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シンガポールにおけるストックオプション制度の概観について

2021年12月13日(月)

シンガポールにおけるストックオプション制度の概観についてニュースレターを発行いたしました。
PDF版は以下からご確認ください。

シンガポール:ストックオプション制度の概観

 

シンガポール:ストックオプション制度の概観

2021年12月
シンガポール法・日本法・アメリカNY州法弁護士
栗田 哲郎

 人材獲得や維持のための方策のひとつとして、ストックオプションが注目を集めています。

本稿においては、シンガポールのストックオプション制度について、日本の制度のひとつ、信託型ストックオプション制度とも比較しながら解説致します。

1. Employee Stock Option Planの概要

 シンガポールにおいては、現在「従業員ストックオプション制度」(Employee Stock Option Plan, ESOP)が活用されています。これは、従業員に対し、指定した期間内に、あらかじめ決められた価格で自社株を購入することができる権利を付与するものです。

 ESOPを利用するメリットとしては、以下のものが挙げられます。

 ①業績向上による利益を従業員が直接受けられるようになり、勤労意欲が高まる
 ②従業員に会社の一部を所有するという意識を持たせることができる
 ③ストックオプションを行使できる時期まで、長期的に会社に残ることを促す
 ④スタートアップ企業のように、現時点では高額な給与を出せず他企業との給与差がある場合でも、ESOPを報酬として付与することでその差を埋めることができ、優秀な人材を獲得するための有力な手段となる

 ESOPには以上のようなメリットも多い一方で、導入に際しては注意すべき点もあります。

 ①ESOPのために会社の株式の一部をプールしておく必要がある
 ②従業員が株主となることで、既存株主にとって株式の希薄化が発生する

2. ESOPの導入

 シンガポールにおいては会社法にストックオプションの規定がないため、ストックオプションの一種であるESOPの導入には、従業員との間でESOP契約を締結することが必要です。

 ESOPも新株予約権の発行である以上、会社は発行にあたって、会社法(Companies Act (Chapter50)、以下”CA”)161条1項に基づき、既存の株主から、株式の発行と割当に関する権限を取得する必要があります。この権限は一度の発行に限定して取得することも可能な一方、包括的に取得することも可能ですが、最長でも年次総会ごとに取得する必要があります(CA 161条3項)。

 その他、SGX上場企業ではSingapore Exchange Securities Trading LimitedのListing Manual、第8章に準拠し、別途株主の承認や、ESOPに割り当てられる株式の総量、行使価格の制限等の規則が存在しますので、その点にも注意が必要です。

 その内容として、以下の内容を含むことが可能です。

 ①従業員が権利を行使した際に割り当てる株式を予約する「ESOPプール」(“ESOP Pool”)を作成すること。ESOPプールを作成すると、事前にESOPとして付与される株式の総量が投資家の目に明らかとなるため、予定外の株式の希薄化を防止することに役立ちます。
 ②会社の取締役やその他の役員で構成される「ESOP委員会」(“ESOP Committee”)を作り、その構成員を明記すること。ESOP委員会は、ESOPプールを管理し、適切な措置を取締役会に勧告する責任を負います。
 ③行使価格を定めること。行使価格は市場価格にかかわらず、低廉な価格を定めることも、プール作成時の市場価格に定めることも可能ですが、どちらに設定しても契約内容として価格が固定されるため、従業員はESOPのVest期間中上昇した市場価格と、設定された行使価格との差額を利益として得ることができます。
 ④“Cliff Period”と”Vest Period”を設定すること。”Cliff Period”とは、その期間内は付与されたESOPを一切行使できない期間のことで、この間に退職した場合は原則としてそれまで付与されたESOPの権利を失います。対して、”Vest Period”とは、その期間中段階的に権利を行使できるようになる期間のことで、例えば100株の権利が付与される場合、4年のVest periodが設定されているときは、1年で行使できる分は25株、3年で行使することができる分は(累計)75株、という形となります。更に”Cliff period”が2年あった場合は、1年後は0株、2年後に50株、3年後に(累計)75株、となります。
 ⑤売却制限を盛り込むこと。ESOPで購入した株式については、一定期間売却できないよう、契約内容として設定することが可能です。

3. 税制上の問題[1]

 ESOPを導入している企業は、原則として、ESOPとして従業員が取得する自己株式の取得費用を税額控除することができます。税額控除は、従業員がストックオプションを行使し、株式が従業員に帰属したときに発生します。

 対して、従業員はストックオプションの行使時の市場価格と、行使価格との差額に課税されるのが原則です。なお、売却制限がある場合は、売却制限解除時の価格と行使価格との差額に課税されます。

 以上の税金には納税猶予制度があり、以下の条件を満たすことで、最大5年間、金利はかかるものの納税を猶予されます。

 ①権利確定期間をずらしたESOPでは、権利が確定していない株式の割合のみが対象となる
 ②ESOPが付与された時点で、まだシンガポールで働いていること
 ③従業員(ストックオプションを受け取る人)が以下の条件に該当すること
  A) 破産宣告を受けていない者であること
  B) 納税実績が悪くないこと
  C) ストックオプションにかかる税金が200ドル以上であること
  D) 地域代表者の地位を与えられていないこと
  E) 現行の税法上、分割払いが可能であること

 また、外国人従業員がシンガポールでESOPを付与された後、シンガポール国内での雇用が終了した場合、「みなし行使」(“Deemed Exercise”)、または雇用主が利益確定を追跡し、報告する”Tracking option”が適用されます。みなし行使は、外国人従業員がシンガポールでの雇用を終了した時点の1ヶ月前を、ESOPを行使し利益を得た時点とみなすもので、売却制限解除や行使の有無にかかわらず、その時点の市場価格と行使価格との差額が課税対象となります。

 Tracking optionを選択した場合、オプションの行使、売却制限の解除といった、一般の利益確定と同様のタイミングで課税されます。

4. 日本の制度との比較

 日本でも、ストックオプションは導入されており、現在、税制適格・非適格、有償・無償に渡って複数の種類が発行されています。その中でも、今回は特に近年注目を集めている信託型ストックオプションについて取り上げます。

 信託型ストックオプションは有償ストックオプションと信託契約が複合したような形態であり、一旦企業の代表者等が受託者と信託契約を締結のうえ金銭を拠出し、受託者はその金銭を会社に払い込み、新株予約権の割当を受けます。受託者はこの新株予約権をプールしておき、企業は従業員等に対し報酬として直接ストックオプションを付与せず、「ポイント」を付与します。信託契約終了後、受託者はポイント数に応じてプールしていたストックオプションを実際に付与するという流れとなります。

 この信託型ストックオプションのメリットとして、信託契約期間中に付与されるものはストックオプションそのものではなく、「ポイント」であるため、人事評価等に応じて柔軟に付与することができることが挙げられます。また、ストックオプションをある程度まとめて発行するため、発行の回数を抑えるとともに、信託契約時点の低い時価で発行したものを2年、3年後に従業員へ付与することができることもメリットとなります。

 従業員側からみても、低い時価で保存された新株予約権を付与されることは、その分キャピタルゲインが上昇することとなり、特に人材獲得の場面で、後から入社した人材にも高いキャピタルゲインを得られる可能性を持つストックオプションを付与できるため、大きなメリットとなります。

 一方、デメリットとしては、向こう2年、3年分のストックオプション取得にかかる費用を事前に拠出する必要があること、そして信託ストックオプションを管理する受託者の費用がかかることが挙げられますが、前述の通り、複数回発行する費用がかからないため、大きなデメリットとならない場合も考えられます。

 税制上は、新株予約権割当の段階で受託者が会社に金銭を払い込んでいるため、有償ストックオプションに分類されますので、有価証券の譲渡という扱いとなります。これにより、従業員等がストックオプションの権利を行使した時には課税されず、株式売却時の課税のみとなるメリットがあります。

 この点、事前に付与するストックオプションの総量をプールするという共通点があるシンガポールにおけるESOPと日本の信託型ストックオプションですが、行使時に課税されるか否かという違いがあることになります。

以上

 

[1] https://www.iras.gov.sg/taxes/individual-income-tax/employees/understanding-my-income-tax-filing/is-this-employment-benefit-taxable/gains-from-the-exercise-of-stock-options