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グローバルビジネスと人権: アメリカ海外腐敗行為防止法に基づく起訴猶予合意の実際: 日本での統合型リゾートに関する贈収賄について(その3)

2025年03月11日(火)

グローバルビジネスと人権に関し、アメリカ海外腐敗行為防止法に基づく起訴猶予合意の実際: 日本での統合型リゾートに関する贈収賄について(その3)と題するニュースレターを発行いたしました。
(その1):https://oneasia.legal/14108
(その2):https://oneasia.legal/14316
また、こちらの内容は、以下のリンクよりPDF版でもご覧いただけます。

グローバルビジネスと人権: アメリカ海外腐敗行為防止法に基づく起訴猶予合意の実際: 日本での統合型リゾートに関する贈収賄について(その3)

 

グローバルビジネスと人権:
アメリカ海外腐敗行為防止法に基づく起訴猶予合意の実際:
日本での統合型リゾートに関する贈収賄について(その3)

2025年3月
One Asia Lawyers Group
コンプライアンス・ニューズレター
アジアESG/SDGsプラクティスグループ

1. はじめに
2. 起訴猶予合意の概要
3. アメリカの刑事司法に関する解説
 3.1  第3章の構成
 3.2 当事者の関係
 3.3 略式起訴の役割
4 FCPA 違反に対する量刑について
 4.1 米国司法省による自主開示の促進
 4.2 企業自身が実施する内部調査のリーガルサービス
 4.3 連邦量刑ガイドラインについて (以上2月号)

本号の序論]

本ニューズレターにおいては、オンラインカジノを運営していたアメリカの上場企業が日本で行った統合型リゾート(IR) に関するFCPA 違反の贈賄に関して、米国司法省と締結した起訴猶予合意の詳細について説明を加えてきました。 2024年12月号では事件の概要について説明を行い、1月号では起訴猶予合意の全文の翻訳を掲載するとともに、アメリカの刑事訴訟手続との関係で起訴猶予合意がどのような位置づけを持つのかを説明しました。 本号では、そうした合意を締結する上で重要な役割を果たしている連邦量刑ガイドライン などを中心とした量刑の実務について説明を試みます。

米国のFCPA(海外腐敗行為防止法)は、1977年に連邦法として制定され、多国籍企業による外国公務員への贈賄を抑止するための重要な法的枠組みを提供しています。この法律の制定にはウォーターゲート事件を契機として明らかとなった米国企業の裏金問題が深く関わっています。当時、米国の多国籍企業はグローバル市場での競争を理由に頻繁に賄賂を用いた取引を行っていたことが背景にありました。このような行為はアメリカの大統領府を腐敗させるだけでなく、発展途上国における経済や民主的統治基盤に深刻な悪影響を及ぼしていました。日本政府が巻き込まれたロッキード事件もその一例であり、FCPA制定の後押しとなりました。

現在ではFCPAを基盤とした内部統制やコンプライアンスの取り組みが他国でも理解され、広まりつつあります。FCPAはグローバル市場の健全な発展や民主的な統治体制の確立を支える法的枠組みとして、汚職防止の先駆けとなりました。 現在、米国の大統領がトランプ氏に変わったことにより、米国企業へのFCPA に関する司法省の新たな刑事捜査は180日間停止されていますが外国企業に対する執行に変化は無いようです[1]

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4. FCPA 違反に対する量刑について

FCPAの執行において、量刑戦略は企業の協力を引き出すための最重要ツールとなっています。近年、特に企業への制裁に関して、司法省は不祥事発生の自主開示を強力に推奨しており、積極的な開示を行う企業には大幅な罰金減免を認め、コンプライアンス強化を通じた企業文化の改善を促進しています。
このアメリカの実践は、わが国にとっても示唆に富むモデルを提供するものです。以下、その具体的なアプローチを詳しく検討します。

4.1  米国司法省による自主開示の促進

FCPA 違反に関する企業への執行においては、企業側からの自主的な開示に対して大きなインセンティブを与える方法が確立してきています。多くの事例において、企業を起訴する事はその存続を不可能にすることを意味します。米国法において企業自体を処罰することに対して刑法理論上の制約はありません。わが国のように組織を処罰するには両罰規定を必要とする実行犯重視の刑法理論とは大きく異なる点です。エンロンの不正会計に関与したアンダーセン会計事務所を起訴したことで大きな社会的混乱を招いた経験から、特に企業を処罰する際に起訴猶予合意を用いる刑事執行の実務がFCPA 違反に関する事件を中心に活性化されることになりました。

2023年1月に米国司法省の刑事部門は企業取締方針について説明を行っています。以下ではこの司法省の説明をもとにその概要を整理し、特に企業犯罪に対する法執行の厳格化と自主的な自己開示を促進するための新たなインセンティブについて解説します。

不正行為を明らかにするには、捜査リソースとパートナーを活用するだけでなく、企業が自主的に不正行為を報告することが不可欠です。この方針のもと、2016年4月にFCPAパイロット・プログラムが発表され、2017年11月にはFCPA企業執行方針(CEP)として拡張され、司法マニュアルに組み込まれました。2018年以降、この方針はすべての企業案件に適用されています。

現行の政策では、企業が自主的に自己開示し、全面的に協力し、適時に適切な是正措置を講じた場合、特定の悪化要因がない限り起訴を断念するとされています。悪化要因として、経営陣の関与、不正による多大な利益、組織的な不正行為、犯罪常習性などが挙げられます。さらに、M&Aのデューデリジェンス過程で不正行為を発見し自主申告した企業には、起訴猶予の可能性があります。

企業が自主開示を行った場合、刑事上の解決が妥当と判断された場合でも、適用される量刑ガイドラインの罰則範囲の下限から50%の減額が適用される可能性があります。例えば、A社はFCPA違反を自主開示し、全面的に協力し、是正措置を完了したため、起訴を免れました。B社の場合は過去の不祥事歴がありましたが早期発見と協力を評価され、親会社は有罪答弁を回避できました。他方で自己開示を怠った場合には厳しい結果を招く可能性があります。例えばC社は自主開示を行わず、消極的な協力と遅れた是正措置のために、量刑ガイドラインの下限と中間の範囲で罰金が決定され、有罪答弁を求められました。

司法省は企業が正しい行動を取ることを奨励し、自主開示のメリットを明確に示しています。昨年、副司法長官はすべての司法省部門に自主開示方針を定めるよう求め、それを踏まえたCEPの改定を発表しました。この改定により、企業が不祥事を自主的に開示しなかった場合でも、協力や是正措置を取ることへのインセンティブが強化されました。

改訂版CEPでは、企業が以下の三要素を満たせば、悪化要因があっても起訴を免れる可能性があります。(1) 不祥事を認識した時点で迅速に自己開示を行うこと、(2) 自主開示につながる効果的なコンプライアンスプログラムおよび内部会計統制システムを備えていること、(3) 司法省の調査に積極的に協力し特別な是正措置を講じることです。

さらに、企業が自主開示を行い、全面的に協力し、適時に適切な是正措置を講じた場合、刑事再犯者でない限り、最低50%、最大75%の罰金減額が適用されます。刑事再犯者の場合、減額の基準はガイドラインの範囲内で決定されます。本改定により、従来の最大50%減額からさらに大きな引き下げとなりました。

この改定は、自己開示、協力、是正措置を通じて企業が正しい行動を取るよう促すものであり、従わない企業には厳格な措置が取られます。企業は司法省の方針に従うことで初めて減免の対象となるのであり、それらは特権として与えられるものではありません。

日本のIRに関する事件では、企業自身による自己開示について積極的な評価を得ることができなかったため、連邦量刑ガイドラインに基づいて算定された罰金額の下限から10%の減額しか得ることができていません。しかし、もし企業が自己開示について司法省の評価を得ることができれば、さらに罰金額が減額された可能性があることが分ります。そのようにして企業による自主的な自己開示を強く促すことで、その執行に協力する企業の範囲を大きく拡張する方法はFCPAを特徴づけるものであり、「企業自身に企業の取り締まりを行わせる」方法であると言われることもあります。

4.2  企業自身が実施する内部調査のリーガルサービス

上記で説明したように、企業自身による自主開示に大きなインセンティブを与えることがFCPA 違反の取り締まりにおいて決定的に重要な役割を果たしています。そうした効果的な自主開示を行うための実務として、企業が法律事務所に内部調査を依頼する場面が急増しており、大きなリーガルサービスの市場が出現しています。

アメリカにおいて内部通報などによりFCPA違反の疑いが生じた場合、多くの企業はビジネス系法律事務所に内部調査を依頼し、問題の特定やリスク評価を行います。この内部調査は、SEC(米国証券取引委員会)やDOJ(米国司法省)による調査への対応のみならず、司法省との起訴猶予合意に向けた交渉においても重要な役割を果たします。企業が自主的に内部調査を実施し、問題の全容を把握した上で当局に対して協力的な姿勢を示すことは、 企業に有利な起訴猶予合意の獲得につながります。司法省は、企業が徹底した調査を行い、責任を認め、どのような再発防止策を講じたかを重視します。つまり、法律事務所は証拠の収集、関係者のインタビュー、財務記録の分析などを行い、調査結果を基に当局と交渉を進めるために企業の支援を行います。

こうした内部調査の市場は拡大傾向にあり、法律事務所への依頼費用は数百万ドルに及ぶこともあります。多くの法律事務所はDOJやSEC出身の専門家を採用し、デジタルフォレンジックや財務分析の専門家と連携しながら調査を進めます。

企業にとって、FCPA違反への対応は法的リスクだけでなく、評判や財務の安定性にも関わる重要課題です。本事件の場合も、ビットマイニング社は内部調査を行っており、その結果得られた情報を司法省に提供していることが起訴猶予合意の内容から分ります。

わが国においては、企業の不祥事に関連して、日弁連の「企業等不祥事における第三者委員会ガイドライン」に基づいた独立の第三者委員会の設置が大企業による標準的な対応となってきており、この方法は行政等にも及んできています。ごく最近ではフジテレビが第三者委員会を設置してセクハラに関連する不祥事の調査を行っています。しかし、第三者委員会のメンバーを選任するプロセスは、不祥事を行ったとされる企業自身のイニシアチブによって進められるため、企業側に有利な人選となるのではないかといった批判がなされることもあります。また、そうした調査の結果として犯罪に相当する事実が発見された場合も、その調査結果を日本の刑事司法手続きとどのような形で連携させるべきかについて制度的な手当は存在しません。こうした点において、内部調査の段階から、企業自身による当局への自主開示も視野に入れて展開されるアメリカの実務には学ぶべき点が多く含まれているように思われます。

また、企業の内部事情等に精通した法律事務所が内部調査を担当する場合、問題点に的を絞った効率的な調査が可能となる可能性があります。最終的に司法省と起訴猶予合意について交渉を行う場合にも、内部調査を行った法律事務所は企業を弁護する立場となるため調査段階においても企業内部からの協力を引き出しやすい立場にあると言えそうです。

4.3  連邦量刑ガイドラインについて

この事件において、起訴猶予合意の罰金額を定めるにあたり、連邦量刑ガイドラインがその基準として用いられ、それに基づいて算出された罰金額に会社側が同意していることが記載されています。また、この事件の特殊な状況として、会社側が財務状況について証拠を提出した上で罰金額の大幅な減免 (54百万ドルから10百万ドルに減額)を認められています。これも司法省が用いる別のガイドラインに基づいて認められたものですが、その詳細についての説明は省略します。この点からも明らかなように、会社側の誠実な対応に対しては罰金額の決定に関して十分な考慮がなされていることが分ります。

アメリカの連邦量刑ガイドライン(United States Sentencing Guidelines, USSG)は、連邦裁判所における刑事事件の量刑を統一し、公正で一貫性のある判決を確保するために制定されました。このガイドラインは、1984年に制定された「包括犯罪管理法(Comprehensive Crime Control Act of 1984)」に基づき、1987年から適用されています。ガイドラインの策定を担当するのは「米国量刑委員会(United States Sentencing Commission, USSC)」であり、裁判官が適切な量刑を決定する際の指針として機能しています。

このガイドラインが導入された背景には、以前の量刑制度の不均一性がありました。従来の連邦裁判所では裁判官の裁量が広く、同じ犯罪であっても裁判官ごとに大きく異なる判決が下されることがありました。また、特定の犯罪に対する軽すぎる判決や厳しすぎる判決が問題視されていました。これに対し、連邦量刑ガイドラインは、犯罪の性質や加害者の行動を細かく分類し、それに応じた基準を提供することで、量刑の公正性と予測可能性を向上させることを目的としています。

ガイドラインは、犯罪の重さ(Offense Level)と被告の前科歴(Criminal History Category)を基準に量刑を決定する仕組みになっています。まず、犯罪ごとに基本となる量刑の範囲が設定されており、その後、加重要因や軽減要因を考慮して調整が行われます。例えば、犯罪の計画性、被害者への影響、共犯者の有無などが考慮される要素になります。 他方で、被告が捜査に協力した場合や自発的に違法行為を是正した場合などは、量刑の軽減要因となります。

特に、本件のようなFCPA違反を含むホワイトカラー犯罪に対する適用には独自の特徴があります。FCPA違反は、主に米国企業や個人が海外の政府関係者に賄賂を提供したり、不適切な会計処理を行ったりすることを規制する法律ですが、連邦量刑ガイドラインにおいては「詐欺および経済犯罪(Fraud and Economic Crimes)」のカテゴリに分類されます。このカテゴリでは、主に被害額や不正に得た利益の規模が量刑に大きく影響を与えます。たとえば、不正利益が1億ドルを超える場合、基本の量刑が大幅に加重される可能性があります。
またホワイトカラー犯罪では、組織的な関与や役員レベルでの関与があったかどうかも考慮されます。本件のように企業が違反を犯した場合、個人の責任だけでなく、法人としての責任も問われることが少なくなく、司法省(DOJ)や証券取引委員会(SEC)による執行の一環として、企業自体が巨額の罰金を科されることが一般的です。また上記で説明したように、その際に企業が自主的に違反を開示し、調査に全面的に協力した場合は、ガイドラインに基づき罰金額が軽減される十分な可能性があります。

さらにFCPA違反では、企業が有効なコンプライアンス・プログラムを持っていたかどうかも考慮されます。企業が内部統制を強化し、贈収賄の防止に努めていた場合、それが量刑における軽減要因となることがあります。他方で、明らかに管理がずさんであったり、経営陣が違法行為を黙認していた場合、量刑はより厳しくなる傾向があります。そのため企業はコンプライアンス体制の整備を強く求められるようになり、多くの国際企業が贈収賄防止の取り組みを強化しています。

もっとも、連邦量刑ガイドラインは裁判官にとって拘束力のある規則ではなく、2005年の「United States v. Booker」判決以降、あくまで参考基準としての位置づけとなっています。この判決により、裁判官はガイドラインに基づかない判決を下すことも可能となりましたが、依然として多くのケースでガイドラインが量刑の決定に重要な役割を果たしています。 (次号に続く)

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[1] https://www.whitehouse.gov/presidential-actions/2025/02/pausing-foreign-corrupt-practices-act-enforcement-to-further-american-economic-and-national-security/