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2022年01月10日(月)12:29 PM

日本における賃貸住宅の管理業務等の適正化に関する法律の解説についてニュースレターを発行いたしました。 PDF版は以下からご確認ください。

賃貸住宅の管理業務等の適正化に関する法律の解説

 

日本:賃貸住宅の管理業務等の適正化に関する法律の解説

 

2022年1月7日
One Asia Lawyers Group
弁護士法人One Asia大阪オフィス
弁護士 江 副    哲
弁護士 川 島  明 紘

1.はじめに

2021年6月15日,賃貸住宅の管理業務等の適正化に関する法律(以下,「賃貸住宅管理業法」といいます。)が施行されました。賃貸住宅管理業法は,近年の賃貸住宅の重要性の高まりにより[1],多くの賃貸住宅所有者が管理会社に管理を委託するようになるに伴い,賃貸住宅の管理会社を巡るトラブルも増加していること,サブリース事業におけるサブリース事業者と所有者との間の紛争も多発していることを受け,これらに対応するために定められました。

. 賃貸住宅管理業法の解説

 ⑴ 制度概要

   賃貸住宅管理業法は,①賃貸住宅管理業者の登録制度,②サブリース事業に対する規制措置の大きく2つから構成されています。

 ⑵ 賃貸住宅管理業登録制度

   賃貸住宅管理業法では,賃貸住宅管理業=「賃貸住宅の賃貸人から依頼を受けて,物件の維持保全,家賃・敷金・共益金・その他の金銭の管理を行う事業」を営む場合には,国土交通大臣による登録を義務付けています(賃貸住宅管理業法第3条1項)。ただし,管理戸数が200戸未満の場合には,登録なく管理業を営むことができます(同法同項但書)。

   国土交通省の登録を受けた賃貸住宅管理業者は,管理業務に当たって,以下のようなルールを遵守することが義務付けられており,遵守されない場合には,国土交通大臣による監督(業務改善命令,業務停止命令,または登録の取消し等)がなされることとなり,刑事罰(同法第41条以下)も定められています。

  【賃貸住宅管理業者が遵守すべきルール】

  ①業務処理の原則(同法第10条)

  ②名義貸しの禁止(同法第11条)

  ③業務管理者の選任・配置(同法第12条)

  ④管理受託契約の締結前の書面の交付(同法第13条)

  ⑤管理受託契約の締結時の書面の交付(同法第14条)

  ⑥管理業務の再委託の禁止(同法第15条)

  ⑦家賃等の分別管理(同法第16条)

  ⑧証明書の携帯等(同法第17条)

  ⑨帳簿の備付け等(同法第18条)

  ⑩標識の掲示(同法第19条)

  ⑪委託者への定期報告(同法第20条)

  ⑫秘密を守る義務(同法第21条)

 ⑶ 特定賃貸借契約(マスターリース契約)の適正化のための措置等

   賃貸住宅管理業法は,サブリース事業(サブリース業者が賃貸住宅を賃貸人などから転貸を目的として借り受けるマスターリース契約を締結することを内容とする事業)を営むことについて登録を求めてはいませんが,サブリース事業を営むにあたってのルールを以下のとおり定めています。

  【サブリース事業を営むに当たってのルール】

  ①誇大広告等の禁止(同法第28条)

  ②不当な勧誘等の禁止(同法第29条)

  ③特定賃貸借契約の締結前の書面の交付(同法第30条)

  ④特定賃貸借契約の締結時の書面の交付(同法第31条)

  ⑤書類の閲覧(同法第32条)

   これらのルールを遵守しない場合,指示(同法第33条1項)・業務停止命令(同法第34条1項)や,刑事罰(同法第42条以下)の対象となります。

   また,上記ルールのうち,①(誇大広告等の禁止)及び②(不当な勧誘等の禁止)については,勧誘者に対しても遵守が義務付けられており,サブリース事業者と同様に指示・業務停止命令や刑事罰の対象となります。

.  経過措置

賃貸住宅管理業法は2021年6月15日に施行されていますが,施行時点で賃貸住宅管理業を営んでいる事業者は,登録義務がある場合であっても,2022年6月14日までは登録を受けずに管理業を営むことができる経過措置が定められております(同法附則第2条1項)。但し,登録までの期間においても,当該管理業者は法令上の賃貸住宅管理業者とみなされるため,上記を含めた法令上の義務が課されることとなる点,注意が必要です。

4.今後の展望

  賃貸住宅管理業法は施行間もないため,その運用に関しては,今後公表されるであろう政省令やガイドラインの内容を注視していく必要があります。また,経過措置期間後においては,業務管理者を選任できないために登録することができない可能性もありえますので,早め早めの準備・対応が必要と思われます[2]

 

【参考】

・国土交通省関連ページ

https://www.mlit.go.jp/tochi_fudousan_kensetsugyo/const/tochi_fudousan_kensetsugyo_const_tk3_000001_00004.html

・渡辺晋「賃貸住宅管理業法の解説」(住宅新報出版,令和3年)

・一般社団法人全国賃貸不動産管理業協会「賃貸住宅管理業者登録制度施行に伴う法律上の留意点」

 

[1] 「平成30年住宅・土地統計調査」(総務省統計局)によれば,居住世帯のある住宅総数5361万6000戸に対し,賃貸住宅は全体で1906万5000戸と,賃貸住宅が住宅総数に占める割合は35.6%であり,消費者の指向からしても,持家よりも賃貸住宅を指向する消費者の割合が9.3%(平成8年)から20.4%(平成28年)に増加しています(国土交通省「平成29年度土地問題に関する国民の意識調査」)。

[2] 業務管理者は,他の営業所又は事務所の業務管理者と兼務することはできないため,複数の営業所の設置が想定されている場合は,業務管理者となることのできる人員の確保には注意が必要になります(同法第12条3項)。

 

以上

2021年12月10日(金)5:21 PM

日本における宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドラインについてニュースレターを発行いたしました。
PDF版は以下からご確認ください。

日本:宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドラインについて

 

日本:宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドラインについて

2021年12月11日
One Asia Lawyers Group
弁護士法人One Asia 大阪オフィス
弁護士 江 副    哲
弁護士 川 島  明 紘

1.はじめに

 宅地建物取引業者(以下「宅建業者」といいます。)においては,宅地建物取引業法(以下「宅建業法」といいます。)により,取引の関係者に対し,重要事項の調査説明義務が定められており(同法第35条),当該調査説明義務には,物理的な欠陥とともに,物の価値を低下させる要因として,心理的欠陥(自殺,殺人等)も,その対象事項となりえます。しかしながら,従前,この調査説明義務の範囲に係る判断基準が明らかにされておらず,宅建業者においても,取引現場における判断が難しい状況が続いておりました。

 この点について,国土交通省は,本年10月8日,「不動産取引における心理的瑕疵に関する検討会」における検討を踏まえ,「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」(以下「本ガイドライン」といいます。)を作成し,公表しました。以下では,本ガイドラインの内容を解説するとともに,今後の宅建業者においてとるべき対応について考えていきます。

2.「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」の解説

⑴ 本ガイドラインの適用範囲

 本ガイドラインは,居住用不動産を対象として取り扱っています。オフィス等に用いられる不動産(事業用不動産)において発生した事案については,それが契約締結の判断に与える影響が一様ではなく,本ガイドラインの対象外としています。また,居住用不動産の場合でも,人の死が生じた建物が取り壊された場合の土地取引や,搬送先で死亡した場合等の個別具体的な対応については定められていないため,引き続き,裁判例等に照らした個別判断が必要となります。

⑵ 調査の対象・方法について

 本ガイドラインは,宅建業者が媒介を行う場合,売主・貸主に対して,過去に生じた事案について告知書等に記載を求めることにより,媒介活動に伴う通常の情報収集としての調査義務は果たしたものとしています。そのため,宅建業者は,原則的に,自ら周辺住民への聞き込み等の自発的な調査を行う義務まではありませんが,他方で,売主・買主からの告知がない場合であっても,人の死に関する事案の存在を疑う事情がある場合には,例外的に,売主・買主に確認する必要がある点は注意が必要となります。

⑶ 告知の範囲について

 本ガイドラインでは,宅建業者が媒介を行う場合の人の死に関する宅建業者の告知義務について,以下のように整理しています。

 本ガイドラインでは,上記整理を原則としつつ,②~③の場合であっても,事件性や社会的影響の度合が大きい場合や,買主・借主から事案の有無について問われた場合,買主・借主において把握しておくべき特段の事情があると認識される場合等には,告知しなければならないとしており,あくまでも一般的な基準である点は留意しなければなりません。

⑷ 調査・告知における留意点

 本ガイドラインに関し,特に以下の点については,調査・告知の実効性やトラブル防止の観点からご留意いただく必要があります。

 ・上記②の場合は,賃貸借取引に限定されていること(売買取引は含まれていない)。
 ・告知に際しては,亡くなった方の氏名・年齢・住所・家族構成や具体的な死の態様・発見状況等を告げる必要はないこと(亡くなった方や遺族等の名誉・生活の平穏に配慮する必要があります)。
 ・取引に当たって,買主・借主の意向を十分に把握し,人の死に関する事案の存在を重要視していることを認識した場合には,トラブルの未然防止の観点から,特に慎重に対応すること。

⑸ 本ガイドラインの意義

 本ガイドラインは,調査・告知義務に関する一般的な基準として,宅建業者の今後の運用の一助になるものと期待されます。勿論,本ガイドラインでは明確に定められていないケースもあり,事案に応じた個別具体的な検討は必要となりますので,杓子定規な対応は避けなければならないところです。しかしながら,宅建業者の対応を巡ってトラブルとなった場合,行政庁における監督に当たっては本ガイドラインが参考にされることになりますので,対応マニュアル策定に当たっては本ガイドラインの記載に注意するとともに,今後のガイドライン改訂の動向は注視していく必要があります。

3.宅建業者がとるべき対応

⑴ 本ガイドラインにおける注意点

 上記の通り,本ガイドラインは,調査・告知義務に関する一般的な基準として行政庁の監督指針にもなることから,各宅建業者においては,これを踏まえた対応マニュアルの整備を行う必要があります。しかしながら,個別具体的な事案によっては,本ガイドラインの基準と異なる対応をすべき場合も考えられ,この点は,従前同様,裁判例や取引実務に応じた判断を迫られるところとなります。以下では,調査・告知義務を考えるにあたって注意すべき裁判例を一件,ご紹介いたします。

⑵ 25年前の事案について仲介業者の説明義務を肯定|高松高裁平成26年6月19日判決

 ア 事案概要

 松山市内の環境の良い閑静な住宅地の売買において,土地上建物内2階のベランダでの首吊り自殺に関し,仲介業者の説明義務を肯定した事案です。判決では,①自殺から25年が経過していたこと,②売主は契約締結時に自殺の事実を知らなかったが,契約締結後決済前に当該事実を知ったこと等がポイントとなりました。

 イ 判旨

 同判決では,「本件建物内での自殺等から四半世紀近くが過ぎ,自殺のあった本件建物も自殺の約一年後に取り壊され,本件売買当時は更地になっていたとの事実を指摘するが,(…)これらの事実があったとしても,マイホーム建築目的で土地の取得を希望する者が,本件建物内での自殺の事実が近隣住民の記憶に残っている状況下において,他の物件があるにもかかわらずあえて本件土地を選択して取得を希望することは考えにくい以上,被控訴人が本件土地上で過去に自殺があったとの事実を認識していた場合には,これを控訴人らに説明する義務を負うものというべきである。」とした上で,本件売買契約締結後であっても,このような重要な事実を認識するに至った以上,代金決済や引渡手続が完了してしまう前に,これを買主に説明すべき義務があったとした原審判断を肯定しています。なお,同判決では,宅建業者の調査義務自体は否定しています。

 ウ 宅建業者において注意すべき点

 同事件は,25年も前の事案に関する説明義務が問題となりましたが,近隣住民において殺人事件と関連付けて記憶に残っている状況等から,その社会的影響等を鑑みて説明義務を肯定しています。また,契約締結後であったとしても,引渡しまでに人の死が生じた事実を知った場合には説明すべき義務が生じると判断されています。このように,特に売買取引の仲介においては,事案発生からの時間経過があったとしても,事案の内容に応じて,個別的な判断が必要となります。

4.今後の展望

 人の死に関する告知義務の範囲を巡っては,本ガイドライン策定に当たっての検討会においても,どこまでをガイドラインとして定めることができるか議論がなされており,本ガイドラインでは対象とされなかったケースも多数あるところですので,今後の運用・改訂状況には注視していく必要があります。

 

2021年10月29日(金)10:48 AM

日本における土石流災害に対する民事責任の所在についてニュースレターを発行いたしました。
PDF版は以下からご確認ください。

土石流災害に対する民事責任の所在

 

土石流災害に対する民事責任の所在

2021年10月29日
One Asia Lawyers Group
弁護士法人One Asia
弁護士 江副  哲

1. はじめに

 近年,毎年のように観測史上最大級の豪雨や台風などに起因する水害が発生しています。今年も7月に熱海の土石流災害,8月には線状降水帯による長雨で各地に浸水被害が発生しました。このような自然災害では,被災者が不可抗力として被害を受け入れざるを得ない場合もある一方,不適切な盛土や河川改修の遅れなど人為的な問題が被害の原因ではないか,つまり人災ではないかと思われる災害もあるところです。そこで,本稿では,自然災害による不可抗力ではなく人災と言えるような災害について,民事上の法的責任の所在を整理したいと思います。

2. 法的責任の所在
 ⑴ 検討事例

 ある造成地で土石流による災害が生じたとき,責任の主体としては,現在の土地所有者,造成工事の発注者(当時の土地所有者で行政に開発許可を申請した事業者),造成工事業者,そして開発許可を下ろした行政が挙げられます。例えば盛土に不適切な施工があった場合の法的責任について考えてみます。

 ⑵ 現在の土地所有者の責任

 現在の土地所有者は,自らが所有する造成地で土石流が発生していますので,土地の工作物である盛土に設置又は保存の瑕疵があったとして工作物責任(民法717条)を負うことになります(人が手を加えていない自然地であれば「工作物」には当たらず土砂崩れが起こったとしても工作物責任を負わないというケースもあります)。この土地所有者が負う工作物責任は,所有者が盛土の施工不備を知らずに買い受けていた場合であっても生じる無過失責任(過失がなくても負う責任)です。そのため,土地を購入する際には,土地の潜在的なリスクを引き受けることになりますので,土地の性状によっては多大な責任を負う可能性があることを認識しておくべきです。土地所有者が行政の場合は,公の営造物の設置又は管理に瑕疵があったとして営造物責任(国家賠償法2条)を負います。

 ⑶ 盛土当時の土地所有者の責任

 盛土当時の土地所有者は,現在は所有者ではないため土地工作物責任は負いませんが,造成工事の発注者として不適切な盛土施工を指示していた場合はもちろん,盛土に土砂災害の原因となる不適切な施工があることを認識あるいは認識し得たにもかかわらず対策を講じなかった場合,不法行為責任(民法709条)を負います。造成工事の発注者が行政の場合は,盛土の仕様や施工方法を決める設計段階での検討過程に公の営造物の設置に瑕疵があったとして営造物責任(国家賠償法2条)を負います。

 ⑷ 造成工事業者の責任

 不適切な盛土を行った造成工事業者ですが,造成工事に関する技術指針などで定められた段切り,転圧,締固め,適切な排水能力を有する排水施設の設置などを十分に行わずに盛土をしたことが過失とされ,不法行為責任(民法709条)を負うことになります。ここで,裁判上の立証としては,不適切な施工を行ったことの立証だけでは足りず,それが原因で土石流が生じたという因果関係の立証まで求められますので,被災者としては不適切な施工を把握できたからといって裁判に勝てると考えるのは早計であり,不適切施工により土石流が生じたという技術的機序も明らかにしなければなりません。この立証は意外とハードルが高いため入念な検証が必要です。

 ⑸ 行政の責任

 開発許可を下ろした行政ですが,許可申請の内容に違法な点があったのにそれを見逃したのであれば国家賠償責任(国家賠償法1条)を負うことになります。もっとも,申請書類の中に不備や違法な点があったからと言って直ちに責任が生じるわけではなく,それらが土砂災害発生に起因するものである必要があります。許可段階で行政に過失が認められるケースはあまり考えられないですが,造成工事完成後,違法な工事が発覚した場合の行政の対応が問題視されるケースは少なくないと思われます。その理由としては,行政が工事の違法性を把握した場合,工事未着手の許可申請段階では許可を下ろさなくても申請書類のやり取りだけで実態は動かず現状のままであるのに対して,工事完了後に違法状態の是正を命じる場面では業者に対して新たに是正行為を強制して現状を動かす必要がありますが,それを行政が躊躇するからではないかと考えられます。

3. 災害防止のために

 違法な工事を行う造成工事業者は論外ですが,工事発注者や土地所有者も工事を実施していないからといって責任を一切負わないわけではありません。そもそも,責任の有無以前に,違法な工事が第三者に大きな被害をもたらし取り返しのつかないことにならないよう業者にお任せにせず,リスクの大きい工事に関与しているという当事者意識を持つべきです。

 行政としては住民の安全を守るという最も重要な使命がありますので,住民に危害が及ぶような違法状態があれば一刻も早く関係者に対して是正措置を命じるなど規制権限を積極的に行使し,速やかな改善に努めなければなりません。全国的に頻発している自然災害に直面している現状において,行政には改めて肝に銘じていただきたいと思います。

2021年10月18日(月)2:04 PM

日本における公共工事に起因する不同沈下に対する発注者の国家賠償責任についてニュースレターを発行いたしました。
PDF版は以下からご確認ください。

公共工事に起因する不同沈下に対する発注者の国家賠償責任

 

公共工事に起因する不同沈下に対する発注者の国家賠償責任

2021年10月18日
One Asia Lawyers Group
弁護士法人One Asia
弁護士 江副  哲

1. はじめに

 先月,大規模調整地を築造する公共工事が行われた現場近傍にある工場が不同沈下によって損傷を受けたとして,工場所有者が公共工事の発注者と施工者に対して損害賠償を請求した訴訟の判決が出されました。結論としては,設計段階の検討に国家賠償法第2条1項の「設置の瑕疵」があるとして発注者である大阪府に賠償責任を認めたのに対して,施工者には過失がないとして賠償責任を否定しました。

 工事によって第三者に損害が生じたケースで,工事の発注者と施工者が連帯責任を負うという裁判例はありますが,施工者には責任がなく発注者だけが責任を負うという判断は異例と言えますので,今回紹介させていただきます。

2. 事案の概要

 問題となった工事は,大阪府が発注した宝町調節池(南北84m,東西38m,深さ25m)を建設する大規模掘削を伴うもので周辺建物への影響が懸念されたことから,大阪府から設計業務を受注した日産技術コンサルタントが弾塑性解析という手法を用いて詳細な沈下予測を行った上で,銭高組JVが2002年から5年半ほどの期間で工事を完成させています。

 調節池の南側に隣接する金属加工工場で,工事期間中の不同沈下によって内壁にひび割れが生じたり,屋内に設置したクレーンが正常に作動しなくなったりする被害が発生したところ,工場の北端と調節池の南端との距離が約14mしかなかったことから,工場経営者は調節池工事による沈下が原因であると考え,2011年8月,大阪府と銭高組JVに対して損害賠償を請求する訴訟を提起しました。

3. 不同沈下の原因

 大阪府は,工場は本件工事前から変形や損傷,不同沈下が生じていたと主張しましたが,裁判所は,事前調査の時点では,工場の複数箇所で日本建築学会の基準で建物の沈下修復を要する目安とされる概ねの傾斜量(1mあたり6~8mm)を満たさない程度の傾斜しか生じていなかったのに対して,事後調査では,この目安の範囲を超える数値を出しているものも見受けられることから,事前調査時から本件工事によって工場の調整池向きの傾斜の状況は悪化したと判断しました。他にも裁判所は,宝町調節池に隣接して所在する複数の建物で本件工事面側への沈下が生じていることを指摘し,本件工事以外に当時,周辺で不同沈下を生じさせる原因となるような工事等は行われておらず,不同沈下を生じさせる地盤変動に係る外的な要因は見当たらないとして大阪府の主張を否定しました。

 結論として,裁判所は,宝町調節池の設計段階での沈下に関する検討状況等も踏まえて,東西約38m,南北約84m,深さ24m(完成時には深さ約25m)にわたる規模の掘削を行った本件工事自体が,工場を含む周辺建物の変位その他の地盤変動に係る被害を生じさせる危険性の高いものであったとし,他に特段の事情が認められない限り,工場の不同沈下は,本件工事に起因するものと認めるのが合理的であると判断しました。

4. 大阪府の営造物責任

 建設工事一般において工事に携わる技術者としては,本件工事のような大規模掘削を伴う工事を行う場合は,土の移動により生じる地盤沈下その他の現象を防止するために何らかの対策工を施す必要があり,特に本件工事のように軟弱地盤の掘削では掘削する深さの1~2倍程度の範囲で周辺地盤に影響が出ることがあるとされていることから,その設計及び施工においては有害な沈下を発生させないよう十分に配慮しなければなりません。

 裁判所は,このような建設技術の一般的な考え方を前提に,宝町調整池の設置者である大阪府には,そのような危険性の高い宝町調節池建設工事を設計及び施工するにあたって地盤沈下及びそれに伴う周辺建物の変位等の被害を防止するための措置を適切に講ずることが当然に求められていると指摘しました。そのため,宝町調節池は,その建設工事の施工段階だけでなく設計段階においても周辺の地盤沈下を可及的に回避すべく慎重,適切な設計を行い,沈下する危険性のある周辺の地盤について補助工法を実施するなどして周辺建物の変位を防止するために十分な措置が講じられることが求められる営造物であると言え,少なくともそのような措置が講じられたということができない限り,公の営造物として通常有すべき安全性を欠くと判断しました。実際に,大阪府は土留め工の盛替え梁の設置や背面地盤の改良という対策を講じていましたが,工場には本件工事に起因して大阪府の設定した許容沈下量を大幅に上回る沈下が生じ,建物の沈下修復を要する目安とされる概ねの傾斜量の範囲を超えるほどの不同沈下であったため,周辺建物の沈下防止対策としては不十分であったと大阪府の対策が否定されています。しかも,裁判所は,実際に完成した調整池の深さが設計よりも深い約25mメートルになっていたことについて検討がされていなかったことも問題視しています。

 さらに,本件では宝町調整池の設計あるいは施工段階での瑕疵が問題となっているため,国家賠償法第2条1項に定める設置の瑕疵には営造物の建造に付随する行為の瑕疵が含まれるかも争点になりましたが,宝町調節池の建設に係る瑕疵については,その設計段階において周辺の地盤沈下を可及的に回避するのに適した設計や沈下防止措置を講じていたかという点が重要な要素とされていたとして,裁判所は営造物の建造に付随する行為も同条項の「設置の瑕疵」に含まれると判断しています。

5. 施工者の責任

 宝町調整池の建設工事を行った施工者(銭高組JV)の責任の有無について,裁判所は,①SMW工法からCRM工法への変更,②盛替梁鋼材のH500からH350への変更,③定点観測の測点を特記仕様書の記載から減らしたこと,④土留壁の変位を看過して工場の沈下に気付かなかったという各行為の過失の有無が争点となりましたが,裁判所はいずれもその落ち度がなければ工場に生じた不同沈下の結果を回避できたとは認められないとして施工者の過失を否定しました。

6. 判決に対する評価

 通常,建設工事によって第三者に生じた損害についての法的責任は,損害発生の直接の原因行為を行った受注者である施工者が賠償責任を負い,そのほかに発注者としても損害防止のための義務を怠ったと言えるような場合には発注者も施工者と連帯して責任を負うという考え方で整理されています。そのため,本件で発注者である大阪府だけが責任を負い,施工者には責任がないとされているのは異例の判断と言えます。事故等の第三者損害の事案では,「誰がその損害を防ぐことができたか」という観点で見ると考えやすいと思います(発注者責任の考え方の詳細については2021年2月8日付ニュースレター「日本における工事現場での事故に対する発注者責任」をご参照ください)。

 本件では,裁判所も指摘していますが,仮に上記①~③の変更がなく,JVが④の行為を適切に行っていたとしても工場に生じた有害な沈下を防ぐことができなかったと評価される現場状況であれば,施工者に過失がないという判断は理解できます。そのため,控訴審では,①~④が沈下に与えた影響,例えば有害な沈下が生じていることを認識しながら何ら対策をとらずに工事を続けたこと等を具体的に証明しない限り,施工者の責任を認めさせることは難しいと言えます。

 大阪府の責任については,直接損害発生につながる工事を行っている施工者に責任がない以上,発注者には責任は認められないのではないかとも思われます。しかし,掘削することによって周辺地盤に沈下が生じることは自明のことであり,技術指針等の基準に照らして有害な沈下を防止するために何をすべきかという見方をすれば,発注者である大阪府としては,事前に弾塑性解析まで行い沈下予測をしているのであるから,その予測に基づいて講じた措置が不十分であった,つまり基準を超える有害な沈下が生じたのであれば,沈下予測あるいは講じた対策に瑕疵があったと判断されています。そのため,工場の不同沈下はこの瑕疵とは無関係に本件工事の施工段階における原因によって生じたものではなく,瑕疵のある状態で本件工事が行われたことによって不同沈下が生じたという整理ができます。なお,裁判所は原告に生じた損害額は約4500万円であると算定した上で,工場には不同沈下が工事前から生じていたことを考慮し,本件工事と因果関係のある損害はその4割であると判断しています。

7. 類似事案に対する影響

 本件では,調整池がまだ完成も供用もされていない設計段階の瑕疵が国家賠償法第2条1項の「設置の瑕疵」に含まれると判断されています。一般的には,公共施設の建設工事で周辺建物に沈下による損害が生じた場合,上述のとおり工事中の施工に問題がなかったか,沈下防止対策が不十分でなかったかが問題視されることが多いですが,それだけでなく設計段階での沈下予測や沈下防止対策の検討が適切に行われていたかも問題となり,これら設計時の検討が不十分であれば発注者責任を負うことになります。また,公共工事だけでなく,民間工事においても工事現場となる土地の所有者が工事の発注者で設計に関与している場合は,発注者が設置の瑕疵を理由に土地工作物責任(民法717条)を負う可能性も考えられます。そのため,本判決は,工事による第三者損害の類似事案に大きな影響を及ぼすものと言えます。

 工事現場の周辺地盤に有害沈下等の影響を及ぼすような工事の発注者としては,施工者に適切な施工管理を委ねるだけでは十分ではなく,設計段階においても沈下予測と有害な沈下防止対策について十分に検討しておく必要があります。

2021年09月15日(水)12:53 PM

公共工事における発注者の責務についてニュースレターを発行いたしました。
PDF版は以下からご確認ください。

公共工事における発注者の責務

 

公共工事における発注者の責務

2021年9月15日
One Asia Lawyers Group
弁護士法人One Asia
弁護士 江副  哲

1. はじめに

 昨今,公共工事に絡むトラブル事案において発注者の責任を認める裁判例が増える傾向にあると感じます。一口に「発注者責任」と言っても,その内容は大きく分けて刑事責任と民事責任の二つがあり,また民事責任の場合は,損害を被った被害者(作業員や工事とは無関係の第三者)に対する金銭賠償の問題と,目的物に瑕疵がある場合における補修費用の負担額の問題に分けて考えられます。しかし,現場で生じている実際のトラブル事例を見てみると,単純な施工ミスとして処理できる事案ばかりではなく,厳しい工期や請負代金の設定,具体的には工期の延長や請負代金の増額が適切に認められなかったことによって現場に過剰な負担を強いることになり,その結果,事故や瑕疵が生じることが往々にしてあるといえます。

 そこで,本稿では,発注者の法的責任を考える前提として,まず公共工事において発注者に対してどのような規律があるのか,発注者の責務について解説します。

2. 建前と実態の乖離

 発注者は,受注者に工事を発注し,受注者から完成した目的物の引渡しを受け,それに対して代金を支払う者であり,作業に直接関与するわけではないため,原則として工事現場で生じた事故に対して発注者が責任を負うことは考えにくいと言われています。もっとも,発注者が工事内容に関与する場合もあり,その程度によっては発注者も責任を負うべきではないかという考えも出てくるところです。原則として,請負契約(民法第632条)の内容は,請負人(受注者)は仕事を完成させる義務を,注文者(発注者)は報酬を支払う義務を負い,仕事の目的物の引渡しと報酬の支払いは同時履行の関係にある(民法第633条)ため,当然のことながら請負契約は双務契約であります。また,建設業法第18条において,「建設工事の請負契約の当事者は,各々の対等な立場における合意に基づいて公正な契約を締結し,信義に従って誠実にこれを履行しなければならない。」と,契約当事者間の規律として当然のことが規定されています。本来であれば,契約当事者はこれらの規定に則り,当事者の一方が他方当事者に対して不当に過度な負担を押し付けたりするなど,信義に反するようなことがないように,当事者双方が良質なインフラの完成に向けて協力すべきですが,実態は,発注者である行政と受注者である建設業者との社会的な実質的力関係によって,必ずしも公平かつ平等な立場で契約が履行されているとはいえません。そのため,受注者側からは,「設計図書と現場条件が一致しないにもかかわらず発注者がそのまま発注した上,工事開始後も主体的に設計者と調整せずに施工者任せにする(「企業努力」,「それをわかって受注したのではないか」という言葉で押し切られる)。」,「発注者の現場担当者の技術力が質的にも量的にも乏しいため,施工者の技術的な質問に対して的確な回答,指示が得られず,工事遅延等,施工に支障が生じる。」,「発注者が設計変更に応じない。」,「工事の一時中断に伴う増加費用の負担に応じない。」,「設計業務終了後であっても,発注者から継続して追加の検討を無償で要請されることが多々ある。」などの指摘が止みません。このような実態に鑑み,建設業法第18条では,「請け負け」を是正し,当事者が真に対等な立場に立ち合理的な請負契約を締結,履行することを確保するための規定をあえて設けているのです。

 公共工事の場合,本来,労賃,物価の変動や施工条件の変更などの施工期間中のリスクは,予定価格の中に含めない仕組みになっており,また土木工事は現場条件など不確実な事情が多々あり,不測の事態が生じることも数多く見受けられます。そのため,設計変更は不可欠な措置といえますが,発注者が設計変更に応じないケースが散見されるところです。この点,発注者側は,「設計変更の予算がない」,「議会承認が必要なため設計変更できない」,「同様の事例で設計変更の前例がない」,「特記仕様書で変更条件が明示されていない」など,設計変更を認めない理由を述べることがありますが,ほとんどの公共工事に踏襲されている公共工事標準請負契約約款では設計変更の手続について規定されており,発注者はこれに則って対応すべきです。以下,具体的な規律について説明します。

3.発注者に対する法的な規律

 発注者である国や地方公共団体は,建設業法はもとより,公共工事の品質確保の促進に関する法律(以下「品確法」という。)に則り,公共工事の品質確保の促進を図り,国民の福祉の向上及び国民経済の健全な発展に寄与することを目的として,公共工事の発注を行う責務を負っています(建設業法第1条,品確法第1条)。

 建設業法では,不当に低い請負代金の禁止(同法第19条の3),不当な使用資材等の購入強制の禁止(同法第19条の4)を規定し,優越的地位の濫用の典型的なケースを明文で禁止しています。そのため,上述のような不当に設計変更に応じない発注者の対応は,同法第19条の3に違反し,同法19条の5に基づき発注者に対する勧告が可能となるような事態です。この点,「発注者・受注者間における建設業法令遵守ガイドライン(第2版)」(令和2年9月,国土交通省 不動産・建設経済局 建設業課)においても,「当初の契約締結に際して,不当に低い請負代金を強いることに限られず,契約締結後,発注者が原価の上昇を伴うような工事内容や工期の変更をしたのに,それに見合った請負代金の増額を行わないこと」も含まれると明記されています(同21頁)。

 また,品確法に基づく「発注関係事務の運用に関する指針」(令和2年1月30日改正,公共工事の品質確保の促進に関する関係省庁連絡会議)では,工事施工段階における発注者の責務として,「施工条件を適切に設計図書に明示し,設計図書に示された施工条件と実際の工事の現場の状態が一致しない場合,設計図書に明示されていない施工条件について予期することのできない特別な状態が生じた場合,その他受注者の責めによらない事由が生じた場合において,必要と認められるときは,設計図書の変更及びこれに伴って必要となる請負代金の額や工期の変更を適切に行う。」とされています(同9頁)。

 さらに,建設業関係法令に基づき規定されている公共工事標準請負契約約款においても,条件変更等がある場合(同約款第18条1項各号)には,工期や請負代金額を変更し又は必要な費用を負担しなければならないと規定されています(同約款第18条5項)。

以上の規律から,公共工事の発注者は,これら規定の趣旨を十分に理解した上で考慮し,設計変更に対応しなければなりません。

4.設計変更の手続

 公共工事標準請負契約約款上,条件変更等がある場合(同約款第18条1項各号)には,受注者がその旨を監督員に通知,確認を請求し(同約款第18条1項),監督員は確認を請求されたとき又は同項各号の事実を発見したときは,受注者立会いの下,調査を行う義務を負います(同約款第18条2項)。そして,調査の結果,必要があると認められるときは,発注者は設計図書の訂正又は変更を行う義務を負います(同約款第18条4項)。ここで,「必要があると認められるとき」とは,同条5項も含め,発注者の意思によって決められるものではなく,客観的に決められるべきものである(「公共工事標準請負契約約款の解説(改訂5版)」(建設業法研究会)211頁,213頁)ことに留意すべきです。つまり,客観的に設計変更が必要であると認められる場合には,発注者は設計図書の訂正又は変更の作業を行うべきであり,無条件に受注者が行うものではありません。

 設計変更に伴う請負代金額の変更については,上述の条件変更等がある場合は同約款第18条5項で規定されていますが,発注者の指示による設計変更の場合についても同約款19条において同様の規定があり,いずれも「発注者は,必要があると認められるときは工期若しくは請負代金額を変更し,又は受注者に損害を及ぼしたときは必要な費用を負担しなければならない。」とされています。これら条項にある「必要な費用」の中には,例えば受注者が発注者から中止命令がかからなかったために当初の設計図書に従って工事を続行し,最終的に設計図書の変更又は訂正が行われた場合には,その時までの施工部分で無用になったものに係る手戻費用又は改造費用が含まれます。また,設計図書の変更又は訂正によって不要となった工事材料の売却損,労働者の帰郷費用,不要となった建設機械器具の損料及び回送費,不要となった仮設物に係る損失なども必要な費用に含まれます。ここで留意すべきは,「必要な費用」は,あくまでも発注者の過失によって生じた負担に限られるものではなく,予期できない事情変更に伴って生じるものも含み,通常合理的な範囲内で相当因果関係があるものについては発注者が負担する義務を負うことになります(以上,「公共工事標準請負契約約款の解説」213~214,218~219頁)。

 以上のほかに,例えば,工事用地等の確保ができない等のため,受注者の責めに帰すことができないものにより工事目的物等に損害を生じ若しくは工事現場の状態が変動したため,受注者が工事を施工できないと認められるときは,発注者は工事の全部又は一部の施工を一時中止させる義務を負うとされています(同約款第20条1項)。この場合,発注者は,必要があると認められるときは工期若しくは請負代金額を変更し,又は受注者が工事の続行に備え工事現場を維持し若しくは労働者,建設機械器具等を保持するための費用その他の工事の施工の一時中止に伴う増加費用を必要とし若しくは受注者に損害を及ぼしたときは必要な費用を負担する義務を負います(同約款第20条3項)。同条項の規定は,上述の同約款18条5項の趣旨と同様,発注者の過失によって生じた負担に限られるものではなく,予期できない事情変更に伴って生じるものも含まれ,「増加費用」には,工事中止期間中の材料置場や現場詰所等の借地料,工事現場の保安に要する経費等,工事現場の維持に要する費用,工事中止期間中も最低限必要となる労働者の賃金,工事現場に備え置く必要のある建設機械器具の損料やリース料の経費等が挙げられます。また,「損害」には,工事中止前の工事現場の施工体制を維持するために要する費用(労務者又は技術者の配置維持に要する費用,保管のきかない工事材料の売却損等),工事中止中の体制から再開後の施工体制に体制を変更するために要する再開準備費用(建設機械器具の再投入,労務者,技術者の転入に要する費用等)等が含まれます(「公共工事標準請負契約約款の解説」225頁)。

 以上,発注者が負担すべき費用の算定方法については,同約款第25条に規定があり,発注者と受注者の協議によって定めることとされていますが,当該協議においては,上述の建設業法や品確法の趣旨を十分考慮して,受注者に過度な負担を強いるものにならないように留意すべきです。

5.まとめ

 以上のように,建設業関係法令において,発注者の責務について細かく規定されていますが,トラブル事例を見ますと,発注者側も受注者側も現場に従事する者がどこまでこれらの内容を認識し,理解しているのか疑問に感じることがあります。そのため,まず受発注者ともに法令及び契約約款の内容を把握し,それらの規律に基づいて工事に携わるべきです。それが,現場で生じているトラブル防止への一番の近道であると考えます。

以上

2021年08月12日(木)10:31 PM

航空法改正による建設現場でのドローン活用への影響についてニュースレターを発行しました。 PDF版は以下からご確認ください。

航空法改正による建設現場でのドローン活用への影響

 

航空法改正による建設現場でのドローン活用への影響

2021年8月12日

One Asia Lawyers Group <style=”text-align: right;”>弁護士法人One Asia <style=”text-align: right;”>弁護士 江副  哲 <style=”text-align: right;”>同 藤村 啓悟

1. はじめに

 ドローン関連技術の向上により,物流等へのドローン活用ニーズが高まっている中,現行航空法(以下「現行法」といいます。)では認められていない「有人地帯における補助者なし目視外飛行」(レベル4飛行)[1]を可能とする航空法の改正案(以下「改正法」といいます。)が国会で成立し,令和3年6月11日に公布されました[2]

 本法改正では,前述のレベル4飛行を可能とすることによる都市部等の人口密集地帯上空での貨物輸送などといったドローン活用の幅を広げることが目的とされています。このほか,現行法で定められているドローン運用にかかる手続の簡略化も図られており,今までよりドローンを活用しやすい環境が整備されることになります。

 建設現場でも今後の労働力減少に対応すべく,国土交通省をはじめとしてICTの活用が推進されており[3],その一環としてドローンによる点検や測量,資材運搬等の自動化といった取り組みが進められています。ドローンをより有効活用することが可能となる今回の航空法改正は,建設現場でのドローン活用の推進にも影響があると見られます。

 以下では,今後ドローンを運航するにあたりどのような手続が必要となるかという改正法の概要を説明するとともに,実際に現場でドローンを運用するにあたり考慮すべき法的リスクについても解説します。

2. 改正法の概要

(1)レベル4飛行の解禁

 改正法の大きな変更点の一つは「有人地帯における補助者なし目視外飛行」の解禁です。

「有人地帯」とは,「人又は家屋の密集している地域」(以下「人口密集地」といいます。)を指しており(改正法132条の85第1項2号),人口密集地かどうかは,国勢調査の結果による人口集中地域か否かで判断されます(航空法施行規則236条の2)。都市圏,特に首都圏や京阪神地区はほぼ全域が人口集中地域であるため[4],当該地域では補助者による立入管理措置なしの目視外飛行は許可されませんでした。

 人口密集地での補助者なし目視外飛行が許可されることにより,都市圏で自立飛行のドローンによる点検や測量,建築資材の運搬等が可能となり,ドローン活用の幅が広がることになります。

(2)「特定飛行」の設定

 改正法は,飛行禁止空域(改正法132条の85第1項各号)での飛行及び,原則禁止となる飛行方法(改正法132条の86第2項各号)による飛行をまとめて「特定飛行」と定義しました(改正法132条の87括弧書)。

 大まかではありますが,飛行禁止空域での飛行には国土交通大臣の「許可」が,禁止される飛行方法での飛行には国土交通大臣の「承認」が原則必要となります。

【特定飛行】  ①飛行禁止空域(改正法132条の85第1項各号)    a.空港等の周辺の上空空域及び150m以上の高さの空域(1号)         b.人口集中地区の上空(2号)  ②禁止される飛行方法(改正法132条の86第2項各号)   c.夜間飛行(1号)        d.目視外飛行(2号)    e.人又は物件から30m未満の距離での飛行(3号)   f.イベント上空の飛行(4号)   g.危険物の運搬(5号)   h.ドローンからの物件投下(6号)

 特定飛行は以上のとおり整理されますが,飛行禁止空域及び禁止される飛行方法の内容自体は現行法から引き継がれており変更はありません。

(3)機体認証・技能証明制度

 ドローンの活用増加や,利用可能な範囲が拡大することで,ドローンの墜落・接触事故等による人・物への被害も必然的に増加することが予想されます。これに対応する形で,改正法は「機体認証」(改正法132条の13)及び「無人航空機操縦者技能証明」(改正法132条の40,以下「技能証明」といいます。)の制度を新設しました。改正法では,特定飛行を行うためには,この機体認証及び技能証明の取得が要件となります。

 取得には手間や費用が必要ですが,一方で取得によりレベル4飛行が許可される,現行法で求められていた許可・承認手続が簡略化される,あるいは不要になるというメリットもあります。

機体認証及び技能証明は以下のようにいずれも2種類に区分されています。

  【機体認証】(改正法132条の13第2項)    ①第一種機体認証:立入管理措置を講ずることなく特定飛行を行うドローンが対象    ②第二種機体認証:立入管理措置を講じた上で特定飛行を行うドローンが対象   【技能証明】(改正法132条の42)    ①一等無人航空機操縦士:立入管理措置を講ずることなく特定飛行を行う技能を証明    ②二等無人航空機操縦士:立入管理措置を講じた上で特定飛行を行う技能を証明

(4)許可・承認手続の合理化

 現行法では,特定飛行を行う場合には国土交通大臣の許可・承認が飛行毎に求められます。当該許可・承認の審査には,およそ2~4週間程度かかります[5]。このため,規制対象となる飛行を行うには,作業日より2~4週間前には申請を行う必要があり,申請から運用までに時間がかかっていました。

 改正法ではこれら許可・承認手続の合理化が図られています。

 空港周辺・人口密集地での立入管理措置無しの飛行(レベル4飛行)は機体認証・技能証明ともに一種・一等を取得したうえで,飛行毎の許可を得なければならないという厳格な手続を要求されます。

 一方で,機体認証及び技能証明を取得し,かつ立入管理措置を行っている場合,人口密集地での飛行や夜間飛行,目視外飛行,人・物件から30m以内の飛行を行うには国土交通省令で定める措置を講ずることのみで足り,運用毎に許可・承認を受けることは不要となります。

 また,立入管理措置を講じない夜間飛行,目視外飛行,人・物件から30m以内の飛行や,イベント上空の飛行,危険物運搬,ドローンからの物件投下については,機体認証・技能証明の取得で飛行毎の許可・承認手続にかかる審査の一部が省略される取り扱いとなる予定です。

 ドローン運用にかかる手続きの簡略化により,建設現場でのドローン運用コストが下がり,より積極的にドローンが活用されることが期待されます。

3. ドローン墜落等の事故発生時の法的責任 

(1)不法行為責任の問題

 建設現場でドローンを運用中に何らかの不具合や操縦ミスで墜落し,人ないし物と接触した場合には,ドローンの操縦者はもとより,現場監督者や元請企業まで責任を問われる可能性があります。特に,人の生命や身体に危害を加えた場合や,電車や航空機との接触,その他公共交通機関の運行に必要な設備等を損壊することにより遅延を生じさせた場合には,多額の賠償責任を負うことになりかねません。

 ドローン墜落事故の多くは,機体操作を誤ったり機体を見失うことで,樹木や電柱,民家等の建築物にドローンを接触させてしまうものです[6]。このような事故の原因は多くの場合,単純な操作ミスと考えられますので,不法行為上の過失が認められることになります。

 墜落等の事故原因がドローンの故障や動作不良,バッテリー切れの場合も過失が認められる可能性が高いことには注意が必要です。現行法でも,飛行前にドローンの外部点検及び動作点検や,ドローンを飛行させる空域及びその周囲の状況,バッテリーの残量の確認が義務付けられています(現行法132条の2第1項2号,航空法施行規則236条の4)。つまり,バッテリー残量不足でドローンを飛行させ,飛行中にバッテリー切れを起こした場合や,整備を怠ったことによる動作不良や部品の故障で墜落した場合には,ドローンの点検義務に違反したと認められることになるでしょう。

 また,同法では飛行に必要な気象状況の確認も義務付けられています。このため,急な強風等の気象現象によりドローンが煽られて墜落した場合でも,そのような強風が吹く可能性があることを事前に確認してドローンを飛行させるべき義務に違反しているとして,過失があると認められると考えられます。

 ドローンが墜落して人の生命や身体に危害を加えたときに不法行為上の過失が認められないケースとして考えられるのは,ドローン本体ないしバッテリー等の部品が製造過程の問題により,検査等によっても発見できない瑕疵を有しており,当該瑕疵を原因として墜落した場合など,かなり限定されると考えられます。

 以上のとおり,ドローンが人と接触した場合には,操縦者や企業に不法行為責任が認められる可能性が高く,多額の賠償責任を負うリスクがあることには注意しなければなりません。これを避けるためにも,経験と知識を持った操縦者が,適切に機体を維持管理し,さらに飛行空域の天候や障害物等の状況を十分に確認して飛行させることが必要です。

(2)東京地方裁判所昭和50年1月28日判決

 この裁判例は無人航空機を人に接触させ負傷させた事故について,無人航空機の操縦者に不法行為に基づく損害賠償責任を認めたものです。

 同裁判例は,ラジオコントロールによる模型飛行機(全長1メートル以上,エンジン部等に金属製の構造物を含む競技用のスタント機)のような「その構造や性質上,人に衝突するようなときは,多大の危害を負わすことが予測されるもの」を飛行させるときに「附近に人が居る場合には,当該場所の広さ,風向,風速等を考慮して,右飛行機の機能の範囲内において,人に衝突することが無いような飛行進路をとり,万が一にも,飛行進路が外れ飛行機が人に向かうような場合には,直ちに正常な飛行進路に回復し,これが不可能なときは急遽飛行機を墜落させる等の措置をとり,もつて人体に対する危害の発生を未然に防止すべき義務がある」と認定しました。

 ドローンの事故により人の生命,又は身体に対して後遺症の残るような多大な危害を及ぼした事例は国土交通省に報告があった限りでは現在まで存在しておらず,ドローン事故に関連する裁判例は蓄積されていません。しかし,ドローンの操縦にあたっても「場所の広さ,風向,風速等を考慮して」,「人に衝突することが無いような飛行進路をとり」,「飛行機が人に向かうような場合には」「直ちに正常な飛行進路に回復し,これが不可能なときは急遽飛行機を墜落させる等の措置」をとることで「人体に対する危害の発生を未然に防止すべき義務がある」ことは同裁判例のとおりです。

 ドローンにより人が死傷するか物が破損した場合には国土交通大臣に通報する義務が課されること(改正法132条の90第2項)と,ドローンの活用が広がることによる事故増加が相俟って,今後ドローン操縦者やその使用者の不法行為責任を争う事案も出てくる可能性が十分にあります。

(3)刑事上の責任

 ドローン墜落により人を死傷させた場合には,業務上過失致死傷罪(刑法211条)という刑事責任を問われる可能性があります。

 刑事責任についても,操縦者だけではなく,場合によっては操縦者を雇用する企業の経営者まで責任を問われる可能性があります。

 特に,現場でドローンを適切に維持整備せずに運用することが常態化しているのを知りながら,管理運用体制を整備せずに漫然とその状況を放置していたところで事故が発生したような場合には,企業経営者も刑事責任に問われることがある[7]ことには十分留意が必要です。

4. まとめ

 以上で解説しましたように,今回の航空法改正で建設現場におけるドローン活用の幅が広がるとともに,運用手続の簡略化によりコストの低下や運用の容易性向上に期待ができます。しかし,昨今ドローンによる事故が増加していることを受けて,ドローンの飛行に対してより厳格な規制も同時に設けられました。改正法では,技能認証や機体認証制度創設のように,操縦技能や機体管理・運行管理についてはより高い水準が求められることとなります。改正法施行後に建設現場でドローンを運用するには,多くの場面で機体認証や技能認証が必要です。これから機体認証や技能証明の取得方法等についても順次公表されると見られます。建設工事現場でドローンを運用中又は今後運用することを検討されている企業は,想定するドローンの運用方法と必要な手続を照らし合わせ,機体認証及び技能証明取得の要否を検討する必要があります。

 

[1] 国土交通省航空局「無人航空機のレベル4の実現のための新たな制度の方向性について」 〔 https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kogatamujinki/kanminkyougi_dai15/siryou1.pdf 〕 [2] 衆議院ホームページ「議案審議経過情報」 〔 https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_gian.nsf/html/gian/keika/1DD210A.htm[3] 国土交通省ホームページ「ICTの全面的な活用」〔 https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/constplan/sosei_constplan_tk_000031.html[4] 国土交通省ホームページ「無人航空機の飛行禁止空域と飛行の方法」 〔 https://www.mlit.go.jp/koku/koku_fr10_000041.html[5] 国土交通省ホームページ「無人航空機の飛行許可承認手続」 〔 https://www.mlit.go.jp/koku/koku_fr10_000042.html 〕 [6] 国土交通省「令和2年度 無人航空機に係る事故トラブル等の一覧(国土交通省に報告のあったもの)」〔 https://www.mlit.go.jp/common/001342842.pdf[7] 最高裁平成5年11月25日決定は,ホテル火災につき防火管理体制を確立すべき義務を怠ったこと等を理由として,ホテル経営者の同義務違反に業務上過失致死傷罪の成立を認めました。

2021年07月14日(水)5:54 PM

日本におけるメガソーラー事業に対する行政処分の違法性についてニュースレターを発行しました。
PDF版は以下からご確認ください。

日本:メガソーラー事業に対する行政処分の違法性

 

日本:メガソーラー事業に対する行政処分の違法性

2021年7月14日
One Asia Lawyers Group
弁護士法人One Asia大阪オフィス
代表パートナー弁護士 江副  哲

 

1. 事案の概要

 本年3月,再生可能エネルギーを活用した脱炭素化の取組みや企業の脱炭素経営の促進を図るべく地球温暖化対策推進法が改正され,2050年までのカーボンニュートラルの実現が明記されるとともに,政府が4月に開催された気候変動サミットにおいて温暖化ガス排出削減目標として2030年で2013年比46%減を掲げたこともあり,今後国策として再生エネルギー事業の促進に向けた政策がとられていくと思われます。このような環境下で,今回取り上げる裁判例(東京高裁令和3年4月21日判決)は,裁判所がメガソーラー事業の推進を止める判断をしたものです。

 本件は,メガソーラー(大規模太陽光発電所)の事業者が,メガソーラー建設工事用道路の橋を架ける目的で,河川管理者である伊東市に河川占用許可の申請をしたところ,伊東市が不許可処分をしたため,事業者が不許可処分の取消しを求めた訴訟です。本件の背景として,本事業に対して2万5000を超える反対署名が市に提出され,それを受けて市議会が本事業に係る開発行為に反対することを議決し,その後,メガソーラーの建設に市長の同意を義務付ける内容の条例(メガソーラー規制条例)が制定されています。なお,本規制条例の施行に際しては,「現に太陽光発電設備設置事業に着手している者」には適用されないという経過措置の規定が設けられていたところ,本条例施行前に宅地造成等規制法に基づき本事業に係る工事の許可が下りている状態でした。

2. 太陽光発電所建設に対する法規制

 本件のメガソーラー建設工事に対する法律の規制としては,森林法に基づく林地開発許可,宅地造成等規制法に基づく工事許可,河川関連法令に基づく河川占用許可があり,一般的な太陽光発電所建設工事においてもこのような法令による規制をクリアしなければなりません。また,本件でも適用の可否が問題となった規制関連の条例が施行されていることもあるため,事業者としてはこれらの法令による規制を事業計画段階から十分に確認しておく必要があります。

3.市による処分の違法性判断

 不許可処分の違法性について,裁判所は,①裁量の逸脱又はその濫用と②不当な動機及び目的を有していたかに分けて判断しています。

 ①について,本件の対象河川が適用される普通河川条例では市長の許可が河川占用の要件となっており,当該占用が河川についての災害の発生防止や流水の正常な機能維持の妨げにならないような場合であっても,市長は必ず占用の許可をしなければならないわけではなく,河川法の目的等を勘案した裁量判断として許可しないことが相当であれば不許可が適法として認められるという前提に立ち,静岡県河川管理事務必携が考慮事項として勘案するとしている一般社会住民の容認するものか,占用により河川及びその付近の自然的及び社会的環境を損なわないか,必要やむを得ないと認められるものかについて,公共性や公益性も踏まえて判断するとし,本事業に対して住民から景観や環境への影響等の様々な懸念事項が示され多数の反対署名が提出されたことや市議会で反対の議決がなされたことから一般社会住民の容認するものに至っていたとは認め難いと認定しています。本規制条例の経過措置の適用の有無については,適法な届出に基づいて施行前に行われていた伐採行為は本事業の準備行為にすぎず,また区画形質変更に伴う掘削については本事業者が計画変更申請をしていたがその変更許可の前に行われていたこと,しかも宅地造成工事の許可に際して防災措置を行うことや防災工事を先行し造成工事は市の確認後でなければならないという条件が付されていたがこれらが履践されていなかったことから,経過措置の適用はないと判断されています。

 ②については,市長が本事業を阻止・妨害するために本規制条例を利用して河川占用の不許可処分をしたことを的確に裏付ける証拠がないという理由だけであっさりと否定されています。

 以上の理由から,市の判断について,裁量の逸脱や濫用はなかったと結論付けられました。

 ただ,不許可処分には行政手続法上,処分の理由を付記する必要がありますが,「社会経済上必要やむを得ないと認められるに至らないことから不許可とする」としか記載されておらず,概括的,抽象的なもので違法であるとして,これを理由に不許可処分の取消し自体は認めています。つまり,実質的には市の裁量判断に違法性は認められないが,形式面から処分の取消しが認められました。このような場合,市としては理由を付記して再度不許可処分をすれば適法と認められることになります。

4.行政裁量の考え方

 基本的に行政の判断には広い裁量が認められ,合理性を欠き社会通念上妥当ではない場合には裁量の逸脱又は濫用であるとして違法と評価されます。

 本件での市の不許可処分について,一審判決では,河川を占用することになるカルバートや仮設排水管等が河川の機能を害するものではなく,河川やその周辺の影響とは別に事業に対する周辺住民や市議会の否定的評価をもって直ちに「一般社会住民の容認するもの」に該当せず不許可とすることは占用許可の判断において市議会や住民の同意を要件とするに等しいため不合理であると判断されました。他方,控訴審判決では,カルバートや仮設排水管等設置の必要性の判断となる基礎は本事業であり,事業規模から景観や環境への影響の大きさに照らすと,本事業に対する住民の反対や市議会の反対決議を考慮することは不合理ではないと判断されており,一審と控訴審では異なる評価を下しています。

5.開発事業者の説明責任

 形式的な要件だけで判断できない許認可はその判断に一定の幅の裁量があるため,違法性評価に際しては,考慮する事項の選択やどの事項を重視するかによって必然的に結論にも幅が出てくることになります。そのため,結局のところ,価値判断が優先し,その判断の根拠となる法令の解釈が後付けの理屈となっていることが往々にして見受けられます。本件では,住民の反対運動だけでなく,本事業に反対する市長が当選し,それに対抗するかの如く事業者が代理人弁護士を立てて行政と協議し,市だけでなく県や経済産業省による幾度の行政指導にもかかわらず行政の判断には応じられないとして本事業を強行的に進めようとしていたという経緯もあり,本事業については「法令適合性」というよりも「社会的妥当性」が争われていた事案であると言えるのではないかと思います。このような事案では,法的評価が割れる可能性が高く,現に一審と控訴審で判断が分かれていることを見ても,裁判所による法的判断を求めること自体の妥当性に疑義が出てきます。許可権者である行政が反対住民の意向に沿って判断しそうであったために事業者としては代理人弁護士を立てたのかもしれませんが,それでは事業を促進させるどころか行政や住民の態度を硬化させてしまうおそれがあり逆効果になった可能性もあります。また,このような行政と事業者との対立の構図になってしまうと,本来遂行されるべき事業も撤退を余儀なくされ,冒頭で触れました再生エネルギーの普及という観点から社会的な損失にもなりかねません。

 そのため,事業者としては開発事業を遂行する上で基本となる住民の理解を得るべく,技術的な安全性は当然のこと,周辺環境への配慮から事業の必要性や社会的意義についてまで説明責任を果たすべきであり,行政の協力も得られるように地道な努力が求められます。再生エネルギーによる発電事業は,従前建設事業に関わっていなかった企業等も参入している新規分野であり,開発事業者としての理解が十分でないこともあるため,このあたりの啓蒙も必要であると考えます。

6.まとめ

 今回のポイントとしましては,まずメガソーラー建設事業者としては,法令適合性や技術的安全性の確保は勿論のこと,説明責任を果たして行政や住民の理解を得ることが事業遂行において極めて重要になります。また,行政としては,開発事業の許認可に際して恣意的な判断をすると裁量の逸脱又は濫用であるとして処分が違法と評価され取り消される可能性があるため,客観的な評価をする必要があります。

 最後に,先日発生した熱海での痛ましい土石流災害を目の当たりにすると,再生エネルギー事業に限らず開発事業を行う場合は,必ず事業者,行政,住民の三者による建設的な協議に基づいた確認,理解の下で遂行していくべきであると痛感します。

以上

2021年06月10日(木)9:54 AM

日本における男性の育児休業取得推進に関する育児・介護休業法改正の概要についてニュースレターを発行しました。
PDF版は以下からご確認ください。

日本:男性の育児休業取得推進に関する育児・介護休業法改正の概要

 

日本:男性の育児休業取得推進に関する育児・介護休業法改正の概要

2021年6月9日
One Asia Lawyers Group
弁護士法人One Asia大阪オフィス
代表パートナー弁護士 江副  哲
弁護士 藤村 啓悟

. 改正の目的

 2021年6月3日,衆議院において「育児休業,介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律及び雇用保険法の一部を改正する法律案」(以下,「改正法」といいます。)が可決されました。[1]施行日は2022年4月1日となります。

 法改正の主な目的は,男性の育児休業取得を推進することにあります。男性の育児休業は,現行の「育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律」(以下「現行法」といいます。)に従い,制度上は取得可能です。しかし,男性の育児休業取得率は2019年10月1日時点で7.48%にとどまり,女性の取得率(同時期で83.0%)と比較しても極めて低い水準にあるのが現状です。[2]

 少子高齢化による人口減少が社会問題となる中,男性の育児休業取得を推進し,そこから男性の育児への継続的な参加を促し,従来,育児を負担してきた女性の雇用継続や,子の出生数増加につなげることが今回の育児・介護休業法改正のねらいです。

2. 改正の概要

 改正法における主な改正点は,以下のとおりです。

 ①出生時育児休業の新設
 ②育児休業の分割取得制度
 ③育児休業を取得しやすい職場環境の整備
 ④育児休業取得率の公表促進

 これらは大要2つの趣旨に分けることができます。すなわち,育児休業制度の柔軟化と,男性が育児休業を取得しやすい職場環境の整備です。

 現行法の育児休業制度下では,男性の多くは出産直後の時期に育児休業を取得していました。[3]このため,出産直後の育児休業の取得をより容易にすべきことが,育児休業取得を希望する男性のニーズに沿っています。また,男性が育児休業を取得する際に,業務の都合や職場環境・雰囲気が取得の妨げとなっている実情があります。これらの事情を踏まえ,男性がより育児休業を取得しやすいように,育児休業制度の利用と職場環境の改善を促すという内容で改正が行われました。

3. 各新設制度の解説

 ⑴ 出生時育児休業

 改正法9条の2は「出生時育児休業」という新たな制度を設けました。子の出生から8週間に限り取得することができる育児休業となります。

 現行法でも,子の出生から8週間以内に育児休業を取得した場合,育児休業を再度取得することができる,いわゆる「パパ休暇」制度が設けられていました。しかし,その建付けは,育児休業を複数回取得することができるというものに過ぎず,育児休業の申出は休業開始日の1か月前までに行うのが原則でした。また,子の出生から8週間以内には1度しか育児休業を取得することができず,業務の状況や母子の状況を見て,育児休業を分割取得することもできないというものでした。

 改正法では,これらの問題を解消するために,通常の育児休業とは別の制度として「出生時育児休業」を設けました。同制度では,子の出生から8週間以内に,計4週間の休暇を2回まで分割して取得することができます(改正法9条の2第2項1号)。また,出生時育児休業取得の申出期限は休業開始日の2週間前までとされており,休業開始日の1か月前とされていたパパ休暇制度より短縮されています(ただし現行法と同様に,労働者が申出から2週間以内の日を休業開始日としても,事業主が同意すれば労働者の希望通りの日程で出生時育児休業を取得させても何ら問題ありません(改正法9条の3第3項)。)。また,労働者側から申出があった場合に限定されますが,出生時育児休業期間中に労働者を就業させることも可能となり(改正法9条の5第5項),業務と育児休業の調整が容易になっています。

 ⑵ 育児休業の分割取得制度

 出生時育児休業の期間(出生から8週間)経過後から子が1歳になるまでに,労働者は分割して2回(現行法は分割できず1回のみ)の育児休業を取得することができるようになりました(改正法5条2項)。

 また,現行法では子が1歳になった時点から1歳6か月になるまでと,1歳6か月になった時点から2歳になるまでにも育児休業を取得できましたが,休業開始日はそれぞれ子の1歳到達日及び1歳6か月到達日の翌日のみに限定されていました。これを改正法は,配偶者がすでに育児休業を取得している場合は,休業開始日を配偶者の育児休業終了予定日の翌日以前の日とすることができるようにしており(改正法5条6項),配偶者と交代で育児休業を取得できるようになりました。

 以上のとおり,改正法では現行法と比較して,育児休業の取得タイミング・期間が柔軟化し,男性が育児休業を取得しやすく,かつ女性の職場復帰が容易となるように配慮されています。

 ⑶ 育児休暇を取得しやすい職場環境の整備

 事業主は,労働者から本人またはその配偶者が妊娠・出産したことの申出を受けたときは,当該労働者に育児休業に関する制度を知らせるとともに,育児休業の申出に係る当該労働者の意向を確認するための面談等の措置を講じなければならないとされました(改正法21条第1項)。

 また,事業者が当該申出を受けた場合,その申出をしたことを理由として解雇その他不利益な取扱いをしてはならないとの規定も同時に設けられています(同条2項)。現行法では育児休業の申出又は育児休業取得を理由として不利益な取り扱いをしてはならないと規定されており(現行法10条),当該規定を拡張する形となっています。同項違反に対する刑事罰は設けられていませんが,育児休業取得を理由とする不利益的取扱いに対しては,現行法10条違反を理由として労働者側からの損害賠償請求等を認めた裁判例[4]も多々存在しますので,改正法21条2項違反も損害賠償請求等が認められる可能性が高いことには十分留意する必要があります。

 ⑷ 育児休業取得率の公表促進

 常時雇用する労働者の数が1000人を超える事業主は,毎年少なくとも1回,雇用する労働者の育児休業の取得の状況を公表する義務を負うことになりました(改正法22条の2)。

4. まとめ

 改正の概要は以上のとおりであり,育児休業制度・職場環境の両面からのアプローチにより,特に男性の育児休業の取得を推進しようとしています。

 男性の育児休業取得率は依然として低いものの,一貫して上昇し続けています。[5]また,男性の育児休業取得期間も長期化の傾向があります。[6]制度としてはすでに用意されている状況で,更に今回の改正が行われたことから,更なる男性の育児休業取得率向上を目指すという国の意向が明らかです。このため,今後も男女問わず育児休業取得率は上昇すると考えられます。また,大企業には育児休業の取得状況公表義務が課されることにより,各事業者の取り組みに対する社会的評価も行われることになります。事業者においては,改正法への対応のみならず,育児休業取得のための職場環境の整備等がより一層求められることになります。

以上

[1] 衆議院「育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律及び雇用保険法の一部を改正する法律案」(https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/houan/g20409042.htm

[2] 厚生労働省「調査結果の概要」(https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/71-r01/06.pdf

[3] 厚生労働省労働政策審議会雇用環境・均等分科会「男性の育児休業取得促進等に関する参考資料集」4頁(https://www.mhlw.go.jp/content/11901000/000727936.pdf)

[4] 東京地裁平成29年7月3日判決『判例タイムズ』1462号176頁

[5] 男女共同参画推進局「Ⅰ-特-21図 男性の育児休業取得率の推移」(https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/r02/zentai/html/zuhyo/zuhyo01-00-21.html

[6] 男女共同参画推進局「男女共同参画白書令和2年版 第2節家族類型から見た「家事・育児・介護」と「仕事」の現状」(https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/r02/zentai/html/honpen/b1_s00_02.html

2021年05月17日(月)10:10 AM

日本における治水インフラに対する行政の管理責任についてニュースレターを発行しました。
PDF版は以下からご確認ください。

日本における治水インフラに対する行政の管理責任について

 

日本:治水インフラに対する行政の管理責任

2021年5月15日
One Asia Lawyers
弁護士法人One Asia大阪オフィス
代表パートナー弁護士 江副 哲

1.事案の概要

 近年多発している豪雨災害に対し、河川を管理する国や自治体が防災措置を十分に講じていたか否か、被災者をはじめとする住民から河川管理者に対して厳しい目が向けられています。そこで、今回は、宇治川支流の氾濫で浸水被害を受けた京都府宇治市内の旅館が河川管理者の市に損害賠償を求めた訴訟について解説します。

 河川の取水口などにごみ流入防止のために設置される格子状のスクリーンは、目詰まりを起こせば水流を妨げ、氾濫の原因となるリスクをはらんでいます。2012年8月に京都府宇治市内の山王谷川で発生した氾濫を巡る裁判では、スクリーンの閉寨が原因だったとして、河川管理者である市の責任が問われました。京都地裁は20年11月19日の一審判決で、市に対して浸水被害を受けた旅館に約1130万円の損害賠償を支払うよう命じました(市は同年12月3日に控訴)。

 問題となった山王谷川は宇治川の支流で、合流部までの100mほどの区間が暗渠となっており、閉塞したスクリーンは、暗渠内への異物流入を防ぐために、暗渠区間の入口部分に設けられていました。宇治川への合流部付近には、光流園静山荘(以下「静山荘」といいます。)という旅館と、流域の内水を宇治川に流すための塔ノ島第一排水機場があります。

 本件の発端は、12年8月13日の夜から14日未明にかけて、京都府南部の宇治市などを襲った豪雨で、上流から流れてきた土砂や枝葉によって山王谷川のスクリーンが閉塞して水があふれ、静山荘の地階と1階が床上浸水の被害を受けたという事案です。

2.主張・反論の概要

 静山荘は、スクリーンの形状などに不備があったと主張し、宇治市に対して、国家賠償法第2粂1項に基づき、約1億2500万円の損害賠償を請求する訴訟を14年に提起しました。市が設けたスクリーンの格子は、山王谷川が氾濫した当時、約10cm角の網目でしたが、静山荘は、網目が細か過ぎて閉塞しやすく、安全性に問題がある状態、つまり設置又は管理に瑕疵があり、スクリーンを事前に20cm間隔の縦格子に替えておけば、12年の豪雨で山王谷川の氾濫を防げたと主張しました。一方で、市は、暗渠入口部のスクリーンが20cm間隔の縦格子であったとしても氾濫は回避できなかったと反論し、豪雨災害後のスクリーンの改修や増設については、災苦を教訓として将来の豪雨に備えるための改善措置であると主張しました。

 判決では、市が豪雨災害から1年ほどたった13年7月、暗渠入口部のスクリーンを10cm間隔の縦格子に改修し、さらにその上流に20cm間隔の縦格子スクリーンを追加したことを挙げ、市が氾濫時のスクリーンに問題があったと認めたからこそ講じた措置であると指摘されました。

3.インフラ瑕疵の評価基準

 京都地裁の判決では、旅館に生じた浸水被害の責任は、山王谷川の管理者としてスクリーンを設置した市にあると認めました。

 国家賠償法第2条1項では、「道路、河川その他の公の営造物の設置または管埋に瑕疵があったために他人に損害を生じたときは、国または地方公共団体(地方自治体)は、これを賠償する責に任ずる」と規定されています。なお、「公の営造物」は、公共インフラを含みます。

 公共インフラの瑕疵の評価に際しては、⑴被害発生の原因、⑵営造物の危険性、⑶危険発生の予見可能性、⑷危険除去の容易性、⑸被害の回避可能性といった各事情を総合的に考慮して判断することになります。

 山王谷川のスクリーンに対する京都地裁の評価をこれらの考慮事情にあてはめると、次のようになります。

⑴ 12年の豪雨災害の後に宇治市が山王谷川のスクリーンを改修した結果、13年や18年の豪雨の際には氾濫が生じなかった。

⑵ スクリーンは構造上、土砂や樹木の枝葉を含む濁流で閉塞する危険性をはらんでおり、閉塞すれば河川が氾濫して周囲に浸水被害などを引き起こす場合がある。

⑶ 宇治市内は12年より前にも激しい豪雨に何度も見舞われており、市は山王谷川上流に土砂災害をもたらすような豪雨が降り、土砂などを含む濁流がスクリーンに押し寄せる場合があると十分に想定できた。

⑷ 宇治市は12年の豪雨後の13年7月にスクリーンを10cm間隔の縦格子に改修している。

⑸ あらかじめ設置すべきだったと原告の主張する20cm間隔の縦格子スクリーンの方が、10cm角の網目スクリーンよりも詰まりにくいことは明らかであり、市が山王谷川のスクリーンを12年以前に10cm角の網目から20cm間隔の縦格子に改修していれば、氾濫と原告の浸水被害を回避できた可能性が十分にあった。

 京都地裁は、以上を総合的に考慮した結果、スクリーンの設置または管理の瑕疵があったとして、市の賠償責任を認めています。

もっとも、認容額については、賠償範囲を浸水による被害に限定し、請求額の1割以下と大きく減じています。例えば、原告が請求額に入れていたエントランスの改装工事費約3200万円は、浸水による損傷などからの復旧に必要な範囲を超えていると判断して除外し、建築設計事務所に支払った内装などのデザイン料約300万円も浸水被害とデザイン変更との関連性は小さいとして認めませんでした。

5.控訴審の見通し

 宇治市の控訴で判決は確定せず、市と静山荘は控訴審で高等裁判所の判断を仰ぐことになりました。控訴審での争点の1つは、山王谷川流域で土砂災害を引き起こすような集中豪雨の発生を予見できたか、予見可能性の有無となりますが、予見可能性については昨今、台風や豪雨による災害の頻発でハードルは低くなっています。本件でも、12年時点においても、予見可能性が認められる可能性が高いと言えます。

 また、第―審では、網目スクリーンの構造的な危険性が山王谷川の氾濫を引き起こし、その氾濫が旅館の浸水を生じさせたという2段階の因果関係を認定していますが、市が後者の氾濫と浸水の因果関係は認めていることから、控訴審では、スクリーンの構造の危険性と氾濫との因果関係も主要な争点になると考えられます。

 第一審では、スクリーンの格子の間隔が20cmであるべきだったとする静山荘の主張に対し、市は格子の間隔に特に基準はないと反論していましたが、例えば、旧建設省河川局監修の河川砂防技術基準の解説書では、河川を伏せ越しさせる水路に取り付けるスクリーンの部材の間隔について、「20cm程度を標準とする」と記載されていますので、これを参考にすると、静山荘側の主張には一定の客観性があると考えられます。そのため、市としては、相当に説得力の強い技術的な反論をしなければ、第一審判決を覆すのは難しいと言えるでしょう。

以上

 

 

2021年04月18日(日)9:47 PM

日本におけるインフラによる日照権侵害に対する事業者責任についてニュースレターを発行しました。
PDF版は以下からご確認ください。

日本におけるインフラによる日照権侵害に対する事業者責任について

 

日本:インフラによる日照権侵害に対する事業者責任

2021年4月13日
One Asia Lawyers
弁護士法人One Asia大阪オフィス
代表パートナー弁護士 江副 哲

1.事案の概要

 新東名高速道路の豊田東ジャンクションの高架橋を巡り、近隣住民が中日本高速道路会社に対して、日照侵害を理由に損害賠償を求める裁判を起こし、一審の名古屋地裁岡崎支部の判決(2020年2月)では、冬至の日影時間を基準に補償は不要と判断しました。一方、名古屋高裁の控訴審判決(20年7月)では、日陰になる時間が最も長い時期を基準に日照権侵害を認めました。その後、中日本高速が上告しなかったため、この判決は確定しています。

 被害を受けた住民の住む建物では、冬至の日影時間は1時間程度に過ぎなかったのですが、春分や秋分の頃には建物が高架道路の橋桁の影に入るため、日影時間が午前8時30分ごろから午後4時ごろまでの7時間程度に及ぶという状態でした(写真は本件とは関係ありません)。

2.国土交通省の通知の法的効力

 国土交通省が各地方整備局などに宛てた通知「公共施設の設置に起因する日陰により生ずる損害等に係る費用負担について」(03年7月11日改正)では、冬至の日影時間が3 〜5時間に及ぶ住宅の住民を補償の対象と定められています。中日本高速はこの通知に則り、住民を補償の対象から外していました。

 一審判決では、国交省の通知内容に基づく中日本高速の主張を認め、住民の賠償請求を棄却しましたが、名古屋高裁は、国交省の通知は法令ではないため裁判所の判断を拘束するものではないと指摘し,通知の基準を満たさない場合でも、受忍限度を超える日照被害が認められることはあり得るとの判断を示しています。

 建築物で生じる日影の場合、冬至の時に最も時間が長くなるのが普通ですが、本件のように橋桁が上空を横断する高架道路の場合、住宅との位置関係によって日影時間が最長となる時期が大きく異なるケースも出てきます。このような場合、「冬至の時が最も日影時間が長くなる」という大前提は当てはまらず、控訴審では、冬至のみを基準とするのは必ずしも合理性がないとして、年間を通じた日照被害の状況も考慮して受忍限度を判断しています。

 地域性については、当該地域が都市計画法上の市街化調整区域内にあり、用途指定がない点に言及し、周囲に高層建築物などのない郊外に位置しているところ、高速道路のような幹線道路は郊外に建設されるのが一般的であるとして、特段、地域性を考慮する必要はないと評価しました。

 結論として、判決では、慰謝料として住民1人につき50万円、弁護士費用として損害額の1割に当たる5万円の計55万円を支払うよう中日本高速に命じています。

 この控訴審判決のポイントとなる国交省通知に対する名古屋高裁の考え方は、以下の通りと考えられます。国交省の通知は、あくまでも憲法29条3項に基づく損失補償の観点から、公共事業によって損失を被る住民に対して、適法か違法かを問わず一律に補償する基準を定めています。また、通知は行政機関が自治体や業界団体などに出す連絡事項をまとめたもので、事業執行上参考とされる行政の一判断にすぎず、国会で制定される法律とは異なり法的拘束力がないため、最終的に受忍限度、つまり違法性を判断するのは裁判所の役割であるという考えです。

3.受忍限度論

 それでは、裁判所による受忍限度の判断は何を基準としているのか、について以下で説明します。日照侵害を受忍限度によって判断する考え方は、以下の最高裁判決(1994年3月)が示した「受忍限度論」に基づくものです。「(日照侵害が)通常人が一般社会生活上受忍すべき限度を超えていると認められる場合には、違法な権利侵害ないし利益侵害となる」受忍限度論は、日照侵害だけでなく、騒音や振動などによる被害も含めた工事の違法性を判断する基準として定まっている考え方です。

 日照侵害に関して受忍限度内かどうかを判断する際に考慮する要素としては、まず被害の程度が挙げられ、基本的には冬至において被害建物がどの程度日照を奪われるかという点が問題になります。これについては、建築基準法56条の2で示されている冬至の午前8時から午後4時までの時間帯が参考とされます。日照時間の長さ、時間帯、各建物の位置、大きさなどを考慮し、春秋分における日照状況も判断の参考にされます。さらに、地域性も考慮に入れられ、例えば、住宅系の地域か、低層建物中心の地域か、商工業系の地域か、建築物の中高層化が進んでいる地域か、都市計画法上の規制があるか、といった点になります。その他、加害回避可能性、被害回避可能性といった要素もあり、これは、加害者側と被害者側で、それぞれ日照侵害を少なくする手段があるかという事情になります。例えば、建物の高さを低くするなど、被害を生じさせないような形に計画を変更できるか、ということが考えられます。

4.事業者の留意点

 今回取り上げた新東名の裁判は、構造物の完成後に賠償請求された事案ですが、工事中に近隣住民から日照権侵害を理由に工事続行禁止の仮処分が申し立てられるケースもあり、万が一、裁判所が仮処分を認めた場合、工事を中断せざるを得ないという重大な事態が生じることになりますので、注意が必要です。

 そこで、事業者としては工事着手前に、受忍限度論の考慮要素である地域性や、建設する構造物による周辺の日照への影響について十分に調査、検討し、前述の裁判例で指摘したように、形式的な基準だけで判断するのではなく、実質的に住民の受忍限度を超えるかどうかを慎重に調べる必要があります。調査や検討の結果、近隣建物の日照への影響が大きいと判断した場合は、建設予定の構造物の構造や位置などの変更で対応できないか再検討すべきです。他方、事前の調査や検討の結果、日照権侵害がないと判断できる場合は、近隣住民への特段の対応は不要かもしれませんが、それでも近隣への工事説明の際、日照には問題がないことを事前に説明しておけば無用なトラブルの防止につながります。

以上

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