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2021年03月04日(木)12:10 PM

シンガポールにおけるDPホルダーのワークパス取得義務についてニュースレターを発行いたしました。
PDF版は以下からご確認ください。

シンガポール:DPホルダーのワークパス取得義務

 

シンガポール:DPホルダーのワークパス取得義務

2021年3月
One Asia Lawyers Group代表
シンガポール法・日本法・アメリカNY州法弁護士
栗田 哲郎 

1 DPホルダーのワークパス取得義務の発表

 2021年5月1日から、ディペンデント・パス(Dependant Pass)でシンガポールに滞在している外国人がシンガポールで働くためには、レターオブコンセント(Letter of Consent)ではなく、ワークパス(Employment PassまたはS Pass)の取得が必要になることが2021年3月3日に発表された。すなわち、以前まではワークパスを取得することなく、Letter of Consentのみで勤務できていたDPホルダーが、個別にワークパス(Employment PassまたはS Pass)を取得しなければならないことになり、これらのワークパスを取得するための、資格、給与などの要件が必要となり、S Passの場合は課税(Levy)が必要となることを意味している。

 ジョセフィン・テオ労働省大臣が、2021年3月3日、同省予算の審議中にこの変更を発表し、この変更の趣旨は「最近のワークパスの動きとの整合性のため」であり、Letter of Consentを介してシンガポールでの就労を希望するDPホルダーは、ワークパス保持者全体の約1%を占めており、ほとんどの者は現行のワークパスの基準を満たしているものの、一般のワークパスの基準を満たしていない者はシンガポールでの就労を停止しなければならないと述べ、シンガポールの雇用の創出を重視するSingapore Coreの政策の一環であると述べており、その詳細については今後政府が適宜発表していくとされている。

 なお、2020 年 6 月時点において、シンガポールには約 110 万人の外国人ワークパス保有者がおり、Letter of Consentで働いているDPホルダーは約 11,000 人いる。

2 現在の制度および適用免除

 現在、Sパス保持者の扶養家族がシンガポールで働くためには、関連するワークパスを申請する必要があったものの、その他のワークパスホルダー(Employment Pass、アントレパス、パーソナライズド・エンプロイメント・パスなどの外国人専門家)の扶養家族のDPホルダーについては[1]、比較的取得が容易であったLetter of Consentを申請することのみで勤務をすることが可能であったが、これが変更されることとなり、特に日本企業の駐在員の帯同家族などの勤務が困難となることを意味し、シンガポールでビジネスを行う日本企業にとっても影響が大きいと考えられる。

 上記の変更は、2021年5月1日から適用されることとなり、既にLetter of Consentで就労している場合はそのLetter of Consentの期限が切れた段階から適用されることになり、現在のLetter of Consentの有効期限が切れた時点でワークパスを申請しなければならない。逆に言うと、現在Letter of Consentで勤務しているDPホルダーはその期限が切れるまでは、このまま(ワークパスを取得することなく)勤務することができるものの、2021年5月1日以降はそのLetter of Consentの更新ができなくなる。

 なお、事業を所有するDPホルダーの場合、上記の変更の免除が認めら、Letter of Consentでの事業を継続することが可能であるが、以下の基準を満たす必要がある。

(1)事業の30%以上の株式を保有する個人事業主、パートナー、または会社の取締役であること、および

 (2)SGD1,400以上の給与で、3ヶ月以上働いている、CPFを収めるローカルもしくはPRを1人以上雇用していること

3 今後の対応策

 2021年5月1日以降、DPホルダーが勤務する場合に申請するワークパスとしては、主にエンプロイメントパスかSパスが選択肢になると思われる。

 しかし、エンプロイメントパスについては、年々その要件が厳しくなっており、比較的高額の給与が必要となっている。また、Sパスについても、2020年にその給与の最低基準が2回引き上げられ[2]、シンガポール政府は2021年予算演説において、Sパスの割当について、製造セクターについて従業員全体のうち20 パーセントから2023 年までに15 パーセントに割当の削減することを発表しているなど、いずれも要件が厳しくなっており、シンガポールでビジネスを行う日本企業は、シンガポールの労働法制、ビザの状況などに注意が必要である。

 

[1] エンプロイメント・パスまたはSパスホルダーが、配偶者または21歳未満の未婚の子供をディペンデント・パスでシンガポールに連れてくるためには、毎月6,000ドル以上の給料を得ている必要がある。

[2] Sパスは、以下の条件を満たす外国人従業員が対象となっている。

– 少なくとも2,500ドルの固定月給を得ていること(給与には実務経験が反映されていることが必要であり、年配で経験豊富な申請者は、資格を得るためにはより高い給与が必要となる)、

– 学位または卒業証書を持っていること、および

– 関連する職務経験があること。

 

2021年03月03日(水)11:33 AM

日本における会社法の一部を改正する法律(令和元年法律第70号)の施行についてニュースレターを発行いたしました。
PDF版は以下からご確認ください。

会社法の一部を改正する法律(令和元年法律第70号)の施行について

 

日本:会社法の一部を改正する法律(令和元年法律第70号)の施行について

2021年3月3日

One Asia Lawyers Group
弁護士法人One Asia
パートナー弁護士 古田 雄哉
同 江副  哲
同 栗田 哲郎

1.はじめに

 令和元年12月4日に成立し、同11日に交付された会社法の一部を改正する法律の一部(株主総会資料の電子提供制度を除いた部分)が令和3年3月1日から施行されます。 

 令和3年3月1日から施行される内容としては、①株主総会における株主提案権の制限、②取締役の報酬に関する規律の見直し、③役員等のための会社補償、D&O保険に関する手続規定の新設、④上場会社等における社外取締役設置の義務化、⑤株式交付制度の創設等があります。

本稿においては、今回の改正点について解説します。

2.株主総会における株主提案権の制限

 株主は、株主総会において議案を提出することができます(法304条)。そして、株主(取締役会設置会社においては議決権の1%または300個(公開会社では6ヶ月間)を保有する株主)は、取締役に対し、株主総会の日の8週間前(定款で引き下げ可)までに、提出しようとする議案の要領を株主に通知するよう請求することができます(法305条1項)。

 従前は、この“要領通知請求権”について特に個数の上限はありませんでした。そのため、一部の株主により多数の要領通知請求がなされ、会社のコスト負担や運営上の負担の増加が問題視されていました(濫用的株主提案)。

 そこで新法では、取締役会設置会社の株主が要領通知請求をする場合において、当該株主が提出しようとする議案の数が10を超えるときは、10を超える数に相当することとなる数の議案については要領通知をすることを要しないとされました(改正後法305条4項)。なお、どれを10を超えるものとするかは、取締役が決めることとされていますが、株主が優先順位を定めていた場合はこれに従うことになります(改正後法305条5項)。

3.取締役の報酬に関する規律の見直し

 取締役の報酬については、定款で定めがない場合は株主総会の決議でこれを定めることとされていますが(法361条1項)、個々の取締役ごとに報酬額を定める必要は無く、取締役全員に対する報酬の総額のみを定め、各取締役の報酬については取締役会設置会社においては取締役会に一任することが一般的でした。

 この点、今回の改正では、上場会社等(①公開会社でありかつ大会社である監査役会設置会社であって、金融商品取引法第24条1項の規定によりその発行する株式について有価証券報告書を提出している会社②監査等委員会設置会社)においては、定款又は株主総会決議で個々の取締役の報酬の定めをしていない場合、取締役会において取締役個人別の報酬等の内容についての決定に関する方針を定める必要があるとされました(改正法361条7項)。

 これまでは、取締役会で代表取締役に再一任して代表取締役が報酬を決定するということも多く行われてきましたが、この決定方針は事業報告で開示をすることが必要とされており(規則121条6号)、恣意的な報酬決定に一定の歯止めがかかり、経営の透明化に資することが期待されています。

 当該規制が該当する会社については、次の株主総会で報酬についての議案が上程される場合はこの決定方針の説明をすることが求められますので、早急な対応が必要になります。

4.役員等のための会社補償、役員等賠償責任保険(D&O保険)に関する手続規定の新設

 会社補償とは、役員等がその職務の執行に関し、法令の規定に違反したことが疑われ、又は責任のある追及に係る請求を受けたことに対処するために支出する費用や、第三者に生じた損害を賠償する責任を負う場合における損失の全部又は一部を会社が当該役員等に対して補償することをいいます。そしてこのような場合に備えて加入するのがD&O保険です。

これまでの会社法では条文上規定がなかったものが、今般の改正で明文化されることになりました。

 ⑴ 会社補償契約について

 会社補償契約をするには、取締役会設置会社においては取締役会決議によっておこなう(非設置会社は株主総会)こととされました(法430条の2第1項柱書)。なお、補償契約に基づき補償を受けた取締役は、遅滞なく取締役会に報告をすることとされています(同条4項)。

  補償契約によって補償される費用は以下とされています(同条1項1号2号)。

   ① 当該役員等が職務の執行に関し、法令の規定に違反したことが疑われ、
    又は責任の追及に係る請求を受けたことに対処するために支出する費用
    ※ただし、通常要する費用を超える部分は補償なし(同条2項1号)。

   ② 当該役員等が職務の執行に関し、第三者に生じた損害を賠償する責任を負う場合における
    賠償金または和解金
    ※ただし、悪意重過失がある場合は除く(同条2項3号)。    

 ⑵ 役員等賠償責任保険(D&O保険)契約について

 また、株式会社が役員等賠償責任保険を契約するにあたっては、その内容の決定は株主総会(取締役会設置会社においては取締役会)の決議によらなければならないとされました(改正法430条の3)。

 ここでいう役員等賠償責任保険とは、株式会社が保険者との間で締結する保険契約のうち、役員等がその職務の執行に関し責任を負うこと又は当該責任の追及に係る請求を受けることによって生ずることのある損害を保険者が店舗することを約するものであって、役員等を被保険者とするものをいうとされています。ただし、当該保険契約を締結することにより被保険者である役員等の職務の執行の適正性が著しく損なわれるおそれがないものとして法務省令で定めるもの(自動車保険等)は除くとされています。

5.上場会社等における社外取締役設置の義務化

 公開会社であり、かつ大会社である監査役会設置会社であって金融商品取引法第24条1項の規定によりその発行する株式について有価証券報告書を提出している会社においては、社外取締役の設置が義務化されました(改正法327条の2)。

改正前の同条では、社外取締役の設置をしない場合は株主総会でその理由を説明しなければならないとされるに留まっていましたが、改正法では社外取締役の設置が義務化されました。なお、東証上場企業においてはすでに99%近くの株式会社が社外取締役を設置しているとのことであり、実務上の影響は少ないものと思われます。

 また、社外取締役の業務執行について、社外性を失わないようにする規定についても新設されました(改正法348条の2)。これによれば、株式会社(指名委員会等設置会社は除く)と取締役との利益が相反する状況にあるときその他取締役が当該株式会社の業務を執行することにより株主の利益を損なう恐れがあるときは、都度取締役の決定(取締役会設置会社においては取締役会)によって、当該株式会社の業務を執行することを社外取締役に委託することができるとされ(同条1項)、この場合は社外取締役の社外性が失われないこととされました。ただし、委託を受けた社外取締役が、業務執行取締役の指揮命令の下、委託された業務を執行した場合はこの限りではないとされています(同条3項)。

6.株式交付制度の創設

 株式交付とは、株式会社が他の株式会社をその子会社とするために、当該他の株式会社の株式を譲り受け、当該株式の譲渡人に対してその株式の対価として当該株式会社の株式を交付することをいうとされており(改正法2条32の2号)、本改正で新設された制度です。

 類似の手続としては株式交換(法2条31号)が挙げられますが、株式交換は完全親子会社化のための制度であったため、完全親子会社とまではすることは望まないが、株式取得の対価として親会社の株主を交付したい場合に利用することが想定されます。

7.まとめ

 今回の改正では取締役の報酬に関する規定、会社補償、D&O保険、社外取締役の設置等、取締役に関する制度の見直しが多くなされました。はやければ次回株主総会には対応が必要な事項もありますので、改正内容を正確に把握することが重要となります。

 

以上

2021年02月26日(金)3:02 PM

シンガポールにおけるテックパス(Tech Pass)の導入とビザ発給の状況についてニュースレターを発行いたしました。
PDF版は以下からご確認ください。

シンガポール:テックパス(Tech Pass)の導入とビザ発給の状況

 

 

シンガポール:テックパス(Tech Pass)の導入とビザ発給の状況

2021年2月
One Asia Lawyers Group代表
シンガポール法・日本法・アメリカNY州法弁護士
栗田 哲郎 

 2021年1月19日、シンガポール政府は情報技術分野の人材の誘致へ向けて、新たにテックパス(Tech Pass)を導入した。通常のビザは、労働省(Ministry of Manpower)が監督官庁であるが、テックパスは経済産業省(Economic Development Board)が監督している[1]。初回のの発給枠は500人に限定されているが、適宜、拡大が予定されている。

1 テックパスの取得要件

 2021年1月19日から申請を受け付けているテックパス取得には以下の要件のうち2つを満たすことが求められ、非常に高度な要件が求められている。

1. 直近(1年以内)の月額固定給与支給額が少なくともS$20,000であること[2].
2. 評価額/時価総額が5億USドル以上もしくは資金の調達を3,000万USドル以上行なったテクノロジー企業にて少なくとも5年以上の主導的役割を担ったことがあること
3. アクティブユーザーが10万人以上、もしくは年間収益が少なくとも1億USドルあるテクノロジー製品の開発において少なくとも5年以上主導的役割[3] を担ったことがあること

2 テックパス取得者の自由度 

 上記のように取得要件は厳しい一方、取得者の勤務の自由度は高く設定されている。通常のEmployment Passなどのビザは就職先が固定されており、自らで起業をしたり、複数の企業に勤務したりすることは原則禁止されているが、テック・パス取得者は、シンガポールに来て起業する、複数の企業の従業員やアドバイザーになることなどが認められている。主なテック・パス取得者の特徴は以下のとおりである。

1. テクノロジー企業を起業、運営できる
2. 1つ以上のシンガポールに拠点をおく企業の従業員にいつでもなることができる
3. 従業員と起業家との間を自由に変更できる
4. コンサルタントまたはメンターになる、高等教育機関にて講義をする、もしくは1つ以上のシンガポールに拠点をおく企業の投資家または取締役になることができる
5. 配偶者、子供および両親1がシンガポールに滞在するためにMOMから扶養者パス(DP)、長期滞在パス(LTVP)の発行を受けることができる
6. 更新の要件を満たした場合、さらに2年更新することができる

3 非高度人材へのビザの発行の厳格化 

 シンガポール政府は、かようなトップ人材が有する技術力やネットワーク力、有能な人材がシンガポールで起業し、最先端のサービスを開発することによるシンガポールにおける雇用の創出などを狙っている。

 一方で、非高度人材へのビザの発給状況は厳格化しており、2月16日には製造業への就労ビザ発給を絞り込むとの発表がなされており、Sパス発給の上限比率を全従業員の20%から22年1月には18%に、23年1月からは15%に引き下げるとのことであり、シンガポールで事業を行っている日本企業も注意が必要である。

 

[1] https://www.edb.gov.sg/en/how-we-help/incentives-and-schemes/tech-pass.html 

[2] もしくは、外国通貨にて同等の金額。年収がS$240,000超えるもしくは外国通貨にて同等の金額の年収がある応募者もしくは事業主もまた認められる.

[3] 例えば、テクノロジー製品の設計、開発および/もしくは展開において、主要な貢献をしたことなど

2021年02月24日(水)9:42 AM

シンガポールにおける電子契約・電子署名の取扱いについてニュースレターを発行いたしました。
PDF版は以下からご確認ください。

シンガポールにおける電子契約・電子署名の取扱い ~日本における電子署名法と比較しながら~

 

シンガポールにおける電子契約・電子署名の取扱い
~日本における電子署名法と比較しながら~

2021年2月
One Asia Lawyers Group代表
シンガポール法・日本法・アメリカNY州法弁護士
栗田 哲郎 

 シンガポールにおける電子署名の有効性については、Electronic Transaction Act(以下、「シンガポール電子取引法」)(Chapter 88)の中において定められている。シンガポール電子取引法は、古く1998年に成立したものであるが、その後2010年7月に改正(以下、「改正シンガポール電子取引法」)がなされた。電子取引法は、電子取引の法的有効性を認めているだけでなく、シンガポール企業が日常の活動に電子通信、電子取引、電子署名を取り入れることを積極的に奨励しているものといえる。

 本稿においては、シンガポール電子取引法およびその中における電子署名の取扱いについて、日本法と比較しながら解説し、その後、2021年から有価証券等の電子化等を目的とするシンガポール電子取引法の改正案の審議が国会で始まっているため、その内容を解説する。

1 電子記録の有効性

 シンガポール電子取引法において電子記録とは、「情報システム内で、またはある情報システムから別の情報システムへの送信のために、電子的手段によって生成、通信、受信、または保存された記録」[1]であると定義されている。これは、電子的またはデジタル形式で保存されたあらゆるデータが電子記録に該当することを意味しており、この電子記録には、電子メール、デジタル画像、パワーポイントプレゼンテーション、ウェブサイトなどほとんどのものが含まれる。

 そして、電子記録は、電子形式であるという理由だけで違法とみなされることはないこと、ある情報が電子形式で保存されていたという単なる事実だけでは当該契約内容が無効とみなされることはないものとされた。すなわち、シンガポール電子取引法所定の条件が満たされていれば、すべての電子記録に法的な有効性を与えられたものであるといえる。

2 電子契約の有効性

 シンガポール電子取引法第 11 条において、契約は電子記録により電子的に締結することができると明記されている。この規定において、すべての電子記録による電子契約はシンガポールの法律で法的に有効であり、法的強制力があるものであることが認められた。

 シンガポールの契約法(Laws of Contract)は、契約の申し出と受諾、当事者間の法的拘束力のある関係を構築する意図など、契約の成立に関する一般的な規則を定めているところ、シンガポール電子取引法はこれらの特則的な法律であると言える。すなわち、シンガポールのすべての企業・個人は、この一般的な契約法(Laws of Contract)とその特則であるシンガポール電子取引法が適用され、電子記録による電子契約が原則有効であることがシンガポールにおけるデフォルトのポジションであることが認められ、電子契約を前提でビジネスを行うことができるのがシンガポールの特徴であるといえよう。この点、日本法においては、現在に至るまで電子記録による電子契約が有効であることがデフォルトのポジションであることを明確にした条文は存せず、電子記録による電子契約の方的安定性はシンガポールの方が高いといえよう。

 また、電子契約を締結する際には、シンガポール電子取引法の以下の規定に留意が必要である。

(1)当事者自治の原則:電子契約の成立の排除が可能

 シンガポール電子取引法においては、契約の当事者は、契約の合意により、電子記録、電子通信、電子署名の使用を除外することができるとされている。

 したがって、電子契約での成立を避けたい場合は、企業は電子契約では成立しない旨を契約で合意すればよく、特に電子契約ではない形式で慎重に契約を進めたい場合は、契約書に明記することが推奨される。

(2)電子通信の発送と受領

 シンガポール電子取引法においては、電子通信は、送信者の管理下にある送信者の情報システムを離れた時点、または受信者が受信した時点(送信者の情報システムを離れていない場合は、送信者の情報システムに保存されているファイルにアクセスする場合など)のいずれかの時点で発送したものとみなされるとされている。他方、受信者が電子通信を入手することができる時点で、受信したものとみなされるとされている。

 したがって、送信者のシステムを離れていない段階でも、受信者がこれを入手できる状況であったと判断された場合は、契約が成立したと見做される可能性があるため注意が必要である。

(3)自動メッセージシステムとの契約

 自動化されたメッセージシステムと自然人との間の契約、自動化されたメッセージシステム間の契約は有効であるとみなされる。すなわち、人が媒介してその契約を検討しなかったという理由だけで、有効性を否定することは出来ないものとされている。

 したがって、シンガポールにおいてはオートメッセージのみで契約が成立する可能性があるため、自動返信システムの回答で契約が成立する可能性があるため、注意が必要である。なお、日本法のおいては、かようなオートメッセージのみで契約が成立することを示した法令は現時点では存しない。

3 シンガポール法人における電子記録の使用

 シンガポール会社法は、電子記録の使用を認めており、シンガポール法人は、電子形式で記録(株主名簿、議事録など)を維持することが可能である。また、会社法では、会社の記録はハードコピーか電子記録のどちらかの形式で保存することができると明記されている。

 そして、法律の規定により電子記録の保持が義務付けられている場合、電子記録は、以下の条件をすべて満たしている場合にのみ有効であるとされている[2]

①情報にアクセス可能であり、その後の参照に利用できること、
②電子記録は、最初に生成され、送信され、または受信された形で保持されていること、および
③記録には、記録の発信元と発信先、発信または受信した日時などの詳細が保持されていること。

4 シンガポールにおける電子署名の取扱い

(1)Electronic SignatureDigital Signatureの違い

 改正シンガポール電子取引法では、Electronic SignatureとDigital Signatureが異なる方式で定められている。

 Electronic Signatureとは、事業者が当事者の承諾を証明するために使用できる電子フォーマットで提供される確認書であり、Electronic Signatureはシンガポールの法律上有効であると認められたものであり、法的強制力を有する。Electronic Signatureの定義は一意ではなく、利用者が利用規約を承諾するウェブサイト上の承諾ボタンをクリックした場合、物理的な署名のファクシミリやスキャン、タッチスクリーン上でのスタイラスによる署名、電子メールなどの電子的な通信手段による利用規約への同意など様々な形式がある。

 他方、Digital Signatureは、Electronic Signatureの一種で(すなわちElectronic Signatureに含まれる)、非対称暗号方式とハッシュ関数を用いてセキュリティ層が追加されたものである。Digital Signatureは、ユーザーの身元の詳細を含む電子署名証明書(Digital Signature Certificate)が発行され、電子署名証明書には、ユーザーの氏名、住所、電子メール、証明書の発行日、認証機関の名前などが含まれる。このため、Digital SignatureはElectronic Signatureと比較しても信用性・証明力が高く、企業は、税務申告書の提出、会計・企業規制局(ACRA)への書類提出など、政府機関との取引にDigital Signatureを使用することができるものとされている。

(2)電子署名の有効性

 シンガポール電子取引法は、Electronic Signatureとその使用について、書面による署名と同じステータスを与えている。すなわち、シンガポールにおいてはDigital Signatureではなくても、Electronic Signatureと認められれば、書面による署名と同じ法的有効性が認められるものとされている。

 他方、日本の電子署名法(電子署名及び認証業務に関する法律)は、電磁的記録(電子文書等)は、本人による一定の電子署名が行われているときは、真正に成立したものと推定するという推定規定を設けているのみであり、シンガポール電子取引法のように明確な法的な有効性を認めているわけではないため、シンガポール電子取引法の方が安定性が高いということができよう。

 なお、シンガポール電子取引法では、電子署名は以下のすべての要件を満たす必要があるものと定めている。

①使用する個人に固有のものであること、
②当該個人を識別することが可能であること、および<
③署名を使用する個人の単独で管理を行っているものであること。

(3)法人における文書での電子署名の有効性

 シンガポールで登記された会社の取締役は、取締役会で決議された会社の決議に電子署名を行って承認することが可能である。署名には署名した日付が表示されるため、会社がすべての記録を電子的に管理している場合には効率的に管理が可能である。

5 電子取引法が適用されない取引

 シンガポール電子取引法は、①遺言、②有価証券等、③信託に関する一定の書面、④不動産の売買その他の処分に関する契約書、⑤不動産譲渡証書には適用することができないこととされているため注意が必要である。同法の別表1(Schedule 1)には、これらの除外事項の概要が記載されている。そして、現行法上、有価証券等の一定の書面については、電磁的方法により作成することができないとされています。

 このため、これらの取引においては電子署名も用いることができないため注意が必要である。

6 シンガポール電子取引法の改正案

 シンガポール電子取引法上、有価証券等の一定の書面については、電磁的方法により作成することができないとされているものの、国際的な商取引の調和・統一化を促進する国連組織のUNCITRAL(国連国際商取引法委員会)では、2017年に電子的移転可能記録モデル法(Model Law on Electronic Transferable Records)が策定され、有価証券等の電子的移転可能記録についても電子化のための法整備を推し進めることが世界的な標準となっている。

 かような世界的な状況を踏まえ、電磁的方法による作成が認められていない別紙1(First Schedule)で列挙されている①遺言、②有価証券等、③信託に関する一定の書面、④不動産の売買その他の処分に関する契約書、⑤不動産譲渡証書について、現在審議中の改正案では、本モデル法に則った改正を行うことに鑑み、別紙1から上記②の有価証券等が削除される予定となっている。これにより有価証券等の一定の書面について電磁的方法により作成することが可能となる。なお、これ以外の書面(①、③~⑤)については、今回の改正案でも電子化は認められていないこことには留意が必要である[3]

7 結論

 シンガポール電子取引法は、シンガポール国内での電子通信、契約、電子署名などの使用を規定する法律であり、電子契約や電子取引に関する国際的な慣行に沿ったものであるといえる。また、改正案が追加すれば、有価証券等について電磁的な方法で作成・管理が可能となり、更にビジネスの効率性が向上するといえよう。

 今般はコロナ禍の中で、電子契約・電子署名がさらに一般的になっているため、日本企業も、その有効性や特性を理解して、効率的にシンガポールにおいてビジネスを行う必要があるといえよう。

 

[1] “generated, communicated, received or stored by electronic means in an information system or for transmission from one information system to another”

[2]  (1) The information is accessible and can be used for subsequent reference, (2) the electronic records are retained in the form in which they were originally generated, sent or received, and (3) the records retain details such as the origin and destination of the records, the date and time when they were sent or received.

[3] その他、電子取引法には、電磁的方法により作成された記録の法的効力・様式等に関する規定が存在しているところ、改正案では、電子的移転可能記録に特化した規定の新設も予定されており、電子的移転可能記録の法的効力、署名、占有、裏書、修正に関する事項や物理的な記録から電磁的記録への変更に関する事項が規定される見込みである。

2021年02月24日(水)9:33 AM

フィリピン小売業に関する外資規制の改正動向についてニュースレターを発行いたしました。
PDF版は以下からご確認ください。

フィリピン小売業に関する外資規制の改正動向について

 

フィリピン小売業に関する外資規制の改正動向

2021年2月
One Asia Lawyers Group代表
シンガポール法・日本法・アメリカNY州法弁護士
栗田 哲郎 

 フィリピンは他のASEAN諸国に比べても外資規制が厳しいのが有名であるが、その中でも小売業への外資規制は完全に禁止されていた。2000年には、小売自由化法(Retail Trade Liberalization Act of 2000)が施行され、一定の条件の下で小売業への外資参入が認められたものの、小売業者の大多数を占める中小零細事業者保護の観点から、下記の通り小売業への外資参入には比較的高い障壁が設けられていたのが実務であった。さらに、フィリピンにおいてはアンチダミー法などの存在により、他国のようにノミニーの利用を行うことも実務上厳しく制限されている。

 このために小売業への投資においては、現地のローカル企業とのフランチャイズやライセンス等の他の手法を検討したり、場合によっては投資を断念せざるを得ない日本企業・外国投資家の例が多いのが実情であった。

 今般、フィリピンにおいて、この小売業への外資規制が緩和される方向で議論が進んでおり、この緩和が実現された場合は、フィリピンに投資を検討する日本企業にとって重要な追い風となる可能性が高い。本稿においては、かような小売自由化法の改正の動向について説明する。

第1 小売自由化法の概要
1)払込資本金額等と外資による出資の可否
 小売業とは、一定の例外を除く、物品を公衆に直接販売する活動を行うものと幅広く定義されている。 

 そして、小売自由化法においては、払込資本金額がUSD2,500,000(約2億6,000万円)未満の小売業は、外国資本による出資は不可能とされており、多額の資本金を出資しなければ、外資はフィリピンの小売業に進出することができない。

 そして、小売業の外資規制における外資企業とは、外国資本が少しでも入った段階で外資企業と認定されてしまうため、USD2,500,000以未満の小売業の場合は、100%がフィリピン資本でなければならなかった。

 他方、払込資本金額がUSD2,500,000以上の場合は、外資出資比率に関する制限は存在しない。このため、この金額を超えた場合は、外国資本による100%出資も可能であった。

2)外国投資家に求められる要件
 もっとも、外国資本は、既にフィリピン国外で小売業の実績がある大規模な事業者が想定されており、以下の要件を満たさなければならないこととされている。

1. 純資産がUSD200,000,000(約210億円)以上であること
2. フィリピン国外において5つ以上の店舗又はフランチャイズを有する、またはUSD2,500,000ドル以上の資本を有する店舗を1つ以上有すること
3. 5年以上の小売業の実績があること
4. フィリピン国民が小売業を行うことを認めている国から投資を行うものであること

 以上に加え、外国資本の出資を受けた小売業者は、仕入れの30%以上をフィリピン国内で調達することが求められたり(内国調達義務)、外資出資比率が80%を超える小売業者は、事業開始から(事業開始後に外資出資比率が80%を超えた場合は当該超過時からとする)8年以内に、その株式の30%以上をフィリピン国内市場において公開しなければならない(上場義務)など、厳しい制限がかされており、2000年小売自由化法においては、外国資本が小売業を行うためには、厳しい制限が課されていた。

第2 小売自由化法の改正の動向
 以上の通り、外国投資家がフィリピンでの小売業に参入するハードルは相当に高いのが現状であった。かかる規制の緩和への外国投資家の期待は極めて高く、また外資誘致に積極的な姿勢を有すると評されるドゥテルテ大統領も、小売業に関する外資規制の緩和を重要な政策課題の1つとして捉えている。

これは、2017年の大統領通達16号において、小売業を含む8つの事業分野における外資規制の緩和を早急に検討すべき旨の指示が大統領から関係当局になされている点にも顕れている。このような規制緩和の機運を受けて、2020年3月には小売自由化法の改正法案が下院で承認されるに至り、現在は上院において改正法案が審議されている。改正法案自体はフィリピン大統領によって「緊急」としては認定されていないが、上院は法案の処理を続行すると声明にて述べている。

(1) 改正法案の概要
 上院において審議中の改正法案(第1840号)において、外資が出資するために必要な払込資本金額の要件が、現行のUSD2,500,000からUSD300,000(約3,100万円)に大幅に引下げられる可能性がある[1]。さらに、前稿にて紹介した、外国投資家に求められる特別要件である、株式公開義務、国内調達義務は、いずれも撤廃される見込みである。

(2) 適用税法の変更
 フィリピンの法人税率は、現在の30%の法人税率から国内法人および外国法人どちらに対しても25%に引き下げられる予定であるところ、さらに、特に既存のフィリピン国内法人に投資するか、フィリピンの法律に基づいて(例えば子会社として)法人化することを意図する将来の外国の小売業者に対しては20%への減税の可能性があるが、そのためには事業所のある土地を除いて、純課税所得が500万ペソ(約1,000万円)を超えず、総資産が1億ペソ(約2億円)を超えないことが求められている。

 2000年の小売自由化法の現在の資本要件の存在により、外国資本の小売業者はこの20%の法人所得税の減税メリットを享受することができなかったが、小売自由化法改正案が成立した場合、外国資本であったも上記の要件を満たすことが可能であり、20%への減税メリットを享受しながら小売業の進出することができることとなった。

第3 最後に
 以上の通り、現行制度よりも大幅に少ない資金での参入が可能となることに加えて、これまで多くの投資家が充足困難であった「外国投資家に求められる特別要件」が撤廃される等、小売業の門戸を外資に大きく開放する内容の改正法案であるといえる。上記はあくまでも上院で審議中の法案であり、また下院で承認済みの法案(第59号)とも若干異なる内容が含まれていることから、今後さらに内容の変更が生じる可能性はある(なお、現状、上院承認法案と下院承認法案の内容が異なる場合には、両院における内容調整のプロセスに進むが、本件に関して下院は上院案を受け入れる姿勢である旨の一部の報道もある)。

 今後の法案審議のスケジュールについて確たる予想をすることは難しいものの、現在(2021年2月末)の上院案に近い内容で法律として成立、施行されることとなれば、小売業に関する外資規制の大きな改正となるため、今後も同法案の国会審議の状況を注視する必要があるといえよう。小売自由化法に提案された改正は、最近のフィリピンの経済改革および外国投資家の誘致をもたらす一環であり、日本企業にとっては大きなビジネスチャンスになる可能性が高く、注意深く状況を確認しておいく必要があるといえよう。

[1] 但し、2つ以上の店舗を設ける場合には1店舗あたりUSD150,000の投資が必要となる。この最低資本金要件については5年毎に当局により適否の検討がなされる変更の可能性がある。

2021年02月24日(水)9:22 AM

シンガポールにおける認証不要条約によるアポスティーユによる公文書認証手続の簡易化についてニュースレターを発行いたしました。
PDF版は以下からご確認ください。

認証不要条約によるアポスティーユによる公文書認証手続の簡易化について

 

シンガポール
認証不要条約によるアポスティーユによる公文書認証手続の簡易化

2021年2月
One Asia Lawyers Group代表
シンガポール法・日本法・アメリカNY州法弁護士
栗田 哲郎 

1 条約の加盟前

 シンガポールは、外国公文書の認証を不要とする条約(The Hague Convention of 5 October 1961 Abolishing the Requirement of Legislation for Foreign Public Documents (Apostille Convention))(認証不要条約)に加盟していなかった[1]

 このため、シンガポール政府機関から発行された書類の原本(公文書:例えば、結婚証明書、出生証明書、現地政府認定教育機関の証明書など)は、①シンガポール法曹協会(Singapore Academy of Law)および②在シンガポールの各国大使館(日本の場合、在シンガポール日本大使館)によって認証されてからはじめて、日本等のシンガポール国外での使用が可能であった。シンガポール政府が発行していない書類(私文書)でも、認証が必要な書類については、まず①公証人(Notary Public)の認証が必要であり、その公証人での認証後に、②シンガポール法曹協会(Singapore Academy of Law)の認証を得たのちに、更に③在シンガポールの各国の大使館の認証を得る必要があった。

 他方、日本国内で発行された公文書・私文書(公文書の翻訳した文書も含む)を、シンガポール国内の企業・団体・政府に提出をする際には、①日本の外務省で公印確認を受けた後、②在日シンガポール大使館(東京都港区六本木)での領事認証が求められることとなっていた[2]

2 条約の加盟

 今般、2021年1月19日、シンガポールの法務省(Ministry of Laws)は、上記の認証不要条約に加盟したことを発表した[3]

 これによって、シンガポール政府機関から発行された公文書を、日本等の認証不要条約加盟国に提出する場合には、①シンガポール法曹協会が発行するアポスティーユと呼ばれる付箋をもって、公印確認・領事認証に代えられることとなり、公印確認及び領事認証の手続が不要となった。すなわち、他国で取得する許認可手続、シンガポール法人が絡むクロスボーダーのM&Aなどの取引において、シンガポールの公文書を提出する必要がある場合には、シンガポール外務省や提出先国の在シンガポール大使館での認証手続が必要であり非常に煩雑であったが、今後は①シンガポール法曹協会のアポスティーユのみ(私文書で認証が必要な場合は①公証人(Notary Public)の認証と②シンガポール法曹協会のみ)で足りることとなり、時間・コストの軽減が期待できる。

 更に、既に本条約の加盟国(日本を含む)であるシンガポール以外の国の公文書を、シンガポールにおいて使用する場面においても、同様にアポスティーユのみで足りることとなる。具体的には、日本の公文書をシンガポールに提出する必要がある場合においては、①日本外の外務省での認証のみで問題なく、②在日シンガポール大使館での領事認証手続は今後は省略可能になる。

 

[1] 2020年10月時点で、世界101か国が本条約の締約国となっているものの(日本は1970年に批准)、シンガポールは未加盟国であった。

[2] なお、シンガポール大使館の領事部においては、日本の外務省の公印確認を受けた書類に関して領事認証をするため、日本の外務省の公印確認を受けた書類とシンガポール領事部宛に現地での書類の提出先と使用目的を記載したカバーレターも提出する必要がある。

[3] 本条約の批准に必要な法案(Apostille Bill)は国会を通過し、2021年9月16日から本条約が発効する予定である。

 

2021年02月19日(金)9:32 AM

パワハラ防止法対応についてニュースレターを発行いたしました。
PDF版は以下からご確認ください。

中小企業にも迫るパワハラ防止法対応

 

中小企業にも迫るパワハラ防止法対応

弁護士法人One Asia
シンガポール法・アメリカNY州法・日本法
弁護士 栗田 哲郎

 2020年6月1日、改正労働施策総合推進法(通称「パワハラ防止法」)が施行され、これにより大企業は職場において、パワーハラスメント対策を行うことが義務付けられました。中小企業には2022331日まで猶予期間が設けられていますが、施行時期が迫っており、早めに準備を整えておく必要があります。本稿においては、パワハラ防止法の概要および企業が行わなければならない対応策について述べます。

1 対象となる職場・企業

 2020年6月1日、パワハラ防止法が施行され、これにより正規雇用労働者・非正規雇用労働者を問わず、「職場」におけるパワーハラスメントの防止対策が義務付けられています。

 法律上、「職場」とは、従業員が通常働いている事業所に限らず、外出先・客先・懇親の場・サテライトオフィスなど、業務を遂行しうるすべての場所が含まれており、幅広く定義されているため注意が必要です。

 そして、大企業に対しては、パワハラ防止法施行時である2020年6月1日から既にパワハラ対策の実施が義務付けられています。「資本金の額または出資の総額」「常時使用する労働者数」の両方が下記に該当しない場合、パワハラ防止法上、大企業に分類されることとなります。

業種 資本金の額または出資の総額 常時使用する労働者数
小売業 5,000万円以下 50人以下
サービス業 5,000万円以下 100人以下
卸売業 1億円以下 100人以下
その他(製造業、建設業、運輸業など) 3億円以下 300人以下

(中小企業基本法 第2条第1項)

2 パワハラ防止法の対象となる行動の定義

 パワハラ防止法の対象となるハラスメント行為とは、①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるものであることのすべてを満たす行為[1]と定められております(第30条の2第1項)。他方、「業務上必要かつ相当な範囲」の業務指示・指導・注意であれば、パワハラに該当しないこととされています。

 さらに、パワハラ防止法の施行に伴い、新たに、SOGIハラ(個人の性的指向や性自認を揶揄・侮蔑する言動)、およびアウティング(個人の性的指向や性自認を許可なく暴露する言動)の2つのハラスメントがパワハラに含まれることになりました。今後、個人の性自認や性的指向に関わるハラスメントについても、企業として防止策やアフターケアを講じることが義務付けられており注意が必要です。なお、SOGIハラとは、個人の性的指向(Sexual Orientation)と性自認(Gender Identity)の頭文字をとったものであり、パワハラ防止法の施行により、LGBTを始めとした性的マイノリティーの性的指向や性自認(SOGI)を揶揄したり、侮蔑したりする言動のことを指します。また、アウティングとは、個人の性的指向や性自認(SOGI)を本人の同意なく、第三者に暴露する行為を指します。パワハラ防止法において、SOGIは「機微な個人情報」とされ、許可なく他人に暴露する行為はハラスメントに該当することになります。

 さらに、パワハラ防止法では、男女雇用機会均等法及び育児・介護休業法と併せ、パワーハラスメント対策だけでなく、他者への性的な言動を行うセクシャルハラスメントや、妊娠・出産した従業員に対し否定的な言動を行うマタニティハラスメントにおいても、新たな雇用管理上の対策措置を講ずることを義務付けています[2]

3 パワハラ防止のために事業主が講ずべき措置

 厚生労働省の「職場におけるハラスメント関係指針」では、パワハラ防止のために事業主が講ずべき措置として、次の3点が明記されています。

①事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発 ②相談(苦情を含む)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備 ③職場におけるパワーハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応

 まずはパワハラ防止対策についての企業ポリシーを周知徹底したうえで、相談窓口の設置や外部機関との連携により、労働者が気軽に相談しやすい仕組みをつくる必要があります。

 そして、パワーハラスメントが生じた場合は労働者の心身のケアを行い、謝罪や配置転換など行為者に対する措置を速やかに講じて、再発防止策を実施しなければなりません。

 これら3つの措置と併せて、パワハラの相談によって労働者に不利益が出ないことを就業規則などの文書に明記し、周知徹底する必要もあります。また、相談者だけでなく、パワハラ行為者のプライバシーを守り、相談窓口の担当者に必要な研修を実施しなければなりません。

1. 方針の明確化及びその周知・啓発
・パワーハラスメントの内容の明示 ・パワーハラスメント禁止の明示
・パワーハラスメントの行為者に対する厳正対処の明示(就業規則等への規定を含む)
・管理監督者を含む労働者への周知・啓発
2. 相談に適切に対応するための体制整備
・相談窓口の設置と労働者への周知
・相談窓口担当者や外部委託機関の設置
3. 相談後の迅速かつ適切な対応
・事実関係の迅速かつ正確な把握
・(被害事実が認められた場合の)被害者に対する適切な配慮措置、行為者への適正な措置
・再発防止策の策定・実施
4. その他
・相談者・行為者のプライバシー保護のために必要な措置とプライバシー保護に関する周知
・相談者が、相談したことにより不利益な取り扱いをされない旨の明示・周知・啓発
・妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメントの原因・背景の解消に向けた措置

4 パワハラ防止法の罰則

 必要なパワハラ防止対策を講じなかった企業に対し、具体的な罰則が規定されているわけではありません。ただし、パワハラ防止法に違反した企業は、厚生労働省による助言・指導・勧告の対象となります(第33条第1項)。改善が認められない場合は、企業名の公表が行われる可能性があり(同2項)、罰則がなくても法令遵守が必要です。

5 中小企業にも迫る施行日(202241日)

 上述1に記載の表の「資本金の額または出資の総額」「常時使用する労働者数」いずれかに該当する中小企業は、2022年4月1日までの猶予期間が与えられています。ただし、2022年3月31日までは努力義務の期間とされており、遅くとも3月末までにはパワハラ防止のための措置を講じ、準備を整える必要があります。

 

[1] 厚生労働省の指針『事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針』(令和2年厚生労働省告示第5号)では、代表的なハラスメントの言動として次の6類型が挙げられています。①身体的な攻撃(暴行・傷害)、②精神的な攻撃(脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言)、③人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)、④過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強要・仕事の妨害)、⑤過小な要求(業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)、⑥個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること) 

[2] 『事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針』(平成 18 年厚生労働省告示第 615 号)

2021年02月12日(金)12:14 PM

シンガポールにおける決済サービス法の改正法案についてニュースレターを発行いたしました。 PDF版は以下からご確認ください。

シンガポール決済サービス法の改正法案について

シンガポール決済サービス法の改正法案

2021年2月

One Asia Lawyers シンガポール事務所

Focus Law Asia LLC

シンガポール法・日本法・アメリカNY州法

弁護士栗田 哲郎

1、イントロダクション

 シンガポールの決済サービス法(Payment Services Act 2019)は 、20 20年1月に施行されています。決済サービス法は、主に4つのリスク を目的としています。4つのリスクとは、①マネーロンダリング・テロリズムに対する資金供与、②顧客保護、③相互運用性と④ガバナンス・認証・サイバー衛生・暗号化・不正防止などテクノロジーに関するリスクであり、決済サービス法に定義されているビジネスはライセンスの取得が義務付けられています。

 今般、決済サービス の改正 法案(Payment Services (Amendment)Bill)が議会に提出されました。本ニュースレターにおいては、2020年11月2日に提出された決済サービス法の改正法案について、その主なポイントを解説します。

2改正の要旨

 シンガポール金融管理局(Monetary Authority of Singapore:MAS)は現在、決済サービス法に則って、主に7 つの分野の決済サービスを規制対象としています。そして、これらの決済サービス事業者はライセンスを保持し、特定の決済サービスおよびビジネスモデルがもたらすリスクに応じて、一定の対策を行う義務があります。この対策義務には、マネーロンダリングとテロリズムに対する資金供与に関連する主要なリスクと懸念を軽減する義務、破産・消費者または金銭の損失やテクノロジーとサイバーリスクを軽減する義務等が含まれています。

 改正法案は、このうち仮想通貨サービスとクロスボーダー送金サービスに対する規制拡大を提案するものです。シンガポール金融管理局(Monetary Authority of Singapore:MAS)の権限拡大についても盛り込まれています。

「仮想通貨サービス」の定義の拡大

 現行の決済サービス法が定義し、規制する「仮想 通貨サービス(Digital payment token service:DPT service)」は、①仮想通貨の売買、②仮想通貨の取引の2つです。シンガポール金融管理局(MAS)は、2019年6月に金融活動作業部会(Financial Action Task Force:FATF)の採用した国際基準に合うよう、シンガポールにおける規制レベルを引き上げることを意図しています。

そこでマ ネーロンダリングやテロリズムに対する資金供与へのリスクを軽減する目的で、仮想通貨サービスの定義を拡大し、以下の サービスも規制の対象とするよう提案するもののです。

・あるアカウントから別のアカウントへの仮想通貨の送信を 容易にすること

・仮想通貨向け保 管ウォレットサービスを提供すること

・仮想通貨サービス事業者は金銭また仮想通貨を保有せず、仮想通貨取引を促進すること               

クロスボーダー送金サービス規制の拡大

 現行の決済サービス法で規制されているクロスボーダー送金サービス(cross‑border money transfer service)は、シンガポール国 内での金銭の授受をともなう場合のみとなっています。

 今回の改正 法案では、マネーロンダリングやテロリズムに対する資金供与へのリスク、また風評リスクの観点から、クロスボーダー送金サービスの定義を、次の2つの要件を満たす場合へと拡大します。

・シンガポール国内で金銭の授受を伴わない、つまりシンガポール国外での金銭の授受も含むこと

・異なる国々の事業者間で国境を越えた送金を積極的に促進する事業をシンガポールで営む事業者

 今回の改正法案が施行されると、上記の要件を満たす事業者に対してライセンスの取得が義務付けられます。

 これによりどこの国で金銭の授受が発生しようと、シンガポール国内でクロスボーダー送金サービスを営む事業者は、マネーロンダリングやテロリズムに対する資金供与対策を目的としたシンガポール金融管理局(MAS)による規制を遵守しなければなりません。

仮想通貨サービス事業者へ対策を講じるMASの権限拡大

 現行の決済サービス法は、主にマネーロンダリングやテロリズムに対する資金供与のリスクを想定して仮想通貨サービス事業者を規制しています。

 しかしながら仮想通貨の世界は日々進化し、ス テーブルコインを含む新しい仮想通貨が開発されており、その結果、仮想通貨ユーザーが急速に増加しています。そこで改正法案 では、このような新たに生じるリスクに対して、適時にそれ相応の対策を講じるために以下の権限をシンガポール金融管理局(MAS)に与えています。

・特定の仮想通貨サービス事業者に対して実施する顧客保護の措置    

 仮想通貨サービス事業者が保有する顧客資産を保護するため、必要に応じて課されます。

・シンガポール金融管理局(MAS)が必要または時宜にったという観点から、特定の仮想通貨サービス事業者に対して講じる措置

 この措置の目指すところは、公共または公共の一区分の利益、シンガポールの金融システムの安定、またはシンガポール金融管理局(MAS)の金融政策のためです。

3、まと

 以上、シンガポールにおける決済サービス法の改正法案について解説しました。

 シンガポール金融管理局(MAS)は、この仮想通貨活動のスピードとクロスボーダーの性質から、マネーロンダリングやテロリズムに対する資金供与のリスクが高いと認識しています。このため事業者は適切なカ スタマー・デュー・ディリジェンス(顧客管理)と取引の監視を実行する必要があります。さらに、改正法案で規制が拡大する仮想通貨サービスとクロスボーダー送金サービスに関連する業務を行う事業者は、規制対象となり、ライセンスを取得する必要があるか慎重に検討する必要があるといえるでしょう。

 その他、シンガポールにおける決済サービス法(PS Act)および改正法案について詳しい弁護士をお探しの場合は、法律事務所「One Asia Lawyers シンガポール事務所」までお問い合わせください。

 

2021年01月29日(金)10:57 AM

シンガポールにおける倒産法制~スキーム・オブ・アレンジメント(民事再生手続)~についてニュースレターを発行いたしました。

PDF版は以下からご確認ください。

シンガポールにおける倒産法制について

 

シンガポールにおける倒産法制

~スキーム・オブ・アレンジメント(民事再生手続)~

One Asia Lawyers Group:Focus Law Asia LLC

シンガポール法・日本法・アメリカNY州法弁護士 栗田 哲郎

第1 概説

 シンガポールにおけるスキーム・オブ・アレンジメント(Scheme of Arrangement、以下「スキーム」)とは、企業再生を図る当事者とその債権者との間で、企業再生のために債務の履行を支援するための合意手続きのことを指し、日本の倒産法制における「民事再生手続」に相当する手続きとなっています。スキームにおいては、再生を企図する企業が再生計画案を提出し、債権者集会で頭数の過半数、債権額の75%以上の賛成を得ることができ、さらにシンガポール裁判所の承認を得ることが出来れば、再生計画案に則って、会社の債権・債務関係を再構築し、債権者の権利および債務者の義務を変更させることが可能です。例えば、再生計画案に従って、債権者は、債務者が負うべき債務の全額ではなく、その一部の放棄を求め、一部のみを請求することに同意することができ、他方、債務者は債務の全額を債務不履行にするのではなく、これらの債務の一部を支払うことを明確にすることができます。

 スキームは、シンガポール裁判所の監督と(違反の場合には)制裁の対象となり、債権者が債権者集会で再生計画案に合意し、その後、裁判所がその再生計画案を承認すれば、再生計画案はすべての債権者および債務者を法的に拘束することになります。当然ながら、すべての債権者がスキームを承認していない場合でも、前述の条件を満たせば、すべての債権者を法的に拘束することが可能となり、この点で一部の債権者の強硬な反対を押し切って企業の再建を図ることが可能となります。

 シンガポールにおいて、他の倒産手続きよりもスキームが用いられるのは、会社の取締役が会社の支配権を維持したまま債権の減額等の企業の再建を進めることができる(Debtor In Position、DIP)点にあり、この意味でも日本尾民事再生手続に類似しています。他方、他の倒産手続きであるJudicial Management(日本の管財手続に類似)やWinding Up(日本の破産手続に類似)においては、Judicial Manager(管財人)やLiquidator(清算人)が基本的に企業の経営にあたることになり、会社の現経営陣が支配権を維持したままのDIP型の企業再生が困難となるため、シンガポールにおいてもスキームが用いられることが多くなっています。

 

第2 スキームの手続・プロセス 

 スキームの一般的なプロセスは以下の通りとなります。

(1)裁判所にスキームを申請

申立ては、例えば債権者の分類などの全ての重要な情報を開示が求められる

(2)債権者集会の通知

申立人は債権者集会の通知および提案するスキームの説明書を債権者に送付する

(3)債権者の債務証明書(Proof of Debt)の審査

債権者会議の議長が、債権者から送られてきた債務証明書(Proof of Debt)を審査し、

債権者およびその債権額が認められるべきものかを判断する 

(4)スキームに対する債権者投票

債権者会議にて再生計画案に対する投票を行い、以下の要件を満たす必要がある

・債権者または各債権者クラスの頭数の50%以上が出席かつ賛成投票を投じること

・上記の賛成の債権者の債権額全体の75%以上を占めていること

(5)裁判所の承認

裁判所が提案された再生計画案を承認し、裁判所命令の写しをACRAに提出する

(1)スキームの申請  以下の者は、再生計画案について債権者の承認を得るために、債権者集会の招集を裁判所に申請することができます。 ・会社自身(=取締役会の過半数の決議が必要) ・会社の株主(=株主総会決議が必要(条件は定款による)) ・会社の債権者 ・会社のJudicial Manager(管財人) ・会社のLiquidator(清算人)  スキームを申請する際には、すべての情報を公開し、一部の債権者に不平等な手続がなされないよう、申立人は重要な情報を裁判所に開示しなければならない義務があります。この「重要な情報」には、債権者の異なるクラスのために別々の会議を開催する必要性があるのか、なぜ特定の債権者が特定のクラスに分類されるのかなど、再生計画案の承認に影響するあらゆる情報の開示が必要となります。

(2)債権者集会の通知およびスキームマネージャーの任命

 シンガポール裁判所が債権者集会の開催の承認した場合、申立人は、債権者集会の招集通知、および提案する再生計画案の意義・内容・効果などを説明する通知文を全債権者に送付します。また、スキームを管理・運営したり、交渉を円滑に進めたりするために、会社や裁判所が「スキームマネージャー」を任命することができます。  

 これらの書類を受け取った後、スキームの債権者は、債権者集会の議長宛に債務証明書(Proof of Debt)(およびその補足書類)を提出します。これは日本法でいう債権者による債権届出に該当するものです。債権者集会の議長(実務上は上記のスキームマネージャーが議長となる)は、それらの債務証明書をもとに、債権者の債務を認めるか否かを決定します。債権者集会議長が承認した債権者のリストと、承認された債権の対応する金額は、債権者集会の前に集会会場に掲示されます。なお、当該債権者集会の議長の決定に不服な債権者は裁判所に異議申立てを行うことができます。

(3)債権者集会における債権者による承認

 債権者集会においては、提出された再生計画案について債権者が投票を行います。  

 前述したように、債権者は、利害関係が異なる場合、議決権行使のために異なるクラスに分類をされることがあります。このクラスへの分類は、投票に敗れた場合には、その権利がその権利を毀損する可能性のある特定のクラスの債権者を保護を目的としています。他方、少数債権者が正当な理由なくスキームに拒否権を行使することになる可能性もあるため、債権者のクラスを無用に多く作らないように調整する必要があります。  

 投票後、議長が投票を集計し、結果を発表します。以下の条件を満たした場合、再生計画案は可決されることとなります。

・債権者または各債権者クラスの頭数の50%以上が出席かつ賛成投票を投じること

・上記の賛成の債権者の債権額全体の75%以上を占めていること

(4)裁判所による承認

 債権者集会における承認がなされた後、シンガポール裁判所による承認を得ることが必要となります。裁判所がスキームを承認するためには、以下の条件を満たす必要があります。

・スキームのすべての法定の手続・要件が満たされていること、

・会議に出席した債権者が、債権者のクラスを公平に代理していたこと、

・法定多数派債権者が、会議に出席した少数派債権者に強制を行わなかったこと、および

・スキームが合理的に承認がなされたことが認められること。

 必要に応じて、裁判所は、スキームおよび再生計画案を承認するかどうかを決定する前に、新たな債権者集会を招集し、再投票を命じる権限を有しています。例えば、承認プロセスやスキームの条件に異議があるが、スキーム全体のプロセスを再開して追加コストをかけたくない場合などには、裁判所はその裁量で再投票を求めることができます。

 また、裁判所は、以下の要件を満たす場合は、反対するクラスの債権者からの異議にもかかわらず、スキームを承認する権限を有しています。  

・会議に出席し、スキームに拘束されることになる債権者の頭数の過半数が、それに賛成票を投じた場合で、これらの債権者が債権額の全体の75%を占めていた場合、かつ

・裁判所が、スキームが2以上のクラスの債権者間で不当に差別されておらず、反対する各クラスに対して公正かつ衡平であることを認めた場合。

 裁判所が提案されたスキームを承認した後、裁判所の命令のコピーを会計・企業規制局(ACRA)に提出しなければなりません。その後、スキームはすべての債権者を法的に拘束することになります。

 裁判所の承認を受けたスキームおよび再生計画案は、スキームのすべての当事者を拘束するものであり、その後変更することはできません。これは、会社の株主や債権者がスキームを変更することに同意した場合でも同様であり、スキームおよび再生計画案は、全く新しいスキームを再度提案し、再度承認プロセスを経ることによってのみ、無効となります。

 スキームには、スキームの終了方法に関する条件が含まれることが一般であり、例えば、スキームが完全に実施されたとき、一定の期間の経過、またはスキームマネージャーの裁量のもとでスキームの終了を規定することが可能です。

第3 モラトリアム

 スキームが申立てられた後、裁判所は、債権者らによる申立人に対する法的措置や手続を制限するためのモラトリアムを命令することができます。申立人はInsolvency, Restructuring and Dissolution Act 2018(以下「IRDA」)の第64条に基づき、以下のような特定の法的措置の開始を制限するために裁判所に申請することができます。これは、日本の民事再生法における保全管理命令に該当する手続きとなります。

・債務者の解散決議の可決を行うこと

・裁判所の許可を得ずに債務者を訴えること

・債務者が保有している商品を裁判所の許可を得ずに再占有すること

 申立人が裁判所に対し、上記のモラトリアムを申請した後、暫定的なモラトリアムが自動的に開始されます。この一時停止は、裁判所が申請を審理するまで、または申請日から30日後のいずれか早い日まで有効となります。

 なお、申立人の子会社や持株会社も、IRDA第65条に基づいて、同様のモラトリアムを申請することができます。例えば、これらの関連会社は、自社の解散決議の可決など、特定の法的行為の差し止めを申請することができます。

 他方、債権者の利益を保護するために、裁判所はIRDA第66条に基づき、会社がモラトリアム期間中に特定の行動をとることを阻止する以下のような命令を出すこともできます。これは日本の民事再生における弁済禁止の処分決定に該当する手続きとなります。

・通常の業務を遂行する以外の方法で会社の財産を処分することを制限すること

・会社の株式を譲渡したり、組合員の権利を変更したりすることを制限すること

第4 プレパッケージ型スキーム

 IRDAの下では、より迅速かつ低コストでスキームを実施する手法もあり、「プレパッケージ型」スキームとして知られている。裁判所は、債権者集会を招集して投票を行わなくても、一定の要件を満たすスキームを承認することができます。

 債権者集会を開催しなくても良い一方、このようなプレパッケージ型スキームには、以下の要件が満たされる必要があり、裁判所の極めて強い裁量権に服することになります。

・各債権者が、申立人と提案された再生計画案に関する情報を含む十分な通知がなされていること。この通知は、ACRAに提出され、公報および少なくとも1つの英字新聞に掲載されていること、および

・裁判所が、提案されたスキームが債権者の投票によって承認されていれば、そのスキームが承認されていたであろうことを認めた場合。

第4 最後に

 以上の通り、シンガポールにおけるスキーム・オブ・アレンジメントは、DIP型の企業再生手法であることから、日本の民事再生手続きに類似します。そして、再生計画案が否定された場合には、その後の清算手続き(Winding Up)に移行することができることなど、多くの類似点を有しています。

 他方、日本の民事再生に比べて裁判所などの裁量が大きいこと、債権者の頭数の50%以上の賛成が必要であること、監督委員は任命されないものの申立人がスキームマネージャーを自ら任命することができることなどを含め、実務上、数多くの異なる点が存するため、日本企業が利用する場合はその相違点に注意が必要です。

以上

2020年11月13日(金)5:36 PM

シンガポールにおけるCOVID-19暫定措置法第3次修正法案についてニュースレターを発行いたしました。PDF版は以下からご確認ください。

→COVID-19暫定措置法第3次修正法案

 

2020 年11月13日

One Asia Lawyers シンガポール事務所

 

シンガポールにおけるCOVID-19暫定措置法第3次修正法案

 

1、イントロダクション
COVID-19によって、企業に大きな影響があり、経済、社会的活動が停滞しています。シンガポールでは、COVID-19暫定措置法(COVID-19 (Temporary Measures) Act 2020) を制定し、契約を履行できない当事者の救済が図られています。COVID-19暫定措置法は2020年4月7日に発効し、発効後1年間は効力を有するとされています。これまでに第1次修正(6月5日)および第2次修正(9月18日)が行われており、債務者に対する訴訟提起その他の法的措置の一時停止期間の延長、非居住用不動産の賃貸借契約における賃料免除に関する争いについての第三者査定人による解決支援など、救済措置が追加的に図られてきました。

2、法案の概要
現在、COVID-19暫定措置法第3次修正法案(COVID-19 (Temporary Measures) 3rd Amendment (“Re-Align Framework”)) が発表されており、特定の種類に属する契約について、さらなる追加的救済が予定されています。第3次修正法案による追加的救済は、2020年3月25日以前に締結され、2020年11月2日時点で効力を有しており、シンガポール法に準拠し、契約当事者の少なくとも一方がシンガポールに事業所を有する場合に適用するとされており、概要は以下の通りです 。

① 建設契約について、いまだ建設完了の認証を受けていない場合、122日納期が延長される。また、受益者たる契約相手方が個人(個人事業主は除く)ではない建設契約について、COVID-19のために元々の納期までに建設完了できない場合、費用の50%か契約金の0.2%の少ないほうの金額を契約相手方に対して請求できる。
② 住居用または商業用不動産の売買契約について、引渡し日が122日延長され、延長期間中に購入者が負担した所定費用は開発者が負う。購入者が請求する費用に関して当事者間に争いがある場合には査定官による審査の申請を行うことができ、査定官による決定は当事者を拘束する。
③ 特定の契約に対するさらなる救済
非居住用不動産の賃貸借またはライセンス契約 、商用機器の購入またリース契約、商品またはサービスの供給に関する契約を対象として、以下の救済が与えられる。
i. 当事者は他方当事者に対して、調整救済査定人への申立も含め契約内容の交渉を求めることができる。この交渉が失敗すると当該契約は終了する。
ii. 契約が終了した場合、契約終了以前に既に発生していた債権は存続するが、終了以降に生じる債権は消滅する。貸主は、借主が事前に支払っていた契約終了日以降の期間に係るリース料や保証金などは返還しなければならない。
iii. 債権額に争いがある場合、調整救済査定人によって最終決定を受けることができる。この際、調整救済査定人は当事者が申し立てた事情以外の事情も考慮に入れて決定する。この決定には司法上の効力が生じ、従わない場合にはSGD 1,000以下の罰金が科されうる。

3、まとめ
COVID暫定措置法第3次修正法案は11月3日に議会を通過していますが 、今後の社会情勢および経済情勢によっては、依然として内容が修正される可能性もあり、引続き注視していく必要があります。しかしながら、法務省は、第3次修正法案の成立を待つことなく、当事者間で債権債務額その他の契約条件の調整または変更について交渉することを推奨しており 、現在までに公表されている第3次修正法案の概要を踏まえて、契約の早期終了も含めて交渉を進めることができると考えられます。
他方、シンガポール企業と取引を行う外国企業については、相手方のシンガポール企業から交渉を求められることが想定され、後に査定人が介在して契約条件の調整または変更に関する決定がなされた場合には同決定に拘束されますので、相互の経済状態を考慮して柔軟に交渉することが重要になってきます。

以上

本記事に関するご照会は以下までお願い致します。
info@oneasia.legal

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