ブータンの投資環境
ブータンの投資環境についてニュースレターを発行しました。
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ブータンの投資環境
2021年11月22日
One Asia Lawyers 南アジアプラクティスチーム
南アジアの内陸国であるブータンは、農業と豊富な水資源を利用した水力発電を経済基盤とし、堅調な経済成長を遂げています。
本ニュースレターでは、ブータンにおける投資環境および外国投資規制を解説いたします。
なお、2021年9月15日発売の『南アジアの法律実務』(中央経済社)では、ブータンにおける投資環境以外にも、会社制度、労働法、不動産法制等の法務実務を解説していますので、ぜひご参照ください。
1.ブータンの概要
ブータン王国は、経済大国インドと中国の間の内陸に位置する、南アジアの小さな内陸国です。ヒマラヤ山脈の東端の山岳地帯にあり、豊富な水資源を有し、政治も安定しています。
隣国のインドとは、主要な貿易相手国として、また重要なドナー国としても、戦略的に強固な関係を堅持しています。両国間の貿易額は5年間で倍増しており(2020年度:10.8億USD)、貿易出入国地点を7カ所増設することが発表(11月3日:インド各紙)されていることから、さらなる国境貿易の活性化が期待されます。
水資源を利用した水力発電の拡大が経済を牽引し、GDP成長率は1980年代から平均7.5%と、堅調に成長しています。世界銀行の分類では低中所得国にあたりますが、貧困削減や地域格差是正のための取組も継続して取り組まれており、過去10年間で貧困率を36%から12%にまで大幅に削減するなど成果が見られています。
コロナ禍による国境封鎖や、それに伴う周辺国からの外国人労働者不足が影響し、観光業や建設業、製造業は打撃を受けたものの、2021/22年度には経済が回復すると見込まれています[1]。
なお、ブータンは経済成長に偏重せず、独自の概念として、国民の幸福に資する開発指標「国民総幸福量(GNH:Gross National Happiness)」を提唱していることでも知られています。
また、日本とブータンは、50年以上の国際協力、35年の外交関係を通した友好な関係を築いており、2011年の東日本大震災の際には、翌日のブータン国王による祈りの式典を始め、義捐金100万USDの寄付がいち早く行われたことも象徴的です。
【ブータン王国の概要】
首都 |
ティンプー |
面積 |
約38,394平方km(日本の約10分の1) |
人口 |
771,612人(2020年:世銀) |
言語 |
ゾンカ語(Dzongkha,公用語)等 |
民族 |
チベット系,東ブータン先住民,ネパール系等 |
宗教 |
チベット系仏教,ヒンズー教等 |
政治体制 |
政体:立憲君主制 元首:国王(ジグミ・ケサル・ナムギャル・ワンチュク陛下) 首相:ロティ・ツェリン |
通貨 |
Ngultrum(ニュルタム) |
名目GDP |
2020年:24.1億USD|2019年:25.3億USD(世銀) |
一人当たり名目GDP |
2020年:3,122USD|2019年:3,316USD(世銀) |
2.外国企業の投資規制
ブータンの外国投資を規制する法規制として、「外国直接投資政策(Foreign Direct Investment Policy)」(以下,「FDI政策」)[2]と、その下位規則として「FDI規則(Foreign Direct Investment Regulations)」[3]があります。FDI政策は2002年に採択、2005年に発効されており、現時点では政策、規則ともに、2019年の改定が最新のものとなっています。
ブータンのFDI政策では、いわゆるネガティブ・リスト方式がとられており、FDI政策で禁止分野として記載されている7分野を除き、製造業、サービス業の両セクターで外国投資が認められています。
また、優先分野についてもFDI政策に列挙されており、海外投資家による出資比率の上限やプロジェクト費用の最低額が規定されています。
(1)外資規制
FDI禁止分野
FDI方針で禁止される分野は以下のとおりです(FDI政策別紙4)。
【外国投資が禁止される分野(ネガティブ・リスト)】
1. ニュースメディア 2. 卸売業、小売業、零細業を含む流通サービス業 3. 一次または未加工鉱物の販売を目的とする鉱業 4. 3つ星以下のホテル 5. 一般保健サービス(General Health Services) 6. 原産地証明書の要件を満たさない産業 7. 王国政府の禁止リストに含まれる活動 |
外資比率
ネガティブ・リストに記載の7分野以外については、新規事業体への投資か、既存の国内事業体への投資かを問わず、基本的に74%を上限としてすべてのセクターと活動が外国投資に開放されています。
ただし、優先分野に関しては個別に上限が設定されている他、特定の小規模生産・製造活動(small scale production and manufacturing activities)に関しては、新技術・技能の導入を促進し、市場アクセスを強化する意図から、外資比率は49%を上限としつつ、最低投資額は500万Nu(約770万円)と低く設定されています。
優先分野・最低投資額
下表のように、優先分野については100%の外資持分を認められている分野もある一方、金融サービス業は51%までとされています。また、各分野への最低事業費用(minimum project cost)も規定されており、製造業における優先分野では2,000万Nu~5,000万Nu(約3,000万円~7,700万円)、サービス業における優先分野では500万Nu~3億Nu(約770万円~4.6億円)規模以上の事業費用を求められます。
これらの要件を満たす場合、優先分野への投資は、承認とクリアランスが迅速になされる(fast tracked)こととなります(FDI政策3.1条)。
【優先分野の外資比率と最低事業費用】
分野 |
上限外資比率 |
最低事業費用 |
農業関連製造業(Agro based Production) ・ 農業・水産・酪農・加工・バイオテクノロジー等 |
74% |
2,000万Nu |
林業関連製造業(Forest based Production) |
74% |
5,000万Nu |
太陽光、風力、その他の再生可能エネルギー |
再生可能エネルギー政策[4]に準ずる 小規模(small: 1,000-2.5万kw)水力発電は少数株主権に限定。零細(micro: 10-100kw)および小型(mini: 100-1,000kw)水力発電へのFDIは禁止 |
2,000万Nu |
水資源関連製造業(Water based products) |
74% |
5,000万Nu |
医薬品製造業 |
74% |
5,000万Nu |
その他の製造業 ・ 電気製品・コンピュータハードウェア・建築資材等 |
74% |
5,000万Nu |
教育(初等・中等・高等教育) |
74% |
3億Nu |
技術・職業教育 |
74% |
2,500万Nu |
保健サービス(※一般的な保健サービスはFDI禁止) ・ 総合専門病院サービス[5] ・ 専門的な医療サービス ・ 専門的な歯科医療、医療検査、画像診断サービス ・ 専門的な従来の医療サービス |
100% |
2億Nu |
5つ星以上のホテル、リゾート |
100% |
2億Nu |
4つ星ホテル |
74% |
2,500万Nu |
PPPモデルによるインフラ設備 |
100% |
- |
スポーツ、娯楽施設 |
74% |
2,500万Nu |
ウェルネスセンター |
74% |
2,500万Nu |
ITパーク開発 |
100% |
2億Nu |
研究・開発(※5人以上の専門家を雇用している企業(established firm)) |
100% |
1,000万Nu |
本店・本社サービス(Head Office Service) |
100% |
500万Nu |
IT、IT関連サービス ・ ITパーク内 ・ ITパーク外 |
100% 100% |
― 300万Nu |
建設サービス |
74% |
1億Nu |
廃棄物処理 ・ 家庭廃棄物のリサイクル ・ 廃棄物管理サービス |
74% |
2,500万Nu |
水の供給と管理、都市の水処理と供給 |
74% |
2,500万Nu |
コンサルタントサービス(※5人以上の専門家を雇用し、2カ国以上で事業を展開している企業、または国際市場での経験を有する企業(established firm)) |
74% |
500万Nu |
金融サービス |
51% |
金融サービス法に準ずる |
小規模生産・製造活動
FDI政策別紙3に列挙される小規模活動は以下のとおりです。
分野 |
上限外資比率 |
最低事業費用 |
国内生産の付加価値農業製品 (果実・野菜加工、食品加工、ハーブ・薬用製品、蜂蜜製品、スパイス、菓子) |
49% |
500万Nu |
林産製品 (高付加価値手作り紙製品、廃木材製品、竹製品、化粧品、エッセンシャルオイル製品) |
||
その他 (土産品、陶磁器製品) |
外資比率と最低投資額について、まとめると以下のとおりです。
分野 |
上限外資比率 |
最低事業費用 |
優先分野 |
51%から最大100% |
500万Nu~3億Nu |
その他の分野(※新規事業体、既存の国内事業体ともに同一条件) |
上限74% |
製造業:5,000万Nu サービス業:2,500万Nu |
特定の小規模生産・製造活動 |
上限49% |
500万Nu |
(2)会社設立・外資規制の基本ルール
会社設立・許認可
すべてのFDI事業は外国直接投資登録証(Foreign Direct Investment Registration Certificate、以下「FDI登録証」)の発行を受け、ブータン会社法(The Companies Act of Bhutan, 2016))に基づき法人化する必要があります。また、事業の設立および操業を開始する前に、当該事業の認可および事業免許の承認を取得する必要もあります。
ロックイン期間
FDI事業の商業運営(commercial operations)開始日から少なくとも3年間はロックイン期間とされ、この3年間は当該企業に投資した外国資本の100%を保持しなければならないと規定されています(FDI政策3.8条)。
配当金・資本の本国送還
外国投資家は、一定の条件の下、配当金、投資した資本金、およびキャピタルゲインを、収益通貨または投資した通貨で本国に送還することができます。
配当金については、会社の累積純収益が取引金額をカバーするのに十分であることを前提に、収益通貨での配当金の送還ができます。ただし、優先分野リストのサービス業のうち、プロジェクトへの投資が兌換通貨で行われ、その収益が兌換通貨以外の通貨である場合には、配当金送還のために年間500万米ドルを上限として、王立貨幣局(Royal Monetary Authority)から兌換通貨を購入することができます。また、プロジェクトへの投資が兌換通貨で行われ、収益がインド・ルピーであるFDI事業の場合には、貨幣局の事前承認を得た上で、兌換通貨での配当金の送還が許可されます(FDI政策4.3条)。
資本の送還については、投資した資本金および担保されたキャピタルゲインを、投資した通貨で本国に送還することができます(FDI政策4.4条)。
駐在員および現地人材の雇用
FDI許可証が発行されると、5人分の駐在員就労許可が付与されます。事業運営の初期段階では、必要な資格と経験を有するブータン人がいない場合、必要な人数分の就労許可を申請することもできます(FDI政策5.5.1条)。
ただし、事業開始から5年目までに、外国人とブータン人の比率が1:5(ブータン人5人につき1人の外国人)となるよう、ブータン人の雇用割合を段階的に増やすことが求められます(FDI政策5.5.2条)
その他詳細や、会社制度や関連法務実務に関しては、『南アジアの法律実務』(中央経済社)において解説していますのでご参照ください。
[1] https://www.worldbank.org/en/country/bhutan/overview#1
[2] https://www.moea.gov.bt/wp-content/uploads/2017/07/FDI-Policy-2019.pdf
[3] https://www.moea.gov.bt/wp-content/uploads/2017/07/FDI-Regulations-2019-Amended-on-1st-July-2020.pdf
[4] Alternative Renewable Energy Policy, 2013
https://www.moea.gov.bt/wp-content/uploads/2017/07/Final-Alternative-RE-Policy-April-2013.pdf
[5] All-inclusive specialized hospital services:現在国外に紹介されている少なくとも1つの処置を提供し、独自の完全な診断サービスと検査施設を持つ病院
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