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2021年08月12日(木)10:31 PM

航空法改正による建設現場でのドローン活用への影響についてニュースレターを発行しました。 PDF版は以下からご確認ください。

航空法改正による建設現場でのドローン活用への影響

 

航空法改正による建設現場でのドローン活用への影響

2021年8月12日

One Asia Lawyers Group <style=”text-align: right;”>弁護士法人One Asia <style=”text-align: right;”>弁護士 江副  哲 <style=”text-align: right;”>同 藤村 啓悟

1. はじめに

 ドローン関連技術の向上により,物流等へのドローン活用ニーズが高まっている中,現行航空法(以下「現行法」といいます。)では認められていない「有人地帯における補助者なし目視外飛行」(レベル4飛行)[1]を可能とする航空法の改正案(以下「改正法」といいます。)が国会で成立し,令和3年6月11日に公布されました[2]

 本法改正では,前述のレベル4飛行を可能とすることによる都市部等の人口密集地帯上空での貨物輸送などといったドローン活用の幅を広げることが目的とされています。このほか,現行法で定められているドローン運用にかかる手続の簡略化も図られており,今までよりドローンを活用しやすい環境が整備されることになります。

 建設現場でも今後の労働力減少に対応すべく,国土交通省をはじめとしてICTの活用が推進されており[3],その一環としてドローンによる点検や測量,資材運搬等の自動化といった取り組みが進められています。ドローンをより有効活用することが可能となる今回の航空法改正は,建設現場でのドローン活用の推進にも影響があると見られます。

 以下では,今後ドローンを運航するにあたりどのような手続が必要となるかという改正法の概要を説明するとともに,実際に現場でドローンを運用するにあたり考慮すべき法的リスクについても解説します。

2. 改正法の概要

(1)レベル4飛行の解禁

 改正法の大きな変更点の一つは「有人地帯における補助者なし目視外飛行」の解禁です。

「有人地帯」とは,「人又は家屋の密集している地域」(以下「人口密集地」といいます。)を指しており(改正法132条の85第1項2号),人口密集地かどうかは,国勢調査の結果による人口集中地域か否かで判断されます(航空法施行規則236条の2)。都市圏,特に首都圏や京阪神地区はほぼ全域が人口集中地域であるため[4],当該地域では補助者による立入管理措置なしの目視外飛行は許可されませんでした。

 人口密集地での補助者なし目視外飛行が許可されることにより,都市圏で自立飛行のドローンによる点検や測量,建築資材の運搬等が可能となり,ドローン活用の幅が広がることになります。

(2)「特定飛行」の設定

 改正法は,飛行禁止空域(改正法132条の85第1項各号)での飛行及び,原則禁止となる飛行方法(改正法132条の86第2項各号)による飛行をまとめて「特定飛行」と定義しました(改正法132条の87括弧書)。

 大まかではありますが,飛行禁止空域での飛行には国土交通大臣の「許可」が,禁止される飛行方法での飛行には国土交通大臣の「承認」が原則必要となります。

【特定飛行】  ①飛行禁止空域(改正法132条の85第1項各号)    a.空港等の周辺の上空空域及び150m以上の高さの空域(1号)         b.人口集中地区の上空(2号)  ②禁止される飛行方法(改正法132条の86第2項各号)   c.夜間飛行(1号)        d.目視外飛行(2号)    e.人又は物件から30m未満の距離での飛行(3号)   f.イベント上空の飛行(4号)   g.危険物の運搬(5号)   h.ドローンからの物件投下(6号)

 特定飛行は以上のとおり整理されますが,飛行禁止空域及び禁止される飛行方法の内容自体は現行法から引き継がれており変更はありません。

(3)機体認証・技能証明制度

 ドローンの活用増加や,利用可能な範囲が拡大することで,ドローンの墜落・接触事故等による人・物への被害も必然的に増加することが予想されます。これに対応する形で,改正法は「機体認証」(改正法132条の13)及び「無人航空機操縦者技能証明」(改正法132条の40,以下「技能証明」といいます。)の制度を新設しました。改正法では,特定飛行を行うためには,この機体認証及び技能証明の取得が要件となります。

 取得には手間や費用が必要ですが,一方で取得によりレベル4飛行が許可される,現行法で求められていた許可・承認手続が簡略化される,あるいは不要になるというメリットもあります。

機体認証及び技能証明は以下のようにいずれも2種類に区分されています。

  【機体認証】(改正法132条の13第2項)    ①第一種機体認証:立入管理措置を講ずることなく特定飛行を行うドローンが対象    ②第二種機体認証:立入管理措置を講じた上で特定飛行を行うドローンが対象   【技能証明】(改正法132条の42)    ①一等無人航空機操縦士:立入管理措置を講ずることなく特定飛行を行う技能を証明    ②二等無人航空機操縦士:立入管理措置を講じた上で特定飛行を行う技能を証明

(4)許可・承認手続の合理化

 現行法では,特定飛行を行う場合には国土交通大臣の許可・承認が飛行毎に求められます。当該許可・承認の審査には,およそ2~4週間程度かかります[5]。このため,規制対象となる飛行を行うには,作業日より2~4週間前には申請を行う必要があり,申請から運用までに時間がかかっていました。

 改正法ではこれら許可・承認手続の合理化が図られています。

 空港周辺・人口密集地での立入管理措置無しの飛行(レベル4飛行)は機体認証・技能証明ともに一種・一等を取得したうえで,飛行毎の許可を得なければならないという厳格な手続を要求されます。

 一方で,機体認証及び技能証明を取得し,かつ立入管理措置を行っている場合,人口密集地での飛行や夜間飛行,目視外飛行,人・物件から30m以内の飛行を行うには国土交通省令で定める措置を講ずることのみで足り,運用毎に許可・承認を受けることは不要となります。

 また,立入管理措置を講じない夜間飛行,目視外飛行,人・物件から30m以内の飛行や,イベント上空の飛行,危険物運搬,ドローンからの物件投下については,機体認証・技能証明の取得で飛行毎の許可・承認手続にかかる審査の一部が省略される取り扱いとなる予定です。

 ドローン運用にかかる手続きの簡略化により,建設現場でのドローン運用コストが下がり,より積極的にドローンが活用されることが期待されます。

3. ドローン墜落等の事故発生時の法的責任 

(1)不法行為責任の問題

 建設現場でドローンを運用中に何らかの不具合や操縦ミスで墜落し,人ないし物と接触した場合には,ドローンの操縦者はもとより,現場監督者や元請企業まで責任を問われる可能性があります。特に,人の生命や身体に危害を加えた場合や,電車や航空機との接触,その他公共交通機関の運行に必要な設備等を損壊することにより遅延を生じさせた場合には,多額の賠償責任を負うことになりかねません。

 ドローン墜落事故の多くは,機体操作を誤ったり機体を見失うことで,樹木や電柱,民家等の建築物にドローンを接触させてしまうものです[6]。このような事故の原因は多くの場合,単純な操作ミスと考えられますので,不法行為上の過失が認められることになります。

 墜落等の事故原因がドローンの故障や動作不良,バッテリー切れの場合も過失が認められる可能性が高いことには注意が必要です。現行法でも,飛行前にドローンの外部点検及び動作点検や,ドローンを飛行させる空域及びその周囲の状況,バッテリーの残量の確認が義務付けられています(現行法132条の2第1項2号,航空法施行規則236条の4)。つまり,バッテリー残量不足でドローンを飛行させ,飛行中にバッテリー切れを起こした場合や,整備を怠ったことによる動作不良や部品の故障で墜落した場合には,ドローンの点検義務に違反したと認められることになるでしょう。

 また,同法では飛行に必要な気象状況の確認も義務付けられています。このため,急な強風等の気象現象によりドローンが煽られて墜落した場合でも,そのような強風が吹く可能性があることを事前に確認してドローンを飛行させるべき義務に違反しているとして,過失があると認められると考えられます。

 ドローンが墜落して人の生命や身体に危害を加えたときに不法行為上の過失が認められないケースとして考えられるのは,ドローン本体ないしバッテリー等の部品が製造過程の問題により,検査等によっても発見できない瑕疵を有しており,当該瑕疵を原因として墜落した場合など,かなり限定されると考えられます。

 以上のとおり,ドローンが人と接触した場合には,操縦者や企業に不法行為責任が認められる可能性が高く,多額の賠償責任を負うリスクがあることには注意しなければなりません。これを避けるためにも,経験と知識を持った操縦者が,適切に機体を維持管理し,さらに飛行空域の天候や障害物等の状況を十分に確認して飛行させることが必要です。

(2)東京地方裁判所昭和50年1月28日判決

 この裁判例は無人航空機を人に接触させ負傷させた事故について,無人航空機の操縦者に不法行為に基づく損害賠償責任を認めたものです。

 同裁判例は,ラジオコントロールによる模型飛行機(全長1メートル以上,エンジン部等に金属製の構造物を含む競技用のスタント機)のような「その構造や性質上,人に衝突するようなときは,多大の危害を負わすことが予測されるもの」を飛行させるときに「附近に人が居る場合には,当該場所の広さ,風向,風速等を考慮して,右飛行機の機能の範囲内において,人に衝突することが無いような飛行進路をとり,万が一にも,飛行進路が外れ飛行機が人に向かうような場合には,直ちに正常な飛行進路に回復し,これが不可能なときは急遽飛行機を墜落させる等の措置をとり,もつて人体に対する危害の発生を未然に防止すべき義務がある」と認定しました。

 ドローンの事故により人の生命,又は身体に対して後遺症の残るような多大な危害を及ぼした事例は国土交通省に報告があった限りでは現在まで存在しておらず,ドローン事故に関連する裁判例は蓄積されていません。しかし,ドローンの操縦にあたっても「場所の広さ,風向,風速等を考慮して」,「人に衝突することが無いような飛行進路をとり」,「飛行機が人に向かうような場合には」「直ちに正常な飛行進路に回復し,これが不可能なときは急遽飛行機を墜落させる等の措置」をとることで「人体に対する危害の発生を未然に防止すべき義務がある」ことは同裁判例のとおりです。

 ドローンにより人が死傷するか物が破損した場合には国土交通大臣に通報する義務が課されること(改正法132条の90第2項)と,ドローンの活用が広がることによる事故増加が相俟って,今後ドローン操縦者やその使用者の不法行為責任を争う事案も出てくる可能性が十分にあります。

(3)刑事上の責任

 ドローン墜落により人を死傷させた場合には,業務上過失致死傷罪(刑法211条)という刑事責任を問われる可能性があります。

 刑事責任についても,操縦者だけではなく,場合によっては操縦者を雇用する企業の経営者まで責任を問われる可能性があります。

 特に,現場でドローンを適切に維持整備せずに運用することが常態化しているのを知りながら,管理運用体制を整備せずに漫然とその状況を放置していたところで事故が発生したような場合には,企業経営者も刑事責任に問われることがある[7]ことには十分留意が必要です。

4. まとめ

 以上で解説しましたように,今回の航空法改正で建設現場におけるドローン活用の幅が広がるとともに,運用手続の簡略化によりコストの低下や運用の容易性向上に期待ができます。しかし,昨今ドローンによる事故が増加していることを受けて,ドローンの飛行に対してより厳格な規制も同時に設けられました。改正法では,技能認証や機体認証制度創設のように,操縦技能や機体管理・運行管理についてはより高い水準が求められることとなります。改正法施行後に建設現場でドローンを運用するには,多くの場面で機体認証や技能認証が必要です。これから機体認証や技能証明の取得方法等についても順次公表されると見られます。建設工事現場でドローンを運用中又は今後運用することを検討されている企業は,想定するドローンの運用方法と必要な手続を照らし合わせ,機体認証及び技能証明取得の要否を検討する必要があります。

 

[1] 国土交通省航空局「無人航空機のレベル4の実現のための新たな制度の方向性について」 〔 https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kogatamujinki/kanminkyougi_dai15/siryou1.pdf 〕 [2] 衆議院ホームページ「議案審議経過情報」 〔 https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_gian.nsf/html/gian/keika/1DD210A.htm[3] 国土交通省ホームページ「ICTの全面的な活用」〔 https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/constplan/sosei_constplan_tk_000031.html[4] 国土交通省ホームページ「無人航空機の飛行禁止空域と飛行の方法」 〔 https://www.mlit.go.jp/koku/koku_fr10_000041.html[5] 国土交通省ホームページ「無人航空機の飛行許可承認手続」 〔 https://www.mlit.go.jp/koku/koku_fr10_000042.html 〕 [6] 国土交通省「令和2年度 無人航空機に係る事故トラブル等の一覧(国土交通省に報告のあったもの)」〔 https://www.mlit.go.jp/common/001342842.pdf[7] 最高裁平成5年11月25日決定は,ホテル火災につき防火管理体制を確立すべき義務を怠ったこと等を理由として,ホテル経営者の同義務違反に業務上過失致死傷罪の成立を認めました。

2021年06月10日(木)9:54 AM

日本における男性の育児休業取得推進に関する育児・介護休業法改正の概要についてニュースレターを発行しました。
PDF版は以下からご確認ください。

日本:男性の育児休業取得推進に関する育児・介護休業法改正の概要

 

日本:男性の育児休業取得推進に関する育児・介護休業法改正の概要

2021年6月9日
One Asia Lawyers Group
弁護士法人One Asia大阪オフィス
代表パートナー弁護士 江副  哲
弁護士 藤村 啓悟

. 改正の目的

 2021年6月3日,衆議院において「育児休業,介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律及び雇用保険法の一部を改正する法律案」(以下,「改正法」といいます。)が可決されました。[1]施行日は2022年4月1日となります。

 法改正の主な目的は,男性の育児休業取得を推進することにあります。男性の育児休業は,現行の「育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律」(以下「現行法」といいます。)に従い,制度上は取得可能です。しかし,男性の育児休業取得率は2019年10月1日時点で7.48%にとどまり,女性の取得率(同時期で83.0%)と比較しても極めて低い水準にあるのが現状です。[2]

 少子高齢化による人口減少が社会問題となる中,男性の育児休業取得を推進し,そこから男性の育児への継続的な参加を促し,従来,育児を負担してきた女性の雇用継続や,子の出生数増加につなげることが今回の育児・介護休業法改正のねらいです。

2. 改正の概要

 改正法における主な改正点は,以下のとおりです。

 ①出生時育児休業の新設
 ②育児休業の分割取得制度
 ③育児休業を取得しやすい職場環境の整備
 ④育児休業取得率の公表促進

 これらは大要2つの趣旨に分けることができます。すなわち,育児休業制度の柔軟化と,男性が育児休業を取得しやすい職場環境の整備です。

 現行法の育児休業制度下では,男性の多くは出産直後の時期に育児休業を取得していました。[3]このため,出産直後の育児休業の取得をより容易にすべきことが,育児休業取得を希望する男性のニーズに沿っています。また,男性が育児休業を取得する際に,業務の都合や職場環境・雰囲気が取得の妨げとなっている実情があります。これらの事情を踏まえ,男性がより育児休業を取得しやすいように,育児休業制度の利用と職場環境の改善を促すという内容で改正が行われました。

3. 各新設制度の解説

 ⑴ 出生時育児休業

 改正法9条の2は「出生時育児休業」という新たな制度を設けました。子の出生から8週間に限り取得することができる育児休業となります。

 現行法でも,子の出生から8週間以内に育児休業を取得した場合,育児休業を再度取得することができる,いわゆる「パパ休暇」制度が設けられていました。しかし,その建付けは,育児休業を複数回取得することができるというものに過ぎず,育児休業の申出は休業開始日の1か月前までに行うのが原則でした。また,子の出生から8週間以内には1度しか育児休業を取得することができず,業務の状況や母子の状況を見て,育児休業を分割取得することもできないというものでした。

 改正法では,これらの問題を解消するために,通常の育児休業とは別の制度として「出生時育児休業」を設けました。同制度では,子の出生から8週間以内に,計4週間の休暇を2回まで分割して取得することができます(改正法9条の2第2項1号)。また,出生時育児休業取得の申出期限は休業開始日の2週間前までとされており,休業開始日の1か月前とされていたパパ休暇制度より短縮されています(ただし現行法と同様に,労働者が申出から2週間以内の日を休業開始日としても,事業主が同意すれば労働者の希望通りの日程で出生時育児休業を取得させても何ら問題ありません(改正法9条の3第3項)。)。また,労働者側から申出があった場合に限定されますが,出生時育児休業期間中に労働者を就業させることも可能となり(改正法9条の5第5項),業務と育児休業の調整が容易になっています。

 ⑵ 育児休業の分割取得制度

 出生時育児休業の期間(出生から8週間)経過後から子が1歳になるまでに,労働者は分割して2回(現行法は分割できず1回のみ)の育児休業を取得することができるようになりました(改正法5条2項)。

 また,現行法では子が1歳になった時点から1歳6か月になるまでと,1歳6か月になった時点から2歳になるまでにも育児休業を取得できましたが,休業開始日はそれぞれ子の1歳到達日及び1歳6か月到達日の翌日のみに限定されていました。これを改正法は,配偶者がすでに育児休業を取得している場合は,休業開始日を配偶者の育児休業終了予定日の翌日以前の日とすることができるようにしており(改正法5条6項),配偶者と交代で育児休業を取得できるようになりました。

 以上のとおり,改正法では現行法と比較して,育児休業の取得タイミング・期間が柔軟化し,男性が育児休業を取得しやすく,かつ女性の職場復帰が容易となるように配慮されています。

 ⑶ 育児休暇を取得しやすい職場環境の整備

 事業主は,労働者から本人またはその配偶者が妊娠・出産したことの申出を受けたときは,当該労働者に育児休業に関する制度を知らせるとともに,育児休業の申出に係る当該労働者の意向を確認するための面談等の措置を講じなければならないとされました(改正法21条第1項)。

 また,事業者が当該申出を受けた場合,その申出をしたことを理由として解雇その他不利益な取扱いをしてはならないとの規定も同時に設けられています(同条2項)。現行法では育児休業の申出又は育児休業取得を理由として不利益な取り扱いをしてはならないと規定されており(現行法10条),当該規定を拡張する形となっています。同項違反に対する刑事罰は設けられていませんが,育児休業取得を理由とする不利益的取扱いに対しては,現行法10条違反を理由として労働者側からの損害賠償請求等を認めた裁判例[4]も多々存在しますので,改正法21条2項違反も損害賠償請求等が認められる可能性が高いことには十分留意する必要があります。

 ⑷ 育児休業取得率の公表促進

 常時雇用する労働者の数が1000人を超える事業主は,毎年少なくとも1回,雇用する労働者の育児休業の取得の状況を公表する義務を負うことになりました(改正法22条の2)。

4. まとめ

 改正の概要は以上のとおりであり,育児休業制度・職場環境の両面からのアプローチにより,特に男性の育児休業の取得を推進しようとしています。

 男性の育児休業取得率は依然として低いものの,一貫して上昇し続けています。[5]また,男性の育児休業取得期間も長期化の傾向があります。[6]制度としてはすでに用意されている状況で,更に今回の改正が行われたことから,更なる男性の育児休業取得率向上を目指すという国の意向が明らかです。このため,今後も男女問わず育児休業取得率は上昇すると考えられます。また,大企業には育児休業の取得状況公表義務が課されることにより,各事業者の取り組みに対する社会的評価も行われることになります。事業者においては,改正法への対応のみならず,育児休業取得のための職場環境の整備等がより一層求められることになります。

以上

[1] 衆議院「育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律及び雇用保険法の一部を改正する法律案」(https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/houan/g20409042.htm

[2] 厚生労働省「調査結果の概要」(https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/71-r01/06.pdf

[3] 厚生労働省労働政策審議会雇用環境・均等分科会「男性の育児休業取得促進等に関する参考資料集」4頁(https://www.mhlw.go.jp/content/11901000/000727936.pdf)

[4] 東京地裁平成29年7月3日判決『判例タイムズ』1462号176頁

[5] 男女共同参画推進局「Ⅰ-特-21図 男性の育児休業取得率の推移」(https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/r02/zentai/html/zuhyo/zuhyo01-00-21.html

[6] 男女共同参画推進局「男女共同参画白書令和2年版 第2節家族類型から見た「家事・育児・介護」と「仕事」の現状」(https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/r02/zentai/html/honpen/b1_s00_02.html

2021年03月23日(火)1:55 PM

日本におけるコーポレートガバナンス・コードの改訂についてニュースレターを発行しました。
PDF版は以下からご確認ください。

日本におけるコーポレートガバナンス・コードの改訂について

 

日本:コーポレートガバナンス・コードの改訂について

2021年3月23日

One Asia Lawyers Group
弁護士法人One Asia
日本法弁護士 江副  哲
同      藤村 啓悟
同      栗田 哲郎

1. はじめに

 2021年にコーポレートガバナンス・コード(以下「CGコード」といいます。)の改訂が予定されています( 2018年の改訂時には,2021年3月に改訂案が発表され,同年6月1日に改訂されるというスケジュールでしたが,現時点では,改訂案は発表されていません。)。

コーポレートガバナンスの課題を検討する,金融庁主催の2021年12月8日開催のCGコードフォローアップ会議では,「コロナ後の企業の変革に向けた取締役会の機能発揮及び企業の中核人材の多様性の確保(案)」と題する意見書(以下「意見書」といいます。)につき議論されました。

 意見書は,これまでのフォローアップ会議での議論を取りまとめたものであり,改訂案について言及されていますので,CGコードの改訂案は意見書の内容を参照する形で作成される見通しです。

 今回のCGコード改訂は,東京証券取引所の市場区分再編とも関連しています。そのため,本稿では意見書の内容から,改訂予定の内容を概説するとともに,東証の市場区分再編との関わりも説明します。

2 改訂の背景

 CGコードは2015年に策定され,2018年に改訂が行われています。今回は2度目の改訂で,3年に1度のペースで改訂が行われています。

 改訂はコーポレートガバナンスの課題に対応する形で行われます。前記のフォローアップ会議では,資本コストを意識した経営,取締役会の機能発揮, 中長期的な持続可能性,監査の信頼性の確保,グループガバナンスのあり方,コロナ後の企業の変革などといった課題が挙げられており,これら課題について議論が行われています。意見書は,これらのうち,取締役会の機能発揮,中長期的な持続可能性に関連する事項の改訂につき,提案を行っています。

3. 独立社外取締役の3分の1以上の選任

 意見書では,2022年に予定されている東京証券取引所の市場区分再編後のプライム市場につき,その上場企業に対し,独立社外取締役の3分の1以上の選任を求めるべきであると提案しています。 これは,諸外国のCGコードや上場規則の大半は,3分の1以上ないし過半数の独立社外取締役の選任を求めていることや,独立社外取締役が企業の経営環境の変化を見通し,経営戦略に反映させることを期待してのことです。

 また,諸外国のCGコードや上場規則が過半数の独立社外取締役の選任を求めていることも踏まえ,それぞれの経営環境や事業特性等を勘案して必要と考える企業には,独立社外取締役の過半数の選任を検討するよう促すべきであるとの提案もなされています。

 ただし,これは独立社外取締役を増加させればさせるほど,期待される企業価値の向上及び経営監督機能の強化に資するという前提に立ったものです。現状では,独立社外取締役の数を増加させることのみを目的とすることに否定的な意見もあります。  

 しかし,特に支配会社を有する上場企業については,そのような企業特有の問題に対応するために,過半数の独立社外取締役選任を求めることが積極的に検討されています。支配会社を有する上場会社では,支配会社と少数株主との間に構造的な利益相反リスク(例えば親会社と子会社間の取引の場合など)があるため,取締役会の独立性を高める必要性があるからです。

 2021年1月26日開催のCGコードフォローアップ会議では,会議メンバーから支配会社を有する上場会社では,独立社外取締役を過半数選任とすべきという意見も複数出ている状況です。        今後の会議の議論次第では,支配会社を有する上場会社は,特別に独立社外取締役の過半数の選任を要求される可能性があります。

4. スキルマトリックスの公表

 意見書では,スキルマトリックスの開示を求めることが提案されています。

 スキルマトリックスとは,各取締役が有するスキルを,マトリックス表でまとめたものになります。

 スキルマトリックスを開示することの意義は,株主が取締役会のスキル構成を知ることができることに加え,会社自身が取締役会の構成を検討し,説明することに資する点にあります。

 上記のような意義・目的の達成手段として,各取締役の有するスキルの組み合わせ,いわゆるスキルマトリックスの開示を求めることが検討されています。

5. 企業の中核人材における多様性(ダイバーシティ)の確保

 社会の多様化に対応し,企業の持続的な成長を確保する上では,企業内に異なる経験・技能・属性を反映した多様な価値観が求められます。このため,企業内の多様性を確保することについても,CGコードの改訂案として提案されています。

 意見書は,企業内の多様性確保を推進するために,女性・外国人・中途採用者の管理職への登用等,中核人材の登用等における多様性の確保についての考え方と自主的かつ測定可能な目標を示すとともにその状況を公表することを求めるべきとします。

 また,意見書は,多様性の確保を推進するための人材育成体制や社内環境整備を促すために,企業が多様性の確保に向けた人材育成方針・社内環境整備方針をその実施状況と合わせて公表するように求めるべきとしています。 

6. 市場区分再編との関連

 今回のCGコード改訂で,上場企業に大きな影響があるのは,東京証券取引所の市場区分再編にあたっての市場選択手続です。特に,2022年の新市場区分移行後の「プライム市場」では「より高いガバナンス水準」が求められます。

 市場選択手続では,改訂後CGコードの内容を反映したコーポレートガバナンスに関する報告書が提出書類となっています。

 したがって,上場企業においては,新市場区分の市場選択手続にあたり,改定後CGコードへの対応が必要となる可能性がありますので,今後もCGコードフォローアップ会議における議論の動向を注視する必要があります。

 

以上

2021年03月23日(火)1:50 PM

日本における資金決済法改正にかかる資金移動業と収納代行への規制見直しについてニュースレターを発行しました。
PDF版は以下からご確認ください。

日本における資金決済法改正にかかる資金移動業と収納代行への規制見直しについて

 

日本:資金決済法改正にかかる資金移動業と収納代行への規制見直しについて

2021年3月23日

One Asia Lawyers Group
弁護士法人One Asia
日本法弁護士 江副  哲
同      藤村 啓悟
同      栗田 哲郎

 

1. はじめに

 2020年6月5日に成立、同月12日に交付された「金融サービスの利用者の利便の向上及び保護を図るための金融商品の販売等に関する法律等の一部を改正する法律」(令和2年法律第50号)の施行が、2021年に予定されています。同法は、法令名のとおり金融サービスの利用者の利便性向上と保護の確保を目的としており、金融商品取引法、金融商品販売法、銀行法、保険法等、資金決済法等につき横断的な改正が行われています。[1]

 以下では、同法のうち、「資金決済に関する法律」(以下「資金決済法」といいます。)の改正部分につき、概要を説明します。

2. 改正の背景及び概要

 今回の資金決済法改正は、情報通信技術の発展と、資金決済ニーズの多様化に対応するために行われます。具体的には、①キャッシュレス決済の普及に伴う、利用者の利便性の向上と、②キャッシュレス決済利用者の保護による安心・安全の確保といったニーズの実現を図ることを目的としており、その実現手段として、規制の見直しが行われました。改正が行われた項目は大きく分けて、資金移動業の規制見直しと、収納代行への対応の2点となります。

3. 資金移動業の規制見直し

 従来の資金決済法では、資金移動業者は100万円を上限とした為替取引のみ認められていました。しかし、海外送金を含めて、個人による高額商品・サービスの購入や企業間決済の際に利用する等のニーズが利用者側にありながら、従来の資金移動業者はこれに対応することができませんでした。また、送金の取扱件数が増加する一方で、送金のニーズは低額の送金が大半を占めており、件数ベースでは5万円未満の送金が約9割に上ります。つまり、キャッシュレス決済利用者には、100万円以上の高額決済と、5万円以下の少額決済のニーズがあります。これに対応するため、改正資金決済法は資金移動業者を以下の3類型に再構成することとなりました。

・高額類型「第一種資金移動業」(認可制):100万円以上の為替取引を取り扱い可能

 ・現行類型「第二種資金移動業」(登録制):100万円以下の為替取引のみ可能
 ・少額類型「第三種資金移動業」(登録制):5万円以下の為替取引のみ可能

 これまでの資金移動業者は、登録を受ければ資金移動業を営むことができました。第二、第三種資金移動業は、これまでと変わらず、登録を行えば資金移動業を営むことができます。しかし、第一種資金移動業については、内閣総理大臣の認可を受けなければならない認可制とされ、より厳格な手続きが求められます。

 改正資金決済法は、資金移動業を上記の3類型に分けたうえで、それぞれの類型に対応する形で、利用者資金の保全に関する規制を定めています。また、現行法と同様、利用者資金の保全方法として供託、保証、信託の手段を採用していますが、改正資金決済法では、保全のタイムラグの縮小(現行法で要求される供託等の額は、前週の預かり額の実績により決定されますが、その場合、実際に利用者から預かっている額と供託額にズレが生じます。)の観点から、見直しが行われています。

 現行法と大きく異なる保全方法が採用されているのが、第三種資金移動業です。第三種資金移動業を営む事業者は、内閣総理大臣に届出書を提出すれば、履行保証金供託などの既存の保全方法に代えて、銀行等に対する預貯金で保全額を管理することが認められます。

 また、滞留規制に関連して、第一種資金移動業を営む資金移動業者に対しては、具体的な送金指示(移動する資金の額、資金を移動する日、資金の移動先)を伴わない資金の受け入れを禁止する規制と、資金の移動に関する事務処理のために必要な期間を超えた為替取引に関する資金の受入を禁止する規制が設けられています。第一種資金移動業は高額の資金移動を取り扱う関係上、破綻等した場合の利用者に与える影響や社会的・経済的な影響は他の類型と比較しても大きくなります。このため、運用上・技術上必要な期間を越えて利用者の資金が滞留しないようにする、厳格な滞留規制が課されます。なお、第一種資金移動業者が行う為替取引には、1件当たりの金額が100万円以下であっても、上記の滞留規制が課されることには注意が必要です。      

   第一種資金移動業

第二種資金移動業

    第三種資金移動業




・①移動する資金の額②資金を移動する日③資金の移動先を明らかにすること(改正資金決済法51条の2第1項)

・資金の移動に関する事務を処理するために必要な期間を超えて債務を負担しないこと

(同条2項)

・為替取引に関する債務が100万円を超える場合、利用者の資金が為替取引に用いられるものか確認するための体制を整備すること(改正内閣府令30条の2第1項)

・為替取引に用いられないものを保有しないための措置を講じること(同条2項)

滞留可能








供託,保証,信託

供託,保証,信託

供託,保証,信託

自己の財産と分別した預金管理も可能
(改正資金決済法45条の2第1項)

 

4. 収納代行への対応

 また、現行法では、債権者の依頼を受けて債務者から代金を回収(収納代行)する事業者は、規制対象に含まれていませんでした。

 改正資金決済法は、利用者保護の観点から、近年登場した「収納代行」と称しつつ、実質的には一般利用者間の送金を行うサービスについて「為替取引」に該当するとし、資金移動業の登録を求めることを明確化しました(改正資金決済法2条の2)。

 ただし、「為替取引」に該当するとして資金移動業の登録を求めることが明確化されたのは、いわゆる「割り勘アプリ」などと言われる、実質的に一般利用者間の送金サービスとなっているものだけになります。宅配業者の代金引換や、コンビニの収納代行といった、企業が受取人となっている送金サービスは、現在まで深刻な問題は指摘されていません。そのため、債権者が事業者で、かつ、債務者(一般利用者)に二重払いの危険がないものについては、利用者保護の必要性は小さいことから、現状維持として資金移動業の登録は義務付けられていません。

以上

 

[1]金融庁「金融サービスの利用者の利便の向上及び保護を図るための金融商品の販売等に関する法律等の一部を改正する法律案 説明資料」2020年3月(https://www.fsa.go.jp/common/diet/201/01/setsumei.pd)

国立国会図書館「金融サービスの利用者の利便の向上及び保護を図るための金融商品の販売等に関する法律等の一部を改正する法律 法令情報詳細画面」

(https://hourei.ndl.go.jp/simple/detail?lawId=0000151757&current=-1)