前者はY Combinator、後者は500 Startupsというシリコンバレーのアクセラレーターにより開発されたものである。

(1)通常の株式発行・投資契約との違い

 SAFE、KISS両者の基本設計思想は、時間・資金が必ずしも豊富ではないシードラウンドやアーリーステージでの調達を、できるだけ迅速かつ簡便に達成することを目指すものである。このため、SAFEおよびKISSはいずれも、内容を簡素なものとし、投資時に株式を発行する形式にしないことで、資金調達時の株式引受契約・株主間契約の締結などの複雑な契約が不要とすることを目指した契約形態である。対象会社は資金をシードラウンドまたはアーリーステージで簡易な形態で投資を受けることができる一方、そのリスクをとった投資家には一定の保護と利益が与えられている。すなわち、SAFE、KISSで投資した投資家は、将来のエクイティラウンドが発生した際に、その投資を株式に転換する権利が与えられており、エクイティラウンドにおいて優先株が発行された場合、投資家はその後の募集で株式を受け取ることになるものの、後続の他の投資家がその募集で支払う価格よりも低い割引価格や有利な条件で株式発行を受け取ることができることが一般的である。

 いわば、ローンでもなく、株式投資でもない簡易な投資形態を認めることで、簡易迅速で低コストな投資を認めた点で、通常の株式発行・投資契約とは異なるといえよう。

(2)SAFEKISSの相違点

 SAFEとKISSの大きな違いは、KISSはより投資家が保護された形式であり、例えば下記のような投資家保護の条項が盛り込まれている点である。

 

SAFE

KISS

法形式

転換社債ではない

デッド型:転換社債モデルに近い

エクイティ型:SAFEと転換社債の中間

ディスカウント

場合による

場合による

満期・利息

なし

あり(18カ月で過半数の同意)

VC等大口投資家の

情報請求権・優先引受権

なし

あり

(5万ドル以上投資している場合)

最恵国待遇(MFN, ダウンラウンドプロテクション)

場合による

あり

転換前(満期日前)の売却

1×で精算か、バリュエーションキャップで普通株に転換した後で買収

2Xで精算か、バリュエーションキャップで普通株式に転換した後で買収

譲渡

原則不可

原則可能

 より具体的には、SAFEには満期・利息の定めがなく、次ラウンド以降のファイナンシングが行われなければ、そのままSAFEの投資家の投資金額は株式に転換されない可能性があり、投資金の返済を求めることはできない。すなわち、SAFEには利息が発生せず、満期日の定めもないため、実際には新株予約権付社債ではない。また、SAFEは、投資家の関連会社等にのみ譲渡することができ、それ以外の当事者には譲渡はできない。さらに、SAFEにおいて、キャップおよびディスカウントについては設けられない場合もあり、最恵国待遇条項(ダウンランドプロテクション)についても設けられない場合もある。

 他方、KISSはSAFEと類似している点もあるが、KISSは2つのタイプ(①デット型:金利・一応の償還期限があるもの、②エクイティ型:金利はつかないが、一応の満期の定めがあるもの)に分かれるところ、デッド型KISSは古典的な転換社債のモデルに非常に近いものとなっている。指定利率(4%)で利息が発生し、満期日(18ヶ月)が設定されており、満期日以降、投資家は過半数の決議をもって、投資額および経過利息分を、優先株式に転換することができる。投資家サイドの利点は、他にもある。例えば、SAFEとは異なり、KISSには投資家に有利な最恵国待遇条項も含まれている。また、KISSでは、会社が100万ドル以上のエクイティ資金を調達した場合に株式転換されることが一般的で、案件ごとに交渉する必要があるものの、原則的にキャップ・ディスカウントが設定されているため、投資先が成長しているときに、より有利な形でエクイティに参加できる。さらに、株式転換前に会社の売却があった場合、投資家は投資額の2倍の金額を受け取るか、評価額の上限で株式化するかを選択できる条項も入っている。この他、大口投資家 (最低 5万ドル の投資を行った投資家) に対しては、情報提供(財務情報)を受ける権利、優先引受権を含む将来ラウンドへの参加権も付与している。加えて、投資家はいつでもそのKISSを誰にでも譲渡することができる。

 以上のように、KISSには転換社債型の新株予約権的性質があり、SAFEに比べて投資家に有利に設計されていると言える。

3 シンガポールにおけるベンチャーキャピタル投資契約

(1)VIMAベンチャーキャピタル・モデル契約書

 シンガポールにおけるベンチャーキャピタル投資については、ベンチャーキャピタル協会であるSingapore Venture Capital & Private Equity Association(SVCA)、シンガポールの政府系ファンド、弁護士会、法律事務所などが中心となってVenture Capital Investment Model Agreements(一VIMA)と呼ばれる契約一式が作成・公表されている[1]。VIMAは、シンガポール会社法に基づき設立された会社の優先株式をベンチャーキャピタルが少数株主として引き受けることを前提として、シンガポール法に準拠し、シンガポールを紛争解決地とすることを想定して作成された契約である。

 主にシードラウンドやアーリーステージにある会社が、いわゆるシリーズAと呼ばれるベンチャーキャピタル投資家に向けて最初に株式を発行することを想定した契約として、現在に至るまで、以下の6種類の契約形態が公開されている。

1. Venture Capital Lexicon:創業者および投資家向けのベンチャーキャピタルの重要な条件やコンセプトの用語説明集
2. Series A Term Sheet(Long Form/Short Form):対象会社の株式の引受けや出資後の権利義務に関する主要な条件を定めたタームシート
3. Series A Subscription Agreement:対象会社の株式を引き受ける条件を定める契約
4. Series A Shareholders’ Agreement:対象会社に関する事項並びに対象会社の株主(投資家および創業家)間の権利義務を定める契約
5. Non-Disclosure Agreement(NDA):潜在的な投資家に情報を開示する際の、対象会社の秘密情報の取り扱いや守秘義務を定める契約
6. Convertible Agreement Regarding Equity(CARE):プレシリーズA段階における対象会社への投資を主に想定した契約(一定の条件発生時に投資家が株式または償還を受ける)

(2)CARESAFEKISSの相違点

 この点、6番目のCAREでは、投資家は満期日以降、いつでも投資額分を普通株式に転換することができる。仮に満期日よりも前に、当事者間で定めた一定額以上のエクイティ発行が行われる場合には、事前に定めた任意のレート/ディスカウントで優先株式に転換される。

以上のように、CAREは、満期日の設定がある点でSAFEとは異なり、また、満期日以降は優先株式でなく、普通株式に転換する点で、KISSとは異なっている。この意味でCAREは、SAFEとKISSの両者の間の契約形態と考えることもできる。

 その他、KISSとの比較では、バリュエーションキャップや資本流動時のキャッシュアウト倍率などKISSでは事前に固定される条件についても、交渉による任意の設定が可能となっており、KISSよりも柔軟な設計が可能であり、かように柔軟な分、交渉ポイントが増えるとも言える。また、KISSでは、転換後も優先株主として株主間での優先的な投下資本の回収などダウンサイド時の保護の余地が残るのに対し、CAREの満期日以降の転換ではこのような保護がなく、普通株主として対象会社側の立場に置かれる点にも違いがある。

4 SAFEおよびKISSのシンガポール法上の法的地位

 現状、シンガポールのスタートアップにおいて、上記のSAFE、KISS、CAREが一般的に用いられているという状況ではなく、米国由来のSAFEおよびKISSが法的に有効であることを明確に確認した判例は現在のところ存しない。しかし、シンガポールは典型的なイギリス型のコモン・ローの法域であり、投資契約に関しては、原則として、投資家、創業者およびスタートアップ企業が適切に合意をしたのであれば、それが無効となることは想定し難い。このため、SAFEおよびKISS方式でスタートアップに投資することも合理的であるといえよう。

 ただ、SAFE、KISS、CAREのいずれにおいても、一部の指定箇所を除き、変更を行わずそのまま締結することが前提とされており、これについて投資家側の有利に反映させた変更を行おうとする場合には、シンガポール法上の位置づけやシンガポール会社法との関係性を慎重に見極める必要があるといえよう。

                                   以上

[1] https://www.svca.org.sg/publications/vima-kit