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2023年07月13日(木)12:07 PM

マレーシア雇用法が企業にもたらす利益についてニュースレターを発行いたしました。 PDF版は以下のリンクからご確認ください。

マレーシア雇用法が企業にもたらす利益

 

マレーシア雇用法が企業にもたらす利益

2023年7月
One Asia Lawyers Group
マレーシア担当
日本法弁護士   橋本  有輝
マレーシア法弁護士  Najad Zulkipli

1. はじめに
 マレーシアの雇用の枠組みを規定する主要な法律である1955年雇用法(Act 265。以下、単に「雇用法」)が最近改正され、2023年1月1日から施行されたにもかかわらず、雇用法全体は依然として企業に有利であると認識されている。
 今般の改正により、雇用法は、従業員に対する保護や福利厚生に関してはグローバル・スタンダードに沿ったものとなったが、依然法律に残る制限は、マレーシアで事業を行う投資家にとって魅力的なビジネス環境に貢献している。
 このニュースレターでは、マレーシアが企業にとって魅力的な目的地となる具体的な要因を掘り下げていく。

2. 雇用の枠組み
(1)法律の内容
 マレーシアは、他国に比べ、雇用の枠組みを規定する法律の数が比較的限定されている点に特色がある。以前は、基本的には、1955年雇用法、1971年労使関係法、1959年労働組合法という3つの主要な法律があるだけであり、最近になってようやく、最低賃金法や最低定年法といった重要な法律が導入・施行されたにとどまる。こうした動きは、マレーシアの雇用の枠組みを改善しようとする継続的な努力を示しているといえるが、他方でマレーシアの雇用の枠組みがまだ発展途上であることも示唆している。

(2)雇用主が知っておくべき主な従業員に対する保護と福利厚生
 2023年1月1日以前は、1955年雇用法は月額賃金が2,000リンギット(日本円で約6万円)以下の低賃金労働者のみを対象としていた。改正を踏まえた現在では、賃金水準に関係なく、すべての従業員が、年次休暇、出産・育児休暇、病気休暇、最低額の超過勤務手当など、いくつかの手当を受ける権利を有する。しかし、この改正では、月給4,000リンギ以下の従業員に対してのみ、残業手当、休日・祝日出勤手当、解雇手当などの特定の手当が必須とされるなど、雇用者に有利な制限も残っている。
 前述の福利厚生に加え、マレーシアの従業員は、不当解雇に関して重要な保護を享受している。1971年労使関係法(Industrial Relations Act 1971)に従い、給与水準に関係なく、全ての従業員は正当な理由なく解雇された場合、労働裁判所に訴える権利を有する。

3. マレーシアでビジネスを行うメリット
(1)保守的な最低賃金法。
 最近の最低賃金令(Minimum Wage Order 2022)は、雇用場所に関係なく、従来の最低賃金を月額1,200リンギから1,500リンギに改定した。ただし、2023年7月1日までは一定の適用除外が認められており、従業員5人未満の小規模事業主が新最低賃金を遵守するための時間的余裕が認められている。この調整にもかかわらず、マレーシアの最低賃金は、マレーシアの一般的な経済状況を考慮すると、シンガポールのような近隣諸国と比較すると、依然として比較的低いと考えられている。
 使用者側の視点に立てば、最低賃金の低さは、特に低技能労働者への依存度が高い企業にとって、主に人件費の削減という点で企業にメリットをもたらす。さらに、雇用主は人件費を管理しながら、従業員を追加雇用したり、より多くの労働力を維持したりする柔軟性から利益を得ることができる。その結果、最低賃金の低さは全体的なコスト削減に貢献し、企業の利益率を改善する可能性がある。

(2)労働組合の動きが制限されている。
 マレーシアは経済の安定を海外からの直接投資に依存している。そのため、労働組合の設立は1959年の労働組合法によって規定されているが、他国とは異なり、ストライキなどの労働組合運動の主要かつ強力な手段は一般的に禁止されており、厳格な規約が満たされた後にのみ許可される。これはストライキが経済に悪影響を及ぼしかねないという理由によるものである。
 その結果、マレーシアの雇用主は、従業員の労働組合が社内に存在する場合でも、この禁止令の恩恵を受けることができる。

(3)差別に関する特別な法律はない
 マレーシアは、様々な人種、民族、宗教からなる多様な国民性にもかかわらず、他のいくつかの国とは異なり、マレーシアには性別、人種、性的嗜好による雇用差別を特に禁止する法律がない。最近、職場における差別撤廃と平等が提唱されているが、マレーシアの雇用主は依然として雇用慣行における裁量権を有しており、言語要件(例えば、北京語能力)のような必要と思われる特定の基準に基づいて雇用決定を行うことができ、特定の法律の侵害にさらされることはない。さらに、雇用主が従業員を募集・採用する際に多様性枠を遵守する法的義務もない。

(4)その他の要因-友好的な移民基準
 マレーシアは、専門職レベルから低スキル労働者まで、外国人を歓迎している。より多くの外国人がマレーシアでビジネスを始められるよう、入国管理基準を常に改善している。雇用ビザは短期出張には必要なく、外国人投資家がマレーシアに来て、ビジネスの実現可能性調査、ビジネス契約の締結、またはその他のビジネス目的を制限なく行うことができる。上記に加えて、マレーシアには、外国人の長期滞在を奨励する「マレーシア・マイ・セカンド・ホーム」(MM2H)プログラムという既存のプログラムもある。これはマレーシア政府が2002年に導入したもので、外国人が居住、就労、引退するのに適した目的地としてマレーシアを促進することを目的としている。

4. 結論
 マレーシアの雇用法は、特にパンデミックや新たなテクノロジーによってもたらされた労働環境の変化に対応して、継続的に発展している。とはいえ、マレーシアの現在の雇用の枠組みは、従業員保護がより厳格な国に比べて、ビジネス・フレンドリーな環境を好む傾向にあることは注目に値する。

 マレーシアの当事務所のチームは、様々な雇用問題に関するアドバイスに精通しており、お客様の日々の雇用に関するお悩みを積極的にサポートいたします。当事務所のサービスをご希望の方は、お気軽にお問い合わせください。

2023年04月13日(木)8:39 AM

マレーシアにおける従業員の不祥事への対応についてニュースレターを発行いたしました。
PDF版は以下からご確認ください。

マレーシアにおける従業員の不祥事への対応について

 

マレーシアにおける従業員の不祥事への対応について

2023年4月
One Asia Lawyers Group
マレーシア担当
日本法弁護士   橋本  有輝
マレーシア法弁護士  Najad Zulkipli

1.対応を要する不祥事

 日本に本社を置く会社が東南アジア等の国外に子会社を持つ場合の典型的な相談事項が、子会社従業員による不祥事・不正行為対応である。

 マレーシアの法律は、従業員による不正行為に相当するものを明示的には解釈していない。ただし、Employment Act 1955(以下「雇用法」)の第14条1項では、正当な調査(due inquiry)が行われた後、その行為が従業員の明示的または黙示的な労働条件と矛盾する場合、当該行為が解雇の理由となり得ることが示されている。

 さらに、実際には、会社の方針に反し、一般的に雇用者の経営、評判、資産に害や損害を与える様々な行為や振る舞いがあり得るため、不正行為と呼べるものの範囲はより広くなる。無断欠勤、遅刻、会社の財産の不正使用といった軽微な不正行為から、暴力、セクハラ、賄賂、詐欺といった重大な不正行為まで、いずれも懲戒処分の対象となる。本項では、広く懲戒処分の対象となり得る行為を不正行為と呼ぶこととする。

 しかし、この点、法律は一般的に従業員の権利を保護する方向にあるため、雇用主は、上記のように、正当な調査プロセスが実施された後でなければ、懲戒処分を行うことができない。この正当な調査が何を意味するかについては雇用法では定義されていないが、マレーシアでは、上記雇用法14条1項に則した一連の対応を社内調査(domestic inquiry session)と呼ぶことが多い。

 そこで、本稿では、社内調査の法的要件と、どのような社内調査を行う必要があるのかについて解説する。

2.社内調査

(1)社内調査とは?

 社内調査とは、雇用主が従業員の不正行為を調査するために使用する法的手続きである。マレーシアの法令では、社内調査を行うための指針は示されていないため、社内調査の妥当性や公平性は、判例に基づくルールに基づいて評価されることになる。

 社内調査の目的は、告発された従業員に対し、疑惑に対する弁明する機会を提供し、雇用主が取る懲戒処分が公正かつ合理的であることを確認することである。

また、このプロセスでは、証拠の収集、証人や告発された従業員との面接の実施および会社が行った調査の結果に基づいて決定を下すことになる。

 このプロセスは、内部的に行われるものであるため、調査は、より高いランクの会社代表者、または公平で独立した、告発された従業員や不祥事に直接または間接的に関連するいかなる要素も持っていないとみなされる任意の個人を含むパネルによって内部的に行われなければならない。

(2)法的要求事項

 Industrial Relations Act 1967(労使関係法)20条1項は、雇用主から正当な理由なく解雇されたと考える従業員は、みなし解雇を主張し、マレーシアの人的資源省に対して、元の職場に復職するよう文書で申し入れることができるとしている。

 従って、社内調査は、雇用主が従業員に対して懲戒処分を行う正当な理由を立証するための重要な要素であり、この立証に成功して初めて懲戒処分は法律上合法とみなされる可能性が見いだせる。しかし、雇用主が社内調査としての適切な手続きを踏まなかった場合、従業員は懲戒処分に異議を唱え、当該手続き後に雇用が終了した場合には正当な理由のない解雇があったことを主張する根拠を持つことにつながる。

(3)推奨されるプロセス

 マレーシアの判例に基づき、有効かつ公正な社内調査のプロセスは、以下のステップを含むべきであるとされている:

 ①審尋の通知:対象従業員には、審尋の日時、場所、および調査対象時効を含む事前の書面通知を行う必要がある。

 ②調査パネル(以下、日本語の語感に合わせて「調査委員会」という)の選定:通常、上級従業員または中立的な第三者である調査委員会が、調査を実施するために選択されるべきであるとされている。調査委員会は、公平であるべきであり、調査結果に個人的な利害関係を持つべきではない。

 ③証拠収集:調査委員会は、従業員、目撃者、関連する文書や記録など、すべての関連当事者から証拠を収集する必要がある。

 ④ヒアリングを実施する:従業員には、呼び出したい証拠や証人を含め、自分のケースを説明する機会が与えられる必要がある。また、調査委員会は、雇用主が自らの立場を支持するために他の事例を提示したり、証人を呼んだりすることを認めるべきである。

 ⑤決定:調査委員会は、調査中に提示された証拠に基づき、決定を下すべきである。決定は、決定の理由とともに書面で従業員と雇用者の双方に通知されるべきである。

 ⑥不服申立て:従業員が決定に満足しない場合、決定に異議を申し立てる権利が与えられるべきである。産業裁判所に提訴された場合、その決定が不合理なものであったり、上記のステップを踏んでおらず社内での調査が不当または無効となることにつながるものでない限り、一般的に裁判所は会社の方針に基づいて行われた決定に干渉することはない。

 上記とは別に、社内調査のプロセスは、聴取される権利、申し立てについて知らされる権利、公正かつ公平な審理を受ける権利など、自然正義の原則に従って行われるべきであることに留意する必要がある。

3.雇用主の取るべき対応

(1)事前対応:会社における枠組みの整備及び実施

 雇用主は、不正行為の種類、懲戒手続き、取られる可能性のある措置について明確に記載した規程(多くはHandbookであろう。例えば、Seriousな不正行為と軽微なそれを区別して記載したうえ、その後の社内調査の在り方にも濃淡を設けるといった工夫があり得る)を予め備えた上、これを実施することが推奨される

 企業内に明確で包括的な枠組みがあれば、雇用者と被雇用者の双方が雇用関係における権利と責任について明確に理解することができ、また、規程の意味・解釈をめぐる誤解やそれに伴う法的問題のリスクを軽減することにもつながる。

(2)事後対応:雇用法に関する専門家への相談

 いざ不正行為が発覚した場合、企業は、社内調査のプロセスについて弁護士に相談することが推奨される。社内調査のプロセスは複雑で、法的な問題を含んでいる可能性がある。弁護士は、関連する法令及び会社の規程を遵守しながら、公正で有効な調査を行う方法について貴重なガイダンスを提供することが可能である。

 弁護士は、雇用主が社内調査プロセスにおける法的義務を理解し、社内調査プロセスが会社の雇用方針および手続き、ならびに適用される法律または雇用契約または契約と一致する方法で実施されるように支援することができる。

4.結論

 従業員は、企業にとって貴重な資産です。事業戦略を実行し、目標を達成し、成長を促進する責任を負う、組織の基幹となる存在です。従業員は、さまざまなスキル、知識、経験を職場にもたらし、その貢献は企業の成功に不可欠です。

 しかし、従業員が不祥事を起こした場合、会社の評判を下げたり、会社に損失を与えたり、法的責任を負わせたりする可能性があります。そのため、雇用主が懲戒問題をどのように管理するかという枠組みを含む強力なコンプライアンスの枠組みを持つことは、雇用主が雇用問題をより効果的に、よりリスクなく管理するのに役立ちます。

 当事務所は、雇用主の事業内容に応じた雇用形態の構築、包括的な雇用条件を含む雇用契約書の作成から、合法的かつ有効な社内照会手続きのアドバイスに至るまで、雇用関連事項のアドバイスに豊富な経験を有しています。私たちのサービスをご希望の方は、お気軽にお問い合わせください。

2023年03月13日(月)5:10 PM

マレーシアにおける調停手続き についてニュースレターを発行いたしました。
PDF版は以下からご確認ください。

マレーシアにおける調停手続き

 

マレーシアにおける調停手続き

2023年3月
One Asia Lawyers Group
マレーシア担当
日本法弁護士   橋本  有輝
マレーシア法弁護士  Najad Zulkipli

1.はじめに

 今回は、マレーシアにおける調停を紹介する。

 日本で「調停」と聞くと離婚や相続といったイメージを持つかもしれないが、マレーシアでは、調停は、裁判外紛争解決手続(ADR)の一つとして知られている枠組みであり、未払いの金員に関する紛争の解決にも積極的に利用されている。

 この記事では、調停による債務整理の流れ、準拠法、スケジュールの目安、それにかかる費用について紹介する。

2.マレーシアにおける調停法 

(1)調停とは何か?

 Mediation Act 2012(以下、2012年調停法)の第3条は、「調停」を定義しており、「調停者が当事者間のコミュニケーションと交渉を促進し、当事者が紛争に関する合意に達するのを支援する任意のプロセス」を意味するものとされている。中立的な立場で、訓練を受けた、紛争の主題に関する専門家の支援を受けながら、当事者は調停者を通じて問題を話し合うことができる。債権債務に関する調停であれば、当事者は、実際の財務状況等に基づいて、和解を実行するための最善の方法について話し合うことができる。

 また、調停は当事者の申立てに基づいて開始することが一般的ではあるが、裁判所の勧告に基づき実施される場合もある。当事者が訴訟手続を開始しているにもかかわらず、裁判所は、調停によって問題を解決できると判断した場合、調停によって解決するよう当事者に勧告します。このようなプロセスをCourt Facilitated Mediationと呼ぶ。この点は、日本でも同様の訴訟指揮がなされることがあるので似ていると言える。

(2)調停に関する法律について

 マレーシアにおける調停のプロセスを規定する主要な法律は、Mediation Act 2019(以下2019年調停法)である。以下、主要な条項を概観する。

 ・第5条(調停の開始要件):人は、紛争がある相手方に対して、紛争事項を明記した調停に関する招待状(a written invitation)を送付することによってのみ、調停手続を開始することができると規定されている。その後、受取人が当該招待状に対して、問題を解決するために調停を使用することに同意した時点で、調停手続が開始されたとみなされる。

 ・第6条(調停合意の必要性):調停に参加する当事者は、調停に問題を提出する合意、調停者の任命、当事者が負担する費用、および当事者が適切と考えるその他の条件を含む、書面による調停合意を締結しなければならない。

 ・第7条(調停委員の資格):調停委員を任命するための要件として、関連する資格、調停に関する特別な知識または経験を有すること、調停センターの規則を満たす必要がある。

 ・第11条(調停の方法):調停の実施について規定されており、調停は、当事者が一緒に、または別々に、非公開で実施されなければならない。さらに、当事者は、調停者の同意を得た上で、当事者を支援するために、当事者以外の者を選んで参加することができる。

(3)メディエーション・センター

 日本と異なり、マレーシアでは、当事者間の合意がない限り、調停を行うために従うべき特定の規則が存在せず、メディエーション・センター(Mediation center)と呼ばれる機関が独自にルールを定めている。当事者が特定のメディエーション・センターで調停を行うことに合意した場合、そのメディエーション・センターのルールに従うことになる。

 メディエーション・センターは、AIAC調停規則(AIAC Mediation Rule)を使用するアジア国際仲裁センター(AIAC)と、独自の規則を使用するマレーシア調停センター(MMC)が知られている。MMCは、マレーシアの首都クアラルンプールにあるマレーシア弁護士会の後援のもとに設立された機関である。MMCは、国内だけでなく国際的なレベルの紛争を解決するための調停サービスを提供しています。MMCの定める調停に関する主要な規定は以下の通りである。

 ・調停人の選任 – 2012年調停法に加え、MMCで行われる調停は、MMCの定める規則、倫理規定(「MMC規則」)に従わなければならない。MMCルールに基づき、MMCは、パネル上の調停者のリストを転送し、当事者が7日以内にMMCのパネル上の調停者に合意しなかった場合、MMCは、MMCのパネル上の者を調停者として任命するものとします。

 ・守秘義務 – 開示された情報および表明された見解を含む、調停で行われたすべてのコミュニケーションは、他の手続きにおいて議論の根拠として使用されないものとされている。例えば、債権者と債務者の間で行われる調停手続きにおいて、債務者がある未払い金の存在を認めたという事実があったとしても、債権者は、訴訟において、「債務者はこの債務については認めていた」と主張することは許されないということになる。こうすることで、調停における双方の忌憚のない意見交換を促進することを企図している。

 ・記録化されない‐速記録、議事録等の視聴覚記録は行われない。

 ・調停人の費用 – MMCが随時定めるものであり、当事者が別途合意しない限り、当事者が等しく負担するものとされている。

3.調停のプロセスフロー

 調停がどのように行われるかをさらに理解するために、調停手続きのステップを以下に示した。とはいえ、後記4に記載する通り、仲裁等と比べても手続きのルールは大まかなものに留まる。

 ・ステップ1当事者が調停に参加することに同意する。裁判所が仲介する調停では、調停に同意するための同意書を記入する。

 ・ステップ2協議プロセスは柔軟で、通常、調停委員のオープニングステートメント(調停の手続き、調停委員の立場、その他上記ルール等の説明)で始まり、各当事者は自分の意見を表明し、その後、各当事者が意図する和解条件を交換するために、個別に協議する。

 ・ステップ3調停委員は、各当事者による和解条件を検討し、各当事者の利益を収容するためのアイデアや提案を策定する。調停委員は、合意が得られるまで、両当事者に別々にアイデアや提案を行ったり来たりする方法を用いる。

 ・ステップ4協議の後、当事者が合意に達したら、調停委員はセッションの最後に要約を書き、両当事者に署名してもらう。これによって、和解合意がなされ、法的にも有効となる。もし、当事者が円満にて相互の合意に達しない場合は、調停委員は、当事者が別の調停期日に進んで話し合うか否かの確認を行う。

 4.調停と仲裁の違いについて

 以下では、調停と仲裁の違いについて言及する。

 命令の発行がない仲裁とは対照的に、調停委員が命令を発行することはない。その代わり、調停委員の役割は、当事者が和解に至るのを支援することのみである。仲裁の場合、命令が出され、裁判所の決定が認められたかのように当事者を拘束することになる。

 調停委員には決定権がない調停の結果を決定する権限は当事者にあるため、調停委員には決定を下す権限がない。仲裁では、仲裁人は当事者の同意がなくても決定を下す権限を持つのと対照的である。

 インフォーマルなセッション調停はあまり正式ではなく、より柔軟な設定で議論を行うものである。当事者が同じ目的、すなわち和解に達することを目的としているため、より友好的なものとなることが予定されている。仲裁は、正式な手続きであるため、仲裁人は仲裁を規律する特定のルールを指定する必要がある。

5.結論

 以上見てきた通り、当事者は、調停の助けを借りて、債権債務の問題を解決するための最良の実用的な解決方法を議論することができる。調停委員は両当事者にとって公平な提案をするよう訓練されているため、当事者は、自らのアイデアのみならず、高度な訓練を受けた調停委員を通して、アイデアや提案を検討することができる。また、柔軟性があり、手配が簡単で、すぐに結論を出すことができるなどの利点もあり、調停はより好ましいものとなっている。

 以上が、マレーシアにおける紛争解決の選択肢の検討の一助になれば幸いです。

2023年02月14日(火)1:43 PM

マレーシアにおける仲裁についてニュースレターを発行いたしました。
PDF版は以下からご確認ください。

マレーシアにおける仲裁 – アジア国際仲裁センター(AIAC)-

 

マレーシアにおける仲裁
アジア国際仲裁センター(AIAC

2023年2月
One Asia Lawyers Group
マレーシア担当
日本法弁護士   橋本  有輝
マレーシア法弁護士Najad Zulkipli

1.はじめに

 国際的な紛争解決手法として確立した地位を得つつある 仲裁は、マレーシアにおいても確立された紛争解決手段の一つである。

 アジア国際仲裁センター(以下AIAC)は、マレーシアにおける国立の仲裁センターであり、国内および国際を問わず紛争を解決するための仲裁手段を提供している。特に、仲裁判断は様々な国で執行可能であることから、マレーシアの外国人投資家にとって、契約上の権利を保護するために紛争解決メカニズムとして仲裁を定める必要性がかなり大きいと言える。

 この記事では、AIACを通じた紛争解決のプロセス、準拠法、スケジュール、費用などについて説明する。

2.仲裁法

(1)仲裁とは何か

 仲裁は、当事者双方によって又は各当事者から指名された仲裁人によって紛争を解決するものであり、当事者が仲裁を紛争解決方法として合意した場合に初めて利用可能なものである。

 この点、訴訟については、当事者が紛争解決方法としてこれを合意しなくても利用可能なこととは対照的である。

 仲裁は、このように両当事者が仲裁によって紛争を解決することに相互に合意する、私的なプロセスとして特徴付けられる。

(2)仲裁と訴訟の比較、メリット

 仲裁は、訴訟とは大きく異なる特徴を持っており、ここにそれを整理した。

 ア 柔軟性

   まず、仲裁は、以下の点を当事者の合意によって自由に決定することが出来るという、訴訟にはない柔軟性を有する。

  ① 誰を仲裁人とするか

    訴訟:判断を行う裁判官を選べないため、紛争に関する専門知識を有さない裁判官が判断を行う場合があり得る。

    仲裁:当事者が、誰を仲裁人とするか選択することが出来る。

       なお、当事者が誰を仲裁人とするか合意しなかった場合はAIACのルール

  ② 仲裁人の数

    訴訟:裁判官の数は、法令によって決定される。

    仲裁:仲裁人は、1人でも良いし、2人以上の複数でも良いが、これも当事者が決定できる。

  ③ 使用言語

    訴訟:訴訟では、英語及びマレー語の両方が使用されることがまま見受けられるが、いずれにせよ裁判官の裁量に委ねられている。

    仲裁:当事者が自由に決定できる。

  ④ 手続のルール

    訴訟:ルールは法令によって決まっている。

    仲裁:当事者が選択できる。

  ⑤ 仲裁地

    訴訟:管轄裁判所は法令によって決まっている。

    仲裁:例えば、AIACを仲裁機関と定めながら、東京を仲裁地として定めるということも可能である。

       なお、何も定めなければAIACの規則(Rule7)に従い、Kuala Lumpurが仲裁地となる。

 イ 機密性

   訴訟:マレーシアの訴訟は、日本と同様、公開の法廷にて審理されることになる。また、裁判所の行った判断を示す判決は、オンラインにて公開される(e-filing system (EFS))。

   仲裁:AIAC規則のRule16は、当事者及び仲裁人のみならず、これに関与した専門家や証人までも、仲裁に関する事項を秘匿することを要求している。したがって、仲裁手続きの内容のみならず、仲裁手続きが進行していることそれ自体や、判断内容を公に開示しないで紛争解決を図ることが出来る。

 ウ 終局性

   訴訟:マレーシアの訴訟も基本的には日本同様、三審制を採用しているため、第一審の判断に不服のある当事者は控訴審に不服申立てをすることが出来、さらに控訴審の判断に不服がある場合は、上告審に不服申立てをすることが出来る。

   仲裁:仲裁判断は、例外的な事情がない限り、終局的なものであり、執行可能である。AIAC規則が採用されている場合、「当事者は仲裁判断を直ちに実行し、裁判所に不服申し立てをする権利を放棄するものとし、仲裁判断は、終局的かつ執行可能なものである」と規定されている(Rule12(10))。

 エ 執行

   訴訟:マレーシアにおける外国判決の執行については、シンガポール等のごく限られた国の判決のみ執行可能であり、日本、アメリカ、イギリス、中国等の判決を執行することは出来ない。

   仲裁:仲裁判断は、High Courtで承認を受けることで、判決と同様、これをもって強制執行が可能となる。

  さらに、マレーシアは、New York Conventionに加盟しているため、マレーシアでなされた仲裁判断を日本を含む同条約加盟国で執行することも、同条約加盟国でなされた仲裁判断をマレーシアで執行することもいずれも可能である。

  以上からすると、執行先が日本等マレーシア国外となり得る場合には、訴訟ではなく仲裁を紛争解決機関として指定すべきということになる。

3.AIACの役割 – 手続き、時間、費用について

(1) AIACとは?

 アジア国際仲裁センター(以下AIAC)は、以前はクアラルンプール地域仲裁センター(Kuala Lumpur Regional Centre for Arbitration)として知られていたマレーシアの主要な仲裁センターである。AIACは、2013年に改訂されたUNCITRAL仲裁規則[1] を世界で初めて採用し、「AIAC仲裁規則」として知られる仲裁手続の開始から終了までの全行程を規定する独自の手続規則を持っている。なお、マレーシアにはAIAC以外にも、マレーシア建築家協会(MIA)、マレーシア仲裁人協会(MiArb)といったセンターがある。

(2) AIAC仲裁規則 

 AIACは上記の通りAIAC仲裁規則を定めており、当事者は、国内または国際レベルでの紛争を解決するために、AIAC仲裁規則の一部または全部を仲裁に適用されるルールとして合意することができる。

(3) AIACの役割

 AIACの役割は、国内および国際仲裁の実施に中立的で独立した場を提供すること以外に、AIACのディレクターが当事者または当事者が合意した任命権者によって任命された仲裁人の任命を確認する仲裁人の任命にも及ぶ。当事者または当事者が合意した任命権者が仲裁人を任命するという当事者間の合意は、仲裁人を指名するという合意として扱われ、仲裁人を任命するという合意とはみなされない。

(4) 仲裁手続き、所要時間

 AIAC仲裁規則のもとでは、仲裁判断が出るまでの決まった期間は存在しない。しかし、以下に述べる通り、仲裁が効率的に進行することを保証する一定のメカニズムが存在する。

 例えば、AIAC仲裁規則のRule 6では、仲裁廷は適切と思われる方法で問題を処理する権限を与えられており、各当事者が弁論を行うために利用できる時間を制限することもできる。また、Rule 12は、仲裁廷に、最終の口頭による提出物または書面による陳述の提出日から3ヶ月以内に最終判断を下すことが義務付けている。この期間については、延長も認められてはいるものの、これはAIACのディレクターの承認が条件となっている。また、Part 2 のRule 25は、書面による陳述(請求の範囲および答弁の陳述を含む)のために仲裁廷が定めうる期間につき45日を超えてはならない、としている。

 そのため、当事者が仲裁人の指名・任命に合意するまでの時間を除けば、概ね4~5ヶ月で全ての手続が終了すると見積もることが可能である。

(5) 費用について

 (i) 登録料 – 申立人は、登録料として、国際案件の場合は00、国内案件の場合はRM1,500.00を支払う 必要がある(返金不可)。

 (ii) 仲裁費用及び管理費用 – 紛争の金額に応じて従価ベースで計算される。手数料を決定するための尺度は、AIAC仲裁規則の別表1パートIIIに記載されている(添付参照[2])。

4.結論

 契約交渉、特にクロスボーダー・ビジネス、当事者の出身地、適用される裁判管轄に関わる取引において、紛争解決のための適切なメカニズムや裁判地を慎重に導入することが不可欠です。多くの紛争は訴訟によって解決されるかもしれませんが、契約の技術的な問題や商業的な考慮事項など、仲裁を紛争解決のためのより良い代替案とする要因は数多くあります。

 契約書の交渉・作成はもちろん、仲裁を含む効果的な紛争解決メカニズムのアドバイスや契約書への盛り込みも行います。このトピックに関する詳細な情報が必要な場合は、弊社までお問い合わせください。

 

[1] https://admin.aiac.world/uploads/ckupload/ckupload_20210801103608_18.pdf

[2] https://admin.aiac.world/uploads/ckupload/ckupload_20210801103608_18.pdf

 

2022年11月14日(月)9:22 AM

マレーシアにおける不動産投資についてニュースレターを発行いたしました。
PDF版は以下からご確認ください。

マレーシアにおける不動産投資 ~外資企業による不動産購入手続き~

 

マレーシアにおける不動産投資
外資企業による不動産購入手続き

2022年11月
One Asia Lawyers Group
マレーシア担当
日本法弁護士 橋本有輝
マレーシア法弁護士 Najad Zulkipli

1.はじめに

 マレーシア投資開発庁(MIDA)の発表によると、マレーシアは、その良好な投資環境から外国企業に最も人気のある投資先の1つであると認識されており、多くの投資家がマレーシアを製造やグローバルサプライチェーンのハブとして、またサービスや地域統括のハブとして考えている。また、マレーシアのデータセンター市場は急速に拡大しており、ここ数年、大規模な投資が行われている。

 この中で、投資家の多くは、マレーシアにおいて不動産を取得しビジネス・事業を拡大するニーズを高めている。そこで、本項では、マレーシアでの不動産取引に適用される規制内容を概観し、外国人投資家による不動産取得に関する現在の法的枠組みを説明することとする。

2.外資企業(“Foreign Interest”)とは?

 首相府に属する経済企画室(Economic Planning Unit。以下「EPU」)が発行するガイドラインに定義される“Foreign Interest”(以下では便宜上「外資企業」と呼ぶ)とは、以下の者に関連する利害関係者、利害関係者のグループ、またはこれらの者と協調して行動する者を意味する。

 (a) マレーシア国民でない個人 および/または
 (b) 永住者である個人 および/または
 (c) 外国の会社または機関 および/または
 (d) (a)(b)(c)の当事者が現地法人又は現地機関の議決権の50%を超えて保有している場合の現地法人又は現地機関

3.制限内容について

 3.1 州政府の承認 – The National Land Code 1965(以下「NLC」)。

 NLC は、土地に関連する法律、特に土地所有権の登記、取引及び譲渡などを管理するために制定された法律である。NLCは、非市民や外国企業が不動産を取得する際の要件も規定しており、特に第433B条では、非市民や外国企業は州政府当局(State Authority)の承認がなければ土地を取得できないと定めている。

 2017年にNLCが改正され、その改正前は外国企業が工業用地を取得する場合、州政府当局の承認を得ることが免除されていた。しかし、2017年の改正により、土地のカテゴリーに関係なく、すべての外資企業による取得は州政府当局の審査を受けることになった。

州政府当局State Authorityとは?

 マレーシアは13の州と3つの連邦政府に細分化され、各州は州首相(chief minister)を長とする議会(assembly)と政府(government)からなる州政府当局(State Authority)の下に統治されている。

 州政府当局とは、州の計画を担当する当局であり、州内のすべての土地と建物の開発および使用に関する一般的な政策に責任を負っています。この権限により、土地や建物の取得は、それぞれの州政府当局の承認が必要である。

承認のための要件

(1)最低価格要件

 それぞれの州は、外国企業が不動産を購入できる最低価格を定めている。例えば、ジョホール州およびセランゴール州は200万リンギ以上、クアラルンプール、プトラジャヤ、ラブアン、ペナン州など多くの最低価格は100万リンギ以上、ケダ州やサラワク州は50万リンギ以上等と定められている。外国企業は、州政府承認が下りない結果、これら各州が定めた基準を下回る価格の不動産を取得することが原則出来ない。なお、この基準は、その時々改訂されるため、随時確認する必要がある。

(2)不動産の類型に基づく規制

 外国企業は、各州が定めるlow-cost or medium-cost unitsを取得することも出来ないとされる。これら不動産は、ブミプトラのみが取得できるものとされている。

 また、例えばセランゴール州では、外国企業は、商業用、工業用及び居住用の不動産のみ取得可能で、農業用土地は取得出来ない(居住用についてもStrata Titleというマンション区分所有に限られる)といった、用途に応じた制限が課せられるケースもある。

上記を充たせば州政府当局は外資企業による買収を承認するか?

 州政府当局は、建前上は、外国企業による不動産取得への承認につき、絶対的な裁量を有するとされている。しかし、長年の実務の積み重ねの結果、上記要件の充足や必要な書類が整えば、この承認が得られる可能性が高いことが実証されている。なお、州政府当局の承認が下りるまでのタイムラインは、事案によって全く異なるものの、3-6か月程度と考えておけば良いとされる。

3.2 経済企画ユニット(以下「EPU」)の承認

EPUとは?

 EPUは、マレーシア国家の開発計画を担当する首相府所属の主要な政府機関です。1961年に設立されたEPUの目的は、「開発計画、計画実行における主要な問題、あらゆる形態の海外に焦点を当てる」ことである。

EPUの外国企業買収に関するガイドライン

 取得金額が2,000万リンギを超え、かつ取得自体がブミプトラ所有権の希薄化につながる場合、EPUの事前承認が必要です。

 間接的な取得についても、この要件から免除されない。つまり、2,000万リンギを超える価値を持つ不動産につき、当該不動産の50%を超える持ち分を有するブミプトラinterestや政府機関の株式を購入する等して、外資企業が不動産を間接的に取得する場合で、株式購入の結果、当該企業・機関の支配権が変わる場合、EPUによる事前承認が必要となる。

ブミプトラinterestとは?

 ブミプトラとは、マレーシア憲法に規定されたマレー系民族、またはマレーシアの原住民もしくは先住民族を指すブミプトラinterestとは、ブミプトラ個人、ブミプトラの機関及び信託機関、並びに現地法人及び現地機関においてブミプトラがその現地法人及び現地機関の議決権の 50%以上を保有している当事者と定義されている。

EPUの承認が不要な場合

a) RM1,000,000以上の商業ユニットの取得

b) RM1,000,000以上の農地または面積5エーカー以上の農地を以下の目的で取得すること;

 (i) 近代的または高度な技術を使用して商業的規模で農業活動を行うこと、または

 (ii) アグロ・ツーリズム・プロジェクトを実施すること。

 (iii) 輸出用の商品を生産するための農業または農業に基づく産業活動を行うこと。

c) RM1,000,000以上の工業用土地の取得

d) 家族であることに基づく外国人への財産移転で、直系親族間でなされるもの

e) 100万マレーシアリンギット以上の外国人による住宅用ユニットの取得。この取得はEPUの承認を必要とせず、あくまで州政府当局の管轄となる。

 なお、EPUの承認が不要な場合、外国企業は、現地法人を設立しなくても、その不動産を取得可能である[1]

EPUはどのように承認するのか?

 EPUは、不動産の所在地、土地の状況(freeholdかleaseholdか)、外国企業の資本状況、投資目的等、多くの要素を考慮する。ただし、EPUガイドラインの必須条件の1つは、外資企業が30%のブミプトラ株主を確保することである。これは、不動産の権利証書を譲渡する前に行われる必要がある。

4.結論

 マレーシアでは、外国人による不動産取得に関する法規制が複雑であるにもかかわらず、国家の発展計画の一環として外国投資を受け入れることにかなりオープンであることから、多くの投資家がマレーシアでの不動産取得に成功しています。

 マレーシアは、優れたインフラ、通信サービス、金融・銀行サービス、裾野産業、技能、訓練可能な労働力、そしてマレーシアが締結した16の自由貿易協定を通じた市場機会を通じて、今後も外国投資家に魅力的な投資環境を提供し続けると予想されます。

 マレーシアでの不動産取得を検討されている方で、弊社のリーガルサービスをご希望の方は、お気軽にお問い合わせください。

[1] この点EPUガイドラインには、現地法人なくして不動産の購入が出来ないように読める記載があるが、当局への照会の結果、この要件はあくまでEPU承認が必要な取引に限った規制であるとの回答であった。

 

2022年10月13日(木)2:25 PM

マレーシアの建設業界における特殊な紛争解決機関についてニュースレターを発行いたしました。
PDF版は以下からご確認ください。

マレーシアの建設業界における特殊な紛争解決機関

 

マレーシアの建設業界における特殊な紛争解決機関
CIPAA

November 2022
One Asia Lawyers Group
マレーシア担当
日本法弁護士 橋本有輝
マレーシア法弁護士 Najad Zulkipli

1.CIPAA とは何か?

 CIPAの正式名称は、 “Construction Industry Payment and Adjudication Act 2012”であり、適時、迅速、かつ、低コストにて、建設業における支払に関する紛争を解決することを目指して2014年に施行された。

 後述する通り、この手続きは紛争解決までの期間が45営業日以内とされており、この種の紛争解決の迅速化が大きく実現されている。

 本稿では、マレーシアに固有の紛争解決の仕組みを提供するCIPAA を概観する。

2.CIPAAの適用範囲

 2.1 建設工事契約

 CIPAA は、マレーシアにおける建設工事契約(“construction contract”)全般に適用される(ただし、個人向けの4階建てより低い建物の建設工事契約は除く)。

 同法4条は、“construction contract”の用語につき、コンサルタント契約(“Consultancy contract”)も含むとしているところ、この“Consultancy contract”は、建設工事に関するコンサルタント契約のみならず、計画立案、実現可能性調査、設計、エンジニアリング、調査、外構及び内装工事等も含むと定義しているため、極めて広い範囲の契約を適用対象に加えている。

2.2 判断者は誰か

 CIPAAが提供する紛争解決の手法は、マレーシアにおける他の紛争解決手段とは大きく異なる。まず、この手続きは、「裁判」でも「仲裁」でもなく、裁定(adjudication process)と呼ばれる。そして、裁定においては、事案を取り扱うのは、当事者双方が選任する独立・中立で、当該紛争にかかる業界及び法に関し豊富な経験を有する裁定員(adjudicator)である。

3.裁定の具体的手続き

3.1 Notice of Claimの発行

 (a) 施主又は元請人が、支払を期限通り履行せず、また支払要求にも応じない場合、建設業者が採るべき最初のステップは、Notice of Claimという書面を作成し、施主又は元請人提出することである。

 (b) このNotice of Claimは、請求の性質、金額及び請求の証拠となるべき書面を示す必要がある。

 (c) 施主又は元請人がNotice of Claimを受領した場合、この請求を認めるのか争うのかを明らかにしたNotice of Responseという書面を作成、提出しなければならない。

 (d) 仮に、上(c)の返事をしない場合、施主又は元請人は、請求を争ったものとみなされ、請求者は、裁定手続きを開始することが出来る。

3.2 裁定手続きの開始

 (a) 以上の状況において、権利を侵害されたと主張する当事者は、自らを原告として、施主または元請業者に対して、必要な詳細および書類をすべて添付した Notice of Adjudicationを送達することが出来る。

 (b) Notice of Adjudicationを受け取った当事者は、その問題を決定するための裁定者を任命することに相互に合意するかAIACが裁定者を任命する。その後、この問題は、マレーシアのお機関でもある AIAC によって管理されます。

3.3 裁定者による決定

 (a) 裁定手続きにおいて、裁定人は請求を評価し、またはさらなる書類を当事者に要求する等して、原告に対する支払い額を決定する。

 (b) この決定を受領した時点で、その決定は施主または元請業者に対して強制力を持つ。

4.それでも施主乃至元請業者が支払をしない場合

4.1 この場合、同法28条に基づき、原告は、判決と同様に、高等裁判所に対して強制執行の申し立てができる。

4.2 また、支払がない場合には、原告は請負工事の履行を遅らせることが出来、それに伴う罰則も免除される(同法29条)。

4.3 原告が下請業者である場合、施主に対して自身への直接の支払いを要求することも出来る。

4.4 ただし、裁定手続きに不服のある当事者は、法定の事由をもってその取消しを高等裁判所に申し立てることが出来る。

5.CIPAAに基づく裁定手続きを利用する利点

 裁定手続きの最も大きな利点は、その紛争解決までの期間である。裁定手続きは、最終的な決定が出るまで45営業日と規定されており、裁判手続き等に比して極めて迅速な紛争解決が期待される。また、申立に必要な費用も裁判や仲裁に比して低廉なものとなっている。

2022年09月12日(月)9:40 AM

マレーシアにおける印紙税の重要性についてニュースレターを発行いたしました。
PDF版は以下からご確認ください。

マレーシアにおける印紙税の重要性

 

マレーシアにおける印紙税の重要性

2022年9月
One Asia Lawyers Group
マレーシア担当
日本法弁護士 橋本有輝
マレーシア法弁護士 Najad Zulkipli

1.印紙税とは

日本と同様の感覚で「印紙税」と聞くと、「契約書に貼る収入印紙」という印象を抱くかもしれない。しかし、実はマレーシアにおいては、印紙税を適切に支払うことは実務上極めて重要である。

そこで、本稿では、この印紙税に焦点を当ててその正体を明らかにしてみたい。

マレーシアで印紙税(Stamp Duty)とは、Stamp Duty Act 1949(印紙税法)の別表1に規定された様々な書面に課税される税金である。基本的には、印紙税は、法律文書、ビジネス上の文書、金融関連文書等に課される。

この印紙税には、従価税と定価税の2種類がある。従価税の場合、支払うべき金額は書類の種類とその書類が取り扱う対象(物・サービス)の価値によって異なる。固定税は、一般的に1つの書類あたり10リンギを支払うことを意味する。

印紙税の対象となる文書は、マレーシア国内で調印された場合、その調印から30日以内に印紙税を支払うことが義務付けられている。マレーシア国外で調印された場合、マレーシア国内で当該文書が受領されてから30日以内に印紙税を支払う必要がある。

以下では、マレーシアにおける印紙税の支払い手続きと、法律に従って証書や書類に印紙を貼ることの重要性について説明する。

2.印紙税が課される証書・書類の例

2.1    印紙税法別表1には、印紙税の対象となる分類が規定されている。 印紙税の対象となる書類の例としては、以下のようなものがある。

 a. 株式譲渡証書

 b. 不動産譲渡(土地・家屋・建物等の売買)の証書

 c. 契約書・合意書全般

 d. テナント契約、リース契約、レンタル契約書

 e. 有価証券関連文書

2.2  印紙税の税率は、書類の性質や取引額によって異なる。印紙税の計算例は次のとおりである。

 

非上場株式、市場性のある有価証券(例:会社法105条)

支払われる対価の価格または客観的価値のいずれか大きい方につき、RM1,000 当たりRM3。

印紙税法上の非上場普通株式の評価方法としては、通常以下の2つの方法のうちどちらかが採用される。

– 純有形資産額、または

– 売却の対価額

サービス契約

サービスの価値に対して0.1%。以前は0.5%であったが、産業界の「高すぎる」という反対を受け2021年に減額された。

金銭消費貸借契約

リンギットマレーシアでの融資を行う場合、融資契約書については0.1%の利率が適用される。外貨建て融資契約に対する印紙税は、通常2,000.00リンギットが上限となる。

テナント契約書

(i)     1年未満の契約:年間家賃250リンギットにつき1リンギット

(ii)    1年以上3年未満の契約:年間賃料250リンギットにつき2リンギット

(iii)  3年以上の契約:年間家賃250リンギットにつき3リンギット

上記計算式は、年間賃料のうちRM2,400.00を超過した金額についてのみ計算される。

 

2.4  印紙税が免除される商品の例としては、以下のようなものがある。

(i) 政府との契約(政府機関・省庁が締結する業務委託契約など)

(ii) 中小企業が行うM&Aに関連する文書[1]

(iii) 関連会社間における財産または株式の譲渡に関連する文書[2]

(iv) 政府によって随時発表される一定の免除措置(例:ローコスト住宅購入時の金融商品の免除、最初の住宅購入時の免除など)。)

3.文書や証書に印紙税を支払う重要性

3.1 印紙税を支払っていない文書の有効性

印紙税法は、印紙税が支払われていない文書が法的に有効か否か、又は執行可能であるかどうかについては明確に述べていない。この印紙税の支払のない文書の有効性に関する法的見解は、Malayan Banking Bhd v Agencies Service Bureau Sdn Bhd & Ors (1982) 1 MLJ 198 ケースで確立されており、それら文書は証拠としての許容性(証拠能力)が否定され、他方で当該文書を無効とするものではないとされている。したがって、契約上の権利等の主張は可能であるものの、法廷においては当該文書を証拠として提出することは認められないという位置づけになる。

したがって、マレーシアにおいて、何らかの契約を締結した場合は、必ず印紙税を支払うよう注意する必要がある。そうしなければ、いざトラブルとなった際に、裁判所において証拠として認められないことになってしまうからである。

3.2 例外的に印紙税を支払っていない場合に無効となる場合

上記とは異なり、一部の文書については、印紙税を支払わなければ法的な効果が発生しない文書がある。

その典型的なものが、不動産及び株式の譲渡にかかる書面である。これら書面は、印紙税を支払って初めて当局が当該譲渡にかかる名義変更の申請を受け付けるという建付けとなっているため、譲渡を実行するには、当事者による印紙税の支払が不可欠である。例えば会社法105条は以下の通り定め、印紙税の支払いが必要であることを明記している(下線部参照)。

105.(1) Subject to other written laws, any shareholder or debenture holder may transfer all or any of his shares or debentures in the company by a duly executed and stamped instrument of transfer and shall lodge the transfer with the company.

3.3 罰則

印紙税法第47A条は、未納の証書は以下の通り罰金を定めている。

3ヶ月以内に支払う場合

 

RM25.00または不足税額の5%のいずれか大きい額。

3ヶ月以上6ヶ月未満 に支払う場合

RM50.00または不足税額の10%のいずれか多い額。

6ヶ月以上支払わない場合

RM100.00または不足税額の20%のいずれか多い額。

4.印紙税支払の進め方

まず、内国歳入庁(LHDN)に文書を提出し、支払うべき税額を査定してもらう必要がある。

次いで、査定が完了すると、LHDNは一定の期間内に支払うべき印紙税額(ペナルティがある場合はそれも含む)を記載した査定通知書を発行する。

最後に、印紙税の納付が完了すると、印紙申請の方法に応じて、押印または印紙証明書の発行が行われる。

上記の手続きは、LHDN の担当者が窓口で行うか、LHDN が提供する電子システム、すなわち内国歳入庁の印紙査定支払システム(STAMPS システム)を通じて行うことができます。

5.結論

弊社は、課税対象書類について、当該文書印紙税の対象となるかどうか、また適用される印紙税額を特定するためのアドバイスを提供します。また、印紙税の評価申請書をLHDNに提出し、それに基づいて発行される証明書のため印紙税の支払いを申請する登録代理人でもあります。

[1]印紙税(免除)(No.18)オーダー2021[P.U(A)502/2021]に 基づく。

[2]1949年印紙税法第15条A項による

2022年06月13日(月)2:42 PM

マレーシアにおける商標登録の概要についてニュースレターを発行いたしました。
PDF版は以下からご確認ください。

マレーシアにおける商標登録の概要

 

マレーシアにおける商標登録の概要

2022年6月
One Asia Lawyers Group
マレーシア担当
日本法弁護士 橋本有輝
マレーシア法弁護士 Najad Zulkipli

1. はじめに

商標は、マレーシアで最もよく知られた知的財産の一つです。2019年に制定された商標法(The Trademarks Act 2019、以下「商標法」)は、商標の登録に関する仕組み、商標登録者の権利及びその救済を規定しています。

マレーシアでは、マレーシア知的財産公社(MyIPO)がマレーシアの知的財産システムの開発と管理を担っており、商標法を含む知的財産権に関する法律の管理及び執行を行っています。

本稿では、マレーシアにおける商標登録の仕組みの概要について、また、ブランド名を法律に基づいて登録することの重要性について説明します。

2. 商標(Trademark)とは?

「商標」とは、ある事業者の商品または役務を他の事業者のものと区別することができる図案化可能な標識をいいます[1]

ここでいう「標識(Sign)」は、任意の単語、文字、名前、署名、数字、ブランド、ラベル、形状、色、音、香り、ホログラム、位置、動きのシーケンス、またはそれらの組み合わせを含むことができます[2]

このように、貴社のブランドを表す上記のカテゴリーは、貴社のブランドが確実に保護され、貴社のビジネス取引においてそれを使用する独占権を有するために、マレーシアで商標登録することが可能です。

3. 商標の登録

マレーシアではMyIPOが知的財産制度を管理しているため、商標登録の出願も、同機関の定める一定の条件及び手続きに従って、MyIPOに対して行う必要があります。

3.1 申請の流れ(概要)

登録申請の手続きは概ね以下の通りであり、登録までに要する期間は、凡そ12から18カ月とされています。

Step 1:           申請に係るMarkが他者によって既に登録がなされていないかを確認するためのPreliminary searchの実施

Step 2:           MyIPO登録機関に対する申請 (窓口又はオンライン[3]による申請).

Step 3:           申請が法定要件を充足しているかを確認する審査の実施

Step 4:           登録機関は、上記を充足を確認した後、商標候補につき公報を行い(publication of the trademark)、公からの異議申立の機会を付与します (異議申し立ては広告の日から2カ月以内となります)。

Step 5:           仮に何ら異議申立がなかった場合、登録通知がなされることで、商標の登録は完了します。

3.2 有効期間

商標の有効期間は、申請から10年で、申請すれば10年毎に更新可能です。

3.3 外国法人が申請する場合の注意点

申請者が外国法人である場合、マレーシア現地の商標申請代理人を任命しなければならないことに注意してください。

4. 登録できない標識

MyIPOで商標登録できる標識には様々な種類がありますが、ある一定の標識はマレーシアでは登録できません。そのため、商標の登録を希望する場合は、その名称が以下に該当しないことを確認する必要があります。

4.1 登録できない場合

 (i) 禁止マーク

  その使用により、公衆を混乱させたり、欺いたりする可能性がある場合、または法令に違反する場合

 (ii) スキャンダラスなもの、不快なもの

  スキャンダラスまたは不快な内容を含んでいる場合

 (iii) 国家の利益または安全保障に不利なもの

  商標が国家の利益や安全保障を害する可能性がある場合

4.2 申請却下の根拠               

上記に加えて、商標法第23条および第24条に規定された一定の理由に基づいて、出願が却下される場合があります。その根拠は、絶対的根拠と相対的根拠の2つに分けられます。これらの理由には、申請に係るMarkに、識別力がない、既存の登録商標と同一である、商品又はサービスの性質、品質又は地理的起源について公衆を欺き又は誤解させるおそれがある商標、公衆及びその他の者に混同が生じるおそれが存在する場合、等がこれに該当します。

5. ブランド名を商標登録する利点

5.1 ブランド名の保護

ブランド名につき商標登録を行うことは、ブランド名を保護するにおいて極めて重要です。ブランド名を商標登録することで、その使用につき排他的使用権を持ち、他者による無権限の使用から保護を受けることが来ます。

5.2 不正使用に対する民事訴訟

商標法は、登録商標、公衆に混同を引き起こす可能性のあるその他の類似若しくは同一のマークを使用した、または使用しようとした無許可の使用者に対して、知的財産権の侵害を根拠に民事請求を行うことができる救済措置を定めています。

商標法第54条は、「登録名義人の承諾を得ないで、業として、その商標と同一の標識を、その登録の対象となる商品又は役務について使用したとき、登録商標を侵害する」と規定しています。

これに関する判例として、Danone Biscuit Manufacturing (M) Sdn Bhd v Hwa Tai Industries Bhd の事例があります。Danone(原告)は1990年から“ChipsMore”チョコレートチップを製造・販売しており、Hwa Tai(被告)は“ChipsPlus”の商標を持つチョコレートチップクッキーの別の製造業者です。

原告は、被告の商標である“ChipsPlus”が“ChipsMore”に類似しており、公衆に混同を生じさせ、顧客を欺く可能性が高いとして、被告に対し商標権侵害訴訟を提起しました。また、パッケージも類似していたため、不法行為法上の「パッシングオフ」を根拠に請求も行いました。判決は、“ChipsPlus”は同一の商品につき“ChipsMore”の標識と類似しており、欺瞞や混同を引き起こす可能性があるとして、商標権侵害であると判断し、原告が勝訴しました。

6. 結論

以上の通り、マレーシアにおける商標申請の概要及び商標申請によって得られる保護の概要を述べました。我々は、Preliminary Searchの実施をはじめ、商標申請に関するアドバイスを提供しています。

商標法に関する法的アドバイスをご希望の方は、お気軽にお問い合わせください。

 

[1]商標法第3条1項 “Trademark” means any sign capable of being represented graphically which is capable of distinguishing goods or services of one undertaking from those of other undertakings”

[2] 商標法第2条

[3] https://www.myipo.gov.my/en/home/

2022年04月14日(木)9:18 AM

マレーシアにおける取締役の職務についてニュースレターを発行いたしました。
PDF版は以下からご確認ください。

マレーシアにおける取締役の職務

 

マレーシアにおける取締役の職務

2022年4月
One Asia Lawyers Group
マレーシア担当
日本法弁護士 橋本有輝
マレーシア法弁護士 Najad Zulkipli

1.はじめに

 マレーシアの法制度では、会社は役員、取締役、株主とは別の法人格として認められています。この分離により、ある種の訴訟は、取締役に対してではなく、会社に対してのみ行われるようになりました。

 上記の原則は、別法人の原則と呼ばれ、一つの法人である会社と、別の法人である取締役を区別することを意味します。この原則は、一見すると会社の取締役を保護する盾のように聞こえるかもしれませんが、特定の状況においては、会社というベールを取り除き、またはそれを突き破って、取締役が会社内で犯した不履行に対する責任を追及することができるのです。

 上記のような例外がある以上、取締役はその基本的な義務と責任を理解することが適切です。本ニュースレターでは、マレーシアにおける取締役の義務について、法律上の規定に基づき解説します。

2.取締役の職務の源泉

 取締役は、その能力および知識を活用して、会社の業務を管理することが期待されています。取締役の義務は、コモンロー、会社法、会社の定款、および取締役と会社の間で締結された契約など、多くの源泉に由来しています。

 取締役の職務の源泉は、以下のとおりです。

 (a) コモンローと衡平法 – 取締役には、受託者としての義務や忠誠心だけでなく、注意義務や技能も求められます。
 (b) 会社法[1] – 取締役の法定義務を定め、違反した場合には一定の罰則を科す。
 (c) 会社の定款/契約 – 取締役の個別の職務に対応するために特定の義務等が規定されます。
 (d) その他の関連法令 – 例:2009年マレーシア汚職防止委員会法(Malaysian Anti-Corruption Commission Act)など。

 上記のような法律((c)を除く)は、取締役の義務を定めているだけでなく、法律に違反した取締役には重い罰則を課しています。最も重要な点の一つは、取締役がその知識をもって合理的な注意、技能および勤勉さを行使する義務である。これらの要件に違反した取締役は犯罪を犯すものとし、有罪判決を受けた場合、懲役もしくは300万リンギット以下の罰金、またはその両方が課される可能性があります。[2] 

3.取締役の職務は何か?

 取締役の法定任務は、以下のとおりですが、これらに限られるものではありません。

 (1) 会社の課題を解決するための会議を招集する[3]
 (2) 必要な法定書類の作成および提出(例:財務諸表、株式に関する事項、等)[4]
 (3) 会社が締結した、または締結する予定の契約またはその可能性のある契約と利害関係を持たず、持つ場合にはその利益を開示すること[5]
 (4) 会社の法定帳簿、登記簿、その他の法的文書の更新を確実に行うこと。

 上記以外にも、取締役の職務は、会社の定款に記載されているほか、会社、株主および関係者が合意したその他の取り決め(例えば、取締役会規則や雇用契約など)にも記載されている場合があります。この中には、会社を代表して契約内容を執行する責任、特定の問題を解決するために取締役会で決議すること、決議内容を決定するために取締役に与えられた議決権を行使することなどが含まれる場合があります。

 取締役が法定義務を果たさない場合、刑事犯罪として告発され、上記の義務違反で有罪となった場合、50万リンギ以上300万リンギ以下の罰金または1年以上5年以下の禁固刑、あるいはその両方が科せられる場合があります。[6]

4.取締役がやってはいけないことは何か?

 取締役には、会社の事業や運営を方向付ける権限が与えられていますが、この権限が濫用されないようにするための制限も法律で定められています。最もよく知られている制限は以下の通りです。

 (1)会社による取締役に対する貸付[7]
 (2) 会社による取締役に対する企業保証(一定の例外を除く)。[8]
 (3) 会社の利益と対立するおそれのある取引を行うこと。 

 この制限に違反した場合は、上記と同様に重い罰則が科せられます。

 上記のほか、例えば、汚職防止委員会法の2018年改正法第17条Aに基づく企業責任では、取締役が汚職を防止する適切な手続きを実施していることを証明できない場合、会社に関連する人物が犯した汚職に対して有罪とみなされ責任を負う可能性があるとされています。

5.結論

 取締役は、大きな責任を負っていますが、報酬体系、ビジネスアドバイザー、弁護士、会計士、監査役などからの助言を得ることができるなどなど、一定の権利と便益を享受しています。

 包括的かつ正確に作成された明確な取締役規則または会社定款があれば、取締役はその役割、義務および責任についてより深く理解することができます。このような包括的な文書は、取締役がその職務に従って行動し、優れた経営を確立するための指針として不可欠なものです。

 そのためにも、専門業者に依頼して、貴社の取締役規程の作成し、役割の理解促進を支援することをお勧めします。私たちのサービスに関するご質問は、こちらまでお寄せください。

[1] The Companies Act 2016

[2] 会社法213条3項

[3] 会社法第311条2項

[4] 会社法248条

[5] 会社法第221条6項

[6] 会社法248条3項、221条12項

[7] 会社法第224条

[8] 会社法第225条

2022年02月14日(月)2:31 PM

マレーシアにおけるコンプライアンス体制の構築についてニュースレターを発行いたしました。
PDF版は以下からご確認ください。

コンプライアンス体制の構築について

 

マレーシアにおけるコンプライアンス体制の構築

2022年2月
One Asia Lawyers Group
マレーシア担当
日本法弁護士 橋本 有輝 
マレーシア法弁護士  Najad Zulkipli

近年マレーシアにおいては、汚職防止法の改正やそれを補完するガイドラインの公表等が続いており、コンプライアンス体制の構築が、マレーシアにおいて事業を実施する際における重要な課題として認識されつつある。

そこで、本稿では、コンプライアンス体制の一環として、会社内部でのPolicyや手続きを作成し、実施することの重要性について概説する。

1 内部規則の作成

 会社は、コンプライアンス体制を確保するために、2で説明する法令遵守についてだけでなく、経営上乃至業務上の事項について、適切かつ最新のPolicy及び手順を策定することが出来る。

この点、マレーシアでは、Malaysian Code of Corporate Governance (MCCG)というガイダンスが、企業が採用すべき慣行を定めている。その中において、要求されている慣行の一つが、企業が様々な方針や手続きを策定し、実施することである。例えば、以下のような事項について、手順等を定めることが要求されている。

(1)    取締役及び上級管理職に対する報酬に関する方針と手続き

(2)    取締役の指名・選任に関する方針

(3)    利害相反に関する方針

(4)    ビジネス上の調達資源を決定・承認する権限の制限

(5)    就業規則/行動規範・倫理規定

2 法令順守のために策定すべきPolicy

 コンプライアンス体制を考えるうえで重要なのは、当該企業が関連する領域の法令を遵守する 「法令遵守」である。

法律は常に進化し、変化しているため、企業は最新のポリシーや手順をガイドラインとして持つことで、常に最新の法律を遵守する体制を構築する必要がある。 

(1)Anti-Money Laundering Policy

マネーロンダリングを規定する法律は、2001年に制定された“Anti-Money Laundering and Anti-Terrorism Financing Act”(以下、AMLA)である。金融関連サービスを提供するすべての機関はAMLAを遵守する必要がある。

そして、このAMLAを受けて策定されたPolicy Documentの中では、以下の通り、対象企業が、内部指針を整備することが要求されている[1]

Reporting institutions shall have internal policies and procedures in place to mitigate the risks when relying on third parties, including those from jurisdictions that have been identified as having strategic AML/CFT deficiencies that pose ML/TF risks to the international financial system.

(2)Anti-Bribery and Corruption Policy

汚職防止を規定する法律は、Malaysian Anti-Corruption Commission Act (Amendment) Act 2018(以下、MACC)である。

同法は、企業の関係者が、当該企業のために新規事業を獲得したり、事業遂行上の優位性を保持したりする目的で汚職に関与した場合、当該企業は犯罪を犯したものとみなす規定を創設した[2]

これに対する企業側の唯一の抗弁は、企業が、当該汚職を行った関連者がそのような行為を行うことを防止するための適切な手続きを行っていたことを証明することである[3]

当局が発行したガイドラインでは、企業内での適切な手続きを確保するために取るべき措置の一つとして、汚職行為を防止するための従業員等のガイドラインとして汚職防止方針を作成し実施することを推奨している[4]。詳しくは、別稿に記載したので、そちらを参照されたい。

(3)Personal Data Protection / Privacy Policy

マレーシアで個人情報を収集・処理する際の要件の一つは、情報主体に通知し、同意を得ることである[5]。この通知には、個人データの処理方法、収集の目的、情報主体のアクセス権の記載などが含まれていなければならない。

この法律上の要求に基づいて、多くの企業では、情報主体が同意を与える前に読み、理解できるように、プライバシーポリシーを策定する措置を講じている。

その他、個人情報保護法においては、個人情報の漏洩等を防ぐためのセキュリティ原則等が課せられていることから、個人情報保護に関する内部指針の策定も法律上要求されている。

(4)Whistle blower Policy

 マレーシアでは、内部告発者はWhistle blower Protection Act 2010により保護されている。内部告発は、優れたコーポレート・ガバナンスの実践に不可欠のものであるため、官民いずれにおいても強く奨励されている。

上記法においては、民間企業における内部告発ポリシーや手続きの内容や要件については具体的には言及されていないものの、このようなポリシーを持つことは、企業内のあらゆる不正行為や違法行為を検出するための適切なメカニズムとして有益とされている(不正行為は内部告発を契機に発覚することが多いため)。さらに、このようなポリシーの存在は、従業員が同ポリシーや法律の下で保護されていることを知らせる機能があるため、内部告発を促すことになる。

以上につき、MCCGは、内部告発に関する方針や手続きの確立を上場企業や公開企業が採用すべき慣行として明示している[6]。さらに、非上場企業や非公開企業も優れたコーポレート・ガバナンスを実現するために上記慣行を適用することが推奨されている[7]

3 結論

 以上述べたような適切な内部指針を有することは、日々のビジネスの運営から生じる懸念や問題に対処するために不可欠である。また、法令遵守だけでなく、意思決定プロセスの指針ともなり、潜在的なリスクを管理し、内部プロセスを合理化することにも寄与する。

 ただし、注意が必要なのは、これら内部指針の策定は、コンプライアンス体制の一部であっても全部ではない、という点である。内部指針は策定したものの、その内容を従業員に周知していない、研修・教育の機会がない、不順守に対し懲戒処分等何らのサンクションもない、ということであれば、コンプライアンス体制を構築したとは言えない。

 弊所では、上記のような内部指針を策定し、かつ、従業員らに対し適切なトレーニングを行うことをサポートし、現に数多くの企業が導入している。サービス内容についてご質問がございましたら、下記連絡先までお気軽にお問い合わせ下さい。
                                          以上

[1] Policy Document 16.3

[2] MACC 17A

[3] MACC 17A (4)

[4] Guidelines on Adequate Procedures pursuant to sub-section 17A (5) of the MACC (Amendment) Act 2018

[5]2010年個人情報保護法第7条

[6]MCCG Practice No.3.2

[7]MCCG Practice No.2.8

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