• Instgram
  • LinkeIn
  • Lexologoy
トップページ
2021年09月21日(火)10:09 AM

フィリピンにおける国家汚職防止調整委員会の設置および第一級裁判所の管轄権拡大についてニュースレターを発行いたしました。
PDF版は以下からご確認ください。

国家汚職防止調整員会の設置および第一級裁判所の管轄権拡大

 

フィリピン
国家汚職防止調整員会の設置および第一級裁判所の管轄権拡大

2021年9月
シンガポール法・日本法・アメリカNY州法弁護士  栗田 哲郎
フィリピン法弁護士  Cainday, Jennebeth Kae

1.国家汚職防止調整委員会(National Anti-Corruption Coordinating Council 「NACC」)の設置について[1]

 2021年9月3日、大統領府汚職防止委員会(Presidential Anti-Corruption Commission「PACC」)は、フィリピン人のために清潔で効率的な政府を提供するというドゥテルテ大統領の努力と主張を強固にするための新プロジェクト、「プロジェクト・カサンガ:国家汚職防止調整委員会(「NACC」)」を立ち上げました。

 NACCは、PACCと49の省庁間調整会議で構成され、政府のあらゆるレベルに存在することになり、すべての官庁を含む国内最小の政治単位である「バランガイ」にまで及ぶこととなります。そして、NACCは、異常な取引の報告、検証、調査に関与することになります。

 なお、現在のところ、正式な導入の予定時期は未定です。

2.A. 115761第一級裁判所(首都・地方・地方巡回事実審裁判所)の管轄権拡大[2]

 2021年7月30日、ドゥテルテ大統領は、1980年司法組織再編法(Batas Pambansa 129)の第19条を改正するR.A.115761を承認しました。

 この改正により、不動産の所有権や占有に関わるすべての民事訴訟において、地方裁判所(「Regional Trial Court」、以下「RTC」)の管轄する事件の管轄額が2万ペソ(マニラ首都圏は5万ペソ)から40万ペソに引き上げられております。

 また、RTCの管轄額は、10万ペソから20万ペソに変更され、「遺産の総価値が200万ペソを超える場合の、試験的および遺言的な検認に関するすべての事項」を管轄することになりました。

 さらに、RTCの海事訴訟の管轄額は10万ペソ(マニラ首都圏では20万ペソ)から200万ペソを超える請求を伴う訴訟に引き上げられました。

 この改正により、第一級裁判所(首都・地方・地方巡回事実審裁判所)の管轄権が大幅に拡大することとなり実務に与える影響は大きいといえます。

 

[1] https://pacc.gov.ph/the-presidential-anti-corruption-commission-pacc-together-with-various-agencies-from-the-executive-department-hold-a-whole-of-government-simultaneous-signing-of-a-memorandum-of-agreement-moa-dur/

[2]https://www.officialgazette.gov.ph/downloads/2021/07jul/20210730-RA-11576-RRD.pdf; An Act Further Expanding the Jurisdiction of the Metropolitan Trial Courts, Municipal Trial Courts, and Municipal Circuit Trial Courts, Amending for the Purpose Batas Pambansa Blg. 129, otherwise known as the “The Judiciary Reorganization Act of 1980“ As Amended

2021年09月17日(金)11:31 AM

シンガポールにおける日系企業に求められる雇用体制についてニュースレターを発行いたしました。 PDF版は以下からご確認ください。

シンガポールにおいて日系企業に求められる雇用体制

 

シンガポールにおいて日系企業に求められる雇用体制 <style=”text-align: center;”>TAFEPによる雇用主区分と公正雇用実施の要請~

2021年9月 <style=”text-align: right;”>One Asia Lawyers Group代表 <style=”text-align: right;”>シンガポール法・日本法・アメリカNY州法弁護士 栗田 哲郎 <style=”text-align: right;”>高嶋 優

1 公正・革新的な雇用推進のためのガイドライン

 シンガポール政府はこれまで、国外からのグローバル人材の誘致・確保と国内の人材基盤の育成・強化の双方を追求してきた。技術的革新のハブとしてのポジションを狙う同国にとって、グローバルな競争力を有する外国人の誘致は、経済成長のため切っても切り離せない課題である。しかしながら近時、新型コロナウィルスの流行による煽りも受け、国内人材の登用保護の機運が高まっており、国内雇用の安定と外国人雇用誘致の調整が進められている。

 外国人労働者登用の引き締めの例として、雇用パス(Employment Pass (EP))の新規申請の最低月額給与基準が、2020年5月1日にS$3,900に、同年9月1日からはS$4,500に引き上げられたのが記憶に新しい[1]。今後もS Passを含めて段階的に給与水準が引き上げられることが予想される。

 また、シンガポールでの外国人雇用にあたり特筆すべき点として、内国雇用の保護と公正雇用を実現するための各種ガイドラインの存在も軽視できない。日本と異なり、雇用主においては最低限の法令規制を守るだけでは足りず、EPやS Passの取得・更新のために各種のガイドラインに沿った運用整備が事実上必須となるため、日系企業にとっては、特に注意が必要だ。下記で紹介するガイドラインにおいては、指定手順に従った広告掲載や採用プロセスでの能力主義(各種差別の排除)の徹底その他雇用・就労環境の整備と運用が求められている。

 本稿では、2021年9月現在、シンガポールにおいて雇用主に遵守が期待されている雇用関連規定・ガイドラインに加え、殊に日系企業が押さえておくべき雇用者区分とその内容について紹介する。

2 TAFEPによる4つの雇用主区分

 人材開発省(Ministry of Manpower (MOM))を含む政労使の三者によって設立された、公正かつ革新的な雇用慣行を目的とした政労使連合(Tripartite Alliance for Fair and Progressive Employment Practices (TAFEP))[2]は、公正、革新的で信用のおける雇用慣行の導入を推進するため、各種基準やガイドラインを発行・公表している。

 TAFEPは、雇用主を成熟度・遵守基準に応じて次の4つに区分する。

(1)初期段階の雇用主

 初期段階にある雇用主とは、設立から間もない会社等が想定され、法令上の最低ラインとなる雇用法(Employment Act (EA))で求められる要件のみを具備している雇用主を指す。

(2)公正な雇用主

 公正な雇用主は、最低限の法令の遵守に加えて、TAFEPが公表しているガイドラインである公正な雇用慣行ガイドライン(Tripartite Guidelines on Fair Employment Practices (TGFEP))[3]に準拠している者を指す。シンガポールにおいて、すべての雇用主に遵守が期待されている基準がTGFEPである[4]。公正な雇用を支える雇用慣行として、5つの原理(①能力主義、②従業員に対する公正な取り扱い・従業員の尊重、③能力開発のための公平な機会の提供、④公正評価・報酬、⑤労働法制・ガイドラインの遵守)が示されている。

 なお、2020年10月1日よりライセンス要件が改訂された職業紹介機関(Employment Agencies (EA))は、TGFEP上の基準を満たした採用活動を行わなければならないこととなった。

(3)革新的な雇用主

 革新的な雇用主は、上記(1)と(2)から更に一歩進んで、差別や偏見のない、公正で円満な就労と従業員の幸福に資する雇用環境の整備を行う者を指す。後述するように、具体的な指標としてTAFEPの設ける政労使基準(Tripartite Standards (TS))[5]がある。

(4)模範的な雇用主

 模範的な雇用主は、MOM、NTUC及びSNEFによる優良性・適格性の審査を受けたり、人的資本パートナーシップ・プログラム(Human Capital Partnership (HCP) Programme) や同コミュニティへの参加を通じたりして、あらゆる階層のローカル社員をコアとする就労を強化し、外国人労働者を活用したローカル社員への技能移管や更なる雇用実務の改善・進展などを進める者である。模範的な雇用主として認められた企業には、MOMがホット・ラインを設け、質問事項に対し優先的な回答を行うなどの特典が用意されている。

3 日系企業が目指すべき雇用主区分

 以上の4区分のうち、日系企業が目指すべきは、第3区分の革新的雇用主である。

 日系企業にとって、最低でも第2区分の公正な雇用主を満たすことは事実上避けられない。これは、第2区分違反時のネガティブ・インパクトが大きいためである。第2区分の指針であるTGFEP違反について、MOMは、雇用者評価の基本的な枠組みである公正評価フレームワーク(Fair Consideration Framework (FCF) [6])に違反するものとして、違反企業をFCF監査対象(FCFウォッチリスト)に含めて、EPやS Passの申請・取得について慎重な審査を行うことがあるとしている。また、TGFEPで定める人事労務環境の改善に非協力的な雇用主に対しても、EP及びS Passの権利縮小・剥奪を行いうる旨を公表しているため、将来のみではなく取得済みの各種パスについても影響が及ぶ可能性がある点で注意が必要だ。[7]

 では、第3区分の革新的な雇用主として認められるために具体的に何が必要かであるが、政労使基準詳細(Tripartite Standards Specifications)[8]において、指針として次の9つの原理とその内容が示されている。各企業においては、自社が関係する項目についての体制整備と実施運用が期待される。

原理

内容

1. 年齢に関係なく(老齢者も)働ける職場 年齢による選考・優遇不実施、環境整備のためのシニアマネジメント指名、老齢者向け研修 等
2. フレキシブルな就労条件(仕事量、時間、場所) 担当をシニアマネジメントから指名、フレキシブルな就労条件の周知・整備・運用、従業員からの希望受付 等
3. 苦情/不服申立て整備 苦情の受付、適切な調査/報告体制の整備、記録・公表、不服申立期間/再審査の告知、担当者の教育 等
4. メディア系フリーランサーの保護 メディア事業に携わるフリーランスの利益保護(書面契約によること、支払時期、紛争解決、保険加入) 等
5. 適切な採用プロセス 求人広告や応募書類の記載内容、適切な候補者選考プロセス(採用基準/テスト/面接)の採用と記録保管 等
6. 自営業者/個人事業主との契約の明確化 提供労務・サービスの明確化と重要事項の明示(当事者、履行内容、支払条件、解除条件、紛争解決方法) 等
7. 有期雇用労働者の適切な取り扱い 雇用法(EA)等に従った各種休暇(年次、傷病、産休休暇を含む。)の付与、契約不更新時の事前通知期間の遵守 等
8. 急な育児・介護等のための無給休暇付与 無給休暇の条件・手続方法の周知、代替案の提示・検討、2歳未満の子を持つ者や近親者入院時の無給休暇付与 等
9. ワーク・ライフ・バランス最適化 上記2(フレキシブルな就労条件)の導入と従業員支援制度(Employee support schemes)の導入、就業規則への反映 等

 

4 おわりに

 以上で見たように、シンガポールにおいては法令上の要請に加え、各種ガイドラインに従った雇用主の対応が求められる。不遵守によるデメリットはEPやS Passの取得といった外国人労働者確保の場面で現れる可能性があり、日系企業のガイドライン理解は欠かせない。各企業においては、雇用関連規定の改定の動向を踏まえ、従業員のニーズにも合わせながら柔軟で継続的な雇用体制を構築していくことが肝要となる。事業の内容に応じて、ガイドラインが実際に適用されるそれぞれの場面を的確に把握しながら、社内での各種規程や対策を慎重に整えていく必要があるといえよう。

                                   以上

 

[1] Ministry of Manpower “Tightening of Work Pass Requirements”:

https://www.mom.gov.sg/newsroom/press-releases/2020/0827-tightening-of-work-pass-requirements

[2]TAFEPは、2006年にMOM、シンガポール全国労働組合会議(National Trades Union Congress  (NTUC))及びシンガポール全国雇用者連盟(Singapore National Employers Federation (SNEF))の3者により組織された。

Tripartite Alliance for Fair and Progressive Employment Practicesウェブサイト:

https://www.tal.sg/tafep

[3] TAFEPの下記ウェブサイトにてTGFEPのダウンロードが可能。[2021年9月15日現在]

https://www.tal.sg/tafep/-/media/TAL/Tafep/Getting-Started/Files/Tripartite-Guidelines.pdf

[4] 同ガイドラインでは、雇用主に対して、能力主義(候補者のスキル、経験、業務遂行能力から見た)選考を行い、差別のない公正な採用・雇用活動を行うよう求めており、採用広告での具体的な表記の適否等、各原理が反映される場面も示されているため、少なくとも具体的例示のある箇所については遵守が必須となろう。

[5] Tripartite Standards:

https://www.tal.sg/tafep/getting-started/progressive/tripartite-standards#term-contract

[6] MOM “Fair Consideration Framework (FCF)”

https://www.mom.gov.sg/employment-practices/fair-consideration-framework

[7] 行政罰処分の効果も大きく、2020年1月にはFCF違反に対するペナルティが厳格化され、就労パスの処分(禁止)期間が6ヶ月から12ヶ月に、重大な違反については最長24ヶ月に伸長された。処分を受ける企業にとっては、処分期間中の欠員分の新規申請ができないことに加え、新たに更新についても認められないこととなったため、FCF違反に問われた際のダメージは少なくない。加えて、公正な雇用手続きを行ったとして申告を行ったが、MOMから公正な雇用プロセスを経たものと判断されなかった場合、虚偽の申告を行った雇用者又は主要人物に対しても、Employment of Foreign Manpower Act(外国人労働者雇用法)違反が問われ、最長2年間の禁固若しくはS$20,000の罰金又はその両方が課される罰則が追加された。

https://www.mom.gov.sg/employment-practices/fair-consideration-framework#penalties-for-non-adherence-to-the-tripartite-guidelines-on-fair-employment-practices

[8] TAFEPのウェブサイトにてダウンロードが可能。[2021年9月15日現在]

https://www.tal.sg/tafep/-/media/TAL/Tafep/Getting-Started/Files/Tripartite_Standards.pdf

2021年07月26日(月)8:30 PM

2021年最新フィリピンにおける紛争解決・仲裁制度についてニュースレターを発行いたしました。 PDF版は以下からご確認ください。

2021年最新フィリピンにおける紛争解決・仲裁制度

 

2021年最新フィリピンにおける紛争解決・仲裁制度

2021年7月 <style=”text-align: right;”>シンガポール法・日本法・アメリカNY州法弁護士  栗田 哲郎 <style=”text-align: right;”>フィリピン法弁護士  Cainday, Jennebeth Kae

第1はじめに

 フィリピンにとって日本は常に最も重要な経済戦略パートナーのひとつとみなされており、日本は現在もフィリピンの最大の貿易相手国のひとつであり、投資家でもある。フィリピンにとって日本は2番目に大きな貿易相手国であり、2番目に大きな輸出市場であり、輸入供給国でもある。しかし、2021年第1四半期の日本企業によるフィリピンへの海外直接投資の伸び率は-58.42%となっている。これは、コロナウイルスのパンデミックの影響によるものと考えられている。このような状況ではあるが、日本とフィリピンのビジネス関係は、コロナ後も回復に向かうことが期待されている。

 本稿は、今後、フィリピン進出・投資、ビジネスの拡大を検討している日本企業が留意すべきフィリピンにおける紛争解決法制、仲裁法制の概要等、実務に即して解説するものである。

 フィリピンの裁判所は、後述のように英語による手続きが可能であるものの、必ずしも外国投資家にとって透明性の高い手続きとは言えない。このため、フィリピン裁判所による解決を避け、仲裁を選択する外国投資家も多い。この点、日本の裁判所(外国裁判所)における紛争解決も考えられるが、外国裁判所の判決の承認・執行については、外国仲裁判断の承認および執行に関する条約(以下「ニューヨーク条約」、United Nations Convention on the Recognition and Enforcement of Foreign Arbitral Awards, 1958)に相当するような包括的な国際的枠組が存在しない。

 2006年に日本企業がロンドンの裁判所から得た外国判決の承認と執行をフィリピンにおいて求めたが、本件はまだ解決に至っていない[1]。また、これに関連して、フィリピン最高裁判所は、本件外国判決はまだフィリピンの裁判所を拘束するものではないと指摘している。民事訴訟規則の第48条、第39規則において、外国判決が下されるだけではまだ決定的ではなく、管轄権の欠如、当事者への通知の欠如、共謀、詐欺、法律または事実の明らかな過誤を理由に取り消される可能性が存する。また、フィリピンの法律および国際法では、外国の判決が公序良俗に反する場合には、その判決が承認されない可能性も存する[2]

 また、外国判決が対人的な判決であった場合、外国判決は単に権利の存在を推定させるだけの証拠としてしか効力を有さない(1997年民事訴訟法(1997 Rules of Civil Procedure、規則39号48条)[3]とした判例[4]も存在するなど、注意が必要である[5]

 これに対し、フィリピンは1967年にニューヨーク条約の加盟国となったため、仲裁判断は承認・執行の点で有利であると言えよう。現在のフィリピンの仲裁法制は、国際的なスタンダードに則っていると一般的には判断されているものの、フィリピン国内の最も著名の仲裁機関であるフィリピン紛争解決センター(Philippines Dispute Resolution Centre Inc、以下「PDRCI」)が、必ずしも国際的にも信頼のある仲裁機関とは認識されていない状況にある。このため、多くの外国投資家は、国際商業会議所(ICC、International Chambers of Commerce)、シンガポール国際仲裁センター(SIAC、Singapore International Arbitration Centre)などの外国仲裁機関に合意することが多い。

 これに伴い、フィリピン政府は仲裁に適した体制づくりに取り組んでいる。2019年、フィリピンは「調停の結果生じる国際和解協定に関する条約」(以下、「シンガポール条約」)の加盟国となったが、この条約は、調停の結果生じる国際和解協定に関する統一的かつ効率的な枠組みである。この条約は、商業紛争を解決するために当事者が締結する調停の結果としての国際和解協定に適用される。シンガポール条約は、紛争当事者が国境を越えて和解契約を容易に執行・行使できるようにすることで、国際的な貿易・通商を促進するものである。しかし、フィリピン政府はまだ同条約を批准していない。 

 同年、フィリピン国際紛争解決センター(Philippine International Center for Conflict Resolution「PICCR」)が、商業仲裁やその他のADRサービスを提供する非株式・非営利の仲裁機関として、フィリピン統合法曹協会(IBP)によって発足した。さらに、2019年2月に施行された改正会社法 (Revised Corporation Code)[6]では、会社の定款や付則に仲裁条項を設けることができると明示されることとなり、企業内紛争は、フィリピン法の下で明示的に仲裁可能となった。

なお、後述の通り、建設仲裁については、建設産業仲裁委員(Construction Industry Arbitration Commission、以下「CIAC」)に専属的管轄が認められてしまっていることなど、フィリピンにおいては、仲裁に関する特別な法律が存在することに注意が必要である。

第2 フィリピンにおける基本制度・裁判制度の概要

2.1 フィリピンの基本法制

 アメリカの植民地であったこと等に伴い、フィリピンはいわゆるコモン・ロー(Common Law)型の法制度を導入している。もっとも、アメリカの統治下にあったため、英国統治下にあったシンガポール、マレーシア、香港、インドなどの他のアジアの法域とは異なり、アメリカ法の影響が強いコモン・ローの法域であると言える。

また、フィリピンは、1920年代にスペインの統治下におかれていたため、例えば、フィリピン民法(Civil Code of the Philippines)などを有しているなど、シビル・ロー(成文法)の法域の特徴も併せ持っていると言える。

2.2 フィリピンにおける裁判制度

  上記の通り、フィリピンの法体系は、コモン・ローであるため、裁判手続きにおいては、ディスカバリー(Discovery)・弁護士秘匿特権(Privilege)に関する法制度を備えている。

 フィリピンの裁判所は、通常裁判所および特別裁判所によって、構成されている。このうち、通常裁判所は、①首都・地方・地方巡回事実審裁判所、②管区事実審裁判所、③控訴裁判所、④最高裁判所に分類される。特別裁判所には、汚職に関する裁判を専属的に行うサンディガン・バヤン裁判所、シャリア巡回裁判所などが存する。

 フィリピンの訴訟手続きは英語によって追行され、フィリピノ語で証言などがなされた場合においては、裁判所から選任された翻訳業者が英語に翻訳することとされている。したがって、日本企業としても、英語で訴訟の追行が可能である。

 もっとも、フィリピンにおいては訴訟遅延による司法機能不全が問題視されている。この訴訟遅延の原因としては、例えば、裁判手続の煩雑さ、フィリピン国民の権利意識の高まりに伴う裁判所の処理能力を超す提訴数の増加などが挙げられている[7]。但し、第一級裁判所(大都市裁判裁判所(MTC))の管轄権を拡大することで、裁判所の事件の詰まりを解消しようとする法案が進行中である。これにより、RTCの負担が軽減されることが期待されている。また、RTCは外国の判決を承認するための第一審機関であるため、外国の仲裁判断の承認がより迅速に行われるようになることが期待されている[8]

 また、最高裁判所の人事権は、実務上、フィリピンの政治に影響されることが多いなど、外国投資家にとって必ずしもフィリピンの裁判所は透明性が高いとは評価されていない。

第3 フィリピンにおける仲裁制度の概要

 上記のようにフィリピン裁判所の迅速性、透明性の問題点などから、仲裁を選択する外国投資家も多い。以下、フィリピンの仲裁制度について概説する。

3.1 仲裁に関する法律の概要

 仲裁制度については、フィリピン民法2028条から2046条に規定されているなど、仲裁はフィリピンにおける一般的な紛争解決の手法として伝統的に認識されてきた。もっとも、1920年代に至るまでは、フィリピン裁判所によって当事者の仲裁合意が無効とされる判例が相次ぐなど、必ずしもフィリピン裁判所は仲裁制度に親和的な姿勢をとってこなかったと評価されていた。

 1950年代に入り、フィリピンは仲裁に関する法整備を進め、1953年にはフィリピン国会において、Republic Act No. 876(以下「仲裁法」)が制定された。また、1958年6月10日、フィリピンはニューヨーク条約に署名し、1967年7月6日、これを批准するなど、仲裁に関する基本的な法整備を推進した。

 もっとも、上記の仲裁法においては、例えば、仲裁手続きの詳細については定められていない曖昧な内容を多く含む法律であり、外国仲裁判断の執行方法が記載されていないなどの不備があり、1985年6月21日に採択されているUnited Nations Commission on International Trade  Model Law on International Arbitration(以下「UNCITRALモデル法」)にも準拠していない仲裁法であると評価されてきた。

 仲裁法の制定から約50年後の2004年、フィリピン国会は、UNCITRALモデル法に準拠した仲裁法制として、Republic Act No. 9285(いわゆるAlternative Dispute Resolution Act of 2004、以下「ADR法」)を制定した。ADR法は、上記仲裁法において欠如していた内容を補足するとともに、その内容の一部を修正したフィリピン仲裁法制の中心をなす法律であると言える。

 しかし、ADR法は UNCITRAL モデル法を採用することを明確に規定しているものの、1985 年の原版を参照している。UNCITRALモデル法は2006年に改正されているため、ADRを改正して当該2006年のUNCITRALモデル法の改正を取り入れる必要がある。2017年には、司法省傘下の機関である代替紛争解決局(Office for Alternative Dispute Resolution 「OADR」[9])が、ADRの改正を提案することになった。現在までのところ、いくつかの提案がなされているが、まだ法制化されていない。

 さらに、2010年には、仲裁手続きが進行している際に裁判所に援助が求められた際の制度について規定したSpecial Rules of Court on Alternative Dispute Resolution(以下「ADR特別裁判所規則」)も制定された。

 以上のように、フィリピンにおける仲裁は、①フィリピン民法、②仲裁法、③ADR法、および④ADR特別裁判所規則などが多層的に補完しながら規定されている。中でも仲裁制度の基本について定めているのが、ADR法であると評価されている。

 3.2 国内仲裁・国際仲裁の区別

 ADR法においては、国内仲裁(Domestic Arbitration)と国際仲裁(International Arbitration)の区別がなされている。フィリピンにおける国内仲裁とは、モデル法1条3項において国際仲裁と規定されていないものを指すとされている(ADR法32条)。そして、モデル法1条3項においては、以下の場合、仲裁は国際的仲裁とされている。

(a)仲裁合意締結時に、仲裁合意の当事者が、異なる国に事業地[10]を有していた場合、

(b)以下のいずれかの場所が、当事者の事業地が存する国の外に存在した場合、または、

 (i)仲裁合意において決定、準拠することとされている仲裁地、

 (ii)商業的関係から生じる義務の大部分が履行される場所、または の主題に最も近接的に関連する場所

(c)当事者が、仲裁合意に関する事由が1か国以上に関するものであると、明示的に合意した場合。

 そして、ADR法によれば、国際商事仲裁に該当する場合は、UNCITRALモデル法に従うと規定されている(ADR法19条)。そして、国際仲裁の承認・執行については、ADR法40条が、国際商事仲裁の承認・執行については、UNCITRALモデル法35条に準拠すると定められている。

 以下、本稿においては、日本企業が主に関連すると考えられる国際仲裁を中心に記載する。

 3.3 フィリピンにおける仲裁機関

 また、フィリピンにおいては、アド・ホック仲裁(Ad Hoc Arbitration)および機関仲裁(Institutional Arbitration)のいずれも認められている。

 アド・ホック仲裁については、フィリピンの法律、道徳、慣習、公序良俗等に違反することがない限り、当事者はその合意にしたがって仲裁を追行することが可能とされている[11]

 機関仲裁は、種々の機関のそれぞれの独自のルールに従って追行することが可能である。中でも、初期の頃は、フィリピンにおいて最も著名な仲裁機関が、PDRCIである。もっとも、フィリピンにおいては、特に国際的な仲裁事件については、ICC、SIACなど外国仲裁センターに合意されることが多い[12]。その理由としては、PDRCIが未だ国際的な案件に対応できるとの信頼がフィリピン弁護士の間でも十分得られていないこと、PDRCI規則が最新の仲裁規則に対応していない(複数当事者に関する規則がない、緊急仲裁・簡易仲裁に関する規則がない)ことなどが理由であるとのことである。それにもかかわらず、PDRCIは2016年に仲裁規則ブックレット[13]を発行し、複数の当事者について規定しているし、本稿で後述するように、簡易および迅速な仲裁に関する規則は含めている。

 2019年には仲裁機関としてPICCRも発足し、PDRCと競合すると考えられている。フィリピンの資格を持つ弁護士の義務的な法律協会であるIBPは、フィリピン全土に支部を持っている。IBPの広大なネットワークを持つPICCRは、フィリピン全土でADRをより効果的に推進できる可能性を秘めている。

 3.4 管轄、準拠法に関する特別の条項

 以上のように、国際的仲裁機関を選択することが一般的であるものの、フィリピンにおいて注意が必要なことは、特別な事件に関しては、仲裁機関が法律によって選定されていることがあることである。

 その最も顕著な例が建設に関する仲裁である。1985年、Executive Order No. 1008によって建設産業仲裁委員会(Construction Industry Arbitration Commission(CIAC))が設立され、CIACが建設に関する仲裁についての管轄を有することが定められた(ADR法34条、35条)。すなわち、Executive Order No. 1008においては、当事者の別途の合意がない限り、CIACには建設に関するあらゆる仲裁についての専属的な管轄を有することと規定されていた。この点に関し、フィリピン裁判所は、「仮に当事者が別途の仲裁機関を合意したとしても、当事者は法律によってCIACに仲裁を申し立てることが可能である。」と判示した[14]。したがって、当該フィリピン裁判所の立場によれば、例えば当事者が合意によってSIACの仲裁を申し立てることに合意したとしても、当該紛争が建設に関する紛争である場合においては、CIACに当事者が仲裁を申し立てる権利を有してしまうこととなり、SIACだけではなくCIACに仲裁を申し立てが可能であることとなり、2重係属の問題が発生してしまう。したがって、フィリピンの仲裁の実務においては、建設に関する紛争については、できるだけ当事者はCIACの仲裁を選択することが推奨されている[15]

 このほか、小切手に関する事件については、Bankers’ Association of Philippinesによる仲裁によって追行されることが規定されている。

 このように、フィリピンにおいては契約の内容によっては、特別な仲裁機関や準拠法に合意しなければならないこととされているため注意が必要である。

3.5 仲裁地

 当事者は、自由に仲裁地に合意することができるが、国際仲裁において仲裁地についての合意が存しなかった場合は、メトロ・マニラ(Metro Manila)が仲裁地となる(ADR法30条)。もっとも、仲裁廷は、仲裁地を、ヒアリングの場所などは、それとは別途に決定することが可能である。

3.6 仲裁の言語

 当事者は、自由に仲裁の言語に合意することが可能である。もっとも、その合意が存しなかった場合は、仲裁廷が別途に決定しない限り、国際仲裁については英語、国内仲裁については英語またはフィリピノ語が仲裁の言語とされる(ADR法31条)。

3.7 準拠法

 仲裁において一般的に準拠法、仲裁地、仲裁規則の選択は当事者に委ねられており、準拠法についても同様である。

 しかし、以下の通り、フィリピンの著作権法上、特別な規定があるため、注意が必要である。すなわち、Republic Act No. 8293[16](いわゆる「IP Code」)88条においては、Technology Transfer Agreementに関しては、①フィリピン法が仲裁法を解釈するための準拠法とされなければならないこと、②仲裁地はフィリピンもしくは中立の第三国とされなければならないこと、および③仲裁は、フィリピン法、UNCITRALモデル法、またはICCの規則に則って行われなければならないとされている。

 この点、Technology Transfer Agreementは、以下の通り定義されており、幅広いため、仲裁条項を起案するにあたっては、上記に抵触しないよう注意をする必要がある。

The term “technology transfer arrangements” refers to contracts or agreements involving the transfer of systematic knowledge for the manufacture of a product, the application of a process, or rendering of a service including management contracts; and the transfer, assignment or licensing of all forms of intellectual property rights, including licensing of computer software except computer software developed for mass market.

 現在、House Bill (H.B.)第8062[17]号は下院に係属中である。このH.B.は、当事者の合意がない場合、フィリピン知的財産庁(Intellectual Property Office of the Philippines 「IPOPHL」)が公布した裁判外紛争解決規則を適用することを規定している。IPOPHLは、ADR法を参照する必要がないように、ADRの利用をIPコードで制度化したいと考えていると言われている。このような制度化により、IPOPHLは紛争解決の手段として有効なADRプログラムを追求する権限を得ることができる。

3.8  証拠開示手続き

 証拠開示手続きについては、ADR法上、明確な規定はないが、当事者の合意により実施可能である。

3.9 暫定保全措置

 当事者は、仲裁手続きを申し立てる前に、または同時に、フィリピン裁判所に対して、または仲裁廷に対して、暫定的保全を求めて申請を行うことが可能である(ADR法28条、29条)。

第4 PDRCI、PICCR、CIACにおける仲裁手続き

4.1 沿革

 PDRCIは、1996年に設立された非営利法人であり、フィリピン商工会議所(Philippines Chamber of Commerce and Industry)の仲裁委員会から独立する形で設立された。

 一方で、CIACは、Executive Order No. 1008に則り、1985年に設立された非営利法人であり、建設に関する仲裁についての専属的な管轄を有している。

 前述の通り、PICCRは2019年にIBPによって、国際・国内を問わず、当事者間の紛争の当事者に商業仲裁やその他のADRサービス・施設を提供する非株式・非営利の仲裁機関として創設された。

4.2 PDRCI仲裁規則

 PDRCIは、2015年1月1日から適用される最新の「2015年PDRCI仲裁規則」を発表した。現行のPDRCI仲裁規則は、近年の国際的な仲裁機関の規則とより調和したものとなっている。特に、複数の当事者、簡易・迅速仲裁に関するルールが既に盛り込まれている。

4.1.1 PDRCIのモデル仲裁条項

 PDRCIが公表しているPDRCIのモデル仲裁条項(英語版)は以下のとおりである。

“Any dispute, controversy or claim arising out of or relating to this contract, or the breach, termination or invalidity thereof shall be settled by arbitration by accordance with the PDRCI Arbitration Rules as at present in force at the time of the commencement of the arbitration.”

Parties may wish to consider adding:

”The number of arbitrators shall be … (one or three);

The place of arbitration shall be … (city or country);

The language(s) to be used in the arbitral proceedings shall be…(language)”

 4.1.2 仲裁人

(ア)PDRCIの仲裁人名簿

 PDRCIの認定された仲裁人のリストはウェブサイトで公開されている[18]

 (イ)人数

 PDRCI規則では、仲裁人の数は、単独仲裁人の場合は1名、仲裁廷の場合は3名としている。当事者が仲裁人の数について事前に合意していない場合、PDRCIは、各事案の状況を考慮して、任命する仲裁人の数を決定するものとする。[19]

(ウ)手続き

 2015年、PDRCIは仲裁規則を更新し、国際基準や実際の仲裁のシナリオに沿ったものにした。PDRCI 2015の手続きに含まれる重要な改善点は、複数の当事者、簡易・迅速な仲裁に関する規則である。

 PDRCI規則に基づく仲裁手続きの流れは、大要、以下のとおりである。

(エ)複数当事者に関する規則[20]

 2015年のPDRCI規則では、複数の当事者による仲裁が認められている。仲裁廷の管轄に関する弁論(第30条)、複数の契約(第9条)、複数の当事者間の請求(第8条)、追加当事者のジョインディング(第7条)の規定に従い、いずれかの当事者が他の当事者に対して請求することができる。ただし、原則として、Terms of Referenceの締結後は、新たな請求を行うことはできない。例外として、相殺を目的とした請求または防御の修正(第9条)、規約で定められた事項の修正(第29条)が認められるなど、一定の場合には新たな請求が認められる。

(オ)簡易・迅速仲裁に関する規則[21]

 2005年に制定されたPDRCI規則には簡易仲裁の規定がないことが、当事者の間で不満となっていた。そこで、2015年に規則を改正し、当事者が仲裁廷の構成に先立って、以下の条件で簡易・迅速仲裁を申請できるようにした。

 ・あらゆる請求権の総額である紛争額がP25,000,000を超えないこと

 ・当事者が合意する

 ・例外的な緊急性がある場合

 簡易仲裁の主な特徴は以下の通りである。

 ・本件は、仲裁合意書に規定されていない限り、単独の仲裁人によって審理されるものとし、その場合、当事者は合意に至らない限り、単独の仲裁人に合意するものとする。

 ・PDRCIは、本規則およびその他に定められた期限を短縮することができる。

 ・仲裁廷は、仲裁を迅速に行うために簡易な手続を採用するものとする。

 ・仲裁通知に対する回答を提出した後、当事者は原則として1つの主張及び防御の陳述書を提出する権利を有するものとする。

 ・仲裁廷は、文書及び資料に基づいて紛争を決定するものとする。

 ・裁定は、PDRCIが仲裁廷にファイルを送信した日から6ヶ月以内に行われるものとす

 ・仲裁廷は、当事者が理由を述べないことに合意した場合を除き、裁定の根拠となる理由を要約して述べることができる。

4.3 PICCR

 前述のとおり、PICCRはIBP理事会によって、紛争当事者に商事仲裁やその他のADRサービス、施設を提供することを目的とした非株式、非営利の仲裁機関として設立された。

4.3.1 PICCRのモデル仲裁条項

 PICCRが公表しているPICCRのモデル仲裁条項(英語版)は以下の通りである[22]

“Any dispute, controversy, difference or claim arising out of or in relation to this agreement, including any question as to the interpretation, implementation, existence, validity, breach or termination thereof or as to any non-contractual obligation arising out of or relating thereto, shall be referred to and finally resolved by arbitration administered by the Philippine International Center for Conflict Resolution (“PICCR”) in accordance with the PICCR Arbitration Rules in force at the time of the commencement of the arbitration (“PICCR Arbitration Rules”), which rules are deemed incorporated by reference in this clause.

The arbitration shall be conducted by one or more arbitrators to be appointed in accordance with the PICCR Arbitration Rules.
The seat of the arbitration shall be [the Philippines].
The language of the arbitration shall be [English].
This arbitration agreement shall be governed by the laws of [the Philippines].”

4.3.2 PICCRの仲裁手続き

 PICCRが管理する仲裁の手続きの流れは以下の通りである。

 PICCRの詳細な仲裁手続きは、PICCRのウェブサイトに掲載されている[23]。さらに、「PICCR 2019 Handbook of Arbitration Rules」では、緊急仲裁規則や迅速な手続き規則が定められている[24]

第5 フィリピンにおける仲裁判断の承認・執行

5.1 総論

 国内仲裁判断については、仲裁法23条に沿って、承認・執行が行われる。国内仲裁判断は、Regional Trial Courtの手続きにしたがって承認・執行手続きが行われる。そして、Regional Trial Courtが仲裁判断を承認した場合、それはフィリピン国内の判決と同様の手続きで執行することができる(ADR法40条)。

 外国の仲裁判断については、フィリピンは2019年にシンガポール条約の加盟国となった。そのため、外国の仲裁判断の執行については、同条約に定められた統一的な手続きに従うことになった。ただし、フィリピンは同条約をまだ批准していないため、それまでの間はUNCITRALの規定に従うものとする。

 外国仲裁判断については、UNCITRALモデル法35条に従って、承認・執行が行われる(ADR法40条)。このため、外国仲裁判断については、UNCITRALモデル法と同様の手続きが用いられ、仲裁判断の原本または謄本、仲裁合意の原本または謄本、英語以外の場合はその翻訳が必要である(UNCITRALモデル法35条2項)。外国仲裁判断の承認・執行は、ニューヨーク条約加盟国か否かによって分類されており、ニューヨーク条約加盟国における外国仲裁判断については、最高裁判所の規則にしたがって、Regional Trial Courtでの手続きとなることが確認的に規定されている(ADR法42条)。ニューヨーク条約非加盟国における外国仲裁判断については、礼譲の精神に則り(on grounds of comite)、仲裁判断の承認・執行をすることも可能であるとの記載にとどまっている(ADR法42条)。

 他方、CIACによる仲裁判断は、Regional Trial Courtの承認を得ることなく、執行が可能であるとされている(ADR法40条)。

 ADR法12条が国際仲裁についての、仲裁判断の承認・執行および仲裁判断の取消しについて定めている。なお、以下の承認・執行拒絶事由の立証責任は、拒絶を主張する当事者にある。

イ)   当事者が無能力、または仲裁合意が有効ではなかった場合

ロ)   仲裁人の選任またはその他の仲裁手続に関して送達に瑕疵が

ハ)   あった場合

ニ)   仲裁判断が申し立てられた事項を超えて判断を行った場合

ホ)   仲裁人の構成・仲裁手続が仲裁合意とは異なった場合

ヘ)   仲裁判断が確定していなかった場合、または取消しがなされた場合、

または裁判所が以下の事由を認めた場合

① 紛争の対象事由がフィリピン法に基づく仲裁による和解・解決

に適しないこと、または

② 当該承認・執行がフィリピン法の公序良俗に反する場合

 5.2 承認執行が拒絶された事例

 本件では、Mabuhay Holdings Corporation, v. Sembcorp logistics limited, (G.R. No. 212734, December 05, 2018)、Mabuhay Holdings Corporation(マブハイ・Mabuhay)およびInfrastructure Development & Holdings, Inc. (IDHI)と、シンガポール共和国の企業であるSembcorp Logistics Limited (センブコープ・Sembcorp)が関係している。

 当事者は、島間高速フェリーによる共通の運送手段で乗客を運ぶ事業に従事していた。最終的に両当事者は、計画的な事業拡大を視野に入れ、両者の関係を管理する条件を定めた株主契約を締結した。この契約には、裁定の授与を含む仲裁手続きはシンガポールで行われるという仲裁条項が含まれていた。

 同事業が損失を出したため、マブハイとIDHI社が契約書に記載された保証金を支払わなかったことから、センブコープはICCの国際仲裁裁判所に仲裁申立を行った。ICCから有利な最終報酬を受け取った後、センブコープはマカティ市の地方裁判所(Regional Trial Court 「RTC」)に「外国仲裁判断の承認および執行に関する申立書」を提出したが、RTCはこの申立書を却下し、最終報酬を執行することはできないという判決を下した。

 この訴訟は最高裁に達し、センブコープ社を支持する判決が下された。この判決では、外国仲裁判断の却下は、ニューヨーク条約第5条に列挙された理由に基づくものに限られるとしている。それ以外の理由はRTCによって無視されるべきであり、マブハイはそれを立証できなかった。さらに、最高裁は、最終裁定により、センブコープがIDHIの広告付き株式を取得したかどうかについての事実問題はすでに解決しているという控訴裁判所(Court of Appeals「CA」)の判断を支持した。従って、RTCの否定的な調査結果は最終裁定のメリットに対する攻撃となる。以上のことから、CAは、裁判所は仲裁廷による事実の決定および/または法律の解釈を妨げてはならないとした。CAは最終裁定を認め、適切な執行のためにRTCに本件を再送した。[25]

5.3 承認執行が認められた事例

 ADR法が施行されて以降の外国仲裁判断の承認・執行が認められた事例としては、Tuna Processing, Inc. v. Philippine Kingford, Inc. (G.R. No. 185582, February 29, 2012) がある。本事件においては、原告(アメリカ・カリフォルニア法人)と被告(フィリピン法人)間で、ライセンスに関する契約が締結されたが、原告は、フィリピン国内において事業を行うために必要な許認可を取得していなかった。紛争が発生し、原告は仲裁を申し立て、有利な仲裁判断を得た。その後、仲裁判断を執行するため、原告は、2007年10月10日、フィリピン裁判所に承認・執行の申立てを行った。これに対し、被告は、原告はフィリピン会社法に違反し、フィリピン国内において必要な許認可を得ていなかったものであるとして、却下の申立て(Motion to Dismiss)を行った。

 フィリピンの裁判所は、ADR 特別法の事由は限定列挙であり、会社法違反はあげられていないこと、当事者において仲裁合意がなされた以上、仲裁廷の判断を重視すべきこと、それがニューヨーク条約の精神であることなどを理由に、被告の申立てを退け、承認・執行を認めた[26]

第6 最後に

 前述のとおり、フィリピンでは当事者間の代替的な紛争解決手段として仲裁を積極的に推進している。また、PDRCIとPICCRは、コロナウイルスの流行による現在の制限に対応して、オンライン仲裁を提供していることも注目に値する。

 さらに、フィリピンは、仲裁の国際的な流れに追いつこうと努力しており、PICCRのような新しい仲裁機関の導入、改正会社法のような仲裁を認める法律の制定、シンガポール条約への加盟などにより、近い将来、仲裁手続の信頼できる良い選択肢となることが期待されている。

 

[1] G.R. No. 202166 in relation to Decision March 13, 2013 in CA-G.R. CV No. 96502, Takenaka Corporation and Asahikosan Corporation vs .Philippine International Air Terminals Company, Inc.

[2] G.R. 181892

[3] 同規定は、1997年に改正された民事訴訟規則にも残されている(1997 Rules of Civil Procedure, as amended規則39、第48条)。

[4] Republic of the Philippines, Supreme Court, Second Division, G.R. No. 140288, October 23, 2006 ST. Aviation Services Co., Pte., Ltd., vs. Grand Internationl Airways, Inc., 本件においてはシンガポールにおいてなされた外国判決がフィリピン裁判所によって承認・執行された。

 

[6] Republic Act No. 11232, Act Providing for the Revised Corporation Code of the Philippines

[7] フィリピン憲法においては、迅速な裁判を受ける権利が保障されている(憲法第3条第16節)。そして、事件が提起されてから、最高裁判所においては24か月以内、合議体の下級裁判所では12か月以内、その他の下級裁判所では3か月以内に、判決もしくは決定を下さなければならないと規定されている(同第8 条第15節)。しかしながら、実務は上記の期限が順守されることは極めて稀とのことである。

[8] Senate Bill (S.B. 第 1353号), An Act Further Expanding the Jurisdiction of the Metropolitan Trial Courts, Municipal Trial Courts in Cities, Municipal Trial Courts and Municipal Circuit Trial Courts, amending for the purpose Batas Pambansa Blg. 129, otherwise known as the `Judiciary Reorganization Act of 1980,` as amended

[9] Office for Alternative Dispute Resolution (OADR), Department of Justice Padre Faura Street, Ermita Manila Sunny Oak, JDC Building, 571 Engracia Reyes St. Ermita, Manila, Manila (2021) (govserv.org)

[10] 当事者の事業地が複数存在した場合は、仲裁合意に最も関連性の強い場所が事業地となる。また、事業地が存在しない場合は、常居所が事業地と見做される(モデル法1条4項)。

[11] 民法1306条

[12] Victor P. Lazatin and Patricia Ann T. Prodigalidad “Arbitration in the Philippines”、その他筆者のヒアリングによる。

[13] PDRCI-Arbitration-Rules-Booklet.pdf

[14] China Chiang Jiang Energy Corp. v. Court of Appeals, et al., G.R. No. 125706, Sept. 30, 1996; National Irrigation Administration v. Court of Appeals, CIAC, et al,. G.R. No. 129169, Nov. 17, 1999, 318 SCRA 255, 268

なお、当該判決は、ニューヨーク条約に違反するとの評価もあり、今後、見直される可能性もあるとのことである。

[15] この場合における建設紛争の定義は、以下を含むとされている(ADR法35条)。比較的、幅広い定義となっていることに注意が必要である。

“directly or by reference whether such parties are project owner, contractor, subcontractor, fabricator, project manager, design professional, consultant, quantity surveyor, bondsman or issuer of an insurance policy in a construction project.”

[16] An Act Prescribing the Intellectual Property Code and Establishing the Intellectual Property Office, Providing for its Powers and Functions, and for other Purposes

[17] HB08062.pdf (congress.gov.ph);「An Act Providing for the Revised Intellectual Property Code of the Philippines, and for Other Purposes」を提案する; 法案は、2020年11月24日から貿易産業委員会(Committee on Trade and Industry)でペンディングになっている。;2021-03-Philippine-ADR-Review.pdf (pdrci.org)

[18] http://www.pdrci.org/neutrals-members/accredited-arbitrators/

[19] 2015PDRCI規則第11条

[20] ibid第8条

[21] Ibid 第52条

[22] https://piccr.com.ph/clauses.php

[23] https://piccr.com.ph/rules.php

[24] ibid

[25] G.R. No. 212734 – MABUHAY HOLDINGS CORPORATION, PETITIONER, VS. SEMBCORP LOGISTICS LIMITED, RESPONDENT.DECISION – Supreme Court E-Library (judiciary.gov.ph)

[26] G.R. No. 185582 (lawphil.net)

2021年07月14日(水)5:00 PM

シンガポールにおけるNFT(Non-Fungible Token)の法的位置づけについてニュースレターを発行しました。
PDF版は以下からご確認ください。

シンガポールにおけるNFT(Non-Fungible Token)の法的位置づけ ~日本法との比較の観点で~

 

シンガポールにおけるNFT(Non-Fungible Token)の法的位置づけ
~日本法との比較の観点で~

2021年7月
One Asia Lawyers Group代表
シンガポール法・日本法・アメリカNY州法弁護士
栗田 哲郎 

 現在、デジタル資産の一種である非代替性トークン(NFT (Non-Fungible Token)の人気が高まっており、アート作品の取引などで関心を集めています。本稿においては、NFTのシンガポール法上の取扱いについて、日本法と比較しながら説明いたします。

第1 NFTとは

 NFTはブロックチェーン上の暗号化トークンの一種で、「非代替性 (non- fungible)」という言葉にある通り、同一のNFTは存在しないのがコンセプトで、各NFTには固有の識別コードおよびメタデータが割り当てられたデジタルデータです。これとは対照的に、現金やビットコインは「代替可能 (fungible)」なものであり、交換が可能なデジタルデータとなります。このことから、NFTの特徴はデジタル資産の真正性や所有を証明できる点であり、すなわちNFTは所有証明書付きのデジタルデータとも考えることができます。

 例えば、デジタルアート作品はインターネットから閲覧・コピーできる場合がありますが、それらに所有権を主張することは困難です。一方で、デジタルアート作品に紐づけられたNFTの所有者は、そのデジタルアート作品の所有権を証明でき、その作品の唯一の所有者であることを主張することができ、また、その作品を唯一の作品として第三者に販売することも可能です。

 このNFTの人気が高まっている理由は、NFTを活用することで、アーティストたちがデジタルアート作品を収益化することができる可能性を有しているからです。物理的な作品と異なり、デジタルアートは複製されやすく、多くのアーティストたちが違法な複製行為によって損害を被っており、NFTはかような損害を減らし、そのようなアーティストがオリジナルのデジタルアート作品を収益化する方法となり得ることになります。

第2 シンガポールおける法律上の位置づけ

 シンガポールのアーティストがNFTを売却した例も実例として存在しますが、シンガポール法においては、NFTの作成・取引については明確な規制がなく、グレーゾーンにあると評価されています。NFTは、シンガポール金融庁(Monetary Authority of Singapore: MAS)が発効する紙幣や硬貨とは異なり、シンガポールの法定通貨として見なされておらず、MASによる規制の直接の対象ではありません。

 さらに、シンガポールにおいては、2020年1月、暗号通貨サービスプロバイダーおよび「デジタル決済トークン(digital payment tokens)」の規制を目的とした、支払いサービス法(Payment Services Act: PSA)が制定されています。しかし、①NFTは、PSAの適用を免除されている「限定目的のデジタル決済トークン(limited purpose digital payment tokens)」に該当する可能性があること、さらに②商品やサービスに対する支払いについて一般に認められた方法ではないことからPSAにおける「デジタル決済トークン」には該当しない可能性が高いことなどの理由から、現在のところはPSAの適用対象には含まれないと一般的には考えられています。

 また、NFTが仮にPSAの適用対象となったとしても、PSAはマネーローンダリングやテロ資金供与の防止に主眼を置いたものであるため、シンガポールにおけるNFTに対する規制は依然として不明瞭なのが現状です。

 なお、日本法においては、金融庁「事務ガイドライン(第三分冊:金融会社関係)」(16 暗号資産交換業者関係)I−1−1③によると、2号暗号資産該当性の判断要素の1つとして、「1号暗号資産を用いて購入又は売却できる商品・権利等にとどまらず、当該暗号資産と同等の経済的機能を有するか」という点があり、個性があり代替性のない、いわばデジタルな「モノ」としての性質を有するNFTについては、1号暗号資産と同等の経済的機能を有しないものとして、1号暗号資産にも2号暗号資産にもいずれにも該当しないと考えられています。

第3 購入者の所有権について

 シンガポール法においては、(スマートコントラクトの内容などによりますが)NFTを購入するとNFT自体の所有権類似の権利が付与される場合が一般的です。この際、所有者は、スマートコントラクトに含まれるNFTに適用される規約も確認する必要があります。スマートコントラクトはブロックチェーン上のNFTに埋め込まれ、NFTが2次流通される場合に原作者に還元する金額などの条件が定められます。シンガポールはコモン・ローの法域であり、購入するに際しては、当事者間の契約の内容が重視されることとなります。このため、購入するに際しては、その譲渡の契約条件などのみならず、フロックチェーン上のNTFに埋め込まれたスマートコントラクトの内容も理解しておくことが重要となります。

 なお、、日本法においては、民法上、所有権の客体となる「物」(民法206条参照)とは、「有体物」をいうとされており(民法85条)、また、東京地裁平成27年8月5日判決は、ビットコインについて有体性を欠くため物権である所有権の客体とはならないと判示しています。このため、NFTは、ビットコインなどの暗号資産と同様に、ブロックチェーン上のデジタルトークンとして発行されデータとして存在するにすぎず、有体性を欠くため民法上の「物」には該当しません。したがって、日本法においては、NFTについて所有権は観念できないと考えら得る可能性があります。

第4 譲渡の手続き

 シンガポールにおいては、不履行などの場合に備え、NFTの譲渡は書面による契約書でなされることが求められます。また、プラットフォームによっては、NFTの引き渡し後に支払いが行われるようにすることで、NFTが引き渡されないなどの問題が発生することがないようにしている場合もあります。

 また、NFTの作成者と売り手と購入者の間で契約書が締結されている場合、契約違反として訴訟を提起することも可能となります。ただし、売主の所在を特定することが難しい場合や、所在地がシンガポールでなければ訴訟手続きか複雑化する場合があることに留意する必要があります。

 そもそも契約なども存在しない場合、シンガポールではブロックチェーン取引に適用される法律や規定が不明瞭であることから、法律に基づいて購入者がとれる措置がないのが現状です。

第5 NFTに紐づけられたデジタルアート作品が破棄された場合

 NFTには、デジタル資産の場所に関する情報が含まれますが、このことは購入者が実際の資産を所有することとは同義ではありません。オリジナルのデジタルアート作品が削除されたり、それをホスティングしているサーバーがダウンしたりすることは起こり得るものであり、そのような場合、購入者は作品を失う可能性があります。

 このため、ドメイン全体を購入する、またはアート作品をオンラインで維持するための費用を支払う必要があり、このような問題に対応するため、一部のNFTでは、単一のドメイン所有者ではなく多数のホストを使用するInterPlanetary File Systemなどが利用されています。購入者と売主の間で従来の書面による契約書を締結しておくことも方法として考えられますが、NFTの破棄について売主に法的責任がないと定められている場合、デジタル資産の場所を特定できない場合などにおいては、購入者が法的な手段に訴えることは難しくなるため注意が必要です。

最後に

 シンガポールにおいても、NFTの重要性や人気はますます高まることになると思われます。そして、NFTを購入する場合は、その法的地位が安定しているわけではないため、詐欺のリスクなどを考慮したうえで、適切な契約等を締結することが重要となります。NFTに関する法的なアドバイスが必要な場合は、デジタル資産の取引やブロックチェーンの分野での経験が豊富なフィンテック専門の弁護士に相談されることが推奨されます。

2021年06月11日(金)9:45 AM

フィリピンにおける電子署名の有効性についてニュースレターを発行しました。
PDF版は以下からご確認ください。

フィリピンにおける電子署名の有効性について

 

フィリピンにおける電子署名の有効性

2021年6月
One Asia Lawyers Group代表
シンガポール法・日本法・アメリカNY州法弁護士
栗田 哲郎 

 フィリピンは、世界の国々と同様に、新型コロナウイルス感染症の拡大のために、経済、行政、社会活動等様々な面における、デジタル化に大きな影響を及ぼしている。人々の物理的な接触と日常的な移動が制限され、取引が困難となることをきっかけに、フィリピンにおいてはデジタル化の取り込みが加速度的に行われている。

 デジタル化は、電子商取引だけでなく、政府と取引や会社活動においても積極的に押し進められており、その中で最も重要なポイントのひとつが電子署名である。

 フィリピンにおいては、電子署名は2000年から法的に認められているが、政府の取引に関してはまだ本格的な導入には至っていない。本稿においては、フィリピンにおける電子署名に関する法律の状況について説明を行う。

第1      フィリピン電子署名に関する法令

 フィリピンにおける電子署名に関する法令は存するが、政府はその改善と効率的な実施を継続的に検討している。

 電子商取引法共和国(第8792号)(Electronic Commerce Act)(以下「電子商取引法」)およびその施行規則が、電子商取引に関するフィリピンの主要な法規則である。電子商取引法は、電子的な契約を法的に有効であることを担保し、執行可能であることを明確化することを目的としている。同法は、電子文書を紙の文書と同等の法的効力を持ち、電子署名を手書きの署名と同等の法的効力を持つことを認めている。また、フィリピン最高裁判所の電子証拠規則行政案件(第01-7-01号)(以下「電子証拠規則」)、通商産業省と科学技術省の共同行政命令(第2号)(以下「共同行政命令」)においては、信頼できるサービスプロバイダーの証明書に裏付けられたデジタル署名の規制的枠組みを定め、公開鍵基盤(PKI)の普及を図っている。

 以下、それぞれの法律について概要を説明する。

(1)電子商取引法及びその施行規則

 電子商取引法において「電子署名」とは、個人のアイデンティティを表す電子的な形態の特徴的なマーク、文字および・又は音のことであるとされている。このマーク等は論理的に配置され、電子データメッセージ又は電子文書を認証または承認する意図で作成されていなければならない。

 そして、電子署名が文書に記載された当事者の署名と同等のものとして法的に認められるためには、以下のすべて要件を満たさなければならないこととされている。

 ・電子文書の署名が、関係者が変更できない所定の署名方法であること。
 ・署名の方法は、拘束されることを求める当事者を特定し、電子署名による同意または承認に必要な当該当事者の電子文書へのアクセスを示さなければならないこと。
 ・署名の方法は、関連する契約を含むすべての状況に照らして、電子文書が生成された目的に対して確実で、かつ適切であること。
 ・拘束されるべき当事者が、取引を遂行するために、電子署名を実行また提供することが必要であること。
 ・他の当事者が電子署名を検証し、電子署名によって認証された取引を続行する決定を下すことができる権限と能力を有すること。

 これにより、本人による一定の要件を満たす電子署名が行われた電子文書等は、真正に成立したものと本人の意思に基づき作成されたものと推定される。

 フィリピンにおいては、ペンなどでの筆記具でサインしたり、フィジカルにサインを紙に貼り付けた署名のことを、「ウェット署名(Wet Signature)」と呼ぶが、このウェット署名と同様の執行可能性と許容性の推定を受けるためには、電子署名は上記の要件をすべて満たす必要がある。すなわち、信頼できる第三者を通じて検証可能な証明書ベースのデジタル署名が付された電子文書のみが、フィリピン法の下でウェット署名と同等のものとして認められる。

(2)電子証拠規則最高裁判所行政案件(第01-7-01号)

 電子証拠規則においては、デジタル署名を、変更されていない最初の電子文書と署名者の公開鍵を持つ人が、変換が署名者の公開鍵に対応する秘密鍵を使用して作成されたかどうか、および変換後に最初の電子文書が変更されたかどうかを正確に判断できるように、非対称暗号または公開暗号を使用して電子文書または電子データメッセージを変換して構成された電子署名と定義している。

 同法に基づいて認証されたデジタル署名は、書面上の人の署名と機能的に同等のものとして認められる。デジタル署名は、以下のいずれかの方法で認証されている。

 ・デジタル署名を確立し、デジタル署名を検討するための方法またはプロセスが利用されたことを示す証拠によるもの。
 ・法律で定められたその他の手段。
 ・デジタル署名の真正性を証明するものとして裁判官が満足するその他の手段。

 電子証拠規則に基づいて、デジタル署名として認められると、反証がなされない限り、以下の点が推定されることとなる。

 ・デジタル署名は、それが関連つけられている人物のものであること。
 ・デジタル署名は、関連する電子文書を認証または承認する目的で、または電子文書に記載された取引に対する当該人物の同意を示す目的で、当該人物によって付されたものであること。
 ・デジタル署名を貼付または検証するために利用された方法またはプロセスが、エラーまたは欠陥なく動作したこと。

(3)共同行政命令(第2号)

 共同行政命令においては、信頼できるサービスプロバイダーの証明書に裏付けられたデジタル署名の規制的枠組みと、「公開鍵」基盤の推進について定めている。その中で、「デジタル署名」とは、非対称暗号方式または公開暗号方式を用いた電子文書または電子データメッセージの変換で構成される安全な電子署名の一種であり、返還されていない最初の電子文書と署名者の公開鍵を有する人の間で、変換が署名者の公開鍵に対応する秘密鍵を使用して作成されたこと等の推定がなされることを規定している。

 つまり、デジタル署名がある文書は暗号化されており、署名者の公開鍵を有する人しか開くことができないことを前提に、電子文書の真正性を確認するために使用されるプロセスであることを明示し、電子署名の推進について定めた命令である。

(4)その他

 フィリピン証券取引委員会(SEC)は、コロナウイルスによる規制に対応するため、証券取引委員会覚書の円形第 10号を発行した。これにより、国内が封鎖されていても、一般情報シート、監査済み財務諸表、その他すべての一般・特別フォームやレターなどの年次報告書を電子署名付きで提出することが可能となった。

 さらに、2021年3月には、SECがオンライン提出ツール(OST)を立ち上げ、企業は電子署名付きの財務諸表などを提出することができるようになった。しかし、企業の経営者や外部監査人は、委員会の指示があれば、手動で署名された財務諸表を確実に入手できるようにすることが求められている。

 また、2021年2月、国税庁は収入覚書順序第29-2021号を発行し、以下の特定の税務申告書や証明書に電子署名を使用する際の方針やガイドラインを定めている。

 ・2304-源泉徴収されない所得支払いの証明書(報酬所得を除く
 ・2306 – 源泉徴収税最終証明書
 ・2307- 源泉徴収税額控除証明書
 ・2316- 報酬の支払い/源泉徴収された税金の証明書

第2 フィリピンとタイの電子署名法の比較

 東南アジアにおいては、フィリピンとタイは他の発展途上国よりも早く電子署名の使用を合法化する法律を制定している点で共通している。

 この点、以前のニューズレターで説明したように[1]、タイでは、2001年電子取引法第26条1項定める「信頼できる電子署名」の要件を満たした電子署名であれば、タイ法上有効であると解されている。さらに、同法では、電子署名の法的な重みの判断を裁判所に委ねている。

  フィリピン タイ
準拠法 2000年 -電子商取引法共和国(第8792号) 2001年 -電子取引法第26条1項
法律に基づく本人確認

変換されていない最初の電子文書と署名者の公開鍵を持っている人が、以下のことを正確に判断できるような非対称または公開暗号システムの使用。

・変換が署名者の公開鍵に対応する秘密鍵を使用して作成されたかどうか。
・変換が行われた後、最初の電子文書が変換されたかどうか。

電子署名を利用する場合の本人確認には、AAL2レベルを要するとされ、AAL2レベルについては、ガイドライン20-2561号2.2条で以下の通り規定されている。

・Multi-factor authenticatorを利用する方法
例:銀行から配布されるOTP(ワンタイムパスワード)デバイスのようなものを利用し、適宜認証コードをデバイスから取得し、それをシステム内に入力する方法。
・Single-factor authenticatorを利用する方法(2段階認証を要する) 例:ログイン画面でパスワードを入力し、さらに携帯電話に送信されたOTPを入力する方法。

電子署名を利用できないケース

以下のような、法律で公証が必要とされる文書。

・不動産または実権に関わるパートナーシップ契約書
・動かせない不動産の寄付
・土地または土地の権利を売却する代理人の権限(特別委任状)。
・特許または特許出願の譲渡を伴うロイヤルティ契約。
・劣後ローン契約
・証券登録申請書、およびSECに提出するその他の企業文書(定款、議決権付信託契約書、外国企業がフィリピンで事業を行うために提出したライセンス申請書など)。

・不動産売買契約
・3年を超える不動産賃貸借契約
・抵当権設定契約
・家族及び相続に関する取引

第3 最後に

 フィリピンの法律では、情報が電子データメッセージの形式であるという理由だけで、無効または法的強制力がないとみなされることはなく、また、上記の特別な場合を除き、契約の有効性に書面による署名が必要とされることもない。

 このように、フィリピンでは電子署名が機能的に使用されているが、その真正性、プライバシー、権限、完全性、否認防止の点で問題が残っている。フィリピンには、信頼できる第三者認証機関の公式リストはないが、フィリピン政府には、政府とのオンライン取引に使用される公式PKIシステム(フィリピン国立公開鍵基盤制度)がある。さらに、政府がデジタル化プロジェクトを継続的に展開していることから、オンライン取引や電子署名がフィリピンで広く受け入れられる日も近いと言えよう。

 

[1] https://oneasia.legal/6886

2021年06月04日(金)3:42 PM

日本等の外国判決のシンガポール裁判所における承認・執行手続についてニュースレターを発行しました。
PDF版は以下からご確認ください。

日本等の外国判決のシンガポール裁判所における承認・執行手続

 

日本等の外国判決のシンガポール裁判所における承認・執行手続

2021年6月
One Asia Lawyers Group代表
シンガポール法・日本法・アメリカNY州法弁護士 栗田 哲郎
シンガポール法弁護士 三好 健洋

1 概要

 シンガポールには、一部の諸外国で得た判決をシンガポールにおいて直接的に承認・執行することを認める法律(Reciprocal Enforcement of Judgments Act、Reciprocal Enforcement of Commonwealth Judgments、Choice of Court Agreements Act等)が存在する。ただし、これらの法律は、日本における判決の直接的な承認・執行を認めていない。

 したがって、日本で勝訴判決を得た者(以下、「原告」という)が当該勝訴判決をシンガポール国内において執行することを望む場合、当該判決を相手方(以下、「被告」という)に対して、シンガポールで直接的に承認・執行することはではない。

 そのため原告は、日本の判決による債務(以下、「日本の判決債務」という)を訴因として、被告に対してシンガポールで新たな訴訟手続きを開始する必要がある。すなわち、日本の判決を証拠の一つとして、別途シンガポールにおいて訴訟を提起する必要がある。

2 シンガポールにおける手続

 日本の判決債務をシンガポールで執行するためには、主に以下の2つのステージが存在する。

第一ステージ:

 まず、原告は、日本の判決債務をひとつの証拠してシンガポールの裁判所で訴訟を開始する。被告が出頭して訴訟を争うかどうかに応じて、被告に対する欠席判決(Default Judgement)または略式判決(Summary Judgement)(以下、「シンガポール判決」という)を得ることを目指す。

第二ステージ:

 原告は、第一ステージで取得したシンガポール判決をもとに、被告が支払いを行わない場合にはシンガポールにおいて強制執行手続きを行う。

3 第一ステージ:シンガポールでの日本の判決債務に関する新たな訴訟手続きの開始

 第一ステージでは、原告は、日本の判決が以下の3つの要件が満たされていることを証明する必要がある。

(i) 管轄権を有する裁判所からの判決であること、
(ii) 日本の法律に基づいて確定した判決であること、および
(iii) 確定した金額が示された判決あること。

 これらの要件がすべて満たされ、日本の裁判所の書類が被告に適切に送達され、日本の裁判所の訴訟に手続き的な瑕疵等がなければ、被告に対して略式判決を得ることは困難ではないものと考えられる。

 第1の要件については、日本の裁判所が有効に管轄権を有していたことを証明する必要がある。この点、訴因となる契約書の管轄条項に日本の裁判所が記載されている場合、あるいは日本以外の国が非排他的裁判権を有する条項などである場合には、基本的には問題にならない可能性が比較的高い。

 第2の要件については、日本の判決は、当事者間の権利を最終的に決定し、判決を下した日本の裁判所が変更や再審を行うことができない場合にのみ、「最終的かつ決定的」とみなされる。したがって、例えば、原告が取得した日本の判決が欠席判決である場合、当該欠席判決が最終的に与えられた判決である必要がある。他方、仮差押え判決などの暫定的判決の場合、当該要件が満たされない可能性がある。

 第3の要件については、日本の判決がシンガポールで執行可能であるためには、確定した明確な金額の支払いを求めるものでなければならない。つまり、日本の判決が特定の救済(差止命令や特定の履行など)を命じたもの場合、その救済はシンガポールでは原則として執行できない可能性が高い。他方、日本の判決が、確定された明確な金額の支払いと特定の救済の両方を認めた場合、判決の特定の救済の部分が執行不能であっても、判決の金銭部分は執行可能である。

 上記の3要件が満たされ、被告がシンガポールでの日本の判決の執行可能性に対して有効な抗弁を提起しない場合、原告は被告に対して略式判決を得ることができる可能性は比較的高いと考えられる。

4 第二ステージ:被告がシンガポール略式判決に基づく支払いを行わない場合の強制執行手続き

 被告 がシンガポールにおける略式判決に基づく債務を支払わない場合、原告は、当該略式判決を強制執行することとなる。当該強制執行手続きには複数の方法があり、最も適切な方法に応じて、原告は以下を行うことが可能である。

(i) 差し押さえおよび売却の令状を取得する、
(ii) 被告の資産調査を裁判所に申請する、
(iii) 差し押さえ手続きを開始する。

 また、被告 の支払いを促すために倒産手続きが有効であると判断される場合には、被告 の倒産を申請することも可能である[1]

5 まとめ

 かように、日本における判決は、シンガポールで直接的に執行することは認められていない。しかし、原告は、日本の判決で発生した判決債務を訴因として、被告に対して執行することが可能である。

 シンガポールに資産を有する相手、シンガポールの法人・個人等を提訴する際には、これらの執行方法や執行の実現可能性などを考慮した上で、適切な提訴地を検討することが求められよう。

 

[1] シンガポールの執行手続きの詳細は、下記のニューズレターを参照されたい。

https://oneasia.legal/6549 

2021年06月04日(金)9:12 AM

フィリピン小売業に関する外資規制の改正の最新情報についてニュースレターを発行しました。
PDF版は以下からご確認ください。

フィリピン小売業に関する外資規制の改正の最新情報(2021年6月)

 

フィリピン小売業に関する外資規制の改正の最新情報(2021年6月)

2021年6月
One Asia Lawyers Group代表
シンガポール法・日本法・アメリカNY州法弁護士
栗田 哲郎 

 2021年には、フィリピン経済がASEAN諸国の中で最悪のパフォーマンスを示すことが明らかになったため、ドゥテルテ政権はコロナウイルス規制に阻まれながらも国の経済を維持するために取り組んでいる。

 2021年4月には、ドゥテルテ大統領は、小売業自由化法(Retail Trade Liberalization Act of 2020)の改正案の事業分野における外資規制の緩和を早急に検討すべき指の指示がなされている。これは、同法が制定されることで、より多くの外国人投資家に経済が開放され、パンデミックによる不況からの回復につながることを期待してのことである。

 2021年5月には、フィリピン上院は、小売業自由化法の改正条項を関する上院法案(第1840号)を承認し、現在、上下両院の矛盾した条項を調整するために両院協議会議にかけられている。登録された法案がいつ完成し、大統領の承認を得るために送られるかのスケジュールについて確たる予想をすることは難しいものの、その緊急性を考慮すると、近いうちに法律として成立することが期待されている。

第1      小売自由化法の概要

(1)払込資本金などと外資による出資の可否

 小売業とは、一定の例外を除く、物品を公衆に直接販売する活動を行うものと幅広く定義されている。             

 そして、現状、小売自由化法においては、払込資本金額がUSD2,500,000(約2億6,000万円)未満の小売業は、外国資本による出資は不可能とされており、多額の資本金を出資しなければ、外資はフィリピンの小売業に進出することができないものとされている。

 そして、小売業の外資規制における外資企業とは、外国資本が少しでも入った段階で外資企業と認定されてしまうため、USD2,500,000 以未満の小売業の場合は、100%がフィリピン資本でなければならなかった。

 他方、払込資本額がUSD2,500,000以上の場合は、外資出資比率に関する制限は存在しない。このため、この金額を超えた場合は、現状でも、外国資本による100%出資も可能であった。

(2)外国投資家に求められる要件

  もっとも、外国資本は、既にフィリピン国外で小売業の実績がある大規模な事業者が想定されており、以下の要件を満たさなければならないこととされている。

 1.純資産がUSD200,000,000(約210億円)以上であること
 2.フィリピン国外においては5つ以上の店舗又はフランチャイズを有する、またUSD2,500,000ドル以上の資本を有する店舗を1つ以上有すること
 3.5年以上の小売業の実績があること
 4.フィリピン国民が小売業を行うことを認めている国から投資を行うものであること

 以上に加え、外国資本の出資を受けた小売業者は、仕入の30以上をフィリピン国内で調達することが求められたり(内国調達義務)、外資出資比率が80%を超える小売業者は、事業開始から(事業開始後に外資出資比率が80%を超えた場合は当該超過時からとする)8年以内に、その株式の30以上をフィリピン国内市場において公開しなければならない(上場義務)など、厳しい制限がかされており、2000年小売自由化法においては、外国資本が小売業を行うためには、厳しい制限が課されていた。

 

第2 小売自由化法の改正の最新情報

 今般、両院協議会において審議中承認済みの上院法案(第1840号)においては、フィリピンにおける小売業の外国投資をより容易にするために、条件が緩和されることが期待されている。

 上院法案(第1840号)の主なポイントは、以下のとおりである。

 ・外資が出資するために必要な払込資本金額の要件が、現行のUSD2,500,000からPHP50,000,000(約1憶1,500万円)に大幅に引き下げられる可能性がある。
 ・純資産がUSD200,000,000(約210億円)以上であることと、フィリピン国外においては5つ以上の店舗又はフランチャイズを有することと、5年以上の小売業の実績があることの要件はいずれも撤廃される見込みである。
 ・1つ以上の店舗の許した資本が、USD2,500,000ドル以上のからPHP25,000,000(約5,700万円)に大幅に引き下げられる可能性がある。
 ・外資系企業の場合、フィリピンから事業撤退する場合を除き、払込資本金をPHP50,000,000以上の金額で維持し続けなければならない。

 さらに、前稿にて紹介した、外国投資家に求められる特別要件である、株式公開義務、国内調達義務は、いずれも撤廃される見込みである。

 以上の通り、外国投資家がフィリピンの小売業の参入するハードルは相当に高いのが現状であった。この緩和が新法によって実現された場合は、フィリピンに投資を検討する外資企業・日本企業にとって追い風となる可能性が高いと言えよう。

 

2021年06月03日(木)3:19 PM

フィリピンにおける贈収賄の実例と法規制についてニュースレターを発行いたしました。
PDF版は以下からご確認ください。

フィリピンにおける贈収賄の実例と法規制について

 

フィリピンにおける贈収賄の実例と法規制

2021年6月
One Asia Lawyers Group代表
シンガポール法・日本法・アメリカNY州法弁護士
栗田 哲郎 

第1 フィリピン贈収賄の実例

 フィリピンは汚職が多い法域のひとつとされているが、以下のような局面で汚職が問題となることが報告されている。

(1)税関関係:通関手続きに際して

窓口で通関をする見返り又は早期に通関をする見返りと称して、不当な金銭の支払いや商品の交付を要求された。なかには、手続書類に不備がないにも関わらず不当に高額な罰金の支払いを要求され、これを免除する見返りと称して金銭の支払いを要求された場合があった。

(2)税関関係:税務申告に際して

税務処理の早期実施の見返りまたは課税額の軽減の見返りと称して、不当に金銭の支払いを要求された、又は税務監査のとき不当に法外な追徴課税を課され、これを免除する見返りと称して金銭の支払いを要求された場合があった。

(3)入国管理関係:ビザの発給や更新に際して

発給・更新をする見返り又は早期に発給・更新をする見返りと称して、不当に金銭の支払いや特定のエージェントの起用を要求された場合があった。

(4)労働関係:就労許可証の申請に際して

発行を認める見返りと称して、不当に金銭の支払いや食事の提供を要求され、なかには、申請手続の不備があったとの言いがかりをつけられ処罰を免除する見返りと称して、不当に金銭の支払を要求された場合があった。

(5)建設関係:建築許可や工場操業許可の申請に際して

許可をする見返り又は手続を早期に実施する見返りと称して、不当に金銭の支払を要求され、なかには設計の不備を見逃す見返りと称して、不当に金銭の支払いを要求された場合があった。

(6)環境基準関係:環境基準に関する認可申請に際して

不当に金銭の支払や特定のコンサルタントの起用を要求され、なかには、環境基準に適用していない等の言いがかりをつけられ、これを見逃す見返りと称して、不当な金銭の支払を要求された場合があった。

(7)その他

・商業関係
 商業施設等に関する証明書の取得やライセンスの申請に際して許可の見返り又は早期発行の見返りと称して、不当に金銭の支払を要求された。

・農水産品の輸出入関係
 農水産品の輸出入の許可申請に際して不当に金銭の支払を要求された。

・警察関係
 交通違反があったと高額な罰金を課され、これを免除する見返りと称し金銭の支払を要求された。

・司法関係
 裁判において、各裁判官から金銭を支払えば直ちに判決を出すと言われたことがある。従業員が不当に逮捕されたとき、裁判官、検察官及びイミグレーションオフィスから不当な金銭の支払いを要求された。

・国営銀行
 銀行手続の早急対応の見返りと称して、不当に金銭の支払を要求された。

・地方政府
 行政としての許認可の手続をする見返りと称して、不当に金銭の支払や特定のコンサルタントの起用を要求された。

(8)最近のニュース

・コロナウイルスの対応に苦慮するフィリピンでは、政府の汚職疑惑が数え切れないほど発生している。検査キットの不当に高額な値段での売買、検疫施設におけるキックバック、権限のある人を優先してワクチンを接種することなど、国民には多くの不満が渦巻いている。
・また、国民健康保険プログラムを扱う政府機関が汚職行為を行っているとのニュースがあった。ニュースによると、同機関が、毎週₱20億から₱30億もの金額の汚職を行っているとのことであった。

第2 フィリピン贈収賄に関する法令

 上記のように汚職が多い法域であるものの、下記の通りフィリピンには数多くの法令で汚職行為が禁止されている。

(1)フィリピン刑法

 フィリピン刑法では、下記の行為が処罰の対象となっている。もっとも、以下の刑法は適用が限定されており、実務上は頻繁に用いられているわけではない。

・直接的収賄
役人又は公務員が、自己の職務と関連する行為を実施した対価として、贈答品を受領すること。直接的収賄で有罪となった者又は役人には、6年以上10年以下の懲役及び最高で賄賂額の3倍程度の罰金が科される可能性がある。且つ、役人又は公務の不履行と引き換えに贈答品や約束を受け取った場合も4年以上8年以下の懲役及び最高で賄賂額の3倍程度の罰金が科される可能性がある。

・間接的収賄
役人又は公務員が自己の職位を理由に提供された贈答品を受領すること。間接的収賄で有罪となった者は、2年4ヶ月以上6年以下の懲役に科される可能性がある。

・条件付収賄
法執行官が20年以上40年以下の懲役刑を科されるべき犯罪行為をした者の逮捕又は起訴を行わないことの対価として贈答品を受領すること。条件付収賄で有罪となった者には、20年以上40年以下の懲役というさらに厳しい罰則が科される。

・役人又は公務員に対する贈賄
民間人が役人又は公務員に対する賄賂を申し出ること又は贈答品を提供すること。賄賂の申し出又は提供を行った民間人には、賄賂を受け取った側の役人又は公務員に科される罰則と同じ罰則が科される。

(2)大統領令第46号

 大統領令第46号は、上記の刑法の適用が限定されていたことをもとに取り締まりを厳格化し、考え得るあらゆる形態の収賄及び汚職行為を一掃するために制定された。同令においては、役人又は公務員がいかなる場合であっても、たとえば個人的な誕生日や新年であっても、その職位を理由に提供される贈答品を受け取ることを禁止している。

 その一方で同令は、役人又は公務員に贈答品の申し出や提供を行う民間人にも罰則を与えている。大統領令第46号では、役人又は公務員、もしくはその近しい親戚を称えるためのパーティーや宴会の開催も禁止している。

 大統領令第46号に違反した者は、1年から5年の懲役が科せられ、公務員資格を永久に剥奪される。さらに、関係する役人又は公務員は行政上の懲戒処分の対象ともなり、有罪と判断された場合には、犯罪行為の重大性に応じて休職又は免職となる可能性がある。

(3)収賄及び汚職行為防止法(共和国法第3019号)

 共和国法第3019号は、フィリピンでもっとも頻繁に活用されている汚職防止法であり、同法には違法な汚職行為とみなされる行為が数多く包括的に列挙されており、「役人による汚職行為」として分類される行為の一部を以下に挙げる。

・役人又は公務員がその職務上介入する必要がある場合に、政府といかなる者との間のあらゆる契約又は取引に関連して、自己又は他者のために直接的又は間接的に贈答品又は恩恵を要求したり、受領したりすること
・政府の許可又は免許の取得のために提供された、あるいは提供される支援に関連して、自己又は他者のために贈答品又は物質的恩恵を要求したり、受領したりすること
・公的事業を自己と共同で進めている民間企業における雇用を受け入れること、又はかかる雇用を自己の家族に受け入れさせること
・自己の役割の遂行において、政府を含むいかなる者に不当な損害をもたらすこと、あるいは、いかなる民間人に不当な利益、便宜又は優遇措置を与えること
・何らかの金銭的もしくは物質的恩恵又は利益の獲得を目的として、自己が担当する懸案事項において然るべき要求を受けたにもかかわらず、十分に正当な理由なく合理的期間内における行為を懈怠又は拒絶すること

 上記汚職行為のいずれかを行った役人又は公務員、及び当該公務員と共謀した民間人は6年1ヶ月から15年の懲役が科され、公務員資格を永久に剥奪され、犯罪行為による収益を没収される。

 なお、共和国法第3019号違反により起訴された場合でも、通常適用されるその他の刑法に基づく起訴は回避できず、例えば改正刑法に基づき直接的収賄で告発され、かつ(又は)有罪とされた者が、その告発の理由となった行為と同一の行為を理由に、共和国法第3019号違反で告発される可能性がある。

(4)公務員の行動規範及び倫理基準(共和国法第6713号)

 共和国法第6713号に基づき、役人及び公務員はその職務過程において、いかなる者からも贈答品、謝礼、恩恵、接待、貸付又は金銭的価値のある何かを誘引又は受領すること禁止されている。贈答品の価値が普通であるか高いものではなく、便宜を期待して、あるいは便宜と引き換えに提供されたものでもない場合は、禁止の対象外となる。

 共和国法第6713号違反と認められた役人及び公務員には、裁判所の裁量により5年以下の懲役及び(又は)5,000ペソ以下の罰金が科される。共同正犯者、共犯者又は従犯者として加担した民間人も、役人又は公務員と同等の刑事責任を負わされ、一緒に裁判にかけられる。

(5)略奪防止法(共和国法第7080号)

 略奪とは、役人又は公務員が汚職行為の組合せ又は継続して、総額で50,000,000ペソの不正な利益を取得することである。当該犯罪行為には、以下が含まれる。

・政府プロジェクトと関連して、あるいは自己の公職を理由として、いずれかの者及び(又は)事業体から何らかの手数料、贈答品、リベート又は金銭的利益を受け取ること
・いずれかの事業又は企業における株式、持分又は権利(将来的雇用の約束を含む)を直接的又は間接的に取得、受領すること

 同法では、関連の役人又は公務員と汚職行為に加担した民間人の両方に罰則が与えられ、略奪の罰則は20年以上40年以下の懲役刑及び公務員の退職金及び功労金の没収である。裁判所は、不正な利益の一切についても国家による没収を宣言する。

(6)2018年のビジネスの容易さと効率的な政府サービス提供法(共和国法第11032 号)

 共和国法第11032号は、政府サービスの効率的な提供と、政府における接待や汚職の防止を促進することを目的としている。この法律においては、すべての政府機関、政府所有・管理法人、地方自治体に対し、「ゼロコンタクト・ポリシー」を命令することを求めている。これは、厳密に必要な場合を除き、政府の役員や従業員は、いかなる方法であれ、政府と取引を行う人物と接触してはならないことを意味している。

 この共和国法でおり違反する行為としては、以下の事由を挙げている。

・正当な理由なく申請を受理しないこと。
・市民憲章に記載されていない追加の要件や費用を課すこと。
・公的な領収書の発行をしない、または拒否すること。
・経済的利益やその他の利益のために、フィクサーとの癒着を行うこと。

 上記の行為を行ったことが判明した役職員は、初犯の場合、6ヶ月間の停職処分となる。2回目の違反の場合、その役人は解任され、1年から6年の懲役が科せられ、50万ペソ以上の罰金に処される。

(7)その他

 政府所有・管理法人ガバナンス委員会(GCG)覚書の円形第2017-07号では、すべての政府所有・管理法人は「贈答禁止ポリシー」を採用しなければならないと規定されている。このポリシーにおいては、政府所有・管理法人の役員や従業員が、その公務や職務の過程において、役員に影響を与えたり、個人や法人との間に利益相反の印象を与えたりするような贈答品、謝礼、好意、接待、融資、または金銭的価値のあるものを求めたり、受け取ったりすることを禁止している。

 また、収入覚書順序第40-2016号は、官民を問わず、税務職員や従業員が贈り物を受け取ったり、求めたりすることを禁止する「贈り物禁止ポリシー」を実施している。

 上記のようにフィリピンは法令によって厳しく汚職行為が禁止されているものの、実務としては汚職が横行しているのが実態であり、法令と実務の乖離が激しく、フィリピンでビジネスを行う日本企業は細心の注意を払う必要があるといえよう。特に、アメリカのFCPAや日本の不正競争防止法は域外適用がなされるため、フィリピン国内での汚職行為が、アメリカや日本での問題に発生する可能性もあるため、留意が必要と言える。

 

2021年05月17日(月)12:21 PM

日本における2021年プロバイダ責任制限法改正についてニュースレターを発行しました。
PDF版は以下からご確認ください。

日本:2021年プロバイダ責任制限法改正の要点

 

日本:2021年プロバイダ責任制限法改正の要点

2021年5月15日
One Asia Lawyers Group
弁護士法人One Asia
日本法弁護士 渡邉 貴士
同      栗田 哲郎

1. はじめに

 2021年1月、プロバイダ責任制限法(正式には「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」) の改正案が閣議決定され、2月26日国会に法案として提出されました。この法律は、インターネット上での誹謗中傷など他人の権利を侵害する「権利侵害情報」を投稿した者(以下「発信者」といいます)の住所・氏名などの情報開示の要件等を定めたもので、手続の迅速化などかねて改正が強く望まれていました。

 この改正案が滞り無く成立した場合、その後は実務運用等を定める規則等整備がなされ、交付後施行までの一定期間も考慮すれば、施行日は2023年以降になると予想されます。

2.改正のポイント

 今回の改正のポイントは主に次の2点です。

(1) 投稿者の情報開示を容易にする新たな裁判手続の創設

 現行制度では、仮処分、訴訟などと少なくとも2度の裁判手続を経ることが必要であるなど、権利侵害を受けた被害者にとって必ずしも使い勝手が良い精度であるとは言えませんでした(問題点は後に詳述します)。

 そこで、今回の改正では、被害者がより容易に発信者情報開示ができるよう、裁判所が事業者側に投稿者情報の開示を命じられるようになる新たな裁判手続が創設される予定です。

 また、従来問題であった開示手続中に発信者情報を消去されてしまう保管期間の問題も、消去禁止命令という新制度が設けられ、併せて対応がなされる予定です。

(2) ログイン型投稿におけるログイン関係情報の開示制度の新設

 SNS事業者など一部のコンテンツプロバイダは、それぞれ個別の投稿に関するユーザー(発信者)情報を保有せず、ログイン時及びログアウト時の情報しか保存していないことがあります。その場合、現行のプロバイダ責任制限法の規定では、ログイン・ログアウト時の情報の開示を正面から認めることは困難であり、「権利侵害情報を投稿した者は、その投稿時に利用した同一のインターネット回線を、ログイン・ログアウト時にも利用したはずだ」との経験則などを介してしかそれら情報の開示は認められないという問題点がありました(ただし、そのような経験則を認めなかった実際の裁判例も多数あります)。

 そこで、今回の改正では、ログイン・ログアウト時情報は「侵害関連通信」(新5条3項)として開示要件が明文で規定され、補充性など要件の加重はあるものの、それら情報の開示も法律上可能となる予定です。

3.投稿者の情報開示を容易にする新たな裁判手続の創設

(1) 改正の背景-現状の制度の問題点

 現状の発信者情報開示制度は、権利侵害をされた被害者に莫大な手続コスト(費用及び時間)がかかるという問題点がありました。

 現行制度では、発信者情報開示をするためには、SNSやインターネット掲示板管理者などのコンテンツプロバイダ(CP)を相手取る仮処分等の手続(第1段階)を経たうえで、インターネット接続サービス事業者などのアクセスプロバイダ(AP)を相手取る訴訟(第2段階)も提起する必要があります。

 こうした2度の裁判手続を要するということは、手続にかかる弁護士費用など出費かさむとの問題点のほか(なお、それら費用を開示後の発信者からの全額回収することは一般的には困難です)、そもそも訴訟手続がスムーズとはいえず、しかもCPが海外法人の場合には国際送達を行う必要もあり、情報開示完了までに1年以上も要することも珍しくないとの迅速性の問題点もありました。

 しかも、上述の通り、その開示手続中に、開示対象とする通信記録の保管期限が過ぎ、消去されてしまうリスクもあることから、その場合は更に当該通信記録を保全するために別途仮処分申立てを提起するなどの必要もありました。

 このように、現行の発信者情報開示制度はとても使い勝手が良いとはいえなかったため、これら問題点を解消し、被害者の権利救済を拡大しようと、かねてから簡易迅速かつ一回的解決が可能な制度が求められていました。

 そこで今回の改正で、以下の新たな裁判手続が新設されることとなりました。

(2) 新設される手続

 今回の手続においては、裁判所による以下の3つの命令が新設されます。

ア 発信者情報開示命令(新8条)

 これは発信者情報の開示を開示関係役務提供者に対して命じることができる手続です。
 発令の法律要件(新5条1項)や開示対象とする発信者情報は、現行法での発信者情報開示手続と同様です。
 もっとも、副本送達に代わる「申立書の写しの送付」(新11条)という新たな制度が設けられ、特にCPに多い海外法人を相手取る場合には現行法よりも柔軟かつ迅速な手続が期待できます。

イ 提供命令(新15条)

 新設された提供命令には次の2種があります(新15条1項)。

1号命命
コンテンツプロバイダ(CP)に対するアクセスプロバイダ(AP)情報の提供

2号命令
1号の提供命令により特定できたAPに対する発信者情報の提供

 提供命令の要件は、1号、2号共通の要件に加え、各号個別の要件もありますが、いずれも現行法での発信者情報開示の要件と比較してかなり緩和されています。

<1号・2号共通の要件>
①         発信者情報開示命令事件が係属する裁判所に対する申立てであること
②         侵害情報の発信者特定ができなくなることを防止する必要性があること

<1号固有の要件>
③         保有している発信者情報により当該侵害情報に係る他の開示関係役務提供者の氏名
または名称および住所(他の開示関係役務提供者)の特定をすることができること

<2号固有の要件>
③ ‘ 1号の提供命令により提供を受けたAPを相手方とする発信者情報開示命令の申立て
をした旨の通知を行ったこと

 なお、上記要件①との関係で、発信者の住所等の情報を一切保有していない(とされている)CPに対しては、発信者情報開示命令を申し立てたところで無意味ですが、提供命令の要件を満たすためだけに発信者情報開示命令の申立てを行う必要があるとも考えられます。こうした一見無意味な申立てが本当に必要とされるのかなどは、今後の規則制定などの動向を確認する必要があります。

ウ 消去禁止命令(新18条)

 これまで情報保管のためなされていた仮処分申立てに代わる制度であり、開示請求の対象となっている発信者情報の消去を禁ずる命令を発することができるようになります。

 消去を禁じられるのは、当該発信者情報開示命令事件が終了するまでの間ですが、被害者からすれば開示命令が出さえすればよいので、特に問題はありません。

 なお、この消去禁止命令に対しては即時抗告が可能です。

4. まとめ

 実務運用上及び解釈上の未決定事項は多く残るものの、かねてから改正が望まれていた発信者情報開示手続において簡略化目処が立った点では、今回のプロバイダ責任制限法の改正案は、被害者救済の点で大きな前進であると評価できます。

 特に、アクセスプロバイダの多重化が生じ、発信者情報開示のハードルが高かったMVNO経由での投稿については、今回の新たな裁判制度は非常に有用と思われます。

 今後はさらに省令改正等で詳細が固まっていくことになるため、引き続き本改正に関する動向には注目する必要があります。

以上

2021年03月26日(金)3:40 PM

シンガポールにおけるベンチャー投資契約についてニュースレターを発行しました。
PDF版は以下からご確認ください。

シンガポールにおけるベンチャー投資契約について

 

シンガポールにおけるベンチャー投資契約
SAFE形式・KISS形式での投資~

2021年4月
One Asia Lawyers Group代表
シンガポール法・日本法・アメリカNY州法弁護士 栗田 哲郎
高嶋 優

1 シンガポールのベンチャーキャピタル投資とその契約

 新型コロナウイルスの影響などがあり、東南アジアのベンチャーキャピタル(Venture Capital, VC)が2020年1~3月期に新たに投資した資金は約13億ドル(約1400億円)に留まり、2019年10~12月期の金額から半減したとの報道もあったものの、2021年新型コロナ収束の兆しを見せる中で、シンガポールを含む東南アジア地域において、ベンチャーキャピタル投資は、回復の兆しをみせつつある。

 本稿においては、ベンチャーキャピタル投資において用いられることが多い、SAFEおよびKISSを含めたシンガポールのベンチャー投資に関する契約について、アメリカ法・日本法と比較しながら論ずることとする。

2 SAFEおよびKISSの基本構造と共通点・相違点

 まずはアメリカ・日本で用いられているSAFE (Simple Agreement for Future Equity) とKISS (Keep It Simple Securities) の契約形態について説明する。SAFEおよびKISSは、いずれもアーリーステージのスタートアップ企業が、投資家との長期にわたる交渉を避けて初期資金を得るための手段であり、前者はY Combinator、後者は500 Startupsというシリコンバレーのアクセラレーターにより開発されたものである。

(1)通常の株式発行・投資契約との違い

 SAFE、KISS両者の基本設計思想は、時間・資金が必ずしも豊富ではないシードラウンドやアーリーステージでの調達を、できるだけ迅速かつ簡便に達成することを目指すものである。このため、SAFEおよびKISSはいずれも、内容を簡素なものとし、投資時に株式を発行する形式にしないことで、資金調達時の株式引受契約・株主間契約の締結などの複雑な契約が不要とすることを目指した契約形態である。対象会社は資金をシードラウンドまたはアーリーステージで簡易な形態で投資を受けることができる一方、そのリスクをとった投資家には一定の保護と利益が与えられている。すなわち、SAFE、KISSで投資した投資家は、将来のエクイティラウンドが発生した際に、その投資を株式に転換する権利が与えられており、エクイティラウンドにおいて優先株が発行された場合、投資家はその後の募集で株式を受け取ることになるものの、後続の他の投資家がその募集で支払う価格よりも低い割引価格や有利な条件で株式発行を受け取ることができることが一般的である。

 いわば、ローンでもなく、株式投資でもない簡易な投資形態を認めることで、簡易迅速で低コストな投資を認めた点で、通常の株式発行・投資契約とは異なるといえよう。

(2)SAFEKISSの相違点

 SAFEとKISSの大きな違いは、KISSはより投資家が保護された形式であり、例えば下記のような投資家保護の条項が盛り込まれている点である。

 

SAFE

KISS

法形式

転換社債ではない

デッド型:転換社債モデルに近い

エクイティ型:SAFEと転換社債の中間

ディスカウント

場合による

場合による

満期・利息

なし

あり(18カ月で過半数の同意)

VC等大口投資家の

情報請求権・優先引受権

なし

あり

(5万ドル以上投資している場合)

最恵国待遇(MFN, ダウンラウンドプロテクション)

場合による

あり

転換前(満期日前)の売却

1×で精算か、バリュエーションキャップで普通株に転換した後で買収

2Xで精算か、バリュエーションキャップで普通株式に転換した後で買収

譲渡

原則不可

原則可能

 より具体的には、SAFEには満期・利息の定めがなく、次ラウンド以降のファイナンシングが行われなければ、そのままSAFEの投資家の投資金額は株式に転換されない可能性があり、投資金の返済を求めることはできない。すなわち、SAFEには利息が発生せず、満期日の定めもないため、実際には新株予約権付社債ではない。また、SAFEは、投資家の関連会社等にのみ譲渡することができ、それ以外の当事者には譲渡はできない。さらに、SAFEにおいて、キャップおよびディスカウントについては設けられない場合もあり、最恵国待遇条項(ダウンランドプロテクション)についても設けられない場合もある。

 他方、KISSはSAFEと類似している点もあるが、KISSは2つのタイプ(①デット型:金利・一応の償還期限があるもの、②エクイティ型:金利はつかないが、一応の満期の定めがあるもの)に分かれるところ、デッド型KISSは古典的な転換社債のモデルに非常に近いものとなっている。指定利率(4%)で利息が発生し、満期日(18ヶ月)が設定されており、満期日以降、投資家は過半数の決議をもって、投資額および経過利息分を、優先株式に転換することができる。投資家サイドの利点は、他にもある。例えば、SAFEとは異なり、KISSには投資家に有利な最恵国待遇条項も含まれている。また、KISSでは、会社が100万ドル以上のエクイティ資金を調達した場合に株式転換されることが一般的で、案件ごとに交渉する必要があるものの、原則的にキャップ・ディスカウントが設定されているため、投資先が成長しているときに、より有利な形でエクイティに参加できる。さらに、株式転換前に会社の売却があった場合、投資家は投資額の2倍の金額を受け取るか、評価額の上限で株式化するかを選択できる条項も入っている。この他、大口投資家 (最低 5万ドル の投資を行った投資家) に対しては、情報提供(財務情報)を受ける権利、優先引受権を含む将来ラウンドへの参加権も付与している。加えて、投資家はいつでもそのKISSを誰にでも譲渡することができる。

 以上のように、KISSには転換社債型の新株予約権的性質があり、SAFEに比べて投資家に有利に設計されていると言える。

3 シンガポールにおけるベンチャーキャピタル投資契約

(1)VIMAベンチャーキャピタル・モデル契約書

 シンガポールにおけるベンチャーキャピタル投資については、ベンチャーキャピタル協会であるSingapore Venture Capital & Private Equity Association(SVCA)、シンガポールの政府系ファンド、弁護士会、法律事務所などが中心となってVenture Capital Investment Model Agreements(一VIMA)と呼ばれる契約一式が作成・公表されている[1]。VIMAは、シンガポール会社法に基づき設立された会社の優先株式をベンチャーキャピタルが少数株主として引き受けることを前提として、シンガポール法に準拠し、シンガポールを紛争解決地とすることを想定して作成された契約である。

 主にシードラウンドやアーリーステージにある会社が、いわゆるシリーズAと呼ばれるベンチャーキャピタル投資家に向けて最初に株式を発行することを想定した契約として、現在に至るまで、以下の6種類の契約形態が公開されている。

1. Venture Capital Lexicon:創業者および投資家向けのベンチャーキャピタルの重要な条件やコンセプトの用語説明集
2. Series A Term Sheet(Long Form/Short Form):対象会社の株式の引受けや出資後の権利義務に関する主要な条件を定めたタームシート
3. Series A Subscription Agreement:対象会社の株式を引き受ける条件を定める契約
4. Series A Shareholders’ Agreement:対象会社に関する事項並びに対象会社の株主(投資家および創業家)間の権利義務を定める契約
5. Non-Disclosure Agreement(NDA):潜在的な投資家に情報を開示する際の、対象会社の秘密情報の取り扱いや守秘義務を定める契約
6. Convertible Agreement Regarding Equity(CARE):プレシリーズA段階における対象会社への投資を主に想定した契約(一定の条件発生時に投資家が株式または償還を受ける)

(2)CARESAFEKISSの相違点

 この点、6番目のCAREでは、投資家は満期日以降、いつでも投資額分を普通株式に転換することができる。仮に満期日よりも前に、当事者間で定めた一定額以上のエクイティ発行が行われる場合には、事前に定めた任意のレート/ディスカウントで優先株式に転換される。

以上のように、CAREは、満期日の設定がある点でSAFEとは異なり、また、満期日以降は優先株式でなく、普通株式に転換する点で、KISSとは異なっている。この意味でCAREは、SAFEとKISSの両者の間の契約形態と考えることもできる。

 その他、KISSとの比較では、バリュエーションキャップや資本流動時のキャッシュアウト倍率などKISSでは事前に固定される条件についても、交渉による任意の設定が可能となっており、KISSよりも柔軟な設計が可能であり、かように柔軟な分、交渉ポイントが増えるとも言える。また、KISSでは、転換後も優先株主として株主間での優先的な投下資本の回収などダウンサイド時の保護の余地が残るのに対し、CAREの満期日以降の転換ではこのような保護がなく、普通株主として対象会社側の立場に置かれる点にも違いがある。

4 SAFEおよびKISSのシンガポール法上の法的地位

 現状、シンガポールのスタートアップにおいて、上記のSAFE、KISS、CAREが一般的に用いられているという状況ではなく、米国由来のSAFEおよびKISSが法的に有効であることを明確に確認した判例は現在のところ存しない。しかし、シンガポールは典型的なイギリス型のコモン・ローの法域であり、投資契約に関しては、原則として、投資家、創業者およびスタートアップ企業が適切に合意をしたのであれば、それが無効となることは想定し難い。このため、SAFEおよびKISS方式でスタートアップに投資することも合理的であるといえよう。

 ただ、SAFE、KISS、CAREのいずれにおいても、一部の指定箇所を除き、変更を行わずそのまま締結することが前提とされており、これについて投資家側の有利に反映させた変更を行おうとする場合には、シンガポール法上の位置づけやシンガポール会社法との関係性を慎重に見極める必要があるといえよう。

                                   以上

[1] https://www.svca.org.sg/publications/vima-kit

Older Posts »