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2023年08月14日(月)11:00 AM

マレーシア個人情報保護における新しい実務指針についてニュースレターを発行いたしました。 PDF版は以下のリンクからご確認ください。

マレーシア個人情報保護における新しい実務指針~General Code of Practice~

マレーシア個人情報保護における新しい実務指針
~General Code of Practice~

2023年8月
One Asia Lawyers Group
マレーシア担当
日本法弁護士  橋本  有輝
マレーシア法弁護士  Clarence Chua Min Shieh

1.はじめに

マレーシアでは、2010年に個人情報保護法(PDPA)が制定され、個人情報保護に関する統一規範として機能している。

その後、下位法令や規則が定められて来たところ、本稿では、そのような規則の一つである、新しく発行された一般的実務指針(General Code of Practice。以下GCOP)を取り上げる。

GCOPは、実務指針ではあるものの、法律と同様の効果があるとされており、違反した場合にはPDPA29条に基づく罰則の対象となるとされており[1]対象となる業種の企業にとっては、決して軽視することが出来ないものである点に留意が必要である。

2.GCOP制定の背景・適用される企業

 一部の個人情報使用者は[2]、個人情報の処理に先立ち、「登録情報使用者」として個人情報保護部門に登録する必要がある。現在、登録が必要な情報使用者のクラスは、通信、銀行・金融機関、保険、健康、観光・ホスピタリティ、運輸、教育、サービス(法律、監査、エンジニアリングなど)、不動産、公益事業、質屋[3]がこれに該当する。

また、以上のクラスについては、PDPAにおいて、実務指針の策定が要求されているところ、実際、特定の情報使用者クラスについては、実務指針が随時発行されている[4]。実務指針の目的は、各情報使用者のクラスに固有の状況乃至ビジネス環境に対応するための具体的な実務上の枠組みを提供することである。

しかし、PDPAの要求に関わらず、情報使用者の中には独自の実務指針を策定しないものがあった。GCOPはこの事態に対処するために構築され、2022年12月15日に発行されたものである。つまり、GCOPは、PDPAに基づき実務指針が要求されているものの、いまだ実務指針を策定していない情報使用者クラスの企業に適用されることになる。

具体的には、以下のクラスに適用されることになるとされている。

業種 詳細
通信事業 Postal Services Act 2012に基づくライセンス保有業者
健康 Private Healthcare Facilities and Services Act 1998に基づくライセンス保有業者
観光 Tourism Industry Act 1992に基づき、観光研修機関、認可ツアーバス運行業者、旅行代理店、ツアーガイドを経営または運営する者
Tourism Industry Act 1992に基づき、登録された観光宿泊施設を運営する者
教育 Private Higher Education Institutions Act 1996に基づき登録されている私立高等教育機関
Education Act 1996に基づき登録されている私立学校または私立教育機関
ダイレクト販売業 Direct Sales and Anti-Pyramid Scheme Act 1993に基づくライセンス保有者
サービス業 監査、会計、エンジニアリング、建築設計を行う会社又はパートナーシップ
Control Supplies Act 1961に基づく小売業・卸売業を行う会社又はパートナーシップ
Private Employment Agencies Act 1981に基づく人材紹介業を行う会社又はパートナーシップ
不動産 Housing Development (Control and Licensing) Act 1966に基づくライセンスを保有する住宅開発業者
Housing Development (Control and Licensing) Enactment 1978 Sabahに基づくライセンスを保有する住宅開発業者
Housing Developers (Control and Licensing) Ordinance 1993, Sarawakに基づくライセンスを保有する住宅開発業者
質屋 Pawnbrokers Act 1972に基づくライセンスを保有する質屋
貸金業 Moneylenders Act 1951に基づくライセンスを保有する貸金業者

 

GCOPには全部で12のパラグラフがあるが、ここでは、個人情報収集時の規制、個人情報保有時の規制、情報主体の権利に関する規制、そして最後にエンフォースメントに関する規制の4つに分けて説明する。

3.個人情報を収集する際の規制

 3.1. 同意取得

情報処理者が情報処理を行う前に、情報主体による同意の要件に目を向け、同意を求める際に必要な情報を提供する必要がある。

GCOPは、PDPAのメカニズムを変えるものではない。しかし、同意は情報使用者によって適切に記録され、維持されなければならないとしている[5]。当該同意はまた、情報主体が当該個人情報の収集、処理、および/または開示の目的に同意したことを最も明確に示すものでなければならない[6]

同意のための書式は、GCOPにもひな型が添付されているため、情報使用者は、これに依拠することができる[7]

また、書面同意がない場合については、情報対象者が自発的に個人情報を提供する行為[8]、記録された口頭による同意[9] など、「行為による同意」とみなされる情報主体の行為についても本GCOPが規定しているので参考となる。

3.2. 個人情報保護に関する通知

個人情報保護に関する通知については、個人情報の収集前または収集後できる限り速やかに、情報主体に提供されるべきである[10]。この点に関するGCOPの内容は、ほとんどPDPA第7条の繰り返しである。

ただし、通知書に記載すべき事項が具体的に記載されているため[11]、このような通知を作成していない情報使用者は、 GCOPが提供するテンプレート[12]を参照することができる。

また、GCOPは、通知の伝達方法(物理的なコピーの交付、電子メール、情報使用者のウェブサイトなど)[13]についてのガイダンスを提供している。なお、何が最も適切な通知方法であるかは、情報使用者自身が決定するものとされている[14]

4.情報保有時の規制

元々、個人情報保護基準2015(「2015年基準」)は、「安全性原則」、「保持原則」、「完全性原則」を満たすためのガイダンスを提供していた。GCOPは、第6項から第8項において、2015年基準をベースとし、それを若干敷衍している。

個人情報の安全性に関して、GCOPは、個人情報の性質や機密性の度合いによって、実務的な措置がケースによって異なる可能性があることに言及している[15]。このことを念頭に置いて、GCOPは、スタッフのアクセス管理について、電子情報[16]と物理的なコピー[17]の両方について、登録簿の作成、雇用の決定によるアクセスの停止、制限の設定、アクセスシステムの構築などの措置を取ることを推奨している。情報処理者が任命された場合、その情報処理者は任命された情報使用者と同様のセキュリティ基準を遵守することが求められる[18]。GCOPは廃棄制度についても規定している。すなわち、個人情報を削除または破棄する場合、その削除および/または破棄は永続的なものでなければならず、その旨記録する必要がある[19]

5.情報主体の権利に関する規則

 これは、GCOPの第9項および第10項に規定されている。情報へのアクセスや訂正の要請を21日以内[20]に対応することなどが盛り込まれている。また、GCOPはダイレクト・マーケティングに関する「オプトアウト」オプションを以下の通り改善した[21]

特に、第 10.6.4 項は、情報使用者がダイレクト・マーケティングのために情報を処理できる場合を明確にしている。ここでは、同意の取得がある場合に加え、情報主体がダイレクトマーケティング組織の身元および収集・開示の目的を知らされる場合、または情報使用者が個人情報収集時に情報主体にオプトアウトの選択肢を提供することを約束する場合などに、ダイレクト・マーケティング目的で個人情報を使用することができる[22]。これに対し、情報主体は、リクエスト・フォームによるオプトアウトが可能である[23](情報使用者は、GCOP添付のテンプレートを使用することが推奨される[24])。 

6.施行規則

これはGCOPの第11項および第12項に規定されている。

情報使用者は情報保護管理に関して社内体制を整備する義務がある。特に、内部監査体制を整備し、従業員に必要な研修を実施し、法律や規制の進展に注意を払う必要がある[25]

最後に、第12項では、個人情報保護委員会が、指定された日から2年以内に、特定クラスの情報使用者のためのCOPを作成する機関を指定する権限を与えられている。情報使用者の特定のクラスについてCOPが発行されると、GCOPは適用されなくなることに留意すべきである。

7.結論

 総じてGCOPは、従前の個人情報の在り方を大きく変更するものではないが、実践的かつ網羅的なガイダンスを提供するものであって、情報使用者はこれを真剣に受け止める必要がある。また、情報使用者に適用される規定の遵守を怠った情報使用者は犯罪を犯し、有罪判決を受 けた場合、10万リンギ以下の罰金もしくは1年以下の禁固刑、またはその両方が科される[26]

そのため、影響を受ける情報主体は、GCOPを遵守することが強く推奨されます。GCOPの遵守に関するオーダーメイドのサポートをご希望の場合、またはGCOPのトピックについてご質問がある場合は、遠慮なく弊社までご連絡ください。

 

[1] GCOP 1.2.1
[2]PDPA第14条、第15条、第16条
[3]Personal Data Protection (Class of Data Users) Order 2013の別表およびPDPA第29条
[4] 実務指針を定めたクラスとして、以下がある。
・the private hospitals of the healthcare sector;
・the utilities sector, water and electricity;
・the financial sector;
・the communications sector;
・the insurance sector; and
・the aviation sector.
[5] 3.3.1 GCOP
[6] 3.3.2 GCOP
[7] 3.3.3(a) GCOP
[8] 3.3.3(b) GCOP
[9]3.3.3(c) GCOP
[10]4.1 GCOP、セクション7(2) PDPA
[11]4.4 GCOP
[12]Appendix1 GCOP
[13] 4.6.1 GCOP
[14] 4.6.2 GCOP
[15] 6.2 GCOP
[16] 6.3 GCOP
[17] 4 GCOP
[18] 6.5 GCOP
[19] 7.4 GCOP
[20]10.2.3(c)および(d)、10.3.4 GCOP、PDPA第31条(1)および第35条(1)
[21] PDPA第43条
[22]10.6.4 GCOP
[23]当初はPDPA第43条(2)に規定されていたが、現在はGCOP第10.6.1項に規定されている。
[24] Appendix2、3、4 GCOP
[25] 11.3、11.4、11.5、11.6 GCOP
[26]1.2.1 GCOP

2023年07月14日(金)4:55 PM

マレーシアにおける日本の判決の執行についてニュースレターを発行いたしました。 PDF版は以下のリンクからご確認ください。

マレーシアにおいて日本の判決を執行できるか

マレーシア雇用法が企業にもたらす利益

2023年7月
One Asia Lawyers Group
マレーシア担当
日本法弁護士   橋本  有輝
マレーシア法弁護士  Clarence Chua Min Shieh

1. はじめに

 日本の法人であるA社は、マレーシアの法人であるB社との間で、売買契約を締結した。
同売買を定めた契約書には、同契約に関する紛争は、日本の裁判所が専属的な管轄権を持っていると規定していた。
 そこで、A社は、日本においてB社を提訴し、仮に、送達などの問題もクリアし、B社に対する勝訴判決(例えば1000万円の支払いをB社に命じる判決)を得たと仮定する。
 しかしながら、B社は、判決に従った支払いをしないため、A社は判決を用いてB社に対する強制執行を検討することにした。
 ところが、B社は、マレーシア法人であり、専らマレーシア国内において事業を行っていたため、日本には見るべき資産は何もなかった。
 さて、A社は、日本の裁判所が下した判決をもって、B社がマレーシア国内に有する資産の差し押さえなどの強制執行手続きをマレーシアにおいてとることが出来るのであろうか。
 前置きが長くなったが、これが本稿のテーマである。

2. 外国判決の執行に関する2つのルール

(1)法律に基づく外国判決の執行
 1958年判決相互執行法(Reciprocal Enforcement of Judgment Act 1958、以下「REJA」という。)の下では、その別表に記載されている国の判決を、マレーシアで強制執行できるとされている。
 しかしながら、同別表に記載された対象国は、英国、香港、シンガポール、ニュージーランド、スリランカ、インド、ブルネイに留まる。
 ここには、日本が含まれていないため、REJAに基づき、日本の裁判所が出した判決をもって執行を行うことはできない。
(2)コモン・ローに基づく外国判決の執行
 REJAに含まれない国の裁判所が出した判決を執行するには、もう一つのルートであるコモン・ローに基づく執行に依る他ない(common law action)。
 この手続きは、いわば外国判決の存在を一つの請求原因として、マレーシアにおいて新たな訴訟を提起するという手法である。
 以下、簡単に両手続きをまとめてみる。

3. REJAに基づく執行

(1)要件
 REJAに記載された国の裁判所が出した判決は、以下の要件を満たす場合、REJAに基づく強制執行が可能である[1]。
 ① 判決日から6年が経過していないこと、
 ② 判決内容が未だ充足されていない(判決が不履行である)こと、
 ③ 判決の出された国では執行が出来なかったこと、及び
 ④ 金額の明示された金銭の支払いを命じる確定判決であること。
(2)手続き
 宣誓供述書を添えてOriginating Summonsと呼ばれる書面を裁判所に提出し、当該外国判決の登録を求める。登録がなされると、当該外国判決は、マレーシア国内で出された判決と同じ取り扱いになる。
(3)被告が出しうる異議
 REJA第5条には、前の裁判での被告が上記手続きにおいて出しうる異議として以下のような事由を列挙している。これらに該当する場合、外国判決は無効となる。
 ① 元の判決をした裁判所が、判決事項につき管轄を持っていなかった、
 ② 被告は、元の裁判において出廷するための十分な機会を与えられなかった、
 ③ 元の判決が、詐欺的又は公序良俗に反する方法で取得された、又は   

4. コモン・ローに基づく執行

(1)要件
 コモン・ローに基づく執行については、制定法は存在しないが、この点につき、インドネシアの判決を取扱ったPT Sandipala Arthaputra v Muehlbauer Technologies Sdn Bhdの事例が参考となる。
 この事例では、コモン・ローに基づく執行は、以下の要件を満たす必要があるとされた。
 ① 元の判決が確定していること、
 ② 元の判決を下した裁判所が判決事項につき管轄を持っていたこと、及び
 ③ 元の判決の効力を認めるにつき、抗弁が存在しないこと。
(2)手続き
 この手続きは、通常の訴訟と同様、裁判所に外国判決の存在を一種の請求原因として、裁判所に訴訟を提起することで行われる。ただし、被告は、上記(1)の要件の存在を争うことはできるが、元の判決の基礎となった事実関係に関する反論を新たに提出できるわけではない点に特異性がある。
 また、この訴訟は、あくまで通常訴訟であるため、外国判決が存在することやその判決内容に関しても、訴訟上の証拠能力の議論が当てはまる。
 例えば、外国判決の存在については、その原本又は認証された写しが必要であるし[2]、また判決が英語以外で記載されている場合には、英語又はマレー語への翻訳も必要であり[3]、これらを欠いた場合は、請求が認められないことを結果しうる。

5. 以上、マレーシアにおける外国判決の執行に関する最新の動向について、少しでもご理解いただけたなら幸いです。上記の論点についてご質問がございましたら、お気軽にご連絡ください。また、今後のマレーシア民事訴訟シリーズでは、上訴および外国判決の執行全般についてより深く掘り下げていきますので、どうぞご期待ください。

 

[1] Section 3(3) and 4(1) REJA
[2] Section 78(1)(f) and 86 of Evidence Act 1950
[3] Penbinaan SPK Sdn Bhd v Conaire Engineering Sdn Bhd LLC [2023] 3 CLJ 677

2023年04月13日(木)2:21 PM

マレーシアにおける民事裁判についてニュースレターを発行いたしました。 PDF版は以下からご確認ください。

マレーシアにおける民事裁判(5) ~略式判決・欠席判決~

 

マレーシアにおける民事裁判(5) ~略式判決・欠席判決~

2023年4月
One Asia Lawyers Group マレーシア担当
日本法弁護士   橋本  有輝
マレーシア法弁護士  Clarence Chua Min Shieh

1.はじめに

 マレーシアにおける裁判の在り方について概説している本シリーズであるが、今回は、正式裁判に至らずに裁判が終了する場合、すなわち、略式判決及び欠席判決について説明する。

 マレーシアは、英米法の司法制度を採用しているため、正式裁判に以降した場合には、厳格な手続きのもと裁判が行われることになり、これに要するリーガル・コストや解決に至るまでの期間が膨大なものとなり得る。その観点で見ても、正式裁判に至らずに紛争を解決できる略式判決(訴訟提起から4-6か月程度での解決が見込まれる)や欠席判決(訴訟提起から3か月程度での解決が見込まれる)の制度は実務的にはかなり重要である。

2.略式判決(Summary Judgment)

 裁判所規則(ROC)第14条のRule 1(1)によれば、原告は、被告が出廷した後、被告が、損害賠償請求額に関するものを除き、請求またはその一部に対して反論をしないことを根拠として、裁判所に対して被告に対する略式裁判の命令を申請することができる。つまり、略式裁判は、相手方が出廷はするものの法的な意味での反論がない場合又は反論の根拠が極めて弱い場合に迅速に判決を出すことができるようにするものである。例えば、貸金の返還請求裁判において、被告が「お金がないので返せない」とだけ主張することは、法的な意味での反論にはなっていないため、略式裁判に相応しいという判断となり得る。

 このような略式裁判は、原則として、令状(Writ)または訴状(Statement of Claim)で始まるすべての訴訟について認められている。

 逆に、事実の存否に関する主張が対立しているような場合は、証人尋問が必要と考えられ、略式判決は認められない。例えば、貸金の返還請求裁判において、被告が「お金を借りたのではなく贈与であった」とか、「お金は借りたが返した」と主張する場合である。このほか、裁判所規則では、名誉毀損、悪意のある訴追、結婚の約束違反などに関する裁判の場合、略式判決ができない旨を定めている 。また、被告が政府である場合も略式判決ができない 。

3.略式判決を申し立てる方法

 原告は、自身の案件が略式判決に適していると考える場合、以下の3つのことを確認する必要がある  。第一に被告が出廷していること、第二に訴状(statement of claim)が提出されていること、最後に略式裁判の申立てを裏付ける宣誓供述書(Affidavit)が 裁判所規則の定める要件(主に下記4のRule2(1)の要件)に合致していることである。また、この申立ては、宣誓供述書(Affidavit)を添付した申立通知書(Notice of Application)によって行われる必要がある。

 申立ての時期については特段の期限はないものの  、何ヶ月も経ってから申し立てた場合、当該遅延につき正当な理由が要求され、場合によっては裁判所の裁量で却下される可能性もある  。

4.略式裁判のための宣誓供述書に関する留意点

 略式裁判の申立てを基礎づける宣誓供述書は、原告の請求に異議を唱える実質的な反論が存在しないことを明確に述べなければならない 。申立書が提出されると、その写しは被告及び/又はその弁護士に送達されなければならない。被告は、実質的な反論があり、裁判期日が必要であることを表明することで、これに異議を唱える必要がある。

 この異議申し立ては、原告の宣誓供述書に対する反論としての供述書(Affidavit in Reply)を通じて行われる。

 ここでは、被告が単なる否定をするだけでは足りず、原告の主張を否定するような関連する事実(単なる否認ではなく、積極的な事実の主張)が述べられる必要がある 。また、相殺や反訴が反論とみなされることもある (反訴が原告の本来の請求とどの程度関連しているかによる)。被告によって反論の供述書が提出されると、原告は反論する機会を得て、通常、当事者は宣誓供述書の提出はこれで終了となる。

 上記の後、審問が行われ、原告が、被告が請求に対抗する実質的な反論を持たないことを証明できれば、略式判決が下され、事件はそこで終了する。しかし、案件が正式裁判にかけられるべきであると判断された場合、裁判官は申立てを却下する。

5.欠席判決とは

 以上は、被告があくまで出廷をしたうえで、効果的な反論を持たない場合の説明であったが、被告が出廷すらしない場合に登場するのが、欠席判決である。

本シリーズの(2)で説明した通り、WritとStatement of Claimの送達を受けた被告は、Order12のRule4では、出廷は訴状が送達された日から14日以内に行わなければならないと定めている。この期限を徒過した場合、欠席判決がなされる。

 ただし、欠席判決は、予定損害賠償額の請求であれば終局判決となるが、それ以外の損害賠償請求の場合や不動産の明渡しを求める訴訟の場合は、裁判所が損害額を評価する等のための中間判決になる。また、被告が政府である場合は、欠席判決はなされない。

6.欠席判決の手続き

 上記の14日間が経過すると、原告は欠席判決を要求することができる。欠席判決が認められるためには、原告は、第一に令状の送達が適切に行われたこと  、第二に送達を証明する宣誓供述書があること  、不出頭証明書(Certificate of Non-Appearance)があることを示す必要がある 。

すべての書類が提出されると、欠席判決が原告に渡される 。

 とはいえ、何らかのやむを得ない事情により、被告が出廷できなかった場合もあり得るところである。Order 42 のRule 13では、欠席判決が被告に送達された日から30日間、被告が欠席判決の無効化を申立てるための猶予期間が認められている。この無効化を行うには、被告からの宣誓供述書を添付した申請通知が必要である 。ただし、この無効化が認められるか否かは、裁判所の完全な裁量に委ねられている 。 したがって、訴状が送られてきた場合には、早急に対応を検討する必要があると言える。

7.欠席判決の種類

(1)予定された損害賠償の請求のみを行う場合:この場合の欠席判決は、終局判断となる(Order 13 Rule 1)。

(2)予定された損害賠償の請求以外の損害賠償を行う場合、動産・不動産の返還請求を行う場合:これらの場合の欠席判決は、損害の存否のみに関する中間判決となり、損害の査定等の審理を続けることになる(Order 13 Rule 2-4)。

(3)それ以外の請求の場合:この場合中間判決は出ず、その代わり被告が出席したと見做されたうえで審理が続行する。

8.まとめ

 上記についてご不明な点がございましたら、お気軽にお問い合わせください。

2022年12月14日(水)8:01 AM

マレーシアにおける民事裁判:訴訟前の資産凍結についてニュースレターを発行いたしました。
PDF版は以下からご確認ください。

マレーシアにおける民事裁判(3) ~訴訟前の資産凍結~

 

マレーシアにおける民事裁判(
訴訟前の資産凍結

2022年12月
One Asia Lawyers Group
マレーシア担当
日本法弁護士   橋本  有輝
マレーシア法弁護士  Clarence Chua Min Shieh

1.はじめに

マレーシアの訴訟を概説する本シリーズでは、前回、訴訟の開始について概観した。

今回は、訴訟前に相手方当事者の資産を凍結する制度であるMareva injunction(マリーバ・インジャンクション日本の仮差押えに相当するもの)について、説明を試みる。

2.マリーバ・インジャンクションとは?

マリーバ・インジャンクション(以下、「資産凍結命令」)は、Mareva Compania Naviera SA v International Bulkcarriers SA[1] という判例に由来したもので、被告が関与している事件の判決が出るまで、被告財産の処分を禁止する仮の命令である。この命令は「原告の係争中の請求に対応するために必要な場合」に出され得るものであり[2] 、つまり、資産凍結命令は、原告による申立てがなされていない場合であっても実施される可能性がある。 この命令は、Civil Procedure Rules 1997(民事訴訟規則)で”freezing order”とも呼ばれており、両者は同じように使われることが少なくない。

 3.資産凍結命令の手続き[3]

申請は、宣誓供述書を添付した申請通知書によって行う。この申請は、被告に通知することなく、また被告を法廷に出席させることなく行われるのが一般的で、ex-parte application(「一方的な申請」という意味)とも呼ばれている。緊急性が高い場合、原告は実際の訴訟を提起する前に申請を行うことも可能であり、この点は日本の仮差押えと同じである。

この申請をサポートする宣誓供述書は、以下の点などを含む必要がある[4]

・請求の原因となる事実
・仮処分申請の原因となる事実
・一方的な申請を正当化するために依拠すべき事実(相手方への通知の詳細、通知が行われていない場合は通知を行わなかった理由を含む)
・請求または申請に対する相手方の回答(または相手方が主張する可能性のあるもの)など

4.資産凍結命令認容のための検討される事項

裁判所が何を考慮するかについては、以下の判例法を参照する。すなわち、Bank Bumiputra v Lorrain Osman[5] では、原告は次の 3 点を示さなければならないとされた。① 請求に理由のあること(Good Arguable Case)、②被告が管轄内に資産を有するという証拠、③判決が出る前に被告によって資産が処分される可能性があること、である[6]

また、日本の仮差押えと同様、本訴において原告が敗訴した場合における被告の損害賠償請求権の担保として、一定の担保金を裁判所に納めるよう要求される場合がある[7]

5.資産凍結命令の取得後の流れ

資産凍結命令が出されると、命令の日から 7 日以内に当事者に送達されなければならず、裁判所は命令の日から 14 日以内に当事者が出席の上(つまり、原告と被告の両方が出席して)申請を審理する日を決めなければならない[8]。 つまり、資産凍結命令は、原則 21 日間有効である[9] 。そのうえ、上記審理を踏まえて裁判所はこの凍結の期間の延長又は取消を決定することになる。なお、上記21 日以内に審理期日の指定がされない場合、新たな凍結命令の申請する必要がある[10]

以上の通り、一旦申請者の申請のみに基づいて決定された資産凍結命令は暫定的なものという扱いである。これは、被告の資産を自由に移動・処分する権利を著しく侵害するものであるため、凍結命令に対して被告側から異議を申し立てる機会を与えるためである。

また、訴訟の提起前に申請が行われた場合は、命令が下されてから 2 日以内(又は裁判所が適切と考える期間) に訴訟を提起しなければならない[11]

6.結論

以上が資産凍結命令の概要となります。しかし、凍結命令には様々なパターンがあり、その都度原告のニーズも異なります。今回ご紹介した内容をさらに詳しくお知りになりたい場合は、お気軽に弊社までお問い合わせください。次回は、他の形式の凍結命令及び仮処分申請についてご紹介します。

[1] [1980] 1 all er 213

[2]  S & F International Limited v Trans-Con Engineering Sdn Bhd [1985] 2 CLJ 228

[3] 詳細は、Rules of Court 2012が規定する。

[4] Order 29 Rule 1(2A), Rules of Court 2012

[5] [1985] 2 MLJ 236

[6] Beyond Hallmark Sdn Bhd v Leong Tuck Onn Wong Swee Min [2017] MLJU 1315

[7] Keet Gerald Francis Noel John v Mohd Noor @ Harun Abdullah and Others [1995] 1 CLJ 293  

[8] Order 29 Rule 1(2BA), Rules of Court 2012

[9] Order 29 Rule 1(2B), Rules of Court 2012

[10] RIH Services (M) v Tanjung Tuan Hotel [2002] 3 MLJ 1

[11]  Order 29 Rule 1(3)(b), Rules of Court 2012

2022年11月14日(月)9:15 AM

マレーシアにおける担保制度についてニュースレターを発行いたしました。
PDF版は以下からご確認ください。

マレーシアにおける担保制度(1) ~チャージ(Charge)とは何か~

 

マレーシアにおける担保制度(1)
~チャージ(Charge)とは何か~

2022年11月
One Asia Lawyers Group
マレーシア担当
日本法弁護士   橋本  有輝
マレーシア法弁護士  Clarence Chua Min Shieh

1.はじめに

 マレーシアにおいてビジネスを行うにあたり、自社が銀行から融資を受ける場合や、他社とパートナー関係を構築する等に際して当該他社に資金提供を行う場合、その債務につき担保を設定することがある。

 この場合における、最も一般的な担保設定の方法が、相手方会社財産に対するChargeの設定である。

 本稿では、Chargeとは何か、さらに日本において馴染みのないFloating Chargeについて説明を試みたい。

2.Chargeとは何か?

(1)大まかなイメージ

 Chargeとは、基本的には、個人又は会社の資産をある債務の担保とするものである。Chargeを供与する側の担保権設定者を“chargor”、Chargeの設定を受ける債権者側の当事者を“chargee”と呼ぶ。

 National Provincial Bank of England v Charnley[1]という事例における判例法に拠れば、Chargeを設定する際の条件は以下の通りである。

 ・当事者の現在又は将来の財産を担保に供する意思

 ・債務の支払のための担保であること 及び

 ・債権者は、当該財産につき占有権を有していない場合であっても、当該財産を利用可能とする権利を有していること

(2)Chargeの法的位置づけ

 このChargeについては、the National Land Code(国家土地法)やthe Companies Act 2016(会社法)に若干の規定があるものの、統一的な法典は存在しない。

不動産にChargeを設定する場合については国家土地法が規定を置いており、“every charge created under this Act (ie: the National Land Code) shall take effect upon registration so as to render the land or lease in question liable as security in accordance with the provisions thereof, express or implied[2]と規定され、不動産に設定されたChargeは登記されて初めて効力を有するとされている。

 また、chargorが会社である場合には、会社法のSections 352-364が適用される。会社法の下では、Chargeは、不動産以外においても、株式、機械設備のような動産、その他無形資産に設定することが出来る旨明記されている[3]。また、Chargeを設定した場合、会社は30日以内にこれをSSMという登記所に登記申請を行わないといけない[4]

 なお、明文はないものの、個人においてもChargeの設定を行うことは可能である。

(3)イギリスのモーゲージ(mortgage)との違い

 通常の会話では、Chargeはモーゲージと呼ばれることがあり、この2つの言葉は時として同じように使われることがある。Chargeもチャージも同じく担保の一種であるものの、その背景にある原理は異なっている。

 Chargeの場合、一種の担保権(interest)だけがchargeeに譲渡され、所有権はchargorに残る。他方モーゲージの場合、担保権も所有権も抵当権者に帰属し、担保権設定者は債務全額を支払った場合に目的物を取り戻す権利だけを有する。

 上記のような誤解は、マレーシアの国家土地法のもとでのChargeの概念が、イギリスの土地法ではなく、オーストラリアの法制度に由来しているから生じているものと考えられる。

3.Floating ChargeFixed Chargeの違い

 次は、Chargeの種類に目を向けてみる。

(1)Floating Charge

 マレーシアにおいて、法人の登記を取り寄せたことがあれば、一度はFloating Chargeという文字を見たことがあると思われる。Floating Chargeとは、一般的には、chargorの有形資産及び無形資産全体を対象とするものである。この有形無形の資産は、現金、機械設備、原材料、債権等、Chargorの事業全体が対象として含まれ得る。このようなFloating Chargeの性質から、Floating Chargeは、設定時点では存在しない将来の財産も対象としうる。そして、債務不履行等一定の事由が生じた際に初めて何が担保の対象になるのかが確定する[5]。このプロセスを“crystallization”と呼ぶ(後述)。なお、取引安全のため、crystallizationの前であるFloating Charge設定時点において登記が要求されている[6]

 以上の通りFloating Chargeは、日本には存在しない担保の態様であり、敢えて言うなら集合動産譲渡担保がこれに近いと言えるが、こちらがあくまで特定の倉庫内の動産類などと一定の限界づけがなされているのに対し、上記Floating Chargeにはこのような限界設定が必要とされない点が大きく異なる。

(2)Fixed Charge

 他方、Fixed Chargeは、上記とは反対に、特定の会社財産を対象とする担保である。

(3)両社の選択

 当事者が上記いずれのChargeを選択するかは、どのような融資がなされようよしているか、chargorのビジネスモデルは何であるか等に依拠して決せられる。例えば、chargorが製造業者であれば将来設置するものも含めた機械設備を担保対象物に含めたFloating Chargeを設定することが考えられる。他方、既に担保の対象となる資産が多数あるとか不動産のように資産的価値が大きい物がある場合には、Fixed Chargeが適切となる(その理由は(4)を参照)。

(4)Floating ChargeとFixed Chargeの優先順位

 次に、ある会社が別々の債権者に対しFloating ChargeとFixed Chargeの両方を設定している場合、Fixed Chargeの対象物については、2つのChargeが重畳的に設定されているという場合が当然想定される。この場合の両社の優先関係は、「設定日に関わらず、原則として、Fixed Chargeが優先する」というものである。

 なぜならFloating Chargeは、担保が現実化(crystallization)するまではあくまで未確定のものであるのに対し、Fixed Chargeは、確定的に特定の財産を担保とするものであり、その意味で設定当初から当該特定の財産に対する法的な効力を有しているからである[7]

4.Crystallization of a Floating Charge

 上記の通り、Floating Chargeは、一定の事由が発生して初めて実現化するものであるため、設定契約には、どのような事象が生じた場合に担保が現実化しFixed Chargeとなるか(crystallizeするか)を定めることになる。 Floating ChargeがCrystallizeすることで、Chargeeはこれを実行することが可能となる。

 このように、当事者は、どのような事由が生じた際にcrystallizeするのかを契約において自由に決定することが出来る点に留意が必要である。

5.担保の実行

(1)不動産上のChargeについて

 債務不履行が生じた場合、Chargeが不動産に設定されている場合、国家土地法256条により、高等裁判所(又は国家土地法260条によるLand Officeの所有に属する場合[8]はLand Administrator)による売却命令によって、担保の実行がなされる。

 さらに、chargeeは、該当物件が賃貸物件でありその賃料から債務の支払を受けたい場合には、「Form 16K: Notice Of Entry Into Possession」と呼ばれるフォームをchargorに送付し、裁判所から占有移転の命令(order for possession)[9]を取得することで、賃料を受けることが出来る。この方法はあくまで占有権やそれに伴う債権を取得することが目的であり、物件の所有権に変更をもたらすものではない。

(2)その他のChargeについて

 不動産以外に設定されたChargeの場合は、裁判所又は所定の書面に基づいて任命された管財人(receiver)または管財人兼管理人(receiver and manager)によって強制執行が可能である[10]。彼らの権限は、会社法の別表6に記載があり、①当該財産の占有を取得し管理したり[11]、②当該財産を賃貸したり処分をする[12]、といった権限がある。

 なお、銀行口座や定期預金の担保に関しては、貸し手は関連する担保書類に基づき相殺の権利を行使し、預金から貸し手に支払うべき債務を相殺することができる。また、株式が関係している場合、chargorからchargeeへの必要な譲渡手続きが必要である。譲渡が実現されなかった場合、chargeeは、これを訴因として、chargorに対して譲渡を強制する判決を求めることができる。

 以上の通り、担保権実現の方法は、設定契約の内容や担保に供された財産に大きく依存することになる。少なくとも担保設定契約書の作成は、曖昧さを排除して正しく行われる必要がある。

6.結論

 以上の通り、マレーシアには、日本にない担保の手段が用意されており、マレーシアの企業と取引を開始したり、貸付を行う場合には、Chargeに対する基本的な理解が必須であると思料されます。

[1] [1923] All ER Rep Ext 820

[2] Section 243 National Land Code

[3] Section 252 Companies Act 2016

[4] Section 352 (1) Companies Act 2016 これに違反した場合、当該Chargeは他の債権者等との関係では無効となる(Section 352 (2))

[5] [1904] AC 355 at p 358

[6] Section 353 (g) of Companies Act 2016

[7] 以上の説明は、あくまで双方のChargeの担保実行事由が同様である場合の話である。

[8] “Land Office Title” is defined as a plot of country land that shall not exceed 4 hectares in area or size (Section 77(3)(b) National Land Code)

[9] Section 272(3) National Land Code

[10] Section 374 (a) to (c) of Companies Act

[11] Item 2(a) Sixth Schedule of the Companies Act 2016

[12] Item 2(b) Sixth Schedule of the Companies Act 2016

2022年09月12日(月)9:44 AM

マレーシアにおける民事裁判についてニュースレターを発行いたしました。 PDF版は以下からご確認ください。

マレーシアにおける民事裁判 ~制度の概要~

 

マレーシアにおける民事裁判(1) <style=”text-align: center;”>~制度の概要~

2022年9月 <style=”text-align: right;”>One Asia Lawyers Group <style=”text-align: right;”>マレーシア担当 <style=”text-align: right;”>日本法弁護士   橋本  有輝 <style=”text-align: right;”>マレーシア法弁護士  Clarence Chua Min Shieh

1.はじめに

現代では、多くの個人や企業が海外に進出するようになっている。海外進出においては、その国の社会制度を理解することが重要な要素となる。

進出先において、法的リスクとどう向き合うかという意思決定を合理的に行うには、当該国において、紛争解決制度がどのように機能しているかを理解することが肝要である。そこで、筆者は、何稿かに分けてマレーシアの訴訟制度の概要を説明し、上記合理的意思決定の一助とすることを企図し、大要、以下のテーマについて説明することとした。

 ・マレーシアにおける訴訟とはどのようなものか。  ・いつに法的措置を取るべきか。  ・誰が、誰に対して、そのような行為を追及できるのか。  ・どこに提訴するのか。  ・法的措置はどのように行うのか?

本稿では、この議論の土台として、上記の内、上から4つまでを概観する。残りの点とその具体的なポイントについては、このシリーズの他の部分で詳しく説明することとする。

2.法的措置は何を根拠にするのか?

まず、一連の説明を行う前提として、当事者が裁判を起こしうる原因、すなわち請求原因(cause of action)について見ておくことが重要である。

この言葉が示すように、請求原因とは文字通り、訴訟が行われる原因を意味する。具体的には、請求原因は、訴えることのできる者と訴えられるべき者が存在し、かつ、原告の請求が成功するために立証すべき重要な事実がすべて存在している場合にその成立が認められる[1]

3.訴訟はいつから可能か?

訴訟を検討している者は、民事訴訟のタイムラインを常に意識しておく必要がある。

例えば、時効の問題がある。契約上または不法行為上の紛争に関与した者は、通常、請求原因が生じた日から6年以内に提訴することが要求される[2] 。2022年に欠陥のある商品を購入した場合、損害を受けた顧客は、当該商品の欠陥に関する請求を行うために最長6年(つまり、遅くとも2028年)以内に提訴する必要がある。

但し、請求原因発生後に、承認行為があれば、時効期間をリセットすることができる[3] 。例えば、上記例の供給者が2023年に欠陥を認め、欠陥の無い商品を提供すると約束した場合、制限期間は2029年に延長される(2023年から6年間)。なお、被告がマレーシア政府である場合、その場合の時効期間は、代わりに3年間となる [4]

4.当事者適格

訴訟においては、訴える側を原告(Plaintiff)と呼び、訴えられる側を被告(Defendant)と呼ぶ。

ここでいう原告と被告は、適切な法人格を有する必要がある。最も一般的なのは、生存する個人と会社であり、逆に言えば死亡した者や法人格のない団体を原告・被告とすることは出来ない。

また、複数の当事者がいる場合や複数の当事者の行為により生じた事象が請求原因を構成する場合、複数の原告・被告が関与する場合もある。複数の原告が参加する場合は、クラスアクションと呼ばれることが一般的である。

以上につき、若干の留意点を述べる。

一つは、個人事業主(sole proprietorship)である。個人事業主は、(日本と同様、)一人の個人によって所有され、実行されている事業の一形態である。個人事業主を運営する人は、自分の名前の下に他人に対する訴訟を提起する必要がある[5]。個人事業主となることは、別人格を作り出すわけではないからである(なお、マレーシアにおいては、個人事業主は登記所にその名称等が登記されている。)。ところが、個人事業主が被告として訴えられる場合については、自分の名前またはビジネス上の名称で訴えられることが認められている。

もう一つは、パートナーシップ(partnership)である。パートナーシップは、ビジネスのうち、2人以上によって利益を作るために行われているビジネスとして定義されている[6] 。このパートナーシップについては,彼らは団体名の名で訴えを提起しなければならず,彼らに対する訴訟は当該団体に対して提起されなければならない[7]。ただし、これは、最近導入された有限責任パートナーシップ(limited liability partnership)と混同してはならない。このようなパートナーシップは、別の法人として扱われるからである[8]。この場合は、通常の会社のように訴え、訴えられることになる。

5.当事者はどこに訴えればいいのか?

当事者と訴因が確認されたら、次はどの裁判所が訴訟手続を開始するのに適した法廷であるかを決定することになる。

請求額がMYR 0からMYR 100,000.00の場合、請求は治安判事裁判所(Magistrate Court)に提出される[9]

請求額がMYR 100,000.00からMYR 100万の場合、訴訟手続きは初級裁判所(Sessions Court)で開始される[10]

請求額がMYR100万を超える場合は、高等裁判所(High Court)に提訴する必要がある。

マレーシアの法制度は、2段階の上訴制度をとっており、事件が治安判事裁判所または初級裁判所で審理された場合、上訴はまず高等裁判所で審理され、2度目の上訴がなされた場合には、控訴裁判所(Court of Appeal)で審理されることになる。高等裁判所で審理が始まった場合、上訴はまず控訴裁判所で審理され、2回目の上訴がなされた場合は、連邦裁判所(Federal Court)で審理される。なお、連邦裁判所は、国の最高裁判所である。

以上とは別に裁定や仲裁など、裁判によらない紛争解決の手段もあることに留意する必要があるが、これらについては別稿に譲ることとする。

6.結論

以上、マレーシアの訴訟制度がどのように運営されているか、その概要をご理解頂けたかと思います。次回は、実際の訴訟プロセスをより深く掘り下げていきます。上記トピックについてもっと知りたい方は、お気軽にお問い合わせください。

[1]Lim Kean v Choo Koon [1970] 1 MLJ 158

[2] Limitation Act 1953第6条

[3] Limitation Act 1953第27条

[4] Public Authorities Protection Act 1948第2条

[5]2012年裁判所規則Order 77 Rule 9

[6] Partnership Act 1961第3条1項

[7] 2012年裁判所規則Order 77 Rule 1

[8] Limited Liability Partnership Act 2012第3条、第4条

[9] Subordinate Courts Act 1948  第90条

[10] Subordinate Courts Act 1948第65条(1)

2022年03月11日(金)11:09 AM

マレーシアにおける相手方の財産調査についてニュースレターを発行いたしました。
PDF版は以下からご確認ください。

マレーシアにおける相手方の財産調査について

 

マレーシアにおける相手方の財産調査について

2022年3月
One Asia Lawyers Group
マレーシア担当
日本法弁護士   橋本  有輝
マレーシア法弁護士  Clarence Chua Min Shieh

1.  Introduction

 近年、コロナ禍の影響もあって、マレーシアの現地法人への債権の回収に関する相談が増加傾向にある。

 このような状況下においては、現地でビジネスを行うにあたって、パートナー候補の財産や信用情報を事前に調査することは、より重要な意味を持つことになる。また、債権回収に疑義が生じた後においては、訴訟の結果得られた判決を実現するために、訴訟の相手方の資産を調査することはもちろん重要である。

 そこで、本ニュースレターでは、取引関係を結ぶ前の時点と、取引関係が終了し相手方に対する判決を取得した時点の2つの場面についての、相手方の資産調査について、説明を行う。

2. 取引関係を結ぶ前における、相手方の資産調査について

 (a) 会社に対する資産調査

 取引の相手方が会社の場合、次の2つの方法が考えられる。

 1つ目は、相手方に対するデューデリジェンスを実施する方法であり、これは現地法人に対しM&Aを実施する際や現地法人とジョイントベンチャーを立ち上げる際等に広く用いられている。これは、いわば当事者間の協力を通して相手方の資産等を調査することに他ならない。

 2つ目は、当局等を通じた情報収集である。

 ・SSMを通じた情報収集

 この点で最も一般的なものは、SSM(英名からCCMとも呼ばれる)という会社に関する登録を司る機関を通じた情報収集である。マレーシアでは、全ての現地法人は、SSMに対し、事業の詳細を記した年次報告書を提出することが義務付けられているため、多くの情報がSSMに集約されているのである。SSMでは、誰でも少額の費用さえ支払えば、Web上で[1]日本の法人登記では明らかとはならない株主に関する情報や財務状況に関する情報も手に入れることが可能である。特に年次報告書に含まれる財務諸表(Financial Statements)を見れば企業が保有する資産、流動資産、無形資産などに関する情報を入手することが出来るので、取引の相手方の財務情報を入手する貴重な情報源となっている。さらに、SSMの登記情報には、会社や会社財産に設定された担保に関する情報も記載されているため、自身と競合しうる債権者の存在も確認することが可能である。

 ・上場企業の場合

 以上とは別に、取引先がマレーシアにおける上場会社であれば、証券取引所のWebサイトから[2]、無料で上記報告書を入手することも可能である。

 ・CTOSを通じた情報収集

 CTOSというのは、日本でいう信用情報機関である。ここでは、対象会社の返済状況(他の債権者と間で不履行等がないか)、訴訟を抱えているか、取締役の詳細(住所等の個人情報、他の会社の取締役となっているか、他の会社の株式を持っているか等)の情報を入手することが出来る。ただし、これは相手方の同意が必要な点に注意が必要である

 ・破産調査

 取引先が破産手続きを申請していないか否かは、E-insolvencyのWebサイト[3]で会社名と登録番号の情報があれば閲覧することが可能である。

 (b) 個人に対する資産調査

 個人については、SSMを通じた情報収集の手段がないため、基本的には相手方の同意がなければ有意な情報を入手することは困難である。ただし、上記(a)の破産調査は個人についても実施可能である。他方CTOSサーチは、会社の場合同様、本人の同意がなければ十分な情報を得ることは出来ない。

3. 訴訟後における、相手方の資産調査について

 判決を得た後、債務者の財産を特定する最も一般的な方法は、Judgment Debtor Summons (JDS)を行うことである。JDSとは、裁判所から発行される召喚状であり、これを受けた債務者は裁判所へ出頭しなければならない。そのうえ、債務者は、宣誓の上、判決に基づく債務を支払ために自身の資産に関する情報やまたこれら資産をどのように処分できるかについての情報を提供しなければならない[4]。債務者が会社の場合、会社役員は会社を代表して裁判所に出頭し、会社の収入と資産に関する情報を提供し、それらがどのように判決債務を満たすために使用され、処分されるかを説明する必要がある。提供された説明を確認するために、証人が呼ばれることもある。また、この手続きにおいて、判決の和解として保有する不動産の所有権の譲渡が提案されることもある。

 JDSが債務者に適切に送達されたにもかかわらず、債務者が審理のために裁判所に出頭しない場合、裁判所は、逮捕命令を発し、債務者を裁判所に連行して尋問するCourt order[5]や、債務者不在時にはex-parte orderを出す権限を有している[6] 。債務者の尋問に基づき(または不出頭の場合)、裁判所は債務者に対し、一括または分割で債務を支払うよう命ずることができる[7]

 以上の手続きを経たうえで債務者が債務を支払いうる手段を有しているにも関わらず裁判所の命令に従わない場合、法廷侮辱罪となるため、この一連の手続きは、相手方の財産を探知するうえで強力な手段となる。

4. まとめ

 上記のとおり、当事者は、相手方の財産を特定するためのいくつかの手段を有しているが、何が最も適切な手続きであるかは、債権者が置かれた具体的状況によって大きく変わり得るものである。

 弊所のサービスに関してご不明な点がございましたら、どうぞお気軽にお問い合わせください。

 

[1] https://www.ssm-einfo.my/

[2] https://www.myeg.com.my/services/mdi

 

[3] https://e-insolvensi.mdi.gov.my/

[4] Rules of Court 2012, which is read alongside the Debtors Act 1957

[5]Debtors Act 1957 第4条 (5)(a)

[6] Debtors Act 1957第 4 条 (5) (b)

[7] Debtors Act 1957第 4 条( 6)